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外部寄稿

世界の実践理論と起業家から学ぶ「予測を超えた洞察の作法」

    現代の経営においては、事象を「点」で予測するのではなく、歴史の潮流から構造的なうねりを読み解く「未来洞察」が不可欠である。本稿では、過去から未来の軌道を照射する「ヤヌスコーン」で柔軟な準備を整え、予測を超えた事態には、手元の資源で応戦する「エフェクチュエーション」で乗り切る二段構えの作法を提唱する。不確実性を価値創造の糧として捉え、能動的に未来をコントロールする「卓越した経営者」のあり方を説く。

    1. 繰り返される「想定外」の正体

    1.1 危機は「例外」ではない

    2026年の今日、私たちは「不確実性」という言葉を、あたかも新しい時代の怪物であるかのように語る。ロシアによるウクライナ侵攻、イランとイスラエル間の軍事衝突、パンデミック、激甚化する自然災害、そして生成AIがもたらした技術の指数関数的進展。これらが次々と押し寄せる様を、多くの経営者は「未曽有の事態」や「百年に一度の危機」と形容する。しかし、この「想定外」という言葉こそが、現代のマネジメントが陥っている最大のわなである。

    歴史の時計を少し巻き戻してみれば、危機の正体が見えてくる。2000年のITバブル崩壊、2001年の同時多発テロ、2008年のリーマン・ショック、2010年代の欧州債務危機や米中貿易摩擦。年表に整理すれば、世界を揺るがす深刻な危機は、およそ5年に一度の頻度で発生していることがわかる。危機は「例外」ではなく「定常」である。

    それにもかかわらず、なぜ私たちは毎回、初めての衝撃を受けたかのように慌てふためくのか。それは、私たちが事象を独立した「点」として捉え、その点が発生する瞬間をピンポイントで当てようとする「予測(Prediction)」の呪縛にとらわれているからに他ならない。

    1.2 点と点を線で結びつける

    「想定外」と思えるような未曽有の事態であっても、歴史の文脈に目を凝らせば、そこには必ずその予兆が存在している。例えば、2022年のウクライナ侵攻という点も、2008年のロシア・ジョージア戦争、そして2014年のクリミア併合という過去の点を線で結び直せば、それが決して完全に予期し得ない突発的な悲劇ではなかったことがわかる。

    新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックにしても同様だ。日本では感染例が少なかったために意識されにくかったが、世界的な時間軸で見れば、2003年のSARS、2012年のMERSといった感染症の連鎖の延長線上に、2019年のCOVID-19の感染症があったと理解できる。

    経営学が今、ビジネスリーダーに提示すべきは、不確実な未来を予言する水晶玉ではない。断片的な事象をつなぎ合わせ、その背後にある構造的なうねりを読み解く「未来洞察(Foresight)」の技術である。スタンフォード大学をはじめとする世界の知の最前線では、もはや「何が起こるか」を当てることは重視されていない。むしろ「起こり得る変化の軌道に対して、いかに柔軟な準備を整えるか」へとかじは切られている。

    そこで本稿では、未来の軌道を照射する『ヤヌスコーン』と、予測を超えた事態に手元の資源で臨機応変に応戦する『エフェクチュエーション』という二段構えの作法を提唱する。前者が『不確実性を減らすための準備』だとすれば、後者は『準備を超えた事態を乗りこなすための技術』となる。この双方向のアプローチこそが、混迷を極める現代のマネジメントにおける作法となるのである。

    2. ヤヌスコーン:過去と未来をつなぐ双面の視座

    2.1 過去と未来を同時に見通す神

    未来を洞察するための最も強力な思考の補助線が、ローマ神話の双面神に由来する「ヤヌスコーン」である。ヤヌスは、過去と未来を同時に見通す神だ。このフレームワークの核心は、現在という一点を起点にして、左側に「過去30年の潮流」、右側に「未来30年の可能性」を円すい状に広げることにある。

    多くのビジネスパーソンは、未来を考えようとする際、現在から右側(未来)だけを注視しがちである。しかし、未来の円すいの中に現れる事象は、必ず過去の円すいの中にその「萌芽(ほうが)」や「伏線」を持っている。ヤヌスコーンとは、過去から現在へと流れる複数のトレンドが、未来においてどのように衝突し、融合し、あるいは反発するかをシミュレーションするための手法なのだ。

