ページの本文へ

Hitachi

メニュー

株式会社日立総合計画研究所

インタビュー

研究活動を通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対論

日本経済の成長のために何をすべきか〜長期的視点からの展望〜

現在、日本は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉、新産業創出、少子高齢化対策などの構造改革を進めることによって、いかに成長戦略を描くかが問われています。政府や企業は、今後、何をなすべきなのか。今回は日本経済研究センター理事長の岩田一政氏に、長期的な視点で、日本経済の成長の可能性についてお話を伺いました。

岩田 一政 氏

interview27-01


公益社団法人 日本経済研究センター理事長
1981年、エコノミスト賞「金融政策と銀行行動」
1994年、郵政大臣賞など受賞多数

略歴
1970年 3月 東京大学教養学部教養学科卒業
1970年 4月 経済企画庁入庁のち経済研究所研究官
1986年10月 東京大学教養学部助教授(経済学)
1991年 4月 東京大学教養学部教授(経済学)
1996年 4月 東京大学大学院総合文化研究科教授(経済学)
1999年 4月 東京大学大学院総合文化研究科教授(国際社会科学専攻主任)
2001年 1月 内閣府政策統括官
2003年 3月 日本銀行副総裁
2008年 6月 内閣府経済社会総合研究所長
2010年10月 日本経済研究センター理事長

経済学を学んだ理由

川村:岩田さんはこれまで国内外で大学教授、日銀副総裁、内閣府経済社会総合研究所長などを歴任され、現在は日本経済研究センターの理事長を務めていらっしゃいます。初めに、なぜ経済学をご専門にされたのかをお聞かせください。

岩田:経済の豊かさとは、最終的には人々がどれくらい幸せになれるか、に依存します。幸せになるための方法はいろいろありますが、簡単に言うと二つの道があります。一つは、仙人のように物質的な豊かさではなく精神的な豊かさを求める道。もう一つは、生活自体が豊かになり快適に暮らせることです。社会に出て何をするべきかを考えたとき、皆が仙人になっても経済社会はうまくいきません。であれば、生活自体を豊かにできる経済学を専門に学びたい、と思うようになりました。大学卒業時はちょうど東大紛争のころでしたので、大学院へは進まず、「日本の経済社会を分析したり経済学を学べる仕事をしたい」と思い、経済企画庁に入庁しました。その後、東京大学に移り教養学部教養学科で経済学を教え、2001年に経済企画庁が内閣府に改組された時期に経済分析担当の内閣府政策統括官に任命されました。それから日銀副総裁、内閣府経済社会総合研究所長を経て、現在は日本経済研究センター(以下、「日経センター」と略す)におります。大学を卒業した当初は、自分の職場が6回も変わるとは全く想像もしていませんでした。以前は役所に入れば最後までそこにいるというのが普通でした。ある意味、ちょうど時代の変革期、日本の経済社会が大きく変わる時期であったのだ、と思います。

日本はデフレを脱却できるのか

川村:日本企業の業績が回復しており、日立も2013年度の営業利益は過去最高益を達成する見通しです。アベノミクスによりデフレ脱却の兆しが現れているようにも見えますが、2015年までに実現できるとお考えでしょうか。

岩田:安倍総理は2013年11月の政権発足からいわゆるアベノミクスを立ち上げて、「金融緩和」、「財政出動」、「成長戦略」の「三本の矢」を放ちました。第3の矢である成長戦略では、中期的に実質成長率を2%とする目標を掲げました。しかし、マーケットのコンセンサスではやや懐疑的です。私の所属する日経センターは実質成長率を2013年度から2015年度にかけて平均1.3%程度と見ています。その大きな理由は、今年、来年と消費税率が2度にわたり、合計5%引き上げられるためです。2014年4月に黒田総裁が記者会見をされて、デフレギャップは0%に近いと発表しました。しかし、政府公表ではまだ1.6%程度存在するとしていますし、米国のブルッキングス研究所は1.6%より大きいと見ているようです。私もデフレギャップはまだ残っていると思っています。通常、物価はデフレギャップが解消され、需要が少し供給を超過してから上がります。政府公表によると、確かに足元では物価指数が1.3%上昇しています。では、なぜ物価が1.3%上昇しているのかですが、これには円安の影響があると思います。安倍政権になって20〜25%の円安となりましたから、企業は為替差益を相当に出していると思います。史上最高益を享受している輸出企業も多いでしょう。しかし、円安効果は1回限りで持続しません。物価の上昇率1.3%のうち半分の0.6〜0.7%程度を円安が押し上げているとすると、これ以上円安が進まなければ、その分の効果は無くなります。つまり、足元の物価上昇率が1.3%でも、今年の年末には0.6%程度になっているかもしれません。

