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外部環境変化がもたらす機会・脅威と高まる戦略的ERMの重要性

    2026年5月28日

    はじめに

    企業経営を取り巻く外部環境が短期間で大きく変化する中、不確実性の予測や対応に係る議論は多岐にわたる。その際、企業経営において昨今大きな影響を及ぼすものの中に、地政学の情勢変化と破壊的技術進歩(創造的破壊)がある。地政学では、ルール主義・自由主義に基づく国際秩序が大きく揺らぎ、各国が自国優先主義を拡大させている。同時に、AI・量子・宇宙・半導体・バイオ・エネルギーなど先端技術による創造的破壊も急速に進んでいる。ここで注目すべきは、地政学と創造的破壊が双方に影響しながら、企業経営に対し機会と脅威をもたらしている点である。本レポートでは、まず地政学と創造的破壊それぞれの最新動向を整理しつつ、相互間の影響を、その分析手法も含めて検討する。次に、地政学と創造的破壊の相互影響がもたらす市場の変化を、有望な成長領域(機会)と成長が減速する領域(脅威)の両面で検討する。そして最後に、新たな機会をとらえ即応できる戦略的な全社的リスク管理(Enterprise Risk Management: ERM)の重要性を指摘する。

    1. 自国優先主義の下で政府が強化する戦略資産

    自国優先主義とパワーポリティクスの拡大など、地政学情勢が大きく変化する中、世界の各国・地域は、産業競争力と国家安全保障を左右する戦略資産(技術・物資)を巡る自律性と優位性を高めるべく関連政策を強化している。各国・地域で特徴があり、米国の第二次トランプ政権では、「AIアクションプラン」ほかAIを巡る各種技術振興・規制緩和などi、個別政策の積み上げを進める。EUは、「競争力コンパス」iiのように地域レベルでの競争力強化と脱炭素の統合戦略、そして、中国は、「第15次五カ年計画」の下、挙国体制での競争力強化iiiを進めている。他方、各国・地域政策に通底する要素は、産業競争力の強化と安全保障の担保である。それを支えるデュアルユース技術と物資が、国家存立を左右する戦略資産となっている。

    各国・地域政府は、資金と規制を介して戦略資産の強化を進めている。資金面では、戦略資産への投資・融資、補助金、基金、研究開発、政府調達などが挙げられる。欧州におけるイノベーション向けの「欧州競争力基金」(2028-2034)では、宇宙・防衛は1,307億ユーロと、個別領域としては最大規模の支援対象となり、クリーントランジション(674億ユーロ)の約2倍に拡大iv。2024年3月の「欧州防衛産業戦略」v、2025年3月の「欧州再軍備計画」vi、同年9月の加盟国向け暫定的融資枠制度viiなど、ウクライナ戦争、欧州安全保障環境を巡る不透明性の拡大も踏まえつつ、株式市場では、欧州防衛銘柄がダウ平均を大きく上回る勢いで民間投資を誘発している(図1)。

    資料:FTほかより日立総研作成

    図1: 欧州防衛ETF株価の推移

    規制面でも許認可の迅速化、関税、技術管理、国産品優遇などを通して、直接的・間接的に自国・地域への民間投資を誘導する政策を強化している。

    ここで注目すべきは、戦略資産に対する政府の資金・規制の取り組みが、民間部門における先端技術開発に影響を及ぼしている点である。米国では、2010年以降、デジタル技術に関する民間部門の研究開発費が急拡大したが、同時期に、第一次トランプ政権が誕生、地政学的な観点から半導体などを戦略資産として位置付け、厳格対外規制を敷くことで、さらなる民間投資を促した(図2)。また、第二次トランプ政権でも、AIなどの特定の戦略資産について、AIインフラ整備に関する許認可の迅速化などを通じて「リードマーケット」を示すことで、民間投資を加速させる流れが確認できる。

    資料:National Center for Science and Engineering Statisticsより日立総研作成

    図2: 米国の負担部門別研究開発費

    このように、政府は、戦略資産を巡り自らの資金・規制のありかたを変容させ、これを民間投資の誘発や国内市場創出のための戦略的手段として利用しているわけである(図3)。これらの動きが、先端技術を巡る民間リスクマネーの流れに作用している。

    資料:各種資料より日立総研作成

    図3: 地政学バイアスが誘発する民間リスクマネー

    i
    The White House (2025) Winning the Race: America’s AI Action Plan.
    ii
    European Commission (2025) A Competitive Compass for the EU.
    iii
    科学技術振興機構(2025年)「第15次五カ年計画の科学技術戦略:4中全会で示された方向性」SciencePortal China, File No.25-102.
    iv
    European Commission. (2025). Communication (CELEX: 52025DC0570R(01)).
    v
    European Parliament Research Service. (2024). Briefing: European Defence Industrial Strategy.
    vi
    European Parliament Research Service. (2025). Briefing: ReArm Europe Plan/Readiness 2030.
    vii
    European Commission. (2025). Press release: IP/25/2042.