    例えば、地政学リスクを例にとれば、2022年のウクライナ侵攻は、冷戦終結後の北大西洋条約機構(NATO)拡大という西側の潮流と、大国としての復権を狙うロシアのナショナリズムという、30年越しに蓄積されたエネルギーが臨界点に達した結果に他ならない。これらを「点」として見れば突発的な悲劇だが、ヤヌスコーンの視座で「線」として結べば、それは予測可能な衝突の帰結であったことが理解できる。

    このフレームワークは、スタンフォード大学のデザインスクール(d.school)のタマラ・カールトン博士らによって開発され、民間企業のみならず、米国政府の国防に関わるワークショップでも活用されてきた卓越した戦略ツールである。

    その構造は極めてシンプルかつ合理的だ。現在という一点を起点にして、左側に「過去の領域」、右側に「未来の領域」をそれぞれコーン(三角すい)状に広げる(図1)。過去の無数の出来事は現在に向かって収束し、そこを通過して未来へと再び拡散していく。このフレームワークがわれわれに突きつけるのは、「より遠くの的を射るには、より大きく弓を引かねばならない」という歴史的経験則である。5年先を見据えるには10年前を、10年先を洞察するには20年前の過去を振り返る。過去を深く掘り下げた者だけが、未来の解像度を上げることができるのだ。

    資料:Tamara Carleton et al., "Janus Cone" (Stanford University d.school)
    図1 ヤヌスコーン

    2.2 未来の『軌道』を描き出す動的レンズの特徴

    特筆すべきは、このフレームワークが備える三つの際立った特徴である。第1に、「過去のトレンドから未来を照射する」点である。歴史の針は、決して一直線には進まない。複数の潮流が地下水脈のように流れ、ある一点で交錯し、相乗効果を生んで断続的な断層を作り出す。2020年の新型コロナウイルスによるパンデミックという衝撃も、ヤヌスコーンの視座に立てば、決して突発的な事故ではない。グローバル化によるヒト・モノの移動の極大化、過去のSARSやMERSといった感染症の連鎖、そして都市部への人口集中という構造的リスク。10数年越しに蓄積されたエネルギーの軌道が、現在という接点で臨界点に達した必然の帰結である。過去という弓を限界まで引き絞ることで、未来へと放たれる矢の「軌道」を描き出しやすくなる。

    第2に、これが「定性的なフレームワーク」としても使えることだ。数値化された折れ線グラフは、過去の延長線上にある平穏な未来を映し出すには適しているが、構造的なパラダイムシフトを捉えることはできない。一方、ヤヌスコーンは、自身の直感に触れる断片的なピースを多面的に配置することにより、構造的変化の全容を可視化するのである。すなわち「街から人が消えた光景」「リモートワークへの戸惑い」「国境の封鎖」といった事実から意味のネットワークを紡ぎ出すことで、定量データが沈黙する「時代の変わり目」が浮き彫りになる。

    第3に、「簡便さを武器にしている」点である。統計データが整備されるのを待っていては、激変する現代の戦場では手遅れになる。未知の市場や、前例のない危機に直面したとき、起業家や事業担当者に求められるのは、学術的な厳密さよりも、今ここにある断片的な情報から「次の一手」を導き出す即時性である。政府の統計やコンサルタントの報告書を待たずとも、日々の実務やニュースから「予兆」を拾い上げられる。ヤヌスコーンの使い勝手の良さは、スピードを重視する実務家にとって強力な武器となる。

    3. 起業家はいかに潮流を見極めるのか

    3.1 サスメド株式会社の事例

    企業経営における「過去」と「未来」を接続する営みにおいて、実務の世界で卓越した成果を挙げた事例がある。2015年に設立されたサスメド株式会社の創業者である上野太郎氏による「治療用アプリ(DTx)」開発の道のりだ。

    同社の社名は「持続可能な医療(SUStainable MEDicine)」に由来する。その核心は、単なるヘルスケアアプリの提供ではない。法的な正統性を確保し、アプリを「医療機器」として開発することで、保険適用の対象へと押し上げようとする。

    3.2 思考プロセスを解剖する

    上野氏の思考プロセスを解剖すると、そこにはスタンフォード大学のデザインスクールが提唱する未来予測の手法と驚くほどの一致が認められる。ヤヌスコーンの視座でその内実を読み解けば、20年近い歳月をかけて蓄積された三つの大きな潮流(トレンド)がうねりをもって合流している事実に気づかされる(図2)。

