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社長 溝口健一郎のコラム

第24回:二匹の龍

    AIの進化による変化はすさまじい。学生は論文執筆にAIを活用し、ロボットはバク転とダンスを人間以上にこなし、爆撃箇所を瞬時にAIが指示して戦争を主導する。コンビニの商品配置はAIの指示に従って人間が行い、既存システムのセキュリティホールはAIにたちまち発見され、AI画像を使ったロマンス詐欺が急増している。今後科学はAIによって爆発的に加速する可能性がある。AIはバブルだとの説は過去のものとなり、AIによって世界は再創造されるか破壊されるか、あるいはその両方かと思われる。その実現のために最も求められているのがコンピューティングパワーであり、それを実現する半導体であり、それを支えるエネルギー供給である。全世界の上場企業時価総額の合計は150兆ドル程度だが、そのうちAI関連が占める割合は既に20%以上になっており、さらにそのうち半導体だけで10%近くに達する。まさに龍が天に昇るような勢いでAIは成長している。

    世界の株価は政治情勢によっても大きく変動する。2月28日の米軍・イスラエル軍によるイラン攻撃は市場に予測されていなかった。大規模な空爆と最高指導者ハメネイ氏他指導者多くの殺害によって、ベネズエラで実行したような速やかな作戦終了を予測する見方もあったが、イラン革命防衛隊は3月4日にホルムズ海峡閉鎖を宣言。世界はエネルギー危機到来の予測に震撼(しんかん)した。S&P500は3月末にかけて急落し、3月30日には年初来最安値を記録した。その後、トランプ大統領による「イランを石器時代に戻す」などの過激発言に市場は動揺するも、4月7日の両国による暫定停戦合意を経て、株価は大きくリバウンドし、S&Pは7,000ポイントの大台を史上初めて終値ベースで突破した。市場はTACO (Trump Always Chicken Out)相場で盛り上がった形だが、実際はホルムズ海峡の閉鎖は解けず、NACHO (Not A Chance Hormuz Opens)とリスクを市場が織り込み切れていないとの見方も交錯した。制御不能な地政学情勢は嵐の空で荒れ狂う龍のようだ。

    近来の国際情勢によって急拡大しているマネーの行き先は防衛費である。世界の軍事費は直近10年で約40%増加し、2025年には2.89兆ドルに達した。各地域における安全保障環境の悪化、大国の軍備増強、中堅国による自国防衛必要性の増大から、今後も軍事費増大が継続する可能性が高い。軍事産業は成長が加速しており、関連企業の株価も大きく上昇している。1889年設立のドイツ最大の防衛企業ラインメタル社の株価は1,300%の伸び、日本の三菱重工の株価も5年で10倍となっている。防衛産業株は従来バリュー株にカテゴライズされていたが、現在はグロース株として投資家に扱われている。安全保障の重要性の高まりと防衛分野への投資マネーの流入は、デュアルユースのあり方も変容させつつある。AIやドローンに代表されるように、最先端技術はデュアルユースを前提とすることで、官民のリソース(ヒト・モノ・カネ)が膨大に注ぎ込まれることとなり、開発スピードが加速し、応用範囲が拡大する。デュアルユース市場は、国家の生存がかかった新たなエコシステムとなりつつある。

    世界のAIと地政学情勢による変化が凝縮した形で現れているのが台湾だ。台湾の株式市場の時価総額はインドを超えて世界5位になったが、これはひとえにTSMCの貢献による。TSMCの時価総額は約2兆ドルで、台湾の時価総額全体の40%以上に達する。世界では7〜8位、アジアでは1位だ。世界の高性能AIチップの製造をほぼ独占的に担っており、微細化技術において同業他社を1〜2世代先行し、莫大(ばくだい)な資金と長い開発期間によって高い参入障壁を維持することで、巨額キャッシュを将来長く生み出し続けることを確実にしている。安全保障環境の変化を背景に、台湾の防衛費は2018年以降過去最高を更新し続けている。2026年度の予算では9,495億台湾ドル、前年比23%増とし、GDP比で3.2%以上となる。更に、頼政権は2030年までに防衛費をGDP比で5%にまで引き上げる方針を表明。AIと国際情勢が台湾の命運を決めると言ってもいいであろう。

    中国の食器やお寺の装飾に2匹の龍が丸い玉を取り囲んでいる図柄をよく見かける。「双龍戯珠」と呼ばれ、宝珠(ほうじゅ)をめぐって2匹の龍が奪い合ったり戯れ合ったりしている吉祥の図柄なのだという。AIと地政学情勢という2匹の龍によって、台湾は、そして世界は、天高く上昇気流に乗っていくのか、行方もわからずにただ翻弄(ほんろう)されているだけなのか。『易経』には「亢竜有悔」という教えもある。頂点まで昇りつめた龍はあとは落ちるしかない、栄華を極めると必ず衰退が始まるのだと諭している。AIという龍が昇っていける頂点はどこまで高いのか、地政学情勢というもう一匹の龍はAI龍と争うのか、助け合うのか。今後しばらくは恐るべきドラマが続いていくであろう。

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