川村:お話をまとめますと、2015年になってもデフレは脱却できないということでしょうか。

岩田:消費税の引き上げを考慮すると、デフレを脱却するのに5年はかかると思っています。日銀短観の「企業の物価見通し」では、企業が物価の先行きをどのように見ているかを調査して公表しています。最近の発表では、5年後の消費者物価上昇率は1.7%程度となっています。しかし、5年後の販売価格については、大企業はマイナス0.3%と見ているのに対して中小企業はプラス2%と、回答に大きな違いがあります。大企業は自分の売っている財・サービスの価格が将来も上がっていないと見ていることが分かります。このことからも、デフレ脱却はまだ道半ばと言えるでしょう。一方、足元の物価上昇率が1.3%であるならデフレ脱却宣言を出していいのではないかという意見もあります。しかし、内閣府がデフレ脱却の判定条件として挙げた、?GDPギャップの解消、?GDPデフレータの上昇、?単位労働コスト上昇の三つに照らして見ると、まだデフレを脱却したとまでは言えない状況です。アベノミクスが始まって1年経過した現在までは、だいたい想定通りに物価は動いていますが、これからさまざまな困難があると思います。

制度改革の目玉はTPP

\interview27-02

川村:日本経済の潜在力を発揮するには産業構造を革新し、成長戦略を描いていくことが政策に求められると思います。規制改革や新産業育成などに関して、どのように考えていらっしゃいますか。また、自由貿易協定(FTA)の効果はどのようなものになると考えられますか。

岩田:成長戦略には二つの柱があると考えています。一つは制度改革や規制緩和といった構造改革で、もう一つはイノベーションの促進です。まず、制度改革についてですが、目玉は現在盛んに議論されているTPPだと考えます。TPPなどのメガFTAの実現は日本企業にとって、単に貿易面での障壁撤廃だけではなく、重要なことはグローバル・バリューチェーンの構築が容易になることです。日本は、環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)を除く、TPP、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、日・EU経済連携協定(EPA)、アジア太平洋経済協力(APEC)の四つのメガFTAと関係しており、「メガF TA時代」の中心にいると言えます。仮に各国の通関業務や物流インフラなどに関わる、グローバル・バリューチェーン構築上の障害を取り除けた場合、世界経済を2.6兆ドル押し上げる効果があるという試算があります。これはダボスにある世界経済フォーラムが世界銀行と試算した数字です。世界の関税を全て撤廃した場合の経済効果は0.4兆ドルとしていますから、その6倍になります。日本経済も大いに利益を享受できると思いますので、TPP交渉を成功させることは日本にとって極めて重要だと思います。

情報技術を核とした新産業育成

\interview27-03

川村:イノベーションの促進という点では、今後成長が期待される新しい産業について、どのようなイメージをお持ちでしょうか。

岩田:2013年の5月に、マッキンゼー・グローバル・インスティテュートが、『Disruptive technologies: Advances that willtransform life, business, and the global economy』という報告書を出して評判になりました。その報告書では、2025年までに人々の生活あるいは経済活動を根本から変革させる12のテクノロジーが挙げられています。例えば、次世代ロボット、遺伝子の膨大なデータを解析する技術などです。こうした情報技術と関連の深い12のテクノロジーが社会を大きく変えていくと提唱しています。また、『The Second Machine Age』という興味深い本を最近読みました。本書では18世紀後半に始まった蒸気機関車から電力の導入までの産業革命を「First Machine Age」としています。人間の肉体的な労働を機械に置き換えるのが特徴です。そして、現在は、「Second Machine Age」という、人間の頭脳労働を機械に置き換える新しい時代に入っている、と述べています。こういう流れにちょうど乗っているのが、先程の12のテクノロジーなのではないかと思います。

川村:「Second Machine Age」という新しい時代に入ると、産業構造も変化していきますね。

岩田:一般的な製造業やサービス業という分類から離れ、新しい「情報経済」と言いますか、「Second Machine Age」にふさわしい産業構造に切り換えて、新たな付加価値を生み出す産業を育てていくことが重要だと思います。情報技術では、やはり、米国が比較優位性を持っています。日経センターでは「2050年の時点でも、米国は世界一の経済大国の地位を維持する」と予測しています。その理由として、最先端の情報技術を、産学連携の好循環を通じて大きくさせていく仕組みが米国経済に備わっていることが挙げられます。

