「旬」なキーワードについての研究員解説
所属部署:産業グループ
氏名:白石 健太郎
ベイジアンネットワーク(Bayesian Network)とは、「原因」と「結果」の関係を複数組み合わせることにより、「原因」「結果」がお互いに影響を及ぼしながら発生する現象をネットワーク図と確率という形で可視化したものです。過去に発生した「原因」と「結果」の積み重ねを統計的に処理し、『望む「結果」に繋がる「原因」』や『ある「原因」から発生する「結果」』を、確率をもって予測する推論手法ともいえます。この考え方は人がさまざまな出来事や他人の振る舞いを予測するときの考え方に倣ったものといえます。近年、IT、特にインターネットがより人間的に使いやすくなってきている背景には、ベイジアンネットワークを活用した推測エンジンの活用が盛んになってきたことがあります。
ベイジアンネットワークの起源を遡るとイギリスの確率論研究家トーマス・ベイズ(1710〜1761)が提案し、ピエール・シモン・ラプラス(1749〜1827)が確立した「ベイズの定理」に端を発しています。「ベイズの定理」とは「事後確率」ともいわれる「原因の確率」を算出する手法です。具体的には、「原因」と「結果」の関係にある出来事に対して、『「原因」および「結果」が各々単独で発生する確率(単独確率)』と『各「原因」が起こった上で、ある「結果」が発生する条件付確率』を用いて、『ある「結果」が発生した場合に、考えられる各「原因」の確率』を算出することです。ここでは、各々の各単独確率は人間の予想や思い込みといった主観的なもの(主観確率)でもよく、発生した事実を取り入れて各「原因の確率」を更新することも可能です。これはベイズの定理から生まれたベイズ統計学の大きな特徴であり、実用性の根拠となっています。
これらの「ベイズの定理」および「ベイズ統計学」の考え方を基に、より多くの「原因」「結果」を繋ぎ、より柔軟に各「原因」「結果」の確率の予測を可能とするために考えられた推論手法が「ベイジアンネットワーク」で、各出来事を繋ぐネットワーク図と各「原因」「結果」間の条件付確率表から構成されています。
図表1.ベイジアンネットワークの具体例
ベイジアンネットワークでは、まず「原因」と「結果」の間の関係性をネットワーク図と条件付確率という形で仮に定義します。そして、実際に発生した「原因」や「結果」の入力を行うことで、以下の推測(確率の算出)が可能となります。
1.「原因」と「結果」の繋がりの分析および推測
2.ある「原因」を仮定した場合に、そこから起こり得る「結果」の推測
3.期待する「結果」を仮定した場合に、そこに繋がり得る「原因」の推測
さらに、ベイジアンネットワークの大きなメリットは、発生した「原因」「結果」を積み重ねる中で自ら学習する点です。初めはあいまいな関係でも、利用を続ける中で推測の精度を上げることが可能です。
これまで述べたように、「原因」「結果」の入力が可能であれば対象となる出来事に制限はなく、意思や少し偏った判断など、主観的な情報も対象にできます。そのため、ほかの統計手法では困難な詳細な推測およびさまざまな目的のシミュレーションが可能であり適用範囲が広いのもベイジアンネットワークの特徴です。
図表2.ベイジアンネットワークの活用イメージ
上記図2の例では、「洗濯物を干す」という結果に繋がりやすい原因の推測を行っています。この場合、「天気の良し悪し」や「洗濯物の量」といった人によって捉え方が異なるあいまいなものでも、さらに「天気が曇りの割合」といった各出来事が発生する確率が少し偏った判断でも適用可能であり、推測を始めることができます。故に実社会におけるさまざまな場面、例えば、店員の会話や店の雰囲気といった「原因」と商品の売れ行きという「結果」、または自動車の使い方やメンテナンスの状況といった「原因」と自動車の故障個所という「結果」といった場面のあいまいな関係への適用が可能です。
ベイジアンネットワークが持つこうした特徴を踏まえ、さまざまな研究者や企業が、自らの強みを生かし、かつ各々の目的にかなう活用手法の研究に取り組んでいます。中でも大量のデータ演算を必要とするベイジアンネットワークは、近年、ITの高性能化により、一層効果的な推測エンジンとして盛んに活用されるようになってきました。その結果、インターネットなどのネットワーク上でのサービスがより便利になっています。
比較的早期に実用化されたのが、迷惑メール対策製品への活用です。利用者が製品の利用を続ければ続けるほどフィルタリング条件や精度が改善されるといったメリットを実現しました。
2000年代に入り、ベイジアンネットワークを活用した推測エンジンがさまざまなインターネット上のサービスで活用されています。ウェブショッピングで利用者ごとにお薦め製品などを提示するレコメンド(商品推薦)サービスもその一例です。
最近は、対人での商品販売時やコールセンターなどでの接客支援としても活用されています。これまでのスタッフの経験やスキルによる接客行動と顧客の反応の予測を、ベイジアンネットワークにより行うことが可能となりました。さらに学習を重ねて予測精度を上げるとともに、スタッフ間でのノウハウの共有や接客の平準化を可能としています。
従来、データマイニングやマーケット分析などにおいては、人はITに100%正確という前提で情報を与え、集計や分析結果を得て、それを受けて、いわゆる自らの「経験(ノウハウ)と勘」で予測・推論・判断を行ってきました。それに対し最近では、人はITにあいまいな事実を与え、ITが100%正確でなくてもある程度の精度を持った人間行動の予測や推論結果を得ることでより賢く、より思い入れのある、かつより良い成果を収められるようになってきているといえます。
「ユビキタス情報社会(いつでも・どこでも・だれにでも)」に続く次の情報社会として「アンビエント情報社会(察する・予測する・促す)」への期待が高まりつつあります。アンビエント情報社会の実現に向けて必要とされる要素技術として、ベイジアンネットワークへのニーズはより高まるものと考えられます。
図表3.ベイジアンネットワークの役割