    2. 新興市場にかかる地政学バイアス

    本章ではまず、破壊的技術の進歩(創造的破壊)の動向を、先端技術を巡るリスクマネーの流れに着目して分析する。マーケット(新興市場/新興技術)別の累計資金調達額でみると、技術の有望性やマーケットの成長期待を背景として、AIデータセンターや生成AIアプリケーション・インフラ、EVなどが多額の投資を集めていることが分かる(図4)。viii

    資料:Speeda Edgeより日立総研作成

    図4: 累計資金調達額上位の新興市場

    次に、1章でみた戦略資産を巡る政治・地政学の影響(地政学バイアス)を受けて、今後重要性が高まる技術/市場について考察した。自国優先主義の拡大やAI覇権競争の激化、関税、資源制約などの地政学的不確実性要因ixが各新興市場に及ぼす影響(市場変革圧力や投資加速/減退影響)を「地政学スコア」として評価した(図5)。AI覇権競争という地政学的不確実性要因を例に挙げると、覇権競争下においてAI関連の技術や計算資源への投資が加速されると考えられるため、例えばAI Data Centers市場に与える影響は非常に強い追い風(地政学スコアはプラス評価)となる。このように、各新興市場と地政学的不確実性要因の関係性を機会・脅威(プラス・マイナス)の両面で評価したうえで、不確実性の発生確率や新興市場への直接・間接的な影響度を推定し、市場ごとの総合スコア(地政学スコアの合計値)を算出した。

    資料:日立総研作成

    図5: 新興市場に対する地政学影響の評価

    総合スコアに基づき新興市場を順位付けすると、調達額ではトップのAI Data Centers市場は18番目に位置する結果となった一方で、Supply Chain Tech(サプライチェーン(SC)計画管理ソフトなど)やMilitary Tech(軍事利用向けAIなど)のように、調達額は比較的少ないながらも地政学スコアが非常に高い領域が存在することが明らかになった(図6)。

    資料:日立総研作成

    図6: 地政学スコア上位の新興市場

    viii
    Speeda Edge(2025年6月時点)に基づく。同データベースでは、17のセクター・業種における約200の新興市場/新興技術を整理。累計資金調達額(グローバル)は、対象セグメントにおいてスタートアップが調達した資金総額(ベンチャーキャピタル、プライベートエクイティ、デット、株式公開などを含む)、TAM(Total Addressable Market)は米国市場における潜在収益機会の推定値を表す。
    ix
    日立総研分析

    3. 地政学と創造的破壊による機会と脅威

    2章の分析に基づくと、地政学スコア上位の市場については地政学的不確実性要因の影響を受けて今後の投資拡大が期待される領域(機会)、スコア下位の市場については投資減退リスクのある領域(脅威)といった解釈ができる。図7のように、スコア上位と下位の新興市場をみると、例えばSupply Chain Techについては、保護主義による分断や供給網分断リスクの顕在化により、サプライチェーンのリスク管理や供給網の再構築に対する需要増を通した機会拡大が見込まれる。他方でスコア下位の市場をみると、例えばEV Economy(乗用/商用EV、EVバッテリーなど)については米欧におけるEV支援策の見直し、中国によるレアアースの輸出規制などが投資・需要を減退させるリスク要因(脅威)となると考えられる。

    資料:日立総研作成

    図7: 地政学的不確実性要因による新興市場への影響 (抜粋)

    このように、企業が事業成長の機会・脅威として注目すべき領域を捕捉するためには、市場に対するリスクマネーの流れと地政学的不確実性要因による影響を同時に考慮することが重要となる。図8では2章までの分析を基に、縦軸に資金調達額、横軸に地政学スコアをとり、各新興市場をプロットした上でTAM (Total Addressable Market)をバブルの大きさで表現している。その結果、各象限には異なる特徴を持った新興市場がマッピングされる。

