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株式会社日立総合計画研究所

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民間PHRサービス

研究第三部 産業グループ
氏名:冨士拓哉

1.広がりをみせる民間PHRサービス

PHR(Personal Health Record)とは、「個人の健康診断結果や服薬歴等の健康等情報(以下、ヘルスケア情報)を電子記録として本人や家族が正確に把握するための仕組み」1です。PHRで取り扱うヘルスケア情報は、保有主体により、①医療機関が持つ診断・投薬情報、②自治体が持つ予防接種歴や健診情報、③個人が持つ日常的な心拍数や歩数データ、の三つに分類することができます。PHRは、これらの医療機関、自治体、個人が個別に保有するヘルスケア情報を集約、蓄積し、管理した上で、個人が理解できる形で健康状態を可視化するシステムだと言えます。
PHRは機微な個人情報を扱うため、従来は医療機関や自治体がPHRを提供してきました。しかし、近年、近距離無線通信を用いてスマートフォンなどと連携できる体重計、血圧計などのヘルスケア機器やスマートウオッチが普及したことを背景に、個人の健康情報管理の分野で民間企業の参入も増加しています。また、健康増進や健康改善のためには、システムだけではなく、フィットネスや食事管理などのヘルスケアサービスも重要になります。そこで、個人の同意を元にヘルスケア情報の提供を受けた民間事業者が、ヘルスケアサービスまで含めて提供を行う「民間PHRサービス」の提供が広がっています。 日本では、例えば、asken社の「あすけん」アプリでは、スマートウオッチや体組成計から体重や運動記録、血圧などのデータを自動的に取得して管理し、さらにユーザが登録した日常の食事記録を基に、管理栄養士が食事量や栄養バランスを助言します。食生活を通じて、健康増進を実現できるアプリは、コロナ禍で外出自粛が求められる中で注目され、会員数は2020年4月400万人から9カ月後の2021年1月には500万人を超え、2022年2月時点では680万人に増加しています。
また、ライフログテクノロジー社の「カロミル」アプリでは、体重計や血圧計の測定値を撮影すると画像を解析して、ヘルスケア情報として自動的にスマートフォンに情報登録ができます。さらに、食事を撮影すると画像を解析、飲食物から摂取した栄養素の推計値も合わせてユーザが管理することができます。これらのデータを基にアプリが3カ月後の予想体重とダイエットプランを提示して、日々の食生活を通じた肥満解消による健康改善を実現します。このアプリはユーザの入力負担を徹底的に軽減することで100万人以上に利用されています。
このように、日本の民間PHRサービスでは、個人が持つヘルスケア情報を活用することでユーザの健康増進や健康改善を促しています。
同じく、欧米でも民間PHRサービスは普及しており、米国のMyFitnessPal社が提供するPHRサービスの会員数は世界中で2億人を超えています。このPHRサービスはApple社の「ヘルスケア」アプリやGarmin社の「Garmin Connect」アプリなどの50種類以上のアプリから歩数や体重などの個人のヘルスケア情報を取得・連携して、管理することが可能です。そして、1日の運動量に合わせた目標摂取カロリーを算出することで、ユーザはダイエットを行うことができます。

2.欧米:民間PHRと医療機関の連携が進む

日本、欧米ともに民間PHRサービスの普及が進んでいますが、欧米では民間PHRサービスと医療機関が連携し、予防・診断・治療をユーザに提供する動きが始まっています。
米国では国民皆保険が存在せず、国民は基本的に民間医療保険に加入しています。このため、医療保険事業者は複数の医療保険の中から自社を選んでもらうために、PHRを介してさまざまなヘルスケア情報を統合・活用しサービス面や価格面などで差別化を図っています。例えば、民間医療保険会社のKaiser Permanente社が提供するPHRサービスでは、運動履歴や予防接種歴、検査結果などを、管理することが可能です。さらに、このデータをKaiser Permanente社と契約している病院やクリニックなどの医療機関へ、個人の承諾の下で提供することで、予防・リハビリを支援しています。具体的にはKaiser Permanente社の保険に入っている心臓病患者向けのリハビリプログラムでは、スマートウオッチから自動的に取得した歩数や心拍数などを医師と共有し、医師はこの情報を基に経過観察をし、ユーザにスマートウオッチを通じて運動目標を提示することで、健康改善の支援ができます。
オランダでは民間PHR事業者と医療機関との間で安全にヘルスケア情報を交換・管理する仕組みを検討するため官民共同プロジェクト「MedMij」が立ち上がりました。各民間PHR事業者は、「MedMij」が定めたデータ交換形式や情報セキュリティガイドラインに準拠することで医療機関が所有する電子カルテシステムといったヘルスケア情報基盤からユーザの同意を下に情報取得することができます。
例えば、「MedMij」に準拠しているIvido社のPHRサービスは、ウエアラブル端末から取得したヘルスケア情報を管理することに加えて、スマートフォンのアプリ経由で撮影した患部の画像を医師と共有することで皮膚疾患の診断・治療をサポートする機能があります。そして、ユーザは診断結果や投薬情報をスマートフォンアプリやパソコンから閲覧することができます。
また、オランダ以外でPHRサービスを展開している海外の民間事業者であっても、「MedMij」に準拠していれば、オランダでPHRサービスを提供することが可能です。英国で100万人以上が利用しているPatients Know Best社のPHRサービスは、「MedMij」に準拠しているため、オランダでも利用されています。このPHRサービスは、医療機関から取得した血液検査結果や投薬情報に加えて、100種類以上のウエアラブル端末から入手した体重や血圧などのヘルスケア情報を管理し、ユーザの同意を下に他の医療機関と共有できます。そして、医師は共有された情報を活用することで、心臓病や糖尿病などの悪化の兆候を早期に発見し、患者へ健康改善のアドバイスをすることができます。
今後、医療機関からヘルスケア情報を交換可能とする国際的な標準規格が各国で整備されていけば、ユーザが海外に旅行、引っ越しした際にも、医療機関が持つヘルスケア情報と民間PHRサービスを連携させ、適切な医療を受けることができるようになるとみられます。

