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株式会社日立総合計画研究所

研究レポート

日立総研の研究員による、機関紙「日立総研」向け研究レポート

生成AIによる未来曼荼羅

研究第三部
部長
鹿野健一

研究第三部
技術戦略グループ
主任研究員
渡部正泰

生成AIの技術が登場して以来、多くの注目はその効率化の能力に集まっているが、将来的にはこの技術が新たなサービスやビジネス機会を創出し、社会の構造を変える可能性を秘めている。実際のところ今日すでに、生成AIの技術とそれがもたらす社会の変化に対し敏感なスタートアップが、生成AIのモデルやツール、アプリケーションを開発して社会実装に乗り出すなど、社会変革の兆しが現れ始めている。
生成AIの急速な発展は、多大な利益をもたらす一方で、プライバシーや著作権の侵害、誤った情報の生成といった問題も考えられる。また、生成AIの急激な普及による社会変化への適応要請や、雇用の喪失など心理的な不安を引き起こす可能性もある。
本論文では、第1章で2030年以降に予想される社会の変化を「未来曼荼羅(まんだら)」として幅広く描き出し、この未来曼荼羅を通じて、生成AIがどのように私たちの世界を変えるかの可能性を探る。続く第2章では、兆しとなるスタートアップの技術を紹介し、最後の第3章では、生成AIがもたらすリスクとその対応策について詳述していく。

1.生成AIによる未来の社会変化

生成AIの技術革新は目覚ましいスピードで進み、2021年以降多くのLLM(Large Language Models)が発表された。そのパラメータ規模は指数関数的に増加し、多様なモデルの出現を促している。特定の産業や特定の言語に特化したモデルも開発され、それぞれの産業・言語特有の語彙(ごい)やロジックに対応できるようになっている。これにより、金融、医療、教育など、さまざまな産業で生成AIの応用が拡大している。また、言語だけでなく、画像や音声などを扱うマルチモーダル生成AIや、ロボット技術と組み合わせた新たな応用分野も登場している。
このような技術の急速な進展が、未来の社会にどのような変化をもたらすのか、これを考えることが非常に重要である。そこで、2030年以降にかけて生成AIの活用が生み出す可能性のある社会変化を、「未来曼荼羅」という手法を用いて視覚的に描き出した。未来曼荼羅は、将来起こり得るトレンドをカテゴリーごとに放射状にまとめる手法であるが、この研究ではそのカテゴリーを政治・経済・環境、社会・生活、産業とした。(図1)この手法によって、各分野の未来に影響を与える要素を明確にしながら、それらの要素が互いにどのように関連しているかを理解することができる。この分析を通じて、複雑な未来のシナリオを体系的かつ多角的に予測することが可能となり、さらに、未来曼荼羅に記載されたキーワードを組み合わせることで、より現実味ある将来シナリオを描いていくステップとすることもできる。


資料:日立総研作成
図1 生成AIの未来曼荼羅

本論文では、環境中立と経済成長の両立(1.1)、超高齢化社会におけるウェルビーイング(1.2)、ヒトとAIの協業によるビジネス革新(1.3)という三つの将来シナリオを描いてみたい。

1.1シナリオ① 環境中立と経済成長の両立:デジタルとエネルギーインフラの自律的連携

未来曼荼羅から得られる、2030年以降における環境中立と経済成長の両立において中心的な役割を担うキーワードは、「異常気象・災害予測」、「都市インフラ自律的連携」、「データセンター電力需要増」の三つである。
2030年以降、地球の平均気温の上昇により、局所的な異常気象が頻繁に発生すると予想され、異常気象の予測とその対応が重要な課題となる。ここで、生成AIは大量のデータ(定点観測やSNSからの情報など)を解析し、リアルタイムで異常気象を予測する役割を担う。
さらに、交通やエネルギーなどの社会インフラに生成AIが組み込まれることで、これらのシステム間での情報共有と自律的な協調が進む。各インフラは生成AIを通じてお互いの状況を理解し、自律的に調整を行うことで、社会全体のレジリエンスを高めることが期待される。
一方で、生成AIの運用は大量の電力を消費する。この問題に対処するため、エネルギーマネジメント技術の進化とともに、小規模言語モデルの開発や新エネルギー源への投資が不可欠である。特に、核融合技術などの新しいエネルギー源の研究が、生成AIの持続可能な利用を支える鍵となる。(図2)


