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外部寄稿

行政国家解体に再び挑むトランプ政権

    トランプ政権第2期がスタートして5カ月が経過した。選挙期間中、トランプ氏は、国内の石油・ガス生産拡大と、脱炭素に偏った政策・規制の撤廃を通じて、エネルギー価格を半減することを掲げていた。選挙の結果、大統領職および上下院の多数派をすべて共和党が占める統一政府が誕生したが、議席数差はごくわずかである。議会での超党派の合意形成は期待しにくいことから、トランプ政権が政策実現を図る上で、大統領令および行政機関による規則制定を重視し、かつ、議会での立法が必要な事項は、両院ともに民主党との妥協が不要で、単純過半数の票で可決できる予算法案としての成立をめざすことは、当初から確実視されていた。

    1. 大統領令の多発:国内のエネルギー開発・インフラ拡充を強調

    実際、トランプ大統領は就任式直後から矢継ぎ早に行政命令、覚書、宣言などの形で大統領令を発出している。4月17日までの3カ月間で行政命令だけでも130件に達しており、バイデン政権の40件、トランプ第1期の24件、オバマ政権の19件と比較しても、政権初期に大統領権限を行使して政策転換を強調する傾向は強まっている。エネルギーに深く関わるもののうち、4月中旬までに発令されたものの概要は以下のとおりである。

    まず、国際協定への参加に際しては米国の価値観や米国の貢献が反映されることを重視するとして、気候変動対策のためのパリ協定からの離脱と資金拠出の中止が宣言された。

    有害で近視眼的な政策に起因して、米国のエネルギー供給とインフラは不十分であり国内産業・消費者がコストを負っているとして、国家エネルギー非常事態が宣言された。国内エネルギー資源の生産・流通を促進するため、利用可能なすべての合法的な権限を特定して行使するとされており、特に水質浄化法、絶滅危惧種法等に基づく環境規制が障壁として言及された。また、既存の規制の見直しや国内資源利用促進のための具体的施策の検討を担うべく、省庁横断的な評議会の設置が宣言された。

    「アラスカの豊富な天然資源を解き放つ」と題した行政命令は、資源開発プロジェクトの許可とリース(土地貸与)を迅速化すること、特にアラスカLNGを優先的に開発し、米国内および太平洋地域の同盟国に販売/輸送する方針を掲げるとともに、この方針と矛盾する既存の措置の見直しや撤回を指示した。

    「国内エネルギー利用促進」に向けた行政命令では、鉱物を含むエネルギー資源の探査と生産を促進し供給網を強靱化(きょうじんか)する方針を宣言した。具体的には、エネルギーインフラに対する許可と建設を促進するため、大統領府の環境品質評議会(CEQ)は遅延の要因となってきた環境影響評価の手法を改め、許可手続きを迅速化・簡素化するとともに、議会に対し、許可手続きの確実性を高めるための立法を求めることとした。また環境影響評価においては、法令で求められた要件のみを考慮することとした。これは、1970年に施行された国家環境政策法(NEPA)に基づき、連邦機関が何らかの事業の許可を行おうとする場合に環境影響評価を行うことが義務付けられているが、その際の評価項目として、オバマ政権下でのCEQが、NEPAで規定していない気候面の影響まで考慮するよう通達を出したが、トランプ政権がこれを撤回し、再度バイデン政権が気候面の影響評価を義務付けた経緯を踏まえ、法令で求められない気候面の評価を禁止したものである。関連して環境保護庁(EPA)に対しては、連邦政府が大気浄化法に基づき温室効果ガス排出規制を行うことを正当化してきた「温室効果ガスの危険性認定」の再検討を指示した。

    LNGプロジェクトについては、輸出承認申請の審査を迅速に再開し、審査に際して米国の経済・雇用への影響と、同盟国・友好国の安全保障への影響を考慮することとした。自動車や家電製品を消費者が自由に選択できる公平な規制条件を確保するため、電気自動車や高効率製品に偏った規制の廃止を指示した。また、前政権が実施したグリーン・ニューディールの終了を宣言し、具体的にはすべての政府機関に対し、2021年に成立したインフラ投資・雇用法、2022年に成立したインフレ抑制法に基づく支出を直ちに一時停止し、資金の支出がトランプ政権の政策に合致しているか確認するよう指示した。

