外部寄稿
近年、国債等の安全資産を裏付けに価値の安定化を図ろうとするステーブルコインが注目されている。特に米ドル建てのステーブルコインは、新興国における法定通貨の利用を代替するなどグローバルに拡大している。新しい事業者にとってステーブルコインは銀行が提供する預金に依拠することなく、利用者に新たな支払い手段を提供するものである。その用途は、夜間・休日を問わない国境をまたいだ資金取引(クロスボーダー送金)のほぼ瞬時での実行や、スマートコントラクトを活用したさまざまな金融資産の資金決済の自動的な執行など幅広い。その一方で、ステーブルコインは中央銀行が提供するマネー(中銀マネー)を通じた決済の完了性(ファイナリティ)を生かす枠組みとは必ずしもなっておらず、金融システムの安定性および決済システムの安全性の面で課題を抱えている。今後、技術面からステーブルコインのエコシステム全体としての信用を補完するような取り組みを多面的に進めていくことが重要である。
近年、主要国ではステーブルコインに関する法整備が急速に進んでいる。ステーブルコインとは、国債等の安全資産を裏付けとして価値の安定化を図ると共に分散台帳技術(ブロックチェーン)を活用する新しい民間マネーである。アメリカでは2025年7月、国内におけるステーブルコイン発行のルール等を定めたGENIUS法が成立し、連邦レベルでの規制の枠組みが整備された。欧州でも2024年12月より、暗号資産を包括的に規制するMiCA法が施行されているほか、わが国でも改正資金決済法の下で、事業者によるステーブルコインの発行が進められている。
最も代表的なステーブルコインとしては、Tether社が発行するUSDTとCircle社が発行するUSDCがある。いずれも銀行以外の新興FinTech企業が発行するステーブルコインであり、その時価総額(2025年10月時点)はUSDTが1,800億ドル(暗号資産の時価総額ランキング3位)、USDCが760億ドル(同7位)と、2兆3千億ドルの時価総額を有するBitcoinよりはかなり少ないものの、一定の存在感のある暗号資産である。
米GENIUS法の成立によって十分な法的基盤が整備されたことを受け、一部の主要米銀では、ステーブルコインの発行を検討する動きが見られているほか、日米欧の主要行がG7通貨に連動するステーブルコインの発行を共同で検討するとの報道も見られる。さらにブロックチェーンを使って預金をトークン化*1し、これを顧客間での決済に活用するような取り組みも進められている。これは「預金トークン」(deposit token)と呼ばれるものである。
ステーブルコインと預金トークンの違いについて、表1に基づいて明らかにしていきたい。全体として、ステーブルコインは預金を代替するマネーとしての利用が検討されているのに対して、預金トークンは預金を補完するサービスを新たに提供しようとしていると整理できる。
| ステーブルコイン | 預金トークン | |
|---|---|---|
| 発行主体 | 資金移動業者等のノンバンク事業者 商業銀行 |
商業銀行 |
| 利用者の範囲 | ウォレットを有する幅広い利用者 | 預金口座を有する利用者 |
| マネーの裏付け | 発行額相当ないし発行額を超える安全資産(中央銀行当座預金、国債等) | 金融規制監督の枠組み 商業銀行のバランスシートの健全性 預金保険制度 |
| 主なユースケース | ノンバンク事業者:主に、暗号資産取引や、Web3、DeFi*2等を通じた取引に利用 商業銀行:取引先事業者のグローバルな流動性管理の向上等に利用 |
取引先事業者のグローバルな流動性管理の向上、証券取引やクロスボーダー取引の決済高度化に利用 |
第一に、発行主体を見ると、ステーブルコインは資金移動業者等を含めたさまざまな主体が発行できるのに対して、預金トークンの発行は銀行に限られる。預金の取り扱いは金融規制監督下で銀行に限定されているため、ブロックチェーンを使った預金トークンの発行も銀行に限られると考えるのが自然であろう。
第二に、利用者の範囲を見ると、ステーブルコインはトークン型のマネーとして、幅広い利用者の間で転々と流通させることができる。コインを所有している人(holder)が、そのコインを使うことのできる権利を持っている人(owner)であり、その人の属性に関わらずコインそのものの真正性が確認できれば利用者の間で流通する。他方、預金トークンはアカウント型のマネーとして、トークンを発行する銀行に預金口座を保有する人に限定して流通する。預金トークンの利用にあたっては、支払人が預金口座の名義人と同一人物なのかを確認した上で、銀行は預金トークンを支払人から受取人に移転する。もっとも転々流通性というトークンのメリットを最大限生かすのであれば、預金トークンをトークン型のマネーを発行し、預金口座を持たない人にも使えるようにデザインすることもできるが、現時点ではアカウント型のマネーとして扱うケースが多いように見える。
