2024年12月23日
EVは以下の通り、国家にとって多義的な性格を有しており、EVを巡る政策に影響を与えている。
2023年の世界の新車販売に占めるEV比率は18%。2023年のEV(乗用車)新規登録数は世界13.8百万台(前年比35%増)。地域的には中国が過半を占め、中国・欧州・米国で9割超。しかし、2024年になって、特に欧米市場で、販売ペースの減速が指摘されている。欧米企業もEV販売・投資計画の見直しを相次いで発表している。
2024年のEVの欧米市場での減速の背景として①新車自体の販売低迷、②補助金の削減、③アーリーアダプターの一巡などの要因が挙がる。また、航続距離の制約や充電網の不安など、以前からEV普及にとって課題となっている構造要因も指摘され、アーリーマジョリティの獲得につながっていない。このことは、BEV(バッテリー電気自動車)の販売比率を下げ、PHEV(プラグインハイブリッド電気自動車)の販売比率を上げる方向に働いている。
2030〜35年に向けた米国政府(バイデン政権)とEUの中期目標は、以下の通り。
足元の欧米市場でのEVの販売低迷を受け、市場関係者では、EVの当面の見通しについて下方修正する向きが多い。2030年に向けたさまざまな市場関係者見通しには、以下の傾向がある。
欧米市場の見通しにぶれが生じる要因として、EV産業に対する優遇措置・支援をどの程度提供するか、また、価格競争力のある中国EVメーカーの直接投資受け入れを含め、各国が市場を海外メーカーにどの程度開くかといった政策動向が市場環境に影響を与える点が考えられる。アーリーマジョリティを取り込むのにどれだけの時間がかかるかという見通しにおいても、欧米諸国がどのような政策を採るかで変わる。
21年比CO2 排出量削減率 |
2025年 | 2030年 | 2035年 |
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乗用車 | 15%減 | 55%減 | 100%減 |
小型商用車 | 50%減 |
24年3月に、EUエネルギー大臣理事会で2035年以降はICEの新車販売を全て禁じる方針を変更し、ドイツの要求を受け、温暖化ガス排出をゼロとする合成燃料を利用する場合に限り販売を認めることとした。
政策(自国産業支援要素/競合国排除要素) | |
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EU各国の 購入補助金 |
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EU域内での バッテリー生成への 研究開発助成金 |
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中国製EVの 補助金調査 および追加関税 |
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EVに対する補助金は通常、各国ベースで供給される。購入補助金は一般には自国メーカー車だけを対象とするものではなく、EV普及策の一環だが、フランスではEVの輸送過程のCO2排出量を補助金の支給条件に勘案する形で中国製EVを排除した。EUは、中国の政策支援による中国製EVのEU域内でのプレゼンス上昇を危惧し、2023年10月に補助金調査を開始したが、2024年10月4日、中国製EVに対する追加関税措置を決定した。
政策(自国産業支援要素/競合国排除要素) | |
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インフレ削減法 (IRA) (2022年8月) |
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インフラ投資雇用法 (2021年11月) |
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中国製EVへの追加関税 (2024年9月) |
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連邦政府レベルでのEV産業政策推進は、2022年8月のインフレ削減法の制定により前進した。脱炭素EV化を進めながら、同時に選択的な税額控除を通じて競合国を排除しつつ、国内生産・設備投資を推進するもの。また、EV、バッテリーなど対中関税引き上げを決定し、中国製EVから予防的に雇用・産業を守ることが企図されている。
EUのEV施策は、CO2排出削減を求める燃費規制や補助金が中心で、運輸部門の脱炭素実現が主たる政策目的であったが、財源の問題や一定程度EVが普及したことなどを背景として、購入補助金は削減・廃止の方向にある。
一方で、中国EVメーカーの台頭とあわせ、対中EV関税やフランスの環境スコアに基づく補助金のように中国製EVを意識して、欧州のEV自動車産業と域内雇用を守る政策が採られている。
米国のインフレ削減法では、北米のEVとバッテリー・材料の生産確保などを優先した補助金政策が開始されている。対中関税措置などとあわせ、EVの産業覇権と雇用配慮が重視されている。
カーボンニュートラル化に向けた目標設定や燃費規制導入についても、欧州においては合成燃料によるゼロエミッションのICEを認め、米国においては燃費基準設定につき自動車業界からのコメントなどを踏まえ当初案から下方修正するなど、無理なEV義務化とならないような現実的な対応への配慮も進めている。
こういった政策スタンスの変化には、以下のような事由が考えられる。
2025年以降、始動する第2次トランプ政権下では上記の政策シフトは強化される。今後、インフレ削減法の下でのEV支援策の廃止・見直しについては、共和党議員の地元がEVで裨益(ひえき)している場合もあり、不透明性がある。しかし、既存のインフレ削減法に加えて、トランプ政権がEVに積極的な追加支援を行う誘因は、気候変動政策の観点からも雇用維持の観点からもない。また、トランプ政権は中国製EV輸入に対して厳しい目を向け、その規制をさらに強化することも考えられる。そのため、政策効果としてはEV普及に逆風となる。
(注)本レポートは2024年11月上旬までの情報に基づき執筆。
古高 輝顕(こたか てるあき)
日立総合計画研究所 グローバル情報調査室 主管研究員
2020年2月より地政学分野などの調査に従事。一橋大学経済学部卒業後、国際協力銀行にてマニラ・ワシントンDC駐在・新興国政治経済調査・地政学調査などを経て、現職。ウォーリック大学修士(経済政策)。
執筆者紹介
古高 輝顕
グローバル情報
調査室
主管研究員
機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。
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