    4月に入って、石炭産業活性化に向けた行政命令では、石炭を、供給網強靭化を図るべきエネルギー資源の一つとして位置づけた上で、環境影響評価を含め、国内石炭資源の採掘・利用への障害を特定し撤廃することを省庁に指示した。また、米国内外で採掘された石炭の開発・生産および石炭利用への投資を阻害する政策の見直し・撤回を指示した。ここには、過去に財務省が掲げた石炭融資に関するガイダンスから、連邦機関がエネルギープロジェクトへの資金提供を行う際に用いている分析モデル等も含まれる。さらに、石炭技術の開発・商業化促進と、特にデータセンター向け電力供給を念頭に置いた石炭火力発電の拡大支援も盛り込まれた。

    「アメリカのエネルギーを州の権限乱用から守る」と題する行政命令では、近年、多くの州がイデオロギーに基づく「気候変動」またはエネルギー政策を実施し、米国のエネルギー優位性と経済および国家安全保障を脅かしてきた、と指摘した。そして、司法省に対し、国内エネルギーの開発、利用に負担をかける州法を特定し、それらを打破するために必要な法的措置を講じるよう指示した。

    最後に、米国電力網の信頼性向上に向けた行政命令では、増大する電力需要に対応するため、「利用可能なすべての発電資源、特に長時間稼働が可能な安全かつ冗長性のある燃料供給を活用」すべき、と指摘し、所定の発電設備の系統離脱または燃料転換が認定発電容量の純減につながる場合は、連邦政府は当該転換を防止することができる、としている。

    2. 行政手続きの形骸化:あらゆる利害関係者に耳を傾ける民主党時代への反動?

    これらの、前政権の方針を180度転換するトランプ政権の諸政策は、どのように実現していくのだろうか。
    国内エネルギー資源の生産・流通を阻害するような、あるいは化石エネルギーの消費抑制に資するような生産方式の採用あるいは機器の購入を促す規制の見直しは、各省庁が、見直しの対象とする規則を特定し、見直しが必要とされる根拠となる分析および既存規則を代替する新たな規則案を告知し、利害関係者からのコメント聴取を経て最終規則の公布、という、一般的な規則制定手続きを通じて実施することができる。既に3月12日にはEPAが、約20もの現行規則・指針の見直し計画を発表したところであり、今後、各省庁がこれに続くものと思われる。ただし、連邦機関はどこも大幅な職員削減に伴う混乱の渦中にあり、規則制定のための各機関内の手続きに時間がかかることが考えられる。さらに、環境保護を緩めるなど化石エネルギーに有利に働く方向への修正や撤廃に対しては、環境団体や、民主党優位の州等による訴訟が起きることが確実であり、1期4年間という限られた時間内にプロセスを完遂できない可能性が高い。そのためトランプ大統領は4月10日、イーロン・マスク氏率いる政府効率化省(DOGE)に対し、告知とコメントの手続きを経ることなく、自身の優先事項と矛盾する既存の規制を廃止するよう指示した。また、4月9日に出された、エネルギー省にシャワーヘッドの水圧基準撤廃を指示した大統領令には、「通知やコメントは不要」の一文が含まれ、実際にエネルギー省は大統領令からわずか数日後、シャワーヘッド規制廃止の最終規則を公布した。連邦機関の規則制定手続きを規定する行政手続法は「正当な理由」があれば例外的に、告知とコメントの手続きをとらないことを認めているが、これは通常、緊急事態に適用されるものである。告知とコメントを経なかったシャワーヘッド規制廃止の事例は今後、司法の場で適正性が争われることになるが、仮にトランプ大統領が発布した国家エネルギー非常事態宣言を根拠に連邦最高裁が例外手続きを認める場合には、トランプ第2期政権の下で膨大な数の規制が、利害関係者の意見表明の機会なく廃止されることになるだろう。

    環境影響評価に際して気候面の分析を行わないことについては、既述のとおり、従来も大統領府からの通達に基づき気候面の分析を義務付けたり、義務を解除したりを繰り返してきたため、直ちに実施が可能になるだろう。ただし、気候面の影響評価を行わずに認可されたエネルギーインフラ事業に対し、その認可が適切であったかを問題にする訴訟が提起され、結局は許可手続きの迅速性と確実性が格段に高まるわけではない、と考えられる。