川村:アマゾンやグーグルの例を見ていると、本当にそういう感じがします。しかし、社会インフラと情報技術を融合させて展開する力は、日本企業もかなり持っていると思います。

岩田:ポテンシャルは十分ありますし、日本は決して科学技術の水準で米国に引けを取っているとは思いません。むしろ、米国企業が日本の技術をうまく活用してビジネスモデルを構築している面もあると思います。日本でも、基礎技術をビジネスにつなげていく仕組みをうまく構築できれば、未来は明るいでしょう。

川村:私もそう思います。特に日立は情報技術と社会インフラの両方を持っていますので、例えば鉄道事業でいえば、車両だけでなく、ビッグデータの技術を運行管理に応用しようとしています。われわれが力を発揮できる部分は多いと思います。

岩田:日本政府は、2000年初めから「IT立国」を提唱して、さまざまな政策を進めてきましたが、うまく機能していません。例えば、日本の財政データは、市町村のレベルになると、確定値が出てくるのは2年後です。リアルタイムで、どこの町でいくら使った、というデータを中央で把握できるのが、IT国家です。自治体のI T化自体は進んでいても、互換性がなくて活用できないケースもまだまだあります。IT分野では、日本は部品を含めたハードウェアは強いと思います。しかし、ネットワークやデータベースを作り、それをビジネス戦略に活用するというソフトウェアの分野、いわゆる「知識資本」の分野が非常に弱いと思います。経済協力開発機構(OECD)は無形資産と有形資産の比率を国際比較した資料を発表しています。これによりますと、米国はハード投資(資本ストック)とソフト投資(知識資本)の比率が1:2であるのに対して、日本はその反対となっています。先程述べました『The Second Machine Age』では、米国のIT投資はハードウェアに1ドル投資したら、トレーニングや業務革新などを含めたソフトウェアに9ドル投資するという実証分析を紹介しています。つまり、ハードウェアを活用するところにしっかりお金を使っているということです。日本はそういうところが弱いので、情報技術のメリットを産業界が十分に享受できていないのだと思います。

川村:確かに、情報技術のメリットを享受できる可能性のある産業は、農業なども含めてまだまだたくさんありますね。

岩田:おっしゃる通りです。販売などのネットワーク作り、ブランドのイメージ作りなど、全てが情報技術に関連しています。

川村:日本は、情報技術と融合した新たな産業を育成するべきだと思います。ただ、製造業の多くが海外に出て行ってますから、国内で昔と同等レベルの雇用を守ることは難しくなっています。

岩田:そこが一番デリケートなところです。「Second MachineAge」では、機械が肉体労働から頭脳労働まで代替するわけです。そうなると「人間は何をしたらいいか」という問題が生まれることになります。

川村:製品の中核を担う部品の開発や製造など、ある程度は日本に残せるのではないかと思っています。ノーベル賞の受賞数を見ても分かりますが、アジアでは日本の研究の基礎レベルは突出して高いと思います。中国人で受賞している人もいますが、米国で活躍している研究者であり、中国の研究者は受賞していません。

岩田:確かに特許の数を見ても中国はすごく増えていますが、実は出願者のほとんどは米国系をはじめとした外資系企業ですね。

産学連携の仕組みを確立する

川村:新しいテクノロジーの担い手として国際競争力を持つ人材の育成が不可欠です。そのために必要な大学教育の改革についてはどのようにお考えでしょうか。また、欧米では、大学と産業界の連携が積極的に行われていますが、日本で実効性の高い産学連携を推進していくためには、どのような施策が国や企業に求められるとお考えでしょうか。

\interview27-04

岩田:もちろん、さまざまな情報技術を持っている日立も含め、大企業が新しいテクノロジーの担い手として、さらに努力を重ねて新しい産業を育成していくケースもあるでしょう。その一方で、米国ではむしろ大学のキャンパスやシリコンバレーからグーグルのようなベンチャー企業が次々に生まれて、瞬く間にトヨタレベルの大企業に成長しています。大学発のベンチャー企業について日米で比較すると、実はものすごく大きなギャップがあります。例えば特許の出願数を比べると、米国の年間12,000件に対し、日本はその半分の6,000件です。米国の経済規模は日本の約3倍ですから、それを考えると日本の科学技術の水準は米国に決して引けを取っていないと言えます。しかし、そのうち、ベンチャーによって商用化されてビジネスとして結実したケースを見ると、米国は年間12,000件のうち1,800件程度であるのに対して、日本は6,500件のうち31件のみです。日本が米国を追いかけていた時代は技術だけで勝負すればよかったのですが、先端を走るようになると、研究成果をビジネスモデルに載せ、マーケットに出すことが必要になると思います。今の日本はこのプロセスにおいて、何かが抜けているのではないか、と思います。

