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株式会社日立総合計画研究所

研究紹介

日立総研が取り組む研究内容を担当研究員が紹介

未来予測を活用した量子コンピュータ関連ビジネス案の創造

研究第三部
部長
鹿野健一

1.未来予測からのバックキャストによる戦略策定

近年、経済や社会の環境は急速に変化しており、ビジネスにおいては足元の不確実性が増している。グローバル競争激化、地政学的なリスク、各国の規制変化などの要素が企業にとってのリスクとなり得る。このような不確実性に対応していくことは、企業の生存にとって極めて重要な課題となっている。しかしながら、単に不確実性への対応策を講じるだけでは、企業の持続的な成長を確保することはできない。そのためには、長期的な生活スタイルの変化や非連続的な技術進歩などを予測して、新たなビジネスを興すための戦略を策定することが必要になる。この際に有用な手法の一つが、バックキャストである。
バックキャストとは、将来のビジョンや目標を設定し、それを達成するために必要なステップやアクションを逆算する手法である。未来をイメージし、その未来を実現するためには何をすべきかを考えることにより、具体的な戦略や行動計画を策定することが可能となる。日立総研では、このバックキャストの手法を用いて、長期的な事業戦略や技術戦略などを構築してきた。その一つが、今回紹介する量子コンピュータに関する新ビジネスの創造に関する研究である。

2.2030年以降の実用化が期待される量子コンピュータ

量子コンピュータは、量子ビット(qubit)を使用して情報を処理する特殊なタイプのコンピュータで、革新的な計算能力を提供する可能性を秘めた技術として注目されている。量子ビットの特徴は幾つかあるが、その一つとして、量子力学の性質に基づいて0と1の重ね合わせ状態を持つことができる点がある。これにより、古典的なビットを持つ古典コンピュータと異なり、複数の制約条件を持つ複数の計算を同時に実行する並列性が実現される。古典コンピュータでは変数が増えるため計算量が指数関数的に増えるが、量子コンピュータを用いれば、少ない計算で済むことが知られている。


資料:各種資料・ヒアリングなどより日立総研作成
図1 古典コンピュータと量子コンピュータの概念

一部の報道などで、タクシーの配車管理に量子技術を用いることで、複雑な配車計画や運転手のシフトスケジュールを作成するなど、配車管理を最適化できたなどといった紹介を目にする。しかし、実はこれは量子コンピュータではなく、古典コンピュータ上で重ね合わせ状態を再現する量子インスパイアード型アニーリングという技術を用いたものである。量子ビットを本格的に用いる量子コンピュータは、ゲート式と呼ばれる量子コンピュータであるが、この技術は現在も開発中のものであり、本格的な商用稼働は2030年以降になるとみられている。
IBMや理化学研究所は、研究段階のゲート式量子コンピュータを導入し、大学や民間企業と共同で、量子コンピュータの活用シーンを検討している。特に金融分野での多数の金融商品のポートフォリオの最適化、医薬品・素材分野での高分子医薬品や新素材開発など、先行的な応用が期待されている。 ただし、量子コンピュータの技術特性や応用分野についてはいまだに不確定な部分が多く、この他にも新たなビジネスの機会が生まれることが考えられる。これに対して企業は、量子コンピュータが実用化してから手を打つというのでは、事業チャンスを逃してしまうかもしれない。そこで、日立グループは、日立製作所研究開発グループ基礎研究センタを中心に日立総研が支援する形で、一般社団法人「量子技術による新産業創出協議会(以下Q-STAR)」の量子波動・量子確率論応用部会に参加、2022年10月より、複数の企業と一緒に、量子コンピュータのバックキャストによる将来活用について検討を行っている。

3.バックキャストに基づくビジネス案・課題検討

Q-STARの量子波動・量子確率論応用部会は金融機関、製造業、ITなど10以上の企業からなる部会員で構成されている。これら複数企業の部会員が、抽象度の高い未来予測を行い、ビジネス案や事業上技術上の課題を検討することは難しい。そこで日立総研は、①議論テーマの選定、②部会員間の将来イメージの共有、③ワークショップという三つの段階に分けて考えることを提案した。結果、本部会はこの段階を踏んで検討が進んだ。以下、各段階における本部会の検討内容を、日立総研の取り組みを中心に紹介する。
まず、①議論テーマの選定では、セクターをまたぐ企業の関心が一致する領域として「気候変動」と「ヘルスケア」という二つの分野に絞ることにした。しかし、漠然とした分野を決めるだけでは、議論の深堀ができないため、気候変動については、2050年にグローバル平均気温が「+2度社会」、ヘルスケアについては2050年に寿命が延びる「人生120年社会」という数字が入ったテーマを設定することで、議論しやすい環境づくりを行った。
②部会員間での将来イメージの共有では、二つのテーマに関して、日立総研にて2050年の世界に関して、文献やレポート、専門家インタビューなどを通じて情報収集を行い、勉強会を開くことで、各部会員の2050年に対する共通認識を高めるよう努めた。「+2度社会」については、温室効果ガスの排出を減らすための電気自動車などに加えて、核融合などの非連続的な技術革新や気候変動を食い止められなかった場合のアダプテーション、「人生120年社会」では、人間の健康寿命を延ばすための再生医療や個別化医療だけでなく、長寿命化した際の余暇をどう過ごすか、などを主な話題とした。
情報収集と勉強会を経た後、日立総研は、③ワークショップにて、ビジネスモデル案を作成し、それに対するロードマップを作成した。「+2度社会」では、気候変動により、雷や雹(ひょう)、つむじ風などが発生しやすくなるという日々の異常な気象変化を予測するようなサービスが必要となり、そのシミュレーションに量子コンピュータの活用の可能性があるといったアイデアを出した。また、「人生120年」については、長寿命時代を支えるロボットや空飛ぶ車などのインフラや個々人の趣向に合わせたフィットネス、医薬情報を提供するサービスなどが必要となり、量子コンピュータで大量の経路計算やライフログデータを扱う可能性があるというアイデアを出した。


資料:Q-STAR量子波動・量子確率論応用部会
図2 「+2度社会」「人生120年」におけるビジネス案と実現に向けた課題

4.未来予測の展望

本研究では、量子コンピュータという未確立の技術を活用し、2050年までに生まれる可能性のあるビジネスと量子コンピュータの可能性についてアイデアを出すことに成功した。今後、量子コンピュータを用いて事業をつくっていくためには、より具体的かつ誰にもまねされないような斬新なアイデアを持ったビジネスモデルを検討する必要がある。日立総研はシンクタンクとして、統計情報や有識者のヒアリングに基づいて2050年の姿を描いたが、より具体的で非連続的な変化を反映するために、これに加えて感性や創造性に訴える未来予測を行い、そこからバックキャストしていくことを検討している。
また今後に向けて、サイエンスアーティストやデザイナーなど、日立総研の専門領域とは異なる知見を持つ人々との対話やワークショップを通じて、未来のビジョンを共創していくことを検討している。こうした新たな方法論を取り入れながら、2050年の未来をより鮮明に描き、バックキャストによる戦略構築の品質を向上させていく。

執筆者紹介

鹿野 健一(しかの けんいち)
日立総合計画研究所 研究第三部 部長。 金融や産業分野に関わるIoTデータ活用、新事業創成に従事。 2007年に入社し、マクロ経済調査などを経て、2013年より現職。
最近の研究テーマは、製造業、ヘルスケア分野におけるDX、GX戦略。