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Voice from the Business Frontier

T&D*1電力系統運用の最適化に向けたAIの活用

    Bo Yang 氏

    Bo Yang

    Vice President of Energy Solution Lab.,
    R&D Division, Hitachi America, Ltd.

    スマートグリッド、デジタルエネルギー技術、AIによる電力系統運用・制御の専門家。米国エネルギー省や電力会社が後援する数々のイノベーション実証プロジェクトにおいて、最新のAIおよびデジタルエネルギーソリューションを実証している。Institution of Engineering and Technologyのフェロー、Institute of Electrical and Electronics Engineersのシニアメンバー。

    *1
    transmission and distribution(送配電)

    Q1. Energy Solution Labの取り組みとご自身の研究テーマについて教えてください。

    日立アメリカの研究開発部門に属する Energy Solution Lab(ESL) は、2017年に設立されました。私たちのチームは、次世代のデジタルエネルギー技術の開発に注力しており、カリフォルニア州を拠点に連邦および州政府、電力会社、研究機関と積極的に連携しています。こうした取り組みを通じて、エネルギー業界およびそのエコシステムの発展における革新的なリーダーとしての日立の地位をより強固なものにしています。

    ESLの主要な目標の一つは、エネルギー分野の新たなトレンドによって生じる技術的ギャップへの対応です。特に、エンドユーザーに近い場所で高度に分散して導入される太陽光発電は、発電の在り方に革命をもたらしつつあり、電力系統の運用方法を根本から変えようとしています。しかし、20年あるいは30年も前に開発された既存の電力ソフトウエアは、分散化が進む複雑なエネルギーリソースを管理するようには設計されていません。このようなレガシーシステムと進化する業界トレンドとのギャップを埋め、より高度な電力系統計画と運用を実現するために、ESLはカリフォルニア州エネルギー委員会と連携してGLOWを開発しました。GLOWは配電システム内の各コンポーネントの相互作用をシミュレーションし、電力系統の計画・分析を支援する強力なクラウドベースのプラットフォームです。立ち上げ以来GLOWは拡張を重ね、現在Glow.AI、Glow.Ops(operations)、Glow.Edge という三つのモジュールを搭載しています。

    このうちGlow.AIは、ますます複雑化する運用環境において、電力会社と電力系統オペレーターがデータを処理し、価値ある知見を引き出し、情報に基づいた意思決定を行うことを支援します。私たちは、意思決定とデータ分析のための高度なAIの活用に加えて、意思決定をさらに強化するために大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)と生成AIの利用も模索しながら、エネルギー業界がより迅速で効果的でコスト効率の高い意思決定を行えるように取り組んでいます。

    Q2. 北米のエネルギーシステムの課題と注目を集めているトレンドについて教えてください。

    米国における負荷増加*2はここ数十年にわたり比較的安定していましたが、電化やデータセンター需要の拡大など、新たなテクノロジーが現在および短期的な負荷増加の主な要因となっています。AI技術の進歩に伴い、AIトレーニングを支える大規模な計算能力が必要となり、データセンターの電力需要が急増しています。こうした変化は、エネルギーソリューションにおけるイノベーションの絶好の機会をもたらす一方で、潜在的な容量不足への懸念を高めています。大手テクノロジー企業のデータセンターでは、すでにギガワット規模の電力を必要としており、電力系統容量の戦略的計画とイノベーションの必要性が浮き彫りになっています。同時に、運輸分野の電化に伴い、EVの充電による負荷の大幅な増加が見込まれています。消費者や企業によるEV導入が進む中で、充電インフラとEVの動力となる電力への需要が今後も急速に拡大していくでしょう。一部地域では政策転換により、EVの普及ペースが一時的に鈍化した可能性もありますが、長期的な見通しは依然明るいと見ています。EV充電ネットワークの拡充とEV導入の加速は、エネルギー利用を最適化する革新的ソリューションを電力系統に統合する新たな機会を創出し、持続可能性とエネルギー効率の向上を促進するでしょう。