    アラスカの資源開発およびLNGは複雑である。アラスカLNGは原料ガスの供給源として、アラスカ州北岸に位置する北極圏野生生物保護区(ANWR)を見込んでいる。ANWRの石油資源開発は1980年代以降のすべての共和党政権が優先課題に掲げてきたが、希少種が生息するなどの理由から地域住民および環境団体等の反発が強く、実現してこなかった経緯がある。2017年にはトランプ政権下で実施された減税措置に、ANWRにおける石油・ガス開発鉱区の入札実施を義務付ける文言が盛り込まれ、法令の要求に従ってバイデン政権が入札を実施したものの、先述したように、政治的反発が強く、かつ回収した天然ガスの利用には長距離のパイプライン建設を要することから、アラスカ州公営企業以外の応札は振るわなかった。反対運動や鉱区リースの差し止めを求める訴訟、それに起因するプロジェクトの遅延とコスト増、さらには投資家からの悪評への懸念などから、鉱区リース契約を締結した少数の民間企業もその後、相次いで撤退することになった。さらに、バイデン政権下での内務省が、入札に先立つ環境影響評価に不備があったとしてリース契約取り消しを宣言した。現在計画されているガスパイプライン建設とLNG輸出計画については、連邦政府からの必要な認可は既に2020年に取得済みではあるが、大規模な計画であるため、トランプ政権の4年間の任期中の完成は困難であろうと見込まれる。将来再び民主党政権が発足した時の認可取り消しを含む法的リスクからの保護が提供されることが、アラスカLNGが実現するための重要な前提条件になると考えられる。

    州ごとに法・規制がバラバラないわゆる「規制のパッチワーク」状況が企業活動の負担になっている面があることや複数州にまたがるインフラ計画が1州の反対により頓挫する例もあることから、連邦司法省を通じて州の気候変動政策を抑制しようとする試みにも一定の説得力はある。しかし、連邦政府に州法を無効にする権限があるかないかは、州からの訴訟が起き、司法判断が下されてみるまで、結果を見通すことはできない。

    このように、トランプ政権の施策はほぼすべてが司法の場に持ち込まれ、最近では連邦最高裁により、行政機関が実施する環境影響評価のスコープが狭められたり、2022年インフレ抑制法に基づく助成金の取消しが連邦控訴裁によって支持される等、続々と判決が積みあがっている。目下のところ、連邦最高裁判事は共和党大統領による任命者が6名、民主党大統領による任命者が3名の構成であり、6-3で保守派優位、とされる。しかし、トランプ政権の施策に対しては、保守派判事が不支持を表明する例も散見されている。トランプ氏出現以前の、司法における「リベラル=環境寄り、多様な権利を擁護、時代に即した憲法解釈を容認、保守=州権重視、憲法を厳格に解釈」という構図が変化している可能性もあり、今後の展開が注目される。

    3. 議会対策の難航:大規模減税実現に向けた財源確保の試み

    トランプ氏は2024年の選挙戦の段階で、バイデン政権による無駄な支出を削減することを宣言した。特にクリーンエネルギー支援をやり玉に挙げ、先述のインフラ投資・雇用法とインフレ抑制法の資金回収を公約してきた。さかのぼれば、インフラ法は共和党議員からも一定の賛成票を得て超党派で可決されたのに対し、インフレ抑制法は、民主党議員の賛成票のみで可決された。しかし同法が実施されてみると、共和党が支配する多くの地区に太陽光、風力、バイオ燃料、原子力、EV製造の控除の恩恵を受けるプロジェクトがあり、多くの投資が提案されたことから、選挙戦中から、共和党議員の間でも同法の縮小については慎重姿勢を求める声が上がっていた。

    トランプ大統領が、就任直後に政府機関に対して、両法に基づく支出の停止を命じたことは既述のとおりである。一例として、EV充電インフラ、省エネ住宅建設、再エネプロジェクトのための資金として70億ドルを交付された団体Climate Unitedは資金を引き出せなくなり、基金助成金を管理しているEPAやシティバンクを相手取り、資金へのアクセス回復を求めて訴訟を起こした。議会が支出を認めた資金を、EPAと銀行が違法に差し押さえており、大統領が差し押さえを指示したことは契約法と憲法の両方に違反している、との主張である。他にも、再エネやエネルギー効率改善の投資を行った後で補助金を停止された農家等が同様の訴訟を起こしており、連邦裁判所にて、政権による支出停止が不適切であった、との判決が出始めている。

