外部寄稿
株式会社電通コンサルティングは、2030年までの技術・社会トレンドをまとめることによって、未来起点の経営戦略の策定に資する中期未来予測ツール「電通未来曼荼羅」を提供している。株式会社日立総合計画研究所(日立総研)は、これらを参考に生成AIがもたらす2030年以降の社会変化の将来シナリオ「生成AIによる未来曼荼羅」を作成した*1。本稿では、日立総研が作成した「生成AIによる未来曼荼羅」を株式会社電通コンサルティングが読み解き、日立総研の研究員とディスカッションを重ねることによって、生活者視点から生成AIが今後社会にどのような影響を及ぼし、どの要素が重要視されるべきか探求していく。
ここでは、日立総研の「生成AIによる未来曼荼羅」に出てくる最適化というキーワードについて取り上げる。「生成AIによる未来曼荼羅」には、超高齢化社会におけるウェルビーイングの追求や、パーソナライズドメディシン、アプリ自動生成の事例などで、個人は生成AIによって最適化された生活を送ることが描かれている。しかし、電通コンサルティングとしては、高度な予測に基づく最適な解が常に提供されることが人間にとって本当に幸せなのか、生成AIの導き出す解が人間の学びや成長、予期せぬ挑戦といった経験の重要性をどう反映するのか疑問を投げかける。
ここで特に重要なのは「ゆらぎ」という概念である。人間の幸福やウェルビーイングが、予測不可能な出会いや体験から生まれることは少なくない。生成AIが提供する一貫した最適解と、「ゆらぎ」を取り入れた多様性とのバランスが、今後の鍵となるだろう。
高度な予測に基づく最適な解が常に提供される弊害の例として、既存の検索サービスにおける「フィルターバブル」が挙げられる。フィルターバブルは、検索エンジンやソーシャルメディアプラットフォームがユーザーの過去の検索履歴、クリック行動、居住地、友人関係などのデータを利用して、個人化された情報を提供するプロセスから生じる。この結果、ユーザーは自分の関心や意見に合致する情報に囲まれることになり、異なる意見や視点に触れる機会が減少する。こうした現象は、個人がより広い視野で情報を得ることを妨げ、ひいては社会全体の分断を深める可能性がある。
生成AIには、毎回異なる答えを生成するという特徴があるため、こうした問題を回避できる可能性がある。生成AIが唯一無二の独自の答えを提供するのではなく、個人の相談相手になるなどを通して、人間らしい偶発性と意外性を取り入れる。生成AIが個人に寄り添う適切な友人のような「考えるパートナー」となり、個人の精神的成長や対人関係を向上させるのである。
ここでは、生成AIと人間の協業について考えていく。日立総研の「生成AIによる未来曼荼羅」によれば、この協業は「知的創造空間」、「仮想空間」、「現実空間」という三つの異なる領域で行われるとされている。生成AIを利用し、「知的創造空間」では新たなアイデアやソリューションを創出し、「仮想空間」では人手不足に対応する具体のオペレーションを管理・実行し、「現実空間」では物理的な製品・サービスを生産・提供する。実際の人間が行う創造力に富む生産活動では、これらの空間が別々に存在するのではなく、専門家や人材が多様な形で生成AIと連携して作業を進めるアンサンブルのようなアプローチが求められるだろう。データサイエンティスト、エンジニアリング、デザイナーだけでなく、生産ライン監督者、ベテラン生産技術者など、三つの領域にわたる専門知識を持つ人々が集まり、AIの分析能力と人間の創造力を組み合わせることが重要である。これにより、より革新的で実行可能な解決策が生まれ、新たな価値創出や効率的な生産方法の開発が可能となる。このように、三つの領域での異なる知識と技術の融合が、生成AIと人間の協業の可能性を大きく広げるとみている。
さらに、電通コンサルティングとしては、失敗の重要性について言及したい。生成AIを用いることで、社会的な選択の精度と確度が向上し、未来において人々が失敗するリスクが減少するかもしれない。しかしながら、大きな社会的変革やイノベーションを生み出す際には、失敗が重要な役割を果たすことがある。イノベーションでは、多様な行動や失敗から学び、それによって新しい価値が生まれることが重要であり、最適化だけではなく、行動の多様性や失敗からの回復力、成功に向けた想像力が不可欠な要素となる。
このため、短期的には失敗にみえるが、その経験から人間が長期的な成功へと学びを深めるような解を提供することも生成AIに求められる重要な要素である。生成AIが完璧な予測や結果を提供することは重要だが、それだけでは不十分であり、豊かで人間的な進歩には、時に予測不可能で、理論上の最適解ではないものが必要であることを強調する。
ここでは、生成AI時代における労働の専門性と価値について探っていく。現代の社会では、知的生産と現場における生産活動とを比べた場合、前者を担える人材が少ないため、労働市場で貴重と判断され高い賃金が与えられている。しかし、将来的には生成AIによって知的労働を代替、もしくはより容易に実行できるようになる可能性があり、それに伴って既存の労働分配率が大きく変化する可能性がある。
イスラエルの歴史学者であるYuval Noah Harariは技術の進歩、特にAIの発展によって、その労働が市場において経済的価値を持たなくなった「無用者階級」が生まれると主張している。これは、AIによって知的労働すらも自動化され、人間の労働が不要とされる未来を示唆している。多くの専門性を要する仕事が生成AIに置き換わることで、これまで価値あるとされてきた知的労働のニーズが減少し、多くの働くことが求められない人が生まれる可能性がある。
Harariが指摘するようなディストピア的な未来は、技術進化の副産物として現れる可能性がある。