3.日本:医療機関と自治体が持つヘルスケア情報を民間PHRサービスへ連携

日本では、厚生労働省がデータヘルス集中改革プランにおいて、医療機関と自治体が持つヘルスケア情報を個人の同意を下に民間PHR事業者へ安全に連携できる仕組みづくりを進めています。既に国民はマイナポータル2を通じて、予防接種歴や乳幼児健診、特定健診情報、投薬情報を閲覧できますが、このマイナポータル上に医療機関と自治体が持つヘルスケア情報をPHRで取り扱うことができるよう、API(Application Programming Interface)を通じた連携の仕組みを整備しました。
その上で、マイナポータルから民間PHR事業者が安全に情報を取得できるようにすることを目的として、厚生労働省、経済産業省、総務省は、「民間PHR事業者(PHRサービスを提供する民間事業者)による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」を2021年4月に公表しました。この指針では、PHRサービスを提供する民間事業者が順守すべき情報セキュリティ対策や適切な取り扱い方法などを示しています。こうした整備を踏まえ、政府はマイナポータルを通じて民間事業者にヘルスケア情報を提供する仕組みとして、医療保険情報取得APIを2021年7月に公開しました。このAPIを利用することで、民間事業者は投薬情報や特定健診情報を個人の同意を下に取得できるようになります。今後、政府はマイナポータルを通じて連携できるヘルスケア情報を増やしていく予定であり、2022年度には学校健診や自治体検診についても連携することがめざされています。
これらの仕組みが整備されることで、ユーザは利用しているスマートデバイスから取得できる情報と健診情報を医師に提供し、欧米と同じような予防医療を受けることが可能になるとみられています。

2
マイナポータル:政府が運営するオンラインサービス。マイナンバーカード使用者に所得・地方税情報、健康情報などの閲覧や行政手続きができるサービスを提供。

4.日本における課題と展望

日本では民間PHRサービスの普及に加え、医療機関と自治体が持つヘルスケア情報を連携させるための制度整備も実施される予定となっていますが、さらにこの動きを加速させるためには二つの課題があります。
一つ目の課題はカルテや学校健診情報の電子化をはじめとした医療機関と自治体が持つヘルスケア情報のデータ化の推進です。例えば、電子カルテの導入率は、オランダや英国がほぼ100%であるのに対し、日本では約50%となっています。また、学校健診情報を電子的に記録している都道府県立、政令指定都市立、中核市立の小中高等学校は2019年5月時点で約60%です。医療機関と自治体が持つヘルスケア情報をデータ化して蓄積することで、民間PHRサービスに連携できる情報を増やしていく必要があります。
二つ目の課題は民間PHR事業者の拡大です。まず、民間PHR事業者の参入拡大には、民間PHR事業者へのPHRサービスを開発するための補助金の交付が考えられます。オランダでは、PHRサービスなどのe-Health3で優れたアイデアを持つ複数の中小企業に対し、4年間で合計2,000万€を予算として割り当てました。それにより、オランダ政府は民間事業者がPHRサービス事業へ新規参入しやすいようにしました。新たに民間事業者がPHRサービスへ参入することで、個人に最適な予防・診断・治療をサポートするサービスが生まれる機会が増えます。また、PHRサービスを利用するユーザへの保険料引き下げによるインセンティブの付与を行い、新規ユーザを増やしていくことも考えられます。日本では、健康診断結果に基づいて保険料が安くなる生命保険を提供する企業が複数存在します。しかし、PHRサービスと組み合わせた保険を提供する企業はあまりみられません。民間PHR事業者は、ユーザにとって健康増進以外のメリットを提示することで、さらにPHRサービスを普及していく必要があります。
これら二つの課題が解決されることで、予防・診断・治療を総合的にサポートする付加価値の高い民間PHRサービスが展開されていくことが期待できます。さらに、このような民間PHRサービスが公共交通機関の乗り換え案内機能や飲食店向けモバイルオーダー機能を持つアプリと連携することで、徒歩と公共交通機関利用による移動の提案や摂取カロリーを考慮した食事メニューを提示するなど、日常生活の中で個人の健康増進を促すことができます。
医療機関と自治体、個人が持つヘルスケア情報を活用した民間PHRサービスが普及することで、国民は個人に応じた健康な生活を送ることが容易になるでしょう。

3
e-Health:情報通信技術を活用し、ヘルスケア情報を基に個人が健康になる仕組み。

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