川村:日本では産学連携がうまく機能していないということでしょうか。

岩田:産学連携が滞っている例が多いのも事実です。そこをブレークスルーする何かが必要です。シュンペーターの言葉によれば、イノベーションは新しい結合によってもたらされると言います。発明はもちろん重要ですが、それに加えて生産方法、販売方法、場合によっては金融などとの結合が必要になるでしょう。金融面では、日本の大学発ベンチャー企業に必要なお金がうまく回っていません。例えば、日本のベンチャーキャピタルは、米国に比べ投資規模が20分の1程度です。先ほど挙げた必要な要素を基礎技術にうまく結合させることで、日本でも「Disruptive technologies」が開花するのではないでしょうか。

潜在成長率を維持するには

川村:日本が長期的な経済成長を目指し、潜在成長率の水準を維持するために何をするべきでしょうか。

岩田:潜在成長率を決める要素として、労働投入、資本投入、経済全体の生産性の三つがあります。そのうち、労働の方は日本の労働力人口の伸び率がマイナスですし、資本ストックでも減価償却を除いた純資本ストックの伸び率がマイナスになっています。そうなると、潜在成長率をプラスにできる要素は経済全体の生産性しかありません。この経済全体の生産性を「全要素生産性」と言います。今のアベノミクスはこの全要素生産性を2%向上させることを目指しています。日経センターの試算では、足元の全要素生産性の成長率は約0.7%です。場合によっては労働や資本がマイナスに寄与するため、その分も考慮すると少なくとも2.5%程度まで全要素生産性を引き上げなければ中期的な成長は実現できません。しかし、現在の全要素生産性の伸び率を3倍、4 倍に高めるのは難しいと思います。日経センターが今年の2月に出した「2050年への構想グローバル長期予測と日本の3つの未来」では、いくつかの日本経済の2050年に向けた長期成長シナリオを検討しています。例えば、過去と同じような制度改革の努力を継続した場合のシナリオでは、平均成長率は約0.2%となります(「基準シナリオ」)。これに対して、さまざまな制度改革やイノベーションを一生懸命に行った場合のシナリオは1.3%とと予測しています(「成長シナリオ」)。つまり1%強、成長率を高めることが可能と見ています。これは国全体の話ですが、一人当たりで見れば、人口が減少することを考えれば成長率は2%弱くらいになります。そのレベルの経済成長は不可能ではない、というわけです。

川村:岩田さんが委員になっていらっしゃる内閣府「選択する未来」委員会は「2030年ごろからの出生率を高める政策を打ち出す」という案を発表されました。その時期まで経済成長を維持できれば、子どもを産む女性が増え、出生率が伸びる可能性もあると思います。

岩田:OECD諸国が実施している子育てに関するさまざまな施策を分析しますと、政策によって出生率を高められることが分かります。例えばフランスは子育てのための画期的な支援政策を展開しています。約30年かけて出生率が2に近いところまで戻しています。先ほど紹介しました日経センターの2050年長期予測の試算では、日本が同じ政策を行うには、現金給付や保育助成など毎年8兆円の費用が必要になります。8兆円というと、ちょうど消費税3%の増収分に相当します。これによって日本の出生率を現在の1.4%から1.8%まで高めることは可能です。しかし、2.1%まで上げるためには16兆円かかります。予算的には8兆円程度が限度ではないでしょうか。それでも人口の減少は止まりませんので、日本で働く外国人を増やしていく必要があります。現在、日本は毎年約5万人程度の人材を海外から受け入れていますが、これを2050年までに20万人の規模に増やすことができれば、国内の人口は9,000万人で安定します。現在の1億2,500万人からは減少しますが、歯止めをかけることは可能です。「20万人」という人数は多いようにも見えますが、先日、オーストラリアのシンクタンクの方と話した際に「外国人労働者を20万人に増やす」と言ったところ、「オーストラリアは、人口規模は日本よりも小さいにもかかわらず、30万人を受け入れている」と話されていました。しかも、「業種や技能レベルで絞ってしまうと、特定分野で過剰供給が起きてしまうため、幅広い人材を受け入れている」ということでした。また、外国人留学生の受け入れも有効であると考えます。少子化の進展で、大学の入学者数は2050年の時点で10万人減少すると見ていますが、留学生を10万人程度増やせば相殺できます。日本の大学で勉強すれば日本語もうまくなるでしょうし、卒業後も日本で働きたいと思う人が半分、あるいは3割程度でも生まれれば、日本の経済成長の維持のためにも、有力な手段になるでしょう。日本経済が成長していく上で、人口減少は取り組むべき重要な課題であり、進展に歯止めをかけることが可能である、と認識することが重要だと思います。