    第1の潮流は、「医療の持続可能性」を巡る制度的な問題である。その発端は、2005年に医学界で激しく議論された「医療持続困難論」にさかのぼる。医療費の膨張と少子高齢化という構造的なひずみが、将来の破綻を予言していた。その10年後、臨床医となった上野氏は、待合室を埋め尽くす患者の列という形でその「予兆」を身体感覚として捉えることになる。

    さらには、2024年の本格適用を見据えて議論が始まっていた「医師の時間外労働の上限規制」という新たな制約が、医療現場の逼迫(ひっぱく)に拍車をかけようとしていた。上野氏が創業を志した2015年、彼は「医療資源の枯渇」と「睡眠薬投与」という事実から不可避な未来の線を引き、放置すれば「現場の破綻」が生じ、安易な睡眠薬処方が増え続けるという最悪のシナリオを予見したのである。

    第2の潮流は、「テクノロジーによる信頼基盤の変化」である。2010年代に入り、スマートフォンの普及は単なる利便性の向上を超え、個人の生活ログを克明に記録するインフラへと進化した。アプリ開発環境が成熟し、かつては病院内で行われていた認知行動療法を「個人の手元」へと持ち込める技術的素地が整った。上野氏は、この技術の進展を、医療現場の「時間の欠如」を補完する決定的な手段として、ヤヌスコーンの中心に据えたのである。

    そして第3の潮流、すなわち決定的な「臨界点」となったのが、「法規制の劇的な転換」である。2014年11月、旧薬事法が現在の「薬機法」へと生まれ変わった。この改正の最大のポイントは、ソフトウエア単体を「医療機器プログラム」として承認する新たな枠組みの創設である。上野氏はこの法改正というシンボリック・イベントを、単なるルールの変更ではなく、デジタル技術が「医薬品と同等の信頼性」を獲得する時代の転換点として捉え、自らの事業を構想した。

    これら三つのトレンド、すなわち「破綻寸前の制度」「成熟したテクノロジー」「法的な正統性の確立」が重なり合った一点に、上野氏は「治療用アプリによる睡眠薬依存からの脱却」という未来の軌道を照射した。ヤヌスコーンのような思考法によって、断片的な事実(ドット)を意味のある線(ライン)で結び直すことで「まだ誰も見ていないが、必然的に訪れる未来」を、一足先に現実のものへと書き換えることができる。

    資料:各種資料と上野氏のインタビューより筆者作成
    図2 起業家・上野氏による未来洞察

    4. さらなる不確実性に対応する

    4.1 エフェクチュエーション

    もちろん、どれだけ卓越した起業家であっても、見込み外れはある。さらなる不確実性に直面したときに知っておくべきなのが、「目標思考」とは対極をいく「手段思考」の考え方だ。

    現代のビジネスパーソンは、キャリアであれ事業であれ、まずは明確な目標を立て、そこから逆算して最適なステップを計画する「コーゼーション(Causation)」の呪縛にとらわれている。いわゆるバックキャストの思考である。ゴールまでの登頂ルートが既知である「山登り」のような世界では、目標思考の手法は極めて効率的だ。

    しかし、われわれが直面しているのは、安全保障の揺らぎやテクノロジーの指数関数的進化といった、未来予測が根本的に困難な世界である。目標そのものが霧に包まれている状況で無理に計画を立てても、計画の修正に追われるだけで疲弊し、立ち往生するのが関の山だ。そこで重要となるのが、サラス・サラスバシー教授が提唱する、熟達した起業家たちが無意識に実践している意思決定理論「エフェクチュエーション(Effectuation)」である。これは目標ではなく、今手元にある「手段」を起点に、新たな未来を紡ぎ出す方法である。

    不確実性の荒野を切り開く起業家たちは、サラス・サラスバシー教授が見いだした以下の五つの原則を羅針盤として意思決定している。

    (1)「手中の鳥」の原則(Bird-in-Hand)

    将来手に入るかもしれない「茂みの中の二羽の鳥」を追うのではなく、今確実に握っている「一羽の鳥」を起点とする。すなわち、「Who I am(自分は誰か:アイデンティティー)」「What I know(何を知っているか:独自の知識)」「Whom I know(誰を知っているか:社会的ネットワーク)」という三つのリソースから、今できることを始めるのである。たとえ自分一人でできなくても、他者の力を借りることでより大きなことを成し遂げる。

    (2)「許容可能な損失」の原則(Affordable Loss)

