ページの本文へ

社長 溝口健一郎のコラム

第20回:金融とテクノロジーと権力と

    金融の発展は常にテクノロジーの進化と共にあった。決済やリスク管理や適正価格の設定も金融の重要な機能ではあるが、ここでは価値創造に直接的に貢献する「調達」と「運用」にフォーカスしたい。1815年のワーテルローの戦いにおいては、ロスチャイルド家が馬車や高速船による独自の通信ネットワークで戦闘の結果を誰よりも早く知ることで、ロンドンの債券市場で巨額の利益を得た。産業革命期には整備が進んだ証券市場で資金調達が可能となった。株式によって調達した資金を先端の製鋼技術に投じることで、アンドリュー・カーネギーは鉄鋼王として当時最大の個人資産を築いた。20世紀、銀行の勘定システムなど金融の電算化が進み、国際送金ネットワークが整備されることで、資金の調達と運用は高速かつグローバルなものとなる。更に、金融工学の発展によって高度なリスク分散によって債務担保証券やクレジット・デフォルト・スワップといったデリバティブが発展し、運用者に途方もない利益をもたらした。しかし、その複雑性と専門性によって先端金融商品はブラックボックス化し、ガバナンス不全となり、世界金融危機を招くことともなった。

    金融は、お金を必要とするところとお金に余剰があるところをつなぐ役割を果たし、レント(超過利益)の獲得をめざす。レントとは他との差分である。差別化をしないと利益は生まれない。飛躍的な差別化を実現するのが技術革新である。調達された資金はできる限りのリターンをめざして革新的技術に投資される。西回りの大航海というコロンブスの計画に資金提供したスペイン女王も、シリコンバレーや深センのスタートアップへの投資を進めるベンチャーキャピタルも、他にはない技術革新によって生まれるであろう大きな利益の可能性に賭けている。これらのケースは驚くべきリターンをもたらした。イサベル1世がコロンブスの航海を支援した結果、スペインはアメリカ大陸に広大な領土を獲得し、アステカ帝国やインカ帝国からの略奪で巨万の富を得た。サン・マイクロシステムズの共同創業者アンディ・ベクトルシャイムがGoogleに最初に投資した10万ドルは数千倍の価値へと転じた。

    ルネサンス期は人文主義が台頭し新しい芸術文化が花開いた時期だが、科学技術や金融機能も発達した。メディチ家はルネサンス期に銀行業で巨万の富を築いた。所属する地域に特化して活動していた従来の商人とは異なり、国際的金融ネットワークを形成し、現金ではなく手形・信用取引の活用を進め、複式簿記による精緻な財産管理を実行した。金融イノベーションによって持続的なレントの創造を実現したのである。メディチ家は政界とも強固な関係を確立することで一層の繁栄を享受したが、没落のきっかけともなった。イングランド王エドワード4世に巨額の貸し出しを行ったが、結果的に踏み倒されてしまい、メディチ家は以降、栄光の座から滑り落ちていく。

    トランプ大統領の就任式には、メタのマーク・ザッカーバーグ、オープンAIのサム・アルトマン、アマゾンのジェフ・ベゾス、Googleのスンダー・ピチャイなどビッグテック企業のCEOが軒並み参列した。YouTube、メタ(Facebook)、X(Twitter)は過去のトランプ大統領のアカウントへの扱いに対して和解金を支払うことで合意。NVIDIAは中国向けAIチップの売り上げの15%を米国政府に支払う。トランプ政権が7月に発表したAIアクションプランは、規制緩和でAI開発を促進し、AIインフラの整備を進め、他国に米国AI技術を浸透させることで世界のAI覇権をめざす。ビッグテックとトランプ政権は強い絆で結ばれているようだ。AI開発の加速は金融イノベーションも促すであろう。資金運用・投資判断の精緻化・高速化、新たな金融サービスの創造、AIエージェントによる調達と運用の自律化が進展する。

    ドラマ「ハウス・オブ・カード」で、ケビン・スぺイシー演じる主人公のフランク・アンダーウッドは「カネはサラソタの高級住宅みたいなものだ。10年もすれば崩れ落ちる。だが権力は何世紀も立ち続ける石造りの建物だ」と語る。マネーは調達され、運用され、大きく成長する。その成長を急加速させることができるのは技術革新だ。シリコンバレーの住人たちは画期的アイデアと先端技術で新たな価値を生み出し、富を得る。しかし、テクノロジーもカネも権力にはひざまずくしかないのか。それとも、DeepMindを創設しノーベル化学賞を受賞したデミス・ハサビスが確信しているように、AI技術はやがて「ラディカルな潤沢さに溢れる時代」を実現し、金融はもちろん、政治すらアルゴリズムに従う時代が来るのか。

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

    お問い合わせフォームでは、ご質問・ご相談など24時間受け付けております。