この解決策の一つとしては、クリエイターエコノミーを通して、生成AIの進化を利用した新しい形の雇用機会や創造的な活動を促進することが考えられる。クリエイターエコノミーとは、個人のクリエイターやインフルエンサーが、自分自身のコンテンツ、製品、サービスを通じて経済的価値を生み出し、収益を得ることができる経済システムのことである。インターネットとデジタルテクノロジーの進化により、個人が直接自分のファンやフォロワーとつながり、彼らに対して直接コンテンツを提供することが可能になった。
生成AIの技術はこのトレンドをさらに推進し、個人がさまざまなコンテンツを生み出しやすくしているとされる。個人クリエイターや小規模なチームでも、生成AIを活用すれば、大企業が行うような大掛かりな市場調査や製品開発を行わずとも、革新的で魅力的なコンテンツを生み出すことが可能になる。また、クリエイターは、労力の削減や効率化だけではなく、新しいアイデアの生成、未探索のスタイルや表現の探求を促すインスピレーションを得ることも可能である。例えば、生成AIを用いてユーザーの好みや過去の傾向を分析し、それに基づいてパーソナライズされたコンテンツを提供することが可能となる。これにより、クリエイターはより広いオーディエンスに対して自分の作品をカスタマイズし、その反応をリアルタイムで得ながら次の作品に生かすことができる。このように、クリエイターエコノミーでは、生成AIを活用して、個人が直接市場に参入し、自らの才能や創作物を通じて収益を上げる道が広がっている。
生成AIの進化は、多様な表現や革新的なコンテンツの創出を促す一因となり、クリエイターエコノミーのさらなる拡大を支えることに寄与している。また、技術の進歩と共に変化する専門性の評価についても考慮する必要がある。生成AIとの協働が進む中で、クリエイターエコノミーがそうあるように、専門性が資格試験のような絶対値で測られるものではなく、生成AIを含む他者と協力して創造性を発揮することを前提とした相対値として捉えられるものになるかもしれない。結局のところ、生成AIの登場は、個々の専門性や能力の価値を再考させるきっかけになり得るだろう。
最後に、生成AI革命が人間の心理にもたらす影響を分析する。産業革命以降、機械化による効率性の追求により、画一的なモノやサービスを大量消費してきたことに対し、生成AI革命では個人の価値観や意思を中心にパーソナライズされたモノやサービスが消費される。この新しい革命により、生成AIは個人の好みや過去の行動に基づいてカスタマイズされた体験を提供するようになる。
このプロセスでは、個人が自身の好みを明確に表現し、生成AIがそれを理解することが重要となる。そうでなければ、画一的で最適化された世界に陥り、産業革命を超える均一化が進行してしまう恐れがある。従って、一つの大規模なシステムが全てを担うのではなく、各個人の意思をくみ取るためのさまざまなコミュニティごとに特化した生成AIが存在することが理想的である。このような運用形態により、個々の意思やクリエイティビティが反映され、より精密なパーソナライゼーションが可能となる。
この姿は、個人の価値観や意思、創造性を尊重する健全な意味での「欲望の革命」と呼べるかもしれない。企業にとっても、この新たな機会は、消費者の具体的な欲望に応えることで市場での差別化を図り、競争優位を確保するための手法を示すものである。生成AIの進化がもたらすこの新しい風潮は、個人が自らのアイデンティティを形成し、同じ志を持つ人々との連携を促進するための強力なツールとなるだろう。
この論文では、より生活者の視点に立って、生成AIが社会に及ぼす将来の展望を行ってきた。生成AIは、最適解の提供だけでなく、個人の「ゆらぎ」や多様性を取り入れることが重要である。また短期的には失敗にみえるが、その経験から人間が長期的な成功へと学びを深めるような解を提供する生成AIとの協業の中で、個人の専門性の再定義も進むとみている。生成AIを活用して個人の意思や価値観に基づく消費を行う「欲望の革命」では、中小企業や個人クリエイターが新しい市場で事業機会を得ていく可能性がある。
写真:議論する電通コンサルティングと日立総研
長山 剛(ながやま つよし)
株式会社電通コンサルティング パートナー
デザインコンサルティングファーム、外資大手EC企業、メガベンチャー、外資IT企業、外資経営コンサルティング会社を経て、現職。左脳と右脳を掛け合わせ、デジタルテクノロジー×データ×デザインによるユーザー・顧客を起点としたCX領域に軸足を置いた経営戦略による新たな価値創造と社会の趨勢(すうせい)を先取りした実効性の高い創発・仕組み化の支援を得意としている。
加形 拓也(かがた たくや)
株式会社電通コンサルティング プリンシパル
保険会社の2050年構想/自動車会社のスマートシティ構想/食品企業の新規事業など、さまざまな事業構想、商品開発の支援を行っている。コンサルティングと組織内ワークショップでのファシリテーションを組み合わせたプロジェクト組成を行うことで、企業の隠れた資産を発見し、縦割りを打破して推進のムーブメントを生み出していくことが得意。東京大学大学院工学系研究科修了(都市持続再生学)/東大×電通デジタル共創イノベーションラボ主任研究員/茨城県小美玉市シビックDXディレクター。
執筆者紹介
長山 剛
株式会社電通コンサルティング
パートナー
加形 拓也
株式会社電通コンサルティング
プリンシパル
機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。
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