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株式会社日立総合計画研究所

研究紹介

日立総研が取り組む研究内容を担当研究員が紹介

拡大する脱炭素市場がもたらす複合的環境課題

研究第一部 政策・環境グループ
主任研究員
氏名:藍木信実

気候変動、大気汚染、淡水資源不足、生物多様性の減少などのさまざまな環境問題に対する懸念が高まる中、企業の事業活動において対処すべき課題も増加している。日立総研では、一つの環境問題への対応が他の環境問題に悪影響を及ぼす複合的な環境課題に対する企業の対応方法について研究している。

1.世界が取り組む環境対策の拡大

1.1気候変動対策

2021年11月に開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑える努力を追求すること(1.5℃目標)、そのために2050年ごろに大気中に放出される二酸化炭素の排出量から除去される量がゼロとなる状態(ネットゼロ)をめざすことが確認された。その手段として、排出削減策を伴わない石炭火力発電の段階的削減などが合意された。2022年に開催されるCOP27に向けて、1.5℃目標に即した2030年の目標見直しが検討される(図1)。 気候変動対策には、太陽光・風力発電などの再生可能エネルギー設備や、エネルギー消費の電化、製品の軽量化による省エネ、水素の利用などが必要となる。


資料:各国・地域政府資料他より日立総研作成
図1 COP26における脱炭素約束

1.2生物多様性の保全

他方で政府や国連などは、環境対策を脱炭素から、持続可能な天然資源の管理へと拡大している。世界経済フォーラムによれば、現在、世界の経済活動の過半に当たる44兆ドルが、食料や淡水、防災といった、生態系が提供する「生態系サービス」に依存しており、生態系の悪化が経済活動に悪影響を及ぼすことが懸念されている。そのような懸念の高まりから、2022年に開催予定の国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、2030年に向けた生物多様性保全の国際目標を定める「ポスト2020生物多様性枠組」の採択がめざされている。その目標の一つとして、企業などが生物多様性への依存・影響を評価・報告し、生態系への負の影響を半減するという規定が議論されている。 また国連などは、2021年6月に「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」を設立した。TNFDは、自然環境の変化が企業に与える機会・脅威のみならず、企業活動が自然環境に与える影響も対象に、企業の情報開示のルールを策定する取り組みである。2023年に予定する正式リリースに向けた検討では、国際会計基準(IFRS)の策定を担う非営利組織IFRS財団傘下の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)との連携が進められていることから、企業のサプライチェーンにおける二酸化炭素以外の環境負荷に関する情報開示ルールで影響力を有する枠組みになるとみられる。そのため企業にも生物多様性保全の対策強化が求められる。

2.脱炭素がもたらす複合的環境課題

気候変動対策と生物多様性保全は相互作用関係にあり、森林炭素吸収源の保全が生態系損失の回避につながる相乗効果を生む場合もある一方、気候変動対策が生物多様性に悪影響を及ぼすトレードオフのリスクもある。今後はトレードオフの最小化を考慮した複合的環境課題解決の取り組みが重要となる。 2021年、気候変動と生物多様性の各分野で科学的知見を提供する国際枠組みである、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)と生物多様性と生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)が初の合同報告書を公表した。報告書は、気候変動対策による他の環境問題として、森林伐採を伴うメガソーラーや水力発電所の建設による生態系破壊などと並んで、気候変動対策を目的とする重要鉱物資源の消費増加による資源採掘の影響を指摘している。再生可能エネルギー設備や、モーター・バッテリーの活用による電化、水素の製造には、いずれもその原材料として銅、レアメタル、レアアースなどの重要鉱物資源を必要とする。国際エネルギー機関(IEA)は、経済成長に加え、2050年のネットゼロに向けた気候変動対策のため、銅やリチウム、ニッケルなどの重要鉱物資源の消費量が、2040年には2020年の約6倍に増加すると予測している(図2)。 重要鉱物資源の消費量急増は資源の採掘・製錬量の増加をもたらし、鉱山における開発・水消費・廃棄物・廃水の増加、製錬工程の廃液・廃棄物の増加を通じて、森林減少や水質の悪化、大気・土壌汚染が進み、生物多様性の喪失につながることが懸念される。


資料:国際エネルギー機関資料より日立総研作成
図2 ネットゼロに向けた重要鉱物資源の消費量増加

3.資源循環による複合的環境課題の解決

日立総研は、重要鉱物資源に関する複合的環境課題対策の方向性として、代替素材の開発に加えて、資源循環による、重要鉱物資源採掘・製錬抑制の重要性が拡大すると考えている。世界各国は、自国での資源安全保障という目的とあわせて、重要鉱物資源に関するサプライチェーンの循環化の政策や実証を進めている(表1)。例えば、EUは「循環経済行動計画」(2020年)に基づき製品の循環化規制の改定を進めている。 資源循環による環境負荷低減のためには、第一に、製品の使用段階において適切な保守・点検やサービス化によって可能な限り製品使用期間を長くすること(長寿命化)が重要である。第二に、製品の使用後には、製品を回収・分類したうえで、劣化状態に応じて製品の再利用、製品の中核部品の補修・再組み立て(部品再生)、製品分解後の材料の直接再利用、材料のケミカルリサイクル(化学的処理による二次材料の抽出)を選択・実施し、二次利用を進めることが重要となる。


表1 各国の資源循環政策
資料:各国・地域政府資料より日立総研作成

4.複合的環境課題解決に向けた将来展望

資源循環による複合的環境課題の解決には、デジタル技術の活用が鍵となる。例えば、製品使用の長寿命化のため、予兆診断やアセットマネジメントシステムの活用による、保守・点検の最適化が進むとみられる。また製品の使用後段階では、増加が見込まれる廃棄物の収集・処理について、マッチングの最適化や製品データの共有を通じた処理プロセスの最適化によるコスト低減が二次材料活用のために有効となる。そのため、完成品メーカー、サプライヤー、分別やリサイクルなどを実施する静脈産業との間で、廃棄物の発生タイミングや分解方法に関する情報共有を行う仕組みづくりを進めていくことが重要となる。日立総研は今後も、資源循環など複合的環境課題の解決方法の研究を進めていく。

執筆者紹介

藍木信実 (あいき のぶみつ)
日立総合計画研究所 研究第一部 政策・環境グループ 主任研究員
最近の研究テーマはサステナビリティ経営、環境・エネルギー政策、サプライチェーンの環境対策、環境デジタルソリューションなど