    議会が立法を通じて連邦省庁に支出を命じたものを、後の大統領が一方的に没収する動きに対しては、議会からも反発が起きている。2月後半以降の約1カ月間、議会は、政府閉鎖を回避するための予算策定に追われた。米国政府の会計年度は、10月1日〜翌9月末である。毎年9月末までに、議会は翌年度の政府歳出法案を可決する必要があるが、現2025会計年度については歳出法案を可決することができず、前年度水準の歳出規模を維持するつなぎ予算で政府を運営してきた。2024年12月末には今年3月14日を期限とする暫定予算が成立しており、市民生活と産業活動に重大な影響を及ぼす政府閉鎖を回避するには、後継の予算を成立させる必要があった。下院では共和党議員が非防衛プログラムの削減と防衛予算の増額を含む6カ月間の暫定予算を提案したのに対し、トランプ政権による資金没収を目の当たりにして、民主党議員は、トランプ大統領および政府効率化省(DOGE)が議会の支出決定を無視することを防ぐ文言を含めるよう要求した。これを共和党は聞き入れず、3月11日に下院は党派的投票で暫定予算案を可決した。その後、交渉の場は上院に移り、3月14日に辛くも暫定予算成立にこぎ着けた。

    冒頭でも指摘したとおり、トランプ政権は議会での立法を通じて公約実現を図る場合、連邦政府の歳入歳出の総額を決定する予算決議に付随して行われる「財政調整」手続きを用いる以外、可決を望めない。暫定予算案の可決後、議会では予算決議の審議に取り組み、2月25日に下院予算決議が可決されたのに対し、上院予算決議の可決は4月5日までずれ込むこととなった。両決議には、複数の重大な相違点があり、4月10日にようやく下院が上院案をおおむね受け入れることが報じられた。今後、一本化された正式な予算決議の可決後に、具体的な財政調整の内容検討に入ることになる。それに先立ち3月末には、エネルギー省が行った各部局の事業評価が報道された。最終決定ではないものの、インフレ抑制法に基づき7件の水素ハブに対し支出される予定であった合計70億ドルについては、4件は支出削減、3件が支出額維持、とのことである。支援継続のプロジェクトは水素製造時の電力供給源としてガス火力を予定しているのに対し、削減が妥当とされたプロジェクトでは主に再エネ・原子力由来の電力が用いられる予定である。また、化石燃料の継続利用を可能にする技術として共和党議員の支持を得やすいCCUSについても、テキサスとルイジアナの2カ所のCO2直接回収ハブが、削減推奨となった。既述のとおり送電網の信頼性強化はトランプ政権が重視するところではあるが、送電についても、最大4,800MWの洋上風力とエネルギー貯蔵を予定するPower Up New England計画を含む20件が削減推奨となった。他にEV充電、風力タービン、太陽光パネル、水力発電など約8億ドル分の事業が削減推奨となった、とのことである。なお、続報として5月末には、エネルギー省が2つのCO2回収を含む助成金24件、総額37億ドルの打ち切りを発表した。

    このように、共和党政治家が好む案件も削減対象に分類された要因の一つとして、行政府からの支援額の規模が挙げられる。トランプ政権と議会共和党は、2017年に成立したトランプ減税の恒久化およびいくつかの追加減税の実現をめざしており、その財源として、支援額の大きいプロジェクトがターゲットになりやすい、ということである。さらに、共和党議員の間では、自らの選挙区が支出削減の影響を被るとしても、連邦政府の支援があっても経済性を備えることが困難な「非効率な」プロジェクトへの資金を削減することに一定の支持がある。とはいえ、議会が承認した支出を行政府が一方的に差し控えることは、1974年に成立した資金管理法によって禁止されていることから、トランプ政権と共和党は、資金管理法に基づく「撤回」手続きの準備を進めているとのことである。撤回(Rescissions)とは、大統領が議会に対し、支払い義務がまだ発生していない特定の予算を取り消す要求を送るもので、議会両院が取り消しを否認しない限り取り消しの効果が存続する、というものである。

    4. 関税を通じた製造業回帰の取り組み:トランプ政権は人手不足にどう対処するのか?