川村:「成長シナリオ」を実現していくためには、いろいろなことを頑張らねばならない、ということですね。

岩田:国や政府も頑張らなければいけませんが、民間企業、そして、一人一人の個人も、日本の将来をよく考えて行動することが求められます。

川村:「日本の人口を9,000万人に維持する」といった大きなスローガンを作って、みんなで頑張る、というようなことまでは、考えたことがありませんでした。

岩田:確かに、戦後を通じて例はありませんでした。しかし、今後人口が3〜4割減少していくことが明らかになったわけですから、日本全体が一体となって取り組む必要があります。高齢化により労働力人口が減少し、日本経済が縮小して国力も低下すれば、日本という国が成り立たなくなるのではないか、と危ぶんでいます。

消費税25%は避けられない

川村:財政再建も日本が持続可能な成長を実現するうえで重要と考えます。日経センターが出された2050年の長期予測では、消費税の段階的な引き上げと、それに伴う国民負担率上昇の必要性を主張されています。日本が財政再建を実現するためには、どのくらいの国民負担率の上昇と時間を想定しなければならないのでしょうか。

interview27-05

岩田:現在、税金と社会保障の国民負担率は38%ですが、日経センターの2050年の長期予測では55〜58%まで上がると見ています。特に社会保障の負担がかさんできます。税収を増やさなければ、債務が膨らみますので財政は破綻します。現在の政府債務はGDP比で230%です。今は長期金利が0.6〜0.7%ですが、それが1%上がっただけでもGDP比で2 . 3 %の利払いが増加します。金額で言いますと、一度に10兆円くらいの単位で利払いのコストが増えるわけです。仮に日銀が2%の物価安定目標を達成すると、長期金利はおそらく3%に上がりますので、それだけでものすごい金額の利払いが生じるわけです。当然、税金も取らず、策も打たなければ財政赤字も政府債務も膨らみ、どうしてもつじつまが合わなくなってきます。今後、消費税率を25%まで上げなければ、政府債務の規模も、GDPに対する比率も安定しなくなる、と考えます。先日、OECD事務総長のアンヘル・グリア氏からお話を伺った際に、「今、日本がやるべきことは、消費税率を少なくとも15%まで引き上げることだ」とおっしゃっており、IMFも同意見です。しかし、日経センターでは「消費税率を25%まで上げなければ本格的に安定化させるのは無理だろう」と考えています。全体の国民負担率は55%程度となりますが、スウェーデンでは60%程度なので、日本もその水準に近くなるということです。

川村:負担率が高くても、北欧の国民はそれに見合う見返りを政府からきちんと受けている、という実感があるようです。

岩田:そこがうまくいっている理由だと思います。政府から国民に対しての説明責任がきちんと果たされ、国民も重税に納得しています。日本はそのレベルまで至っていません。それでは国民は単に増税でお金を取られるだけのイメージを抱いてしまうと思います。