    • 領域A:資金調達額/投資規模が大きく、地政学スコアも比較的高い機会の領域で、技術そのものの有望性や地政学の影響を受けて、すでに投資が集中し今後も拡大が予想される。具体的にはAI Data Centers、GenAI、Agentic AI関連のインフラ・アプリケーションが該当する。
    • 領域B:投資規模は領域Aほど大きくないものの、地政学スコアが高く、今後の投資拡大が期待される同じく機会の領域である。Supply Chain Tech、Military Techなどが該当する。
    • 領域C・D:地政学スコアが比較的低い領域であり、地政学や政策変更の影響を受けて、今後投資減退が顕在化または継続する可能性のある、脅威として位置付けられる領域である。EV Economyや再エネ関連の技術がこれに該当する。

    資料:日立総研作成

    図8: 地政学情勢と創造的破壊による機会と脅威

    日立総研では、地政学の影響を受けて今後の投資拡大が期待される領域Bに着目し、地政学と創造的破壊によるニーズの変化や市場機会を考察した。例えば、Supply Chain Techの場合、従来のサプライチェーンは、国境をまたいでグローバルに最適化され、いかにコスト効率の高い供給網を構築するかが重視されていた。一方で、米中対立や自国優先主義によるサプライチェーンの分断が頻発する昨今、域内完結化やサプライチェーン分断に備えたレジリエンスの重要性が増す。このような状況において、Supply Chain Techには、供給分断をリアルタイムに予測し、意思決定を実行していくことが求められる。具体的には、リスクの検知、関税などのシナリオを織り込んだ生産や調達先の計画、意思決定を半自動的に行うことが重要となるが、Agentic AIやデジタルツインなどの進化により、事業環境の変化にあわせて、サプライチェーンをEnterprise-to-Enterprise (E2E)で最適化していくことが可能になると考えられる。このように、サプライチェーン計画管理ソフト、部品追跡ソリューションなど狭義のSupply Chain Techのみならず、Agentic AIやデジタルツインなどを含む周辺領域の拡大、それら技術によるSupply Chain Techソリューションの高度化も含めた市場機会が創造される。

    資料:日立総研作成

    図9: 地政学と創造的破壊を背景としたSupply Chain Tech市場の変化

    4. 機会・脅威への即応を実現する戦略的ERM

    本レポートが示したとおり、地政学と創造的破壊の相互作用は、企業にとって事業成長の機会になる場合もあれば、その逆に脅威をもたらすこともある。機会は企業のトップラインの伸長に、また脅威はボトムラインの不安定化につながる。これに対し、企業がまず採るべき施策は、地政学と創造的破壊に係る不確実性が顕在化した際、それを早期に捉えることであり、そのためのモニタリングである。また、各地域市場における地政学と創造的破壊の相互作用をデータに基づき分析し、トップラインとボトムラインを含む自らの企業への影響を的確に把握することである。その上で、機会すなわち成長領域を巡っては、これに活用可能かつ、自社に不足している事業資産の評価を行い、また、各市場における顧客・競合・政府の動きなども踏まえた競争戦略の検討が必要になる。また逆に、脅威となる領域についても、機会とセットで評価し、受け入れざるを得ない脅威と緩和すべき脅威を総合的に判断、その上で必要な経営施策を採ることが重要になる(図10)。

    資料:各種資料より日立総研作成

    図10: 地政学バイアスと創造的破壊のモニタリング・分析を踏まえた戦略的ERM

    これら一連の取り組みを、統合的かつ継続的に進める枠組みが戦略的Enterprise Risk Management(ERM)である。企業は、不確実性とこれが顕在化したときのリスクが持つ機会・脅威の両面を一体的に捉える戦略的ERMを経営の中核に据え、現在から将来のあらゆる不確実性とリスクを経営戦略・計画とアラインさせることが重要である。

    以上

    執筆者紹介

    峯畑 昌道(みねはた まさみち)

    日立総合計画研究所 グローバル情報調査室 主管研究員

    (英)Bradford 大学、(米)Pacific-Forum CSIS、(国研)科学技術振興機構などを経て入社・現職。

    石井 俊太郎(いしい しゅんたろう)

    Hitachi Research Institute Office マネージャ

    エネルギー、金融、産業領域の事業戦略策定、自動運転・先進運転支援システムの営業を経て、米州地域戦略、AI・デジタルに関連する事業戦略の立案・実行支援に従事。

    このレポートの研究員

    峯畑 昌道

    グローバル情報調査室
    主管研究員

    石井 俊太郎

    Hitachi Research Institute Office
    マネージャ

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

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