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株式会社日立総合計画研究所

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クラウドフェデレーション

研究第二部 経営グループ
氏名:西田美帆

1.クラウドフェデレーションとは

クラウドフェデレーションとは、パブリック・クラウドやプライベート・クラウドと情報システムを相互に接続・運用する、分散型のコンピュータ資源の連携利用形態を指します。
クラウドフェデレーションは、2011年にベルリン工科大学博士 Stefan Tai氏によって、クラウド、情報システム間の「相互運用性を担保する三つの機能(データやサービスの移行容易性、冗長性、補完性)に支えられた、分散型のコンピュータ資源の利用形態」として定義されました(注1)。

2.高まる分散型のコンピュータ資源の利用ニーズ

近年、スマートフォンやIoTデバイスの普及拡大に伴い、世界で生成されるデータは個人データ・非個人データを問わず増大しています。また企業を中心に、これら大容量のデータを活用した取り組みも活発になっています。その例として、小売業では、人流データを活用した店内の人の行動の可視化による、品ぞろえやレイアウト、スタッフの配置などの店舗オペレーションの最適化、製造業では、生産、在庫、設備稼働データの活用による、製造現場における機械装置の制御・調整、などが挙げられます。こうした製品の売れ行きに即応した店舗オペレーション調整や稼働状況に基づく機械の逐次制御においては、大容量のデータをリアルタイムで処理することが重要です。中央集約型のデータ保存・処理では通信遅延を伴うため、個々のデータ発生源近くでのリアルタイム保存・処理に対するニーズがより高まっています。
また、パブリック・クラウドによる集約型のデータ保存・処理においては、セキュリティ強度や使用可能なアプリケーションの範囲、サービス解約時に必要な手続き(所要期間、解約金やデータ返還手順など)が、ベンダー側の技術や方針に依存します。特に、ベンダー側が大規模企業または独占企業のような競争優位にある場合にこの傾向は強く、ベンダーロックインなどユーザー側の利便性やデータに対する主権を損なう恐れがあります。こうした観点から、特定のクラウド・ベンダーにデータを集約せず、ユーザー側が主体になり、複数のクラウド・コンピューティングを使い分ける機運が高まっています。
以上から、分散しながら増大するデータを、ユーザーが主体となり、かつリアルタイムで処理することを実現する手段として、クラウドフェデレーションへのニーズが一層高まっています。

3.欧州のクラウドフェデレーション構想 GAIA-X〜ルール形成とユースケース開発で実効性高める分散型のコンピュータ資源利用〜

これまでも既に、パブリック・クラウドを自社プライベート・クラウドと併用するハイブリッド・クラウドや、複数のパブリック・クラウドを併用するマルチ・クラウドの利用が進展してきました。しかしながら、利用するコンピュータ資源の数が増えるほど、コンピュータ資源間でのデータの仕様の相互運用性や窃取・改ざん耐性の担保が重要課題となります。また、データの管理環境が各クラウドサービスの仕様、手順に依存することに変わりはなく、ユーザーにとって必ずしもベンダーロックインなどを回避し、自らの利便性やデータ主権を確保できるわけではありませんでした。これに対して、クラウドフェデレーションは、各サービスの互換性を担保し、サービスの切り替え費用を低減すると同時に、各システム間の安全なデータ連携を実現する仕組みを構築します。現在、注目を集めているのが、欧州のクラウドフェデレーション構想「GAIA-X」です。「GAIA-X」構想は、欧州主要企業団体22社から成る非営利団体「GAIA-X Foundation」が推進母体となり、独仏政府や欧州委員会の支援を受けて、クラウドサービス、情報システムの「透明性」「相互運用性」「トラスト」「データ主権」といった欧州の理念を順守しながら、汎(はん)欧州でクラウドフェデレーションを普及させる取り組みを進めています。
2021年の運用開始を目標に「GAIA-X Foundation」は、以下三つの役割を担います。
①データエコシステム:異なるコンピュータ資源間のデータ移植性やデータの活用、保存、処理を行うサービスの相互運用のための要求事項や技術仕様の策定(ex.オントロジー、API)(注2)
②インフラストラクチャエコシステム:クラウドサービスの移行容易性、冗長性、補完性を担保するための要求事項や技術仕様の策定(ex.Self-Description(注3)、通信プロトコル)
③フェデレーションサービス:ユーザーとサービスプロバイダ間のデータ連携を円滑に行うための運用ルールの策定と管理機能の開発(ex. ID・トラストの管理や、サービスやデータに関するカタログの提供、データ使用の制御や監視など)
このように「GAIA-X Foundation」は、「GAIA-X」に参画するための要求事項や技術仕様などのルール策定を進めています。とりわけ「GAIA-X」では、データ主権の確保に向けて、分散型のコンピュータ資源利用によってデータを自社のコントロール下に置きつつ、外部との連携を可能にする共通ルールや技術仕様の標準化に力を入れています。また、「GAIA-X Foundation」は、そのフェデレーションサービスの一環として、データ提供者、利用者、仲介者によるデータ加工、授受といったサービス利用状況を監視、無権限者のアクセスや許諾範囲を超えたデータの利活用を制御することでサービスレベルを維持し、安全なデータ連携を可能とするクラウドフェデーションを実現すべく取り組んでいます。
さらに「GAIA-X Foundation」は、技術仕様や運用ルール・方針の整備に加え、参画予定の企業とともにGAIA-Xのユースケース開発を進めています。欧州のデータ主権に関わる価値観や理念を順守できる外資企業の参画を受け入れており、その代表例として米国のMicrosoftが参画を表明するなど、世界からも注目を集めています(参考1)。
クラウドフェデレーションの取り組みは欧州だけでなく、米国でも進められています。米国国立標準技術研究所(NIST)は、クラウドフェデレーション・リファレンスアーキテクチャー・モデルを設計・提唱しています。NISTが構想するこのモデルは、「リソースの共有と使用」「トラスト」「セキュリティ」の三つの領域から構成されています。GAIA-Xと同様に、セキュリティを担保しながら企業や組織間のクラウド、情報システム連携を実現するための構想や、技術要件規定に至る包括的な取り組みにより、米国もさまざまな業種や社会インフラに実装可能な、データ連携の仕組みの早期実現をめざしています(参考2)。