資料:日立総研作成
図2 デジタルとエネルギーインフラの自律的連携

1.2 シナリオ② 超高齢化社会におけるウェルビーイング:身体的健康から精神的健康へ

「創薬仮説生成とパーソナライズドメディシン」、「幸福度可視化」、「AIを活用したコミュニティ拡大」、「パーソナライズ教育」という4個のキーワードを未来曼荼羅から抜き出し、シナリオを描いた。
2030年には、生成AIが遺伝情報などの複雑なデータを解析し、生命科学が大きく発展することで、個別化された創薬が行われ、その効果により長寿命化が実現する。この長寿命化は、ウェルビーイングの焦点が肉体的な健康から精神的な健康へと移行する要因となる。
精神的なウェルビーイングが重要になった世界では、生成AIが、人々の顔色や発言パターンから感情を識別し、生活パターンや人的ネットワーク、過去の経験や記憶などのデータを統合的に分析することで、個人やコミュニティの幸福度を可視化することが可能になる。その結果、より具体的なウェルビーイングの向上策を提案するサービスが現れる。さらに、地域コミュニティの拡大や生涯学習をパーソナライズ化するサービスも現れることで、個人と社会のつながりが一層密接になり、社会全体のウェルビーイングが向上していくことが期待される。(図3)


資料:日立総研作成
図3 身体的健康から精神的健康へ

1.3 シナリオ③ ヒトと生成AIの協業によるビジネスモデル革新:AIと協力した創造性向上

「創造性の飛躍的向上」、「ヒトとAIの協働オペレーション」、「自律型産業ロボット」という三つのキーワードを選定し、シナリオを検討した。
2030年代には、先進国だけでなく新興国においても労働力不足が深刻化すると予想される。この問題に対処するために、現実空間(生産現場)、仮想空間(現場管理・監督)、知的創造空間の三つの領域それぞれで、生成AIが活用される。
まず、生産現場では自然言語処理や欠損データ補完技術を備えた自律型産業ロボットが導入され、労働力不足を補うとともに、生産条件の変化に柔軟に対応することが可能となる。次に、現場管理・監督では、ベテラン人材の後継者不足に対応するため、製造ノウハウなどを学習させた業種特化型生成AIが登場する。このAIは新人教育や現場での作業手順の策定などに関する意思決定支援を行う。さらに現場を完全に再現したメタバース空間上に自分以外の労働者や顧客を模したアバターを生成、より現実に近い状況での意思決定訓練を行うことが可能となる。これにより、効率的かつサステナブルな人材育成と生産現場運営が実現される。
知的創造領域では、生成AIは膨大なデータから事業戦略の仮説や新しい製品プロトタイプ案を迅速に生成することができる。この点では人間の能力を超えている。しかし、共感力、身体知、実践知といった要素はAIにはない人間だけが持つものである。人間は、AIが提案する仮説から最も有効で革新的なものを選定し、それに自らの直感や経験を組み合わせることで、創造性をさらに膨らませ、新たな価値を生み出すことができる。このAIと人間の協働により、お互いの長所を生かしながら、ビジネス革新を生むことが可能となる。(図4)


資料:日立総研作成
図4 AIと協力した創造性向上

2.変化を先取りして事業を推進するスタートアップ

以上1章で検討したように、「政治・経済・環境」のカテゴリーでは、低消費電力でダイナミックに社会インフラを制御するAIが、「社会・生活」では、まずは個人の健康寿命を延ばすような仮説を提案してくれる創薬AI、「産業」では、複雑な現場の状況を判断できるAIが中核的な役割を果たす。こうした新たな取り組みでは、スタートアップが先行しており、生成AIのモデルやツール、アプリケーションを開発し、社会実装を進めている。本章では、スタートアップの事例を紹介するとともに、それらの技術革新を進めた場合、どのようなサービスが実現されるのか検討していく。

2.1 業種特化型生成AIによる低電力かつダイナミックな社会インフラ制御

特定の業種に特化した小規模モデルとして、米国のスタートアップ企業Aitomatic社が開発しているSmallSpecialModel(SSM)に注目する。SSMは、実際に稼働する個別の機器向けに特化されたモデルであり、パラメータ数が数億から数十億といわれる大規模モデルと比較して少なく、消費電力はLLMの100分の1から1000分の1に抑えられている。こうしたモデルを個別機器やエッジサーバに搭載することで、機器間での対話を通じた自律的な制御を実現することができる。
SSMの応用により、社会インフラの運営がよりダイナミックになる未来が予想される。具体的には、信号機とトラックが交通量と物流量を調整するために対話することで、物流の効率化・最適化が可能となる。また、街灯と自動車が互いにコミュニケーションを取りながら、事故防止とエネルギー消費の削減を同時に達成する。そこでは、電力量、物流量、交通量などの稼働条件がリアルタイムで分析され、環境に適応する形でインフラが自動的に調整される。(図5)