    トランプ政権の政策として、日々市場を混乱させている関税についても、触れないわけにいかないだろう。本稿執筆時点では、日本への24%をはじめとする「相互関税」のうち、中国を除く諸国については発効が猶予された段階である。しかし2国間の通商交渉の展開次第で相互関税が実際に適用される可能性は残り続けている。この関税戦争は、米国内の産業に対しても、石油業界(カナダの原油や、さまざまな半精製品の価格上昇)、自動車(自動車部品の価格上昇、完成車価格および修理費用、保険料等の上昇と自動車販売減)、ハイテク製品(現状、アジアのサプライチェーンに依存)、農業など、それぞれにダメージを及ぼすことが指摘されている。最近の市場の混乱を受けて、一部の共和党議員から、大統領が貿易相手国に対し追加関税を課す権限を制限しようとする試みが提起されている。本をただせば、関税を含む税を課す権限は合衆国憲法において議会に与えられているため、再び関税賦課の権限を議会の手に取り戻し、大統領が追加関税を発動しようとする場合には議会承認を経るよう義務付ける他、議会がいつでも関税を廃止するようにする、といった提案である。

    この関税戦争の目的を、トランプ政権は、貿易相手国が課してきた不当な障壁によって国外に逃避した製造業を米国内に回帰させること、と説明している。今次の相互関税はトランプ大統領のストップ&ゴーの側面が目立ち、企業の投資判断を難しくしている。また、米国内に工場等を移転し米国内でサプライチェーンを構築するには年単位の長期間を要し、それに伴うコストも大きいことが指摘されている。加えて、製造業の国内回帰が進むためには、@道路橋梁(きょうりょう)、港湾などのインフラから米国の産業施設が利用している機器・機械類に至るまで、老朽化したものが多く、その更新が必要、A電力供給信頼度を高めることが必要、B熟練労働者が不足している、等の課題が指摘されている。

    このうち電力供給信頼度が課題となっている背景については、化石燃料発電所および一部原子力の廃止が続いている一方で、再生可能エネルギー発電が拡大しており、不安定な再エネ電源に対して十分な電力貯蔵や送配電能力が確保されていないことが、要因として挙げられる。トランプ政権がまさに、取り組もうとしている分野である。他方、エネルギー産業における熟練労働者の不足については、既に2000年代半ばの時点で、深刻問題として指摘されていた。例えば電力部門では、非大卒者の中で最も給与水準の高い職業の一つである電線敷設工から電気工学の学位取得者が就く電力エンジニアまで、石油産業では、鉱山技師、ケミカルエンジニア、水圧破砕作業員からトラック運転手に至るまで、クリーンエネルギー分野でも太陽光パネル設置作業員、原子力プラントエンジニア、ケミカルエンジニア等、各分野において人材不足が深刻化しており、これがプロジェクト遅延とコスト上昇を引き起こしている。STEM労働力の不足に対し、トランプ政権と共和党はどのような教育政策で対処するのか。共和党は以前から、大学・大学院といった高学歴を志向するよりも、高卒〜コミュニティカレッジまでの学歴の労働者に対する教育・訓練を充実させること、学校選択を自由化して教育に競争原理を導入すること、を重視する傾向にある。トランプ大統領は教育について、DEI(多様性・公平性・包摂性)への偏りを是正することや、連邦教育省を廃止し教育の権限を州に戻すことを掲げているが、米国の産業競争力を支える人材育成について、これからどのような施策が繰り出されるのか、注目されるところである。

    執筆者紹介

    杉野 綾子(すぎの あやこ)

    武蔵野大学法学部准教授/日本エネルギー経済研究所客員研究員

    慶應義塾大学法学部政治学科卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学、東京大学)。日本エネルギー経済研究所を経て2021年4月から現職。専門分野は現代米国政治、エネルギー政策。主な著作は『米国大統領の権限強化と新たな政策手段』(日本評論社、2017年)、『アメリカ政治の地殻変動』(東京大学出版会、2021年、共著)など。

    執筆者紹介

    杉野 綾子

    武蔵野大学法学部 准教授

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

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