    多くの者が「起業家は命がけのジャンプをする」と誤解しているが、熟達した起業家は決して再起不能になるほどの賭けはしない。失敗しても致命傷にならない「許容できるリスク」の範囲内で試行を繰り返し、学習のサイクルを回し続ける。骨を折るような大けがを避け、リトライ可能な範囲で挑戦を続けることで、確実な熟達をめざすのである。

    (3)「クレイジーキルト」の原則(Crazy Quilt)

    あらかじめ用意された完成図をめざすジグソーパズルを捨て、多様なパートナーが持ち寄ったリソース(布切れ)を即興的に縫い合わせ、思いもよらない一枚の作品を創り上げる。予測よりもパートナーシップによるコミットメントを重視し、ジャズの即興演奏(インプロビゼーション)のように目標そのものを進化させていく。

    (4)「レモネード」の原則(Lemonade)

    「人生で酸っぱいレモン(予期せぬ不運)を差し出されたなら、それで甘いレモネード(新たな価値)を作ればいい」という、欧米のことわざに由来する教えである。不測の事態を排除すべき障害と見なすのではなく、砂糖を加えておいしく飲む工夫、すなわち新たな価値創造の契機として歓迎する前向きな知恵である。

    (5)「飛行中のパイロット」の原則(Pilot-in-the-Plane)

    どれほどオートパイロット(予測モデル)が発達しても、嵐の中では人間が操縦かんを握り、臨機応変に判断を下さねばならない。環境に規定されるのではなく、自らの能動的な行動によって未来をコントロールしようとする不屈の意志である。

    未来を「予測」しようとする傲慢(ごうまん)さを捨て、自らの「手中の鳥」を信じて一歩を踏み出す。旅の途上で目的を見いだしていくこの創発的な歩みこそが、混迷を極める現代において、われわれがたどるべき「確かな未来」への一歩となるとされている。

    4.2 サスメドの対応

    実際、サスメドの道のりも決して平たんな一本道ではなかった。特に、主力製品である不眠障害治療用アプリの「その後」については、医療イノベーションが直面する冷徹な現実を物語っている。

    サスメドは、2023年2月に不眠障害治療用アプリの薬事承認を取得した。これは快挙であり、ヤヌスコーンで描いた「デジタルによる医療の代替」という未来が現実化した瞬間であった。

    しかし、その後の「保険適用」に向けたプロセスにおいて、想定外の事態に直面する。診療報酬上の評価を巡る厳しい調整が長引いており、当初の販売計画の修正を余儀なくされる状況が続いているのだ。これをコーゼーション(計画逆算型)の視点で見れば、『予定通りの収益化に失敗した』と映るかもしれない。しかし、不確実性を前提とするマネジメントの視点では、全く別の解釈が成り立つ(表1)。

    エフェクチュエーションの「五つの原則」に照らせば、この停滞は単なる失敗ではなく、制度の壁を可視化した「重要なフィードバック」である。上野氏は、単一のプロダクトの成否に固執するのではなく、サスメドが持つ「手中の鳥」を再定義した。パイプラインの多角化を行い、不眠障害のみならず、乳がん患者の不安解消や慢性腎臓病など、複数の疾患領域へとポートフォリオを広げ、一つの承認遅延が致命傷にならない「許容可能な損失」の範囲内で戦い続けている。また、自社アプリ開発で培った、ブロックチェーン技術による「治験の効率化・信頼性確保」の仕組みを、他社の治験支援事業(ソリューション事業)として横展開し、安定した収益基盤を構築している。

    サスメドのこの5年間を総括すれば、事業展開は「計画通り」ではないかもしれないが、「戦略的フォアサイト(未来洞察)」の正しさは証明され続けているといえる。「医療持続困難論」という過去からの潮流はさらに加速しており、医師の働き方改革も待ったなしの状況だ。制度の「内側」に潜り込み、デジタル療法という新しい概念を日本の公的制度の中に刻み込んだこと自体が、長期的には巨大な先行者利益となるはずだ。

    上野氏はまさに、嵐の中を飛ぶパイロットとして、風向きが変われば即座に翼の角度を調整し、目的地への航路を再計算し続けている。サスメドは、予定通りのスピードではないにせよ、「不確実性をマネジメントの原材料とする」という起業家精神を体現しながら、着実に医療インフラの書き換えを進めている。 投資家や市場の期待という「点」で見れば波風は激しいが、ヤヌスコーンが描く「医療効率化の必然性」という大きな「線」の上では、依然として最前線を走るトップランナーである。