    さらに、エネルギー業界は未処理の発電統合*3といった課題にも直面しています。新たな送電・発電プロジェクトには最大5年もの期間を要することから、急速に変化する負荷需要に対応できていません。カリフォルニア州における大きな課題の一つに「ダックカーブ」があります。これは、電力供給は昼間の太陽光発電が中心となる一方で、負荷のピークは太陽光発電が減少する早朝と夕方近くに発生する現象です。この課題に対応するには、より柔軟でコスト効率に優れたピーカー発電容量*4が求められますが、一般的にベースロード発電よりも高コストです。

    エネルギー業界はこうした課題に対応するために、コスト管理のしやすさを維持しながら負荷増加に対応できる、より相互接続性の高い電力系統システムの採用を進めています。小売分野では、分散型の太陽エネルギーとエネルギー貯蔵を統合し、より柔軟で弾力的な電力系統を構築するバーチャルパワープラント(VPP:Virtual Power Plant)*5の役割がますます重要になっています。

    AI技術は、エネルギーシステムの制御と管理を強化してこうした課題に対処する上で、極めて大きな可能性を秘めています。AIを活用したデジタルソリューションはエネルギーベンダーにとって重要な差別化要因になるでしょう。電力会社は、よりスマートで応答性の高い電力系統システム構築をめざしてIoT*6を活用し、より効率的で自律的かつ低コストに電力系統を運用できるAI駆動型ソリューションを積極的に模索しています。

    *2
    時間の経過に伴う電力需要の増加のこと
    *3
    新しい発電電力を電力系統に統合するための規制されたプロセスのこと
    *4
    需要の高い時間帯にのみ使用される発電所のこと
    *5
    消費者の近くの太陽光発電やエネルギー貯蔵といった多様な小規模エネルギーリソースを一つの発電所のように運用する仕組みやアプリケーションのこと
    *6
    Internet of Things(モノのインターネット)

    Q3. エネルギーシステムに生成AIを実装する上でどのような課題がありますか。

    自然言語理解とオープンエンドのユースケースにおいて生成AIが大きな進歩を遂げています。しかし、特にLLMの精度やハルシネーション(誤情報の生成)に関しては、依然として課題が残っています。エネルギー業界では、生成AIが本来想定していないレベルの安全性、正確性、規制遵守が、中核となるオペレーショナルソフトウエアに求められます。例えば、電力系統運用における意思決定には、実地測定から得られた構造化データの処理と分析が不可欠です。最近のベンチマークでは、生成AIは単純な質問であっても100%の精度を達成することが難しいことが示されています。また、エネルギー業界には厳しい規制があり、AIがいくら進歩しても厳格な法律と規制の要件を完全に満たすコンテンツを生成するには限界があります。

    もう一つの課題は、分野固有のトレーニングデータの不足です。多くの生成AIやLLMは公開されている汎用データを用いて学習されており、エネルギー業界で一般的な固有のデータセットとは大きく異なります。このようなアクセス可能で高品質なデータの欠如は、エネルギー用途に特化した正確なモデルを開発しようとするAIソリューションプロバイダーの大きな障壁となっています。さらに、独自の専門的なLLMモデルを構築するためのリソースや専門知識を持つベンダーは限られています。汎用モデルを特定のニーズに合わせてカスタマイズすることは可能ですが、それに伴いメンテナンス、保険、パートナーシップといった新たな課題も発生します。これらの障害はありますが、私は依然として、高度なAI技術が持つ変革の可能性を強く信じています。現在直面している課題は克服可能なものであり、AI研究の急速な進展は、今後もソリューションが進化し続けることを示唆しています。AIモデルの精度、信頼性、各分野への適応性が向上するにつれて、エネルギーなどの業界においてもAIはますます重要な役割を果たすようになるでしょう。固有データと規制遵守に関する現在の障壁に対処する上で、エネルギー分野に特化したAIモデルやデータセットの開発が鍵となります。複数のエネルギー機関が協力し、ベストプラクティスを共有することにより、AIツールがさらに洗練され、この業界の厳しいニーズにも応えられるようになるはずです。

    時間の経過とともに、AIは運用効率、電力系統管理、意思決定といった面でのギャップを埋め、より持続可能で応答性が高く、レジリエントなエネルギーインフラの実現を後押しすると私は確信しています。エネルギー業界におけるAIの可能性は計り知れず、これまでは想像もできなかった方法で、スマートな電力系統運用、コスト削減、エネルギー使用の最適化が可能になるでしょう。こうした課題を乗り越え続けるにあたって、新たなレベルのイノベーション、効率性、持続可能性を解き放つAIの将来性は、依然として強力な推進力であり続けます。