川村:今、お話された「消費税25%、国民負担率55%」というのは、時期としてはいつごろを想定されていますか。

岩田:2030年代の初めまでにその状態にしなければ間に合わないと試算していますので、残された時間は、あまりありません。

米国経済と中国経済の今後

川村:世界経済に話題を移します。米国経済の復活は本物なのでしょうか。また中国経済が持続的に成長する可能性については、どのような見方をされていますか。

岩田:米国経済の新しい出来事として、エネルギー産業の変革があります。シェールガス革命が起こり、2020年ごろには生産量でサウジアラビアを超える産油国になると言われています。経済は明らかに活性化するでしょう。エネルギー産業に連動して石油化学産業も復活しつつあります。この「エネルギー」分野も、先ほどお話しした『Disruptive technologies』の12のテクノロジーの一つに挙げられており、シェールガスの採掘にはベンチャー企業が活躍しています。また、2002年からドル安基調を継続してきましたので国際競争力が相当回復しており、米国で生産してもコストが割高ではなくなりました。「製造業の本土回帰」という動きもあって、米国経済はかなり強くなるのではないでしょうか。それから、「Second Machine Age」でも米国は相当の競争力を持っているのではないかと思います。これらの要素を考えると、米国経済は民間経済主導で今後相当強くなっていくのではないかと思います。ところが、米国の実質成長率は2〜2.5%くらいで推移しており、それほど力強く見えません。通常は、リセッション後の回復期は4〜5%成長するのが普通ですが、数字上はその半分です。ただ、『The Second Machine Age』の著者も指摘しているように、今のGDPの統計手法が、「Second Machine Age」で新たに生まれている産業を本当に評価しているのかという疑問があります。今はインターネットを使ってさまざまな情報を自由に取得することが可能です。利用者がインプットもアウトプットも同時に行います。新しい製品やソフトウェアがどんどん生まれるわけですが、そのような活動が本当にうまく経済データに組み込まれているのかという疑問を、私も持っています。80年代後半、米国のGDPの4%が情報産業に分類されていました。当然今はそのシェアが数倍に増えていてもおかしくありませんが、統計上は今でも同じなのです。そう考えると米国経済は、実際はもう少し成長しているのかもしれません。

川村:米国の経済成長が順調に進んでいるところを、政治が足を引っ張っている、というようなことはないのでしょうか。

岩田:もちろん、そういうこともあります。ただ、今の段階では、共和党と民主党で一応、予算案で合意ができたので、財政赤字削減の見通しが以前より大分良くなっていると思います。米国については、民間経済は明らかに良くなっていますが、国全体のGDPの動きを見るとそれほど強くありません。同時に、金融政策が米国経済の今後の大きな不確実性の要因になっています。経済を刺激するために量的緩和をするまでは良いのですが、量的緩和は明らかに資産価値に影響を与えます。日本の場合も量的緩和によって、株価が5割ぐらい上がって、為替レートは2割ぐらい下がったように、資産価値に大きな影響を与えました。ただ、現実の実態経済やインフレ率がどこまで本当に変わったかについては、見る立場によって、認識が多少異なる状況だと思います。また、量的緩和で拡大してしまったものを、今後は徐々に減らしていかなくてはいけません。そのプロセスが世界経済、とりわけ新興国に悪い影響を与えない形で円滑に進められるか、という課題もあります。ここ3年間で明らかになっていることですが、新興国の経済が思ったほど強くありません。中国で言いますと、「影の銀行」に対する懸念が非常に高まっています。もしかすると、バブル崩壊もありうるかもしれません。また、今の新興国に共通しているのは政治的な問題です。トルコやタイがそうだと思います。政治的な問題とは少し違うかもしれませんが、今のウクライナの問題はロシアとの関係が背景にあります。ロシアもBRICs*1の一つですので新興国と考えられます。G7で議論されているロシアへの制裁の内容次第では、ロシア経済にダメージが生じる可能性もあります。現在、新興国で大きなリスクが表面化していると考えています。

interview27-06

川村:新興国の中でも、中国経済の成長に関しては今後どのように考えられるでしょうか。過去、中国は米国に「量」で追い付くという話もありました。

岩田:経済規模では、2030年代初めに米国を追い抜くという予想が多くあります。中国自体もそう思っており、米国を追い抜き世界第一の大国になることを前提に外交政策などを組み立てていると、私は考えます。ただ、日経センターで行った2050年の予測では、少し違う予想を出しました。新興国の多くが順調にそのまま先進国になっているかというと、そうではありません。特に南米では成長率の高い国がいくつかありましたが、最終的には先進国のレベルに到達していない。これを「中所得国のわな」と言います。例えば、新興国が先進国にキャッチアップする段階では、先進国からの直接投資や技術供与により技術的に追い付くことは比較的容易です。日本も高度成長期には同じような状態でした。キャッチアップする段階では経済成長率も高く、全てが順調に動きます。しかし一度キャッチアップした状態に近づくと、今度は自立した技術が必要となります。技術自体を自力で考えて開発するなど、大きな飛躍をしないと経済成長は持続できません。アジアで「中所得国のわな」を抜けられたのは、いわゆるアジアNIEs*2の韓国、台湾、シンガポール、香港だけです。他の国や地域はまだ「中所得国のわな」を抜けていません。中所得国とは、世界銀行の定義では1人当たりの国民総所得が1.2万ドルまでの国や地域を指します。日経センターの2050年の予測では、2050年の時点で中国の1人当たり総所得は1.2万ドルのレベルにとどまると見ています。今は約6,000ドルですから倍にはなりますが、それでも中所得国のままです。中国は「中所得国のわな」から抜けられないと予測しています。また、政治面では、戦後3度目の危機に直面しているのではないか、と考えています。最初の危機は文化大革命。2度目は天安門事件。このときに民主主義の発展が阻害されたまま高度成長してきたわけですが、今また矛盾が顕在化しているのではないかと思います。