第三に、マネーの裏付けについて見ると、ステーブルコインは発行額相当ないしそれを超える金額の安全資産を保有することが求められているのに対して、預金トークンの価値裏付けは預金と同様の考え方に基づく。すなわち、預金トークンを発行する銀行は金融規制監督に服し、トークンは利用者保護の観点から一定額の範囲内で預金保険の対象になるであろう。
最後に、ユースケースを巡る違いがある。ステーブルコインはこれまでのところ、インターネット空間を通じた暗号資産取引や次世代インターネットと言われるWeb3、さらには分散型金融(DeFi)を通じたさまざまな取引に使われる傾向が高い。これに対して、預金トークンは銀行の取引先事業者の流動性管理(キャッシュマネジメント)といったビジネスニーズに応えることを主な目的としている。
新しい民間マネーの広がりが決済システムにどのような影響を及ぼすかについて明らかにする前に、伝統的な民間マネーである預金の決済がどのように行われるかを整理しておこう。
インターネットを通じて購入した商品の支払いを預金で行うようなケースを想定してみよう。まず、買い手と売り手が同じ銀行に預金口座を保有し、これらの口座を通じて資金のやり取り(オンアス<on-us>取引)をする場合、この銀行が管理する預金台帳を更新することによって資金決済は完了する。他方、買い手と売り手が異なる銀行に預金口座を持っている場合、これらの銀行をまたぐ資金のやり取り(オフアス<off-us>取引)は、日本銀行当座預金(日銀当預)を通じて決済される。つまり、買い手の銀行は、買い手の預金口座から支払代金を引き落とし、自らが保有する日銀当預にこの代金をいったん入金した上で、売り手の銀行の日銀当預への資金振替が行われる。日銀当預を通じて資金を受け取った売り手の銀行が、売り手の預金口座に入金することによって決済は完了する。銀行間の資金決済を日銀当預という中銀マネーがつなぐことによって決済のファイナリティ(決済の巻き戻しができないこと)を保証している。われわれが日常生活の中でこうした中銀マネーの役割を意識することはまずない。しかし、A銀行の預金口座に保有する1円と、B銀行の預金口座に保有する1円は、別々の銀行が発行した預金通貨という民間マネーであるにも関わらず常に1円は1円という同じ価値を維持している。それは、これらのマネーがいつでも中銀マネーと等価で交換できるからである。中銀マネーは、預金がいつでも同じ価値で交換できるという「通貨の等価性」(singleness of money)を提供することによって、人々が安心して民間マネーを使うことができるという決済サービスの安全性を維持すると同時に、その下で民間マネーが人々に対して革新的な決済サービスを提供できるよう媒介としての役割を果たしている。
次に、新しい民間マネーの決済について見ていこう。まず、預金トークンを決済するメカニズムについて見ると、同じ銀行が発行する預金トークンを使ったオンアス取引では、ブロックチェーン上でトークンの受け渡しを記録することによって価値の移転が行われる。記録の更新は、ブロックチェーンが採用するコンセンサス形成のメカニズムに応じて行われるであろう。その一方で、異なる銀行が発行する預金トークンを使ったオフアス取引では、預金と同じように、中銀マネーが決済の仲立ちをするようになると考えられる。ここでの中銀マネーは日銀当預かもしれないし、トークン化された日銀当預、あるいはホールセール型のCBDC*3かもしれない。預金トークンの決済は、預金の決済と大枠で類似しており、決済システムの安全性を維持する上で中銀マネーが引き続き重要な役割を果たす可能性が高い。
最後に、ステーブルコインを決済するメカニズムについて見てみよう。まず、同じ発行主体が生成するステーブルコインを使ったオンアス取引では、ブロックチェーン上でトークンの受け渡しを記録することによって価値の移転が行われる。その意味では預金トークンの決済と同じである。他方、預金トークンとは異なる面もある。ステーブルコインは、圧倒的に大きな利用者ネットワークを持っていることから、オンアス取引の決済が格段に増える傾向がある。代表的なステーブルコインであるUSDTの場合、保守的に見てもグローバルには約4億人のユーザーがいる一方で、米銀最大手のJPモルガン銀行のリテール顧客口座数は約8,400万口座と言われている。ステーブルコインが圧倒的に広範なネットワークを築いていることになる。これだけ多くのユーザーがいれば、別のステーブルコインや預金に変換することなく、このコインをオンアス取引として利用する方が便利であろう。海外に目を転じると、通貨制度が破たんしたベネズエラや高いインフレ率に悩むアルゼンチンのように、自国の法定通貨の信認が毀損(きそん)された国々では、それに代わる支払い手段として米ドル建てステーブルコインの通貨圏の中で人々は暮らし、ボリバルやペソといった法定通貨に依拠する必要がなくなりつつある。
異なる発行主体が