4.クラウドフェデレーションが実現する未来

クラウドフェデレーションの実現によって、ユーザー企業にとって安全かつ信頼性の高いコンピュータ資源の利用形態が増えるだけでなく、産業界に従来のピラミッド型ではない新たなネットワーク型のバリューチェーンの形成や業種の垣根を越えた新たな価値創造をもたらすことが期待されます。そこでは、クラウドフェデレーションは産業界プラットフォームとして機能することが想定されます。
例えば、製造・流通業ではこれまでの企業や組織間でのデータ共有において、包括的なルールが整備されているケースは少なく、一対一の企業間・組織間における個別契約に基づくことが多いため、データの共有相手が増えるほど管理が煩雑化することが課題でした。しかし、相互運用性やセキュリティなどの共通ルールや標準技術が整備され、データを自社のコントロール下に置きつつ外部との連携が可能なクラウドフェデレーションの下であれば、重要なデータの所有権は会社に残したまま、他社とのコラボレーションに必要なデータのみ共有、活用することができます。さらに、クラウドフェデレーション上のサービスを活用することで、データの所有権や秘匿性を担保しながら、生産計画、在庫、生産、輸送といった、プロセスデータをリアルタイムで処理・共有することが可能となります。リアルタイムでの関係者間の情報共有により、納期遅延や品質問題など、サプライチェーン上の諸課題を未然に防ぐことや迅速な対処ができるようになります。
クラウドフェデレーションの浸透が進み、AIアナリティクスなどのサービスプロバイダが多数参画するようになれば、競争によって低コストで質の高いデータ連携サービスが充実し、中小企業が参画するハードルも下がり、クラウドフェデレーションの利用者はさらに拡大していくことが予測されます。これまでにない分野や大企業から中小企業まで多様な企業や組織間の協創が可能となることで、従来の垣根を越えた新たな価値の創造が活性化され、産業界全体が発展していくことが期待されます。



(注1)Stefan Tai., Tobias Kure., Alexander Lenk., Markus Klems., David Bermbach., and Marcel Kunze., “Cloud federation” The Second International Conference on Cloud Computing, GRIDs, and Virtualization., Karlsruhe, Karlsruhe Institute of Technology, 2011.
https://www.researchgate.net/profile/Alexander_Lenk/publication/264829860_Cloud_federation/links/53f30f4f0cf256ab87b06a2d/Cloud-federation.pdf?origin=publication_detail

(注2)オントロジーとは、概念化の明示的・形式的な仕様と定義されるデータ処理について記述する際の仕様の枠組みのことであり、特定領域の語彙(ごい)と語彙の解釈などが構成要素。APIとは、ソフトウエアコンポーネント同士が互いに情報を連携するのに使用するインターフェースの仕様。

(注3)Self-Description とは、GAIA-Xにおけるサービスや参画者の識別子に関連付けられた特性に関する説明書きである。ネットワーキングと相互接続も主にSelf-Descriptionによってカバーされる。クラウドプロバイダは、内部ネットワークに関しては、ネットワークインターフェースコントローラーのタイプや速度について、外部ネットワーキングについては相互接続を可能とするリンクを記述。

(参考文書)
(参考1)Gunter Eggers., Bernd Fondermann., Berthold Maier., Klaus Ottradovetz., Dr.-Ing. Julius Pfrommer., Dr.-Ing. Julius Pfrommer.…Dr. Sabine Wilfling., GAIA-X : Technical Architecture, Berlin, Federal Ministry for Economic Affairs and Energy, 2020.
https://www.data-infrastructure.eu/GAIAX/Redaktion/EN/Publications/gaia-x-technical-architecture.pdf?__blob=publicationFile&v=5

GAIA-X : Policy Rules and Architecture of standards
https://www.data-infrastructure.eu/GAIAX/Redaktion/EN/Publications/gaia-x-policy-rules-and-architecture-of-standards.pdf?__blob=publicationFile&v=5

(参考2)Robert B. Bohn., Craig A. Lee., and Martial Michel., The NIST Cloud Federation Reference Architecture, Gaithersburg, National Institute of Standards and Technology, 2020.
https://www.nist.gov/publications/nist-cloud-federation-reference-architecture

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