川村:一党独裁を守るために民主主義を犠牲にしたのですね。

岩田:あのとき、もう少し民主化を進める方向へ向かっていれば良かった、と思います。今日、汚職問題が大きくなり、「影の銀行」もそれと密接につながっています。地方政府は地方債を出せないので、国有企業や地方政府にファイナンスをするための組織を作り、その組織が裏のお金を集めています。公式のお金ではないので金利が高く、非常に不安定な仕組みになってしまっているのです。薄熙来氏が汚職事件で追放されましたが、中国の政治体制に与えたインパクトは相当なものではないでしょうか。つい最近もフィナンシャル・タイムズ紙に、江沢民元国家主席が、習近平国家主席のことを「やり過ぎだ」と話したという記事が載っており、政治家の間で対立が非常に深まっています。その意味で今の中国は政治的な危機に直面していると言えます。政治面での制度改革が非常に遅れてしまったので、「中所得国のわな」からも、まだまだ抜けられない状況にあると考えます。

川村:中国には、国有企業がまだたくさん残っており、民間企業の活用という点でも不安はあります。

岩田:本格的に経済改革をするのであれば国有企業の民営化が必須になりますが、習近平国家主席は避けています。

*1
近年、急激な経済成長を遂げてきた「ブラジル(Brazil)」、「ロシア(Russia)」、「インド(India)」、「中国(China)」の頭文字をつなげた造語。
  
*2
Newly Industrializing Economiesの頭字語の末尾に複数を示す "-s" を続けた新興工業経済地域の略称。開発途上国・地域のうち、20世紀後半に急速な経済成長を果たした国・地域の総称。

自己実現に向けた働き方

川村:岩田さんご自身について、お話しを伺いたいと思います。これまで経済学の分野で、仕事を通して専門性を磨かれてきたことと思います。そのために、岩田さんがご自分への投資といいますか、自己実現に向けた行動として、実際にされていることがありましたらお聞かせください。

岩田:これは哲学的なことでもあり、お答えするのが一番難しいですね。結局、学ぶことではないかと思います。学ぶ対象はいろいろありますが、私にとって今は日経センターの仕事自体が学ぶことだと感じています。孔子の論語に「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という言葉があります。「学ぶことをよく知っている人もそれを好む人には勝てない。しかしそれを好む人はそれを楽しむ人には勝てない」という意味で、私もそのような実感を持っています。本当にその仕事が好きで、学ぶことが好きで、それが楽しいことが、ある意味では自分への投資であり、自己実現への一番の道ではないかと思っています。

川村:「今は仕事自体が楽しみ」という境地にいらっしゃる、ということでしょうか。

岩田:仕事上いつもそうはいきませんが、経済の基本的なスタディや分析については本当に楽しいです。

川村:今まで6回も職場を変わられたとお聞きしましたが、職場を変わられるときは、もう少し自分にふさわしいところ、楽しいところに変わろう、というお気持ちだったのでしょうか。

岩田:どうでしょうか。経済企画庁から母校の東京大学に戻ったときは、役所から離れられてほっとしたように記憶していますので、きっとうれしかったのでしょう。「内閣府にもう1回来てくれ」と言われたときは、あまり気が進まなかったのですが、行ってみたら意外と面白かったのです。ちょうど小泉改革のころで、日本が変わるかもしれないという時期だったこともあります。その後の日銀副総裁も大変な仕事でしたが、日本がデフレで苦しんでいるのを何とかしなければいけないという、やりがいのある職場でした。

川村:日立の中を見ていても、昔は定年まで同じ会社で、場合によっては同じ仕事を続けるケースが多かったのですが、これからは職を変える動きが多くなると思います。

岩田:職の流動性は、多分、上がっていくと思います。

川村:今は社内でも随分、人の異動が増えています。ある1分野の仕事がなくなると、その人を再教育して別の職場に配属させています。本来なら、成熟産業から成長産業へ、日本全体で人材を回せるようにした方が良いと思っています。そうすれば、働く人自身も仕事を楽しみ、より自己実現を図れる方向へ進めるはずです。