資料:日立総研作成
図5 ダイナミック社会インフラのイメージ

2.2 天然に存在しない物質構造仮説を用いた創薬イノベーション

バイオメディカル分野においては、米国のGenerateBiomedicines社が先進的な取り組みを行っている。同社は医学論文やオープンデータを基に、数億単位のタンパク質の構造データを学習した「Chroma」というタンパク質配列生成モデルを構築している。Chromaは、特に次の二つの機能で注目されている。第一に、治療に有効なタンパク質の配列を、天然に存在しないものも含めて迅速に生成する能力を持つ。第二に、生成された配列を3Dで再現し、300種類以上のテストを通じてその効果と安全性を検証することができる。
こうした創薬仮説に特化した生成AIモデルの応用により、将来的にはパーソナライズ創薬が現実のものとなることが期待される。製薬データと個人の遺伝情報などを組み合わせたゲノム解析や微生物培養が行えるようになり、一人一人の体質や病歴に合わせカスタマイズされた治療薬の開発が進む。これにより、より効果的で副作用の少ない治療が可能となり、がんの撲滅やアンチエイジングなどの長寿命化に寄与する創薬の実現が可能となる。(図6)


資料:日立総研作成
図6 パーソナライズ創薬のイメージ

2.3 複合情報を解析しヒトに近い解釈を生成するAI

製造工程などの現場管理・監督をサポートする技術では、米国ArchetypeAI社が注目されている。このスタートアップは、現場にある計器類やカメラなどから画像・音声など膨大なデータを収集し、そのデータを統合的に分析することで、現場のオペレーション判断をサポートする、マルチモーダルモデルを提供している。現状の製造現場では、計画最適化、画像認識、音声認識などが個別運用されていることが多いが、ArchetypeAIが開発した技術は複数の情報源を組み合わせることで、より人間に近い解釈を行い、非熟練の現場監督者でもベテラン同等の判断ができるようサポートする。
このマルチモーダルモデルの広範な応用により、将来的にはヒトとAIの協業の一層の進化が期待される。例えば、鉄道分野では、信号機、線路、車両から得られる画像や音声データに加え、電圧や温度、振動などのセンサーデータをマルチモーダルモデルが統合する。これにより運行管理、運転、保守、部品調達などの業務でベテランのノウハウを再現し、意思決定の支援や新人教育に活用することが可能となる。(図7)このように、ArchetypeAI社の技術は、業務効率の向上だけでなく、業界全体の生産性向上に貢献していくことが期待される。


資料:日立総研作成
図7 ヒト・AI協業オペレーションのイメージ

3.生成AIを活用するための哲学と倫理

第1章および第2章では、生成AIが社会と産業の発展に寄与する正の側面に焦点を当てた。しかし、生成AIの利用は、安全性・透明性と倫理性の欠如という負の側面も内包している。第3章では、安全性・透明性の問題に対処するための政策的ガバナンス、開発で参照すべきフレームワーク、さらには、これらの技術を人々が安心して使用するための倫理基準について検討する。
生成AIの負の側面としてのリスク・不安は二つに分けることができる。(図8)第一は、生成AI活用による個人情報の漏えい、バイアスの発生、または誤った情報の生成などの安全性・透明性に関する技術的リスクである。これらの問題に効果的に対処するためには、透明性を担保するガバナンス体制や安全性重視の開発フレームワーク、さらには具体的な規制の導入が必要である。もう一つの負の側面は、生成AI普及による社会変化への適応要請や、雇用の喪失など心理的な不安である。技術進歩が特定の業種や職種に与える影響により、新たな社会的課題が生じる可能性があり、これに対応するためには、未来の社会変化を見据えた倫理的・哲学的研究が必要である。


資料:日立総研作成
図8 AIモデル・サービスにおけるリスク、ヒトが抱える不安

3.1 生成AIのリスクへ対応するガバナンスや規制の整備

生成AIに対するガバナンスや規制は、現在国や地域によって異なるリスク認識と対象に基づいて進められている。米国では技術革新を促進する政策環境が整っており、AI開発企業は比較的自由に技術を進化させることができる。これに対して、EUは個人のプライバシー保護とデータの安全性を重視したGDPR(General Data Protection Regulation)などの厳格な規制を設けており、AI技術の適用においてもこれらの規範が適用される。
日本は米国とEUのアプローチを参考にしながら、独自の規制・ルールを構築している。中国では国家主導でAI技術の発展が進められ、安全保障や社会秩序の維持を目的とした独自の規制が施されている。
このように異なる規制アプローチが存在する中で、世界経済フォーラム(WEF)は、産業界からの意見も取り入れながら、国際的な協調と一貫性のある開発フレームワークの必要性を提唱している。WEFは生成AIモデルのライフサイクル全体にわたるリスクを軽減するための包括的なフレームワークを提案し、それを通じて国際的な規格とガイドラインの調和を促している。このフレームワークは、企業が技術を商材化する際にも参考にされ、生成AIの安全で倫理的な利用を支援するための指針として機能している。

3.2 生成AIを活用するヒトが抱える不安へ対応する倫理・哲学の研究

生成AIは社会に対して非連続的な変化をもたらしており、この急速な技術進化が倫理的問題を引き起こすことがある。このため、生成AIの適切な使用方法や、それに伴う倫理観についての検討が急務である。
デンマーク政府の外郭団体である国立Danish Design Centerは、この問題に対処する一環として「デジタル倫理コンパス」を策定している。(図9)このコンパスは、デジタルサービス提供時の倫理的なポイントを明確にし、ユーザーの不利益を回避するための具体的なガイドラインを提供する。この倫理コンパスには、4個の基本原則と22の具体的な質問が含まれており、デジタルサービスの開発者や運営者が倫理的な観点からの判断を行えるよう支援している。


資料:Danish Design Centerより
図9 デジタル倫理コンパス:倫理醸成における視点

さらに、新たな技術がもたらす社会的な変化に対応するためには、短期的な事業成果を超えた広い視野でのアプローチが求められる。米国では、企業専属の哲学者が経営者に倫理的な助言を行う事例が増えており、欧州では倫理がビジネスプロセスの重要な要素として認識されている。日本でも企業が哲学研究所を設立するなど、技術的な課題に対する倫理的・哲学的なアプローチが進んでいる。
このように、生成AIを取り巻く環境では、技術の発展とともに倫理的な観点からの検討が必須となっており、それによって社会の持続的な発展を支えることが可能となる。倫理と哲学に基づく技術・社会変化の研究を深めることで、新たな技術がもたらす変化に適切に対応し、より良い未来を築くことができるであろう。

4.むすび

本論文では、未来曼荼羅を用いて、生成AIが環境中立と経済成長の両立、ウェルビーイング、そして人間との協業という観点からどのように変革を前倒しするかの未来を示した。未来シナリオとして、「①環境中立と経済成長の両立:デジタルとエネルギーインフラの自律的連携」、「②超高齢化社会におけるウェルビーイング:身体的健康から精神的健康へ」、「③ヒトと生成AIの協業によるビジネスモデル革新:AIと協力した創造性向上」を描いた。どのシナリオにおいても、人類の発展・繁栄を生成AIが助ける未来像となっているが、このような豊かな未来実現のためには、技術的・社会的課題に対する取り組みに世界の英知を集めねばならない。生成AIが持つ潜在的な価値を最大限に引き出すには、倫理的な問題や社会的な課題への適切な対処も必要となる。
本機関誌では、上述の日立総研の研究に関して、専門的見地に基づいて補足するため、京都橘大学より松原仁教授に生成AIによる技術革新、電通コンサルティングより長山剛パートナー、加形拓也プリンシパルに社会・人々の変化、日立製作所より小泉英明名誉フェローに倫理的側面、World Economic ForumよりCathy Li, Head of AI, Data and MetaverseにAIガバナンスの観点からそれぞれ寄稿いただく。また、AIスタートアップの最前線として、Hitachi America LtdよりDinesh Wadhawan, Head of Corporate Venturing Office North Americaへのインタビューを併せて掲載する。(これら論文・インタビューは随時公開する)
日立総研は、技術と社会が共にお互いの持続的な発展を支えることが重要との認識に立ち、生成AIについても、急激な技術進歩や社会変革と、ガバナンスや倫理的観点の双方を考慮した継続的な研究と議論を行っていく。この取り組みを通じて、社会・産業が生成AIの全面的な活用を進展させ、同時にそれに伴うリスクへ効果的に対応できるよう、貢献することをめざしている。

執筆者紹介

鹿野 健一(しかの けんいち)
日立総合計画研究所 研究第三部 部長
金融や産業分野に関わるIoTデータ活用、新事業創成に従事。 2007年に入社し、マクロ経済調査などを経て2023年より現職。
最近の研究テーマは、製造業、ヘルスケア分野におけるDX、GX戦略。

渡部 正泰(わたなべ まさやす)
日立総合計画研究所 研究第三部 技術戦略グループ 主任研究員
(株)ボストン・コンサルティング・グループ、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)を経て現職。
最近のテーマはデジタルプラットフォーム、デジタルエンジニアリングなど。

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2024年05月