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株式会社日立総合計画研究所

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French Tech

所属部署:研究第三部 産業グループ 
氏名:川口 華子

1.French Techとは

 French Techは、官民が協力しながら、自国の個人・企業による起業にこだわらず、世界中の優秀な人材を招き入れて育成し、海外へ積極的にアピールするというフランスのユニークな取り組みです。資金補助や投資家支援といったスタートアップを支援する取り組みそのものは、各担当省庁や自治体ごとに以前より存在しましたが、2013年に当時のオランド大統領が「French Tech」という総称の元に一本化をしました。French Techでは、国内企業支援のために海外企業や投資家をフランスに呼び込む、もしくは、フランス企業の海外進出を促すといった開放的な政策を採用しています。そして、「優れた機能を持つフランス発のプロダクト」としてスタートアップをまとめてプロモーションすることで、認知度向上を実現してきました。
 French Techが導入されて以降、フランスにおける技術系企業への投資は年々増え、2016年には約15億ドル(英国に次いで欧州第2位)となりました。フランスはもともとロボティクスやウエアラブルデバイスなどの分野で高い技術力を持っていますが、大企業での終身雇用体制などの労働環境や、労働者に対する社会的な保障などが乏しいことから、リスクを取って企業の枠を超えた積極的なイノベーションが起こりにくい状況にあったと言われています。しかし、French Tech政策下の支援制度により、フランスの先端技術を生かした一般消費者向けの生活家電やロボットを開発するスタートアップが多く生まれています(表1)。こうした企業は、フランス国内だけでなく、海外にも進出しており、米国で開催されたCES(The International Consumer Electronics Show)2018でも3社がBest Innovation Awardを受賞しました。

表1:French Techの代表的なスタートアップ例

企業名(創業年) 代表的なプロダクト 製品の特徴
Blue Frog Robotics
(2014)
コンパニオンロボット・Buddy ・音声認識・画像認識によるスムーズなコミュニケーションが可能
・家庭内のスマートデバイスと接続し、ホームセキュリティやオーディオシステムなど生活に直結する機能を実現
・オープンソースで修正・開発が容易なため、新機能が充実
Lancey Energy Storage
(2016)
スマート電気暖房器具 ・ピークタイムを認識し、充電時間、タイミングをコントロールして省エネを実現
Sevenhugs
(2014)
スマートリモートコントローラー ・家庭の電気機器を一括して制御、単一のリモコンでの操作が可能
Rifft
(2014)
スマートウエアラブルストラップ・CT Band ・スマートベルトをとりつけることで、手持ちの腕時計をスマートウオッチとして利用可能

(出所)各種資料を基に日立総研作成

2.French Techの背景と取り組み

 French Techには、国内外から起業家・投資家を募り、フランス国内で起業し、プロトタイプを作成、国外に売り出すという一連の企業成長の各段階において、支援を行うプログラムが整備されています。従来の国主導による大学発ベンチャーやスタートアップ支援政策では、自国内の起業家・投資家を対象とすることが多いのが現状です。しかしFrench Techは、最初から海外人材を対象とし、さらに事業化では、海外展開支援に重点を置いているという特徴を持っています。
 French Techでのスタートアップ支援策は、「①強固なコミュニティづくり」、「②スタートアップの成長促進」、「③起業家支援エコシステムの国際化」の3本柱で構成されています(表2)。「①強固なコミュニティづくり」では、スタートアップ支援の基盤となるコミュニティ形成や人的ネットワークをつくることを目的に、パリ、リヨンなどのフランス主要都市での支援拠点の設置(Métropoles French Tech)や、Health TechやIoTをはじめ九つの開発・研究分野に対して産業クラスター設置(Les Réseaux Thématiques)を進めています。そして「②スタートアップの成長促進」では、起業家に対するファイナンスや法務などに関しての経営教育、マーケティングなどを含めた海外進出支援、資金調達支援などの四プログラム(Fonds French Tech Accélération、Pass French Tech、Bourse French Tech、French Tech Diversité)を整備しています。特に注目すべきはFonds French Tech Accélérationです。公募・選定した民間アクセラレーター*1に総額2億ユーロの資本増強を行い、スタートアップへの投資を促す取り組みを行っています。こうして育成したスタートアップを「③起業家支援エコシステムの国際化」では、海外進出先での活動支援やマーケティング拠点開設(French Tech Hub、French Tech Tour)、フランスへの人材の呼び込み(French Tech Ticket、French Tech Visa)を行います。中でもFrench Tech Ticketは特に注目を集めています。これは、本プログラム応募者のなかから選抜された海外の起業家に対して年間45,000ユーロの支援や居住環境、各国の投資家との対話の機会などを提供するものです。応募チームは、2016年第一期には23チーム(45名)、2017年第二期には70チーム(99名)が選ばれましたが、そのうちフランス国籍は13名のみで、多くがフランス以外の欧州やアジアなどの外国籍の起業家でした。

