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拡大するプライベート・クレジット市場の現状と展望
〜米経済を支えてきたリスクマネーの行方〜

    2025年12月17日

    1. 米トライカラーとファースト・ブランズの破綻により米地銀の株価が下落

    • 9月半ば以降、米国で地銀の株価が下落している(図1)。契機の一つとなったのは9月10日にサブプライム・オートローンを提供するトライカラー・ホールディングス(以下トライカラー社)が連邦破産法第7条に基づく会社清算を、同月28日には自動車部品企業のファースト・ブランズ・グループ(以下FBG)が同第11条に基づく経営破綻を相次いで申請したことである。

    資料:CEIC、investing.com

    図1:米地銀株価の推移

    • トライカラー社の破綻は、ローンの延滞増や、同社提供の財務データなどに虚偽記載があるとの懸念を抱いた取引銀行の与信枠打ち切りなどが引き金である。FBGは、急速な事業拡大に伴う負債拡大と資金繰りの悪化により破綻に至ったとされるが、10月には売掛債権の売却に伴う不正融資受給の可能性が指摘された。背景には、サプライチェーン・ファイナンスなどを用いた複雑な負債構造があり、全容解明に向けた米当局の審査が進んでいる。
    • 中規模の自動車部品メーカーとオートローン企業である2社の破綻を材料に地銀株が下落している背景には、近年拡大している「プライベート・クレジット」の存在がある。トライカラー社、FBGともにプライベート・ファンドからの借り入れにより、これまで事業を拡大してきた。

    2. プライベート・クレジットは近年大きく拡大し、リスクマネーを供給

    • プライベート・クレジットとは、非銀行による企業向けの信用供与で、伝統的な社債や商業銀行からの融資の枠外で、2社間の直接契約や、小規模な「クラブ・ディール」を通じて提供される(IMF 2025)。この与信を利用するのは、社債などでの調達力が低い、中堅・中小企業が中心となる。プライベート・クレジット・ファンドへの主要な投資家は、年金基金、保険会社、ソブリン・ウェルス・ファンド、ヘッジファンドや個人富裕層などが含まれる。伝統的な銀行以外の金融機関が行う資金提供のひとつであり、ノンバンク金融仲介(NBFI)、あるいはシャドー・バンキングとも呼ばれる。
    • ノンバンク融資全体の規模は約239兆ドルとされ(2023年時点)、世界の与信総額に占めるNBFI全体のシェアは約50%にまで上昇している。このうちプライベート・クレジットは2〜3兆ドルとなり(図2)、10兆ドル規模のプライベート・エクイティと並んで、近年拡大している。伝統的な銀行への自己資本規制等が厳しくなる中で、プライベート・クレジットによる資金調達取引が増加した。欧州中央銀行の推計によれば、2024時点のプライベート・クレジット・ファンドの投資先は、北米が中心で全体の70%、欧州は20%、その他地域は10%となっている。

    資料:pitchbook

    図2:プライベート・クレジットの残高

    • プライベート・クレジットは、中小企業にとって資金調達が容易となったり、投資家にとって投資の選択肢が広がったりするといったメリットがある。他方、金利負担の拡大などによって融資先の企業が破綻した場合、当該ファンドを設定した投資会社や、当該企業・ファンドに対して融資を行っている銀行の信用不安に波及するリスクなどが考えられる。今回、金融市場では、この信用不安の波及リスクが拡大したと考えられる。

    3. プライベート・クレジット投資による金融システム不安が高まるとは言えず

    • 英イングランド銀行のベイリー総裁は、本件について問われ、金融システムリスクにつながる「炭鉱のカナリア」なのか、あるいは特殊ケースなのかは不確かだが、「深刻にとらえなければならない」と述べて、英銀に対するストレステストの実施を表明している。また、米銀大手JPモルガンチェースのダイモンCEOも、今回の件が氷山の一角である可能性について言及するなど、懸念する声が上がっている。
    • 一方、プライベート・クレジット・ファンドを運用する大手投資会社の一角であるKKRの共同創業者であるクラビス氏は、「資産クラスとしてのプライベート・クレジットからシステミックリスクが生じることはない」と述べ、反論している。
    • 2008年に起きた世界金融危機の際には、前年の2007年に起きた「パリバ・ショック」と呼ばれるサブプライム関連運用ファンドの解約凍結が、今振り返ると「炭鉱のカナリア」であった。しかし、今回は、プライベート・クレジット・ファンドからの資金流出といった直接的な波及には至っていない。また、トライカラー社、FBG2社の事例は、いずれも不正取引が関係している可能性がある点を踏まえても、現時点でプライベート・クレジット・ファンドへの投資を契機とした米金融不安が急速に高まるとは考えづらい。

    以上

    執筆者紹介

    吉田 健一郎(よしだ けんいちろう)

    日立総合計画研究所 グローバル情報調査室 主管研究員

    米国および欧州の経済・金融情勢の調査に従事。一橋大学商学部卒業後、みずほ総合研究所、同ロンドン事務所長を経て、2021年より現職。

    執筆者紹介

    吉田 健一郎

    グローバル情報調査室
    主管研究員

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

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