岩田:おっしゃる通りです。

座右の銘は、宮本武蔵の「万理一空」

川村:岩田さんの座右の銘を教えてください。

岩田:今、日経センターのウェブサイトに「万理一空」というタイトルでひと月に1回、さまざまな問題についてコラムを連載しています。この「万理一空」は、宮本武蔵が細川公のために書いた剣術解説書『兵法三十五箇条』の35箇条目に書かれている言葉です。この解説書では1条ごとに詳しい剣術の解説が書かれているのですが、この「万理一空」という言葉にはきちんとした記述がなく、「言葉では表しがたきもの」であり、よく自分でお考えくださいという趣旨の文だけがあります。いろいろな解釈があるのでしょうが、「最後は『空(くう)』だということを思い定めなさい」ということなのだと思います。相手に立ち向かったとき、いろいろ理屈を考えたら間に合わない。全部空っぽにしなさい。そういう心の持ち方を表した言葉なのだと思います。昔の人は心構えをよく歌に残しました。

\interview27-07

宮本武蔵の「乾坤(けんこん)を其侭(そのまま)庭に見る時は、我は天地の外にこそ住め」という歌は、「宇宙を庭先にそのまま見たときは、私は天地の外にいます」という、すごい内容です。これは多分、「万理一空」のことを言いたかったのではないか、と思います。この和歌には「山水三千世界を万理一空に入れ、満天地を把る心を題にして」という前書きが付いています。私はこの前書きを、「相手と対したときに、対している自分を別の世界から見ている。そのようなもう一つの天があって、相手に臨んでいる」という風に解釈しています。宮本武蔵の流派は、「二天一流」です。「二刀流なので、二天」と言う人もいますが、私の理解ではそうではなく、今の歌のように、「この世は普通に見ている世界ともう一つの世界があり、その二つの世界を生きているという自覚を持ちながら生活し、相手と戦うときもそういう心持ちでやりなさい」ということだと思っています。その心持ちを句で言えば、「万理一空」となります。これが私の座右の銘です。

川村:「万理一空」という言葉は初めて聞きました。最後の質問になりますが、リフレッシュする方法や趣味で行っていらっしゃることは何かありますか。

岩田:私は日本古武道の天真正伝香取神道流を40年近く続けています。これは、室町時代中期に飯篠長威斎家直が創始した剣術の流派です。本部道場は香取神宮にあり、時々訪れています。

川村:剣術をずっと続けていらっしゃるのですね。

岩田:楽しんでいます。天真正伝香取神道流には650年の歴史がありますが、面白いことに多くの外国人の方が関心を持っています。私の通っている川崎の道場では、門下生は日本人が30〜40人であるのに対して、外国人は1,000人を下りません。フランス、ドイツやベルギー、イタリアなどヨーロッパ人が多く来ています。極めて伝統的な剣術ですけれども、日本の若い人たちよりも外国人の方が、文化や伝統に魅力を感じるところがあるようです。

川村:本日はお忙しいところ、お話をいただき、ありがとうございました。

編集後記

\interview27-08

岩田さんは内閣府政策統括官、日本銀行副総裁など日本の経済・財政分野における重要なポストを歴任され、現在は日本経済研究センター理事長の立場から日本の経済再生に向けた政策提言などを行っていらっしゃいます。今回は、日本経済のデフレ脱却の見通し、制度改革とその目玉であるTPP、また、米国と中国の経済の今後、「Second Machine Age」における新産業育成などについて解説いただき、楽しく議論をさせていただきました。日本の人口減少が不可避となる中で、「経済成長の前提となる人口水準を維持するために、少子化対策や移民などについて、国や政府のみならず民間企業や個人もよく考えて行動する必要がある」という岩田さんのご指摘には、女性活用やダイバーシティを推進する日立グループにとっても重要な問題提起をいただいた、と感じました。また、自己実現に向けた働き方にも大いに触発されるところがありました。

バックナンバー

2017年11月
2017年08月
2017年05月
2017年02月
2016年11月
2016年08月
2016年05月
2016年02月
2015年11月
2015年09月
2015年05月
2015年03月
2015年01月
2014年08月
2014年06月
2014年03月
2013年12月
2013年11月
2013年06月