    Q4. 北米におけるエネルギートランジションの見通しとESLの役割についてお聞かせください。

    将来的には、リアルタイム価格決定メカニズムの導入が拡大することで、エネルギー市場の小売分野においてバーチャルパワープラント(VPP)が一層重要な役割を果たすことが期待されています。しかし、VPPモデルは各地域の規制の性質や範囲に大きく依存しており、その形態は地域ごとに大きく異なります。技術ベンダーは競争力を維持するために、こうした地域市場のダイナミクスに常に順応しておく必要があります。

    ESLではデュアルトラック戦略を追求し、短期的なニーズと長期的なイノベーションの両立を図っています。短期的には、信頼性とパフォーマンスの主要な推進力として従来のOT(operational technology)ソフトウエアを優先し、AIは補完的な役割を果たします。OTシステムが効果的に機能している限り、多くの場合、即座に全面的な刷新を行う動機は限定的です。しかし、AIは特に人間とソフトウエアの相互作用におけるユーザーエクスペリエンスの向上に明確な価値をもたらします。例えば、私たちはGLOW.AIソリューションを通じて、テキストまたは音声ベースのコマンドでデータ分析を簡素化する「Live Assist」と呼ばれるプロトタイプ機能を導入しました。一方で、重要なバックエンドの運用については、安全性と安定性を確保するために引き続き堅牢なOTシステムに依存しています。

    将来的には、電力系統オペレーターの業務とリアルタイムの意思決定を支援するために、分野特化型のLLMがトレーニングされると予測されます。エネルギー業界の複雑性と深く根付いた現実の課題を踏まえると、単一のLLMでは不十分であり、代わりにモジュール化されたアプローチが有望視されます。複数のエージェントAIや専門モジュールなどの多様なAI技術を組み合わせて個別の課題に対応することが考えられます。

    現在、AI業界では前例のないレベルの資本投資が行われていますが、重要な課題は依然として収益化です。AI技術のコスト管理も、今後ますます重要性を増すでしょう。エネルギー業界は慎重な姿勢を保ちながらも、AIが目に見える価値を提供できる、実用的なユースケースを積極的に模索しています。日立のようなソリューションプロバイダーにとって、これは商業的に実現可能で技術的に健全なビジネスモデルを構築する好機であると同時に、責任を伴うものでもあります。

    日立の中核的な強みの一つは、ITとOTの両領域を橋渡しできる独自の能力にあります。OT分野では、日立エナジーが市場における広範な活動範囲と信頼関係に裏打ちされた確固たる評価を得ています。私たちはこの強固な基盤のおかげで、デジタルソリューションを拡充し、GLOWスイートを活用してエネルギーバリューチェーン全体のイノベーションを推進できる立場にあると考えています。

    コラム: AIによるエネルギー業界の変革

    Anthony Allard

    Anthony Allard

    Executive Vice President,
    Head of North America, Hitachi Energy

    AIを活用したソリューションの普及と関心の高まりは、2024年に大きく加速し、その流れは2025年も継続しています。電力会社は重要な電力系統運用を制御するために、トップダウンで全面的にAIを導入しているわけではありません。むしろ、a)手作業の最適化を支援するアシスタント、b)予測と計画の向上、c)予測機能の強化、d)リアルタイムデータの理解と意思決定の支援、といった用途で、電力事業のさまざまな場面においてAIが活用され始めています。企業組織内の特定のワークフローにおいて、生成AIとエージェントAIは高い事業価値を提供し得る個々の機能を最適化する役割を果たします。

    AIが電力会社に及ぼす影響は、事業の個別分野に限定されるものではなく、OT-ITテクノロジースタック全体にわたって変革をもたらします。個々のユースケースに焦点を当てるだけでは不十分であり、電力会社は戦略的イニシアチブを確立し、AI-Ready(AIを適切に活用できる状態)であること、あるいはAI導入に伴うリスクを受け入れる覚悟できていることを確実にする必要があるでしょう。日立は、電力会社がこうした課題に立ち向かい、AIによる新たな機会を確実に捉えるための幅広い専門知識とケイパビリティを備えています。

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