    原則 具体的対応(保険償還の停滞を受けて)
    (1)手中の鳥

    アプリ単体の収益に固執せず、保有する「特許」「治験効率化システム」「薬事ノウハウ」を再定義し、多角的な事業基盤として活用する。

    (2)許容可能な損失

    パートナーとの提携関係の再構築を機に、乳がん・慢性腎臓病などへ開発領域を分散。特定製品への依存を避け、挑戦を継続する体制を構築。

    (3)クレイジーキルト

    当初の販売計画に執着せず、治験プラットホームを製薬会社やCROへ提供するなど、新たな協力関係を通じて目的を柔軟に進化させる。

    (4)レモネード

    保険償還の厳しい評価という「不運」を制度の壁の可視化という「フィードバック」と捉え、次なる戦略の契機として前向きに活用する。

    (5)飛行中のパイロット

    外部環境の激変に翻弄(ほんろう)されるのではなく、自ら操縦かんを握り続け、現状に合わせて即座に目的地への航路を再計算し、行動し続ける。

    資料:各種資料より筆者作成
    表1 上野太郎氏によるエフェクチュエーション

    5. 経営者の階層と適応のダイナミズム

    不確実性に対する姿勢は、経営者やトップマネジメントチームの器を如実に映し出す。私はこれを、視野の広さと適応の能動性によって五つの階層に分類している。

    最も低い階層にあるのは、①自らの「思い込み」に固執し、偏狭な視野で拙速に動いてしまう「危険な経営者」である。彼らは過去の成功体験という名の幻影を追いかけ、結果として組織に致命的な損害を与える。次に、②情報源を一般メディアに頼り、事態が深刻化してから狼狽(ろうばい)して反応する「悪い経営者」がいる。彼らにとって、未来は常に背後から襲いかかってくる災厄である。

    一方で、③専門的な知見に基づき、環境の変化に適応しようとする「ふつうの経営者」や、④培った人脈から予兆を捉えて変革を主導する「良い経営者」は、一定の成果を収めるだろう。しかし、現代が求めるのはその先にある⑤「卓越した経営者」だ。

    卓越した経営者は、自らの業界や国境を軽々と越え、歴史という長い時間軸の中に身を置く。彼らは上野氏のように、異業種や異文化、あるいは日常のささいな違和感から、スタンフォード流の論理的アプローチをもって未来のパターンを読み取る。彼らにとって、不確実性はマネジメントの障害ではなく、新たな価値を創造するための「原材料」なのである。

    2026年のわれわれが直面しているのは、予測不能なカオスではない。過去から連綿と続く潮流が、複雑に絡み合いながら未来へと噴出している過渡期である。このような不確実性に対しては、まず過去の潮流を深く読み解き、起こり得る変化に対して柔軟に適応できるように「最大限の準備」をしなければならない。しかし、いかに緻密な洞察を重ねても、未来を完全に見極めることは不可能である。

    だからこそ、ヤヌスコーンを手に過去を凝視し、現在の違和感に耳を澄ませる。そして、たとえ予期せぬ障害に直面しても、エフェクチュエーションによって乗り切る。この双方向のアプローチを実践する知的誠実さと、不確実性さえも味方につける前向きな姿勢こそが、現代のリスクマネジメントにおける神髄である。

    主要参考文献(さらに学びたい人のために)

    Carleton, T., & Cockayne, W. (2020). Playbook for Strategic Foresight and Innovation.
    井上達彦(2019)『ゼロからつくるビジネスモデル』東洋経済新報社.

    Sarasvathy, S. D. (2008). Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise. Edward Elgar Publishing.
    吉田満梨・中村龍太(2023)『エフェクチュエーション』ダイヤモンド社.

    執筆者紹介

    井上 達彦 氏

    井上 達彦(いのうえ たつひこ)

    早稲田大学商学学術院 教授

    1997年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士(経営学)。広島大学社会人大学院マネジメント専攻助教授、早稲田大学商学部助教授(大学院商学研究科夜間MBAコース兼務)などを経て、2008年より現職。独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、ペンシルベニア大学ウォートンスクール・シニアフェロー、特定非営利活動法人組織学会理事、早稲田大学産学官研究推進センターインキュベーション推進室長、民間企業や業界団体の顧問などを歴任。専門はビジネスモデルと事業創造

    執筆者紹介

    井上 達彦 氏

    井上 達彦

    早稲田大学商学学術院 教授

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

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