*1
成長し始めた企業のビジネス拡大に焦点をあて、資金投資や教育など必要な支援を一定期間行う企業・団体やプログラム

表2 French Tech下での取り組み

プログラム 概要 対象
①強固なコミュニティ作り Métropoles French Tech
  • スタートアップ支援の実績を元に国内13都市に支援拠点を設置
  • 各自治体が独自に支援を実施
  • 国内外の起業家、投資家
Les Réseaux Thématiques
  • 小都市圏を中心に、九つの開発・研究分野*2ごとにクラスターを設置し、支援を実施
  • 上記13拠点との連携を図り、国内ネットワークを醸成
  • 国内外の起業家、投資家
②スタートアップの成長促進 Fonds French Tech Accélération
  • Bpifrance*3が民間アクセラレータに資金を提供し、間接的にスタートアップを支援するプログラム
  • 総額2億ユーロの資金を提供
  • 国内外の起業家(間接投資)
Pass French Tech
  • Bpifrance、経済・財務省企業総局、Business France、産業財産庁、Coface*4が認定スタートアップを1年間支援
  • 支援は、資金面に加え、海外進出に向けたPRなど多岐にわたって実施
  • 国内外の起業家
Bourse French Tech
  • スタートアップに対して、マーケティング面や資金調達面など安定的な会社経営に向けたフィージビリティ支援を実施
  • 最大4万5,000ユーロの助成や支援など
  • 国内外の起業家
French Tech Diversité
  • 起業家養成、ネットワーク形成を目的に、採択者に対して資金助成や起業教育などの支援を1年間実施
  • 最大4万5,000ユーロの助成や支援など
  • 国内外の起業家
③起業家支援エコシステムの国際化 French Tech Tour
  • Pass French Techの一環として、認定スタートアップを海外に向けてPRするツアーを実施
  • Pass French Tech プログラム下スタートアップ
French Tech Hub
  • French Techによる支援の海外拠点。世界22カ所に点在
  • 海外進出したスタートアップの海外での事業運営を支援
  • French Tech政策下スタートアップ
French Tech Ticket
  • 海外の起業家を募集し、一定期間支援
  • 資金面のみでなく、居住環境整備などフランスでの生活も支援
  • 外国籍の起業家
French Tech Visa
  • EU圏外からの外国籍の起業家、エンジニア、投資家やその家族のビザ取得を支援
  • 外国籍の起業家、エンジニア、投資家
*2
Health Tech/IoT/Ed Tech/Clean Tech/FinTech/Security/Retail/Food Tech/Sports
  
*3
フランスの公的投資銀行
  
*4
取引信用保険を提供する企業

(出所)「La French Tech」ホームページを基に日立総研作成

3.世界に注目されるFrench Tech発スタートアップ

 French Tech発のスタートアップには、海外の投資家だけでなく、世界の大企業も注目しています。2017年のCESで注目を集めた音響メーカーのDevialetには、鴻海精密工業(中国)、Renault(フランス)、ベンチャーファンドのプレイグラウンド・グローバル*5など、世界各国の企業やVCが出資をしています。Devialetは、これら出資者のネットワークや資本関係を活用して、グローバルに事業展開をしています。例えば、Sky(英国)との提携によりテレビ受信用セットトップボックスと組み合わせて使う音響システムの発売や、Renaultの新型EVのコンセプトモデル「Symbioz」向けに高機能カーオーディオを開発するなど活躍の場を広げています。
 同様に、スマートモビリティを開発するEasyMileはDeNAと提携して、日本での無人運転小型バスや自動運転配達車「ロボネコヤマト」の実証実験を進めています。このように、日本企業もFrench Techに注目をしていることがわかります。

*5
モバイルOS「Android」開発者・Andy Rubin氏が設立したハードウエア開発支援型ベンチャーファンド

4.官民協力によるスタートアップ育成の可能性

 昨今、テクノロジーの変革は世界的に加速し、消費者のニーズも多様化しています。さらには、新興国企業から新たな技術やビジネスモデルが続々と登場し、市場に対して大きな影響力を持つようになりました。このような状況下では、国内のみに着目したイノベーション政策が効果を発揮することは難しく、今後は、全世界の起業家をどれだけ呼び込み、市場を活性化させるかが重要になります。French Techでは、外国人起業家ビザの発行促進や国外拠点の設置などを通して、積極的に国外へのアプローチを展開したことが、政策の成功に結びついたと考えられます。国の枠を超えたイノベーションの取り組みは、民間企業のみでは実施が難しいため、今後より一層の官民協力がイノベーションを促進する環境づくりにおいて非常に重要になってくると考えます。
 CES2018では、「Japan Tech」として日本の技術系企業がまとまってアピールをする動きも見られました。こうした官民連携による海外への売り出しなど新たな取り組みを展開することで、日本においてもイノベーションの環境整備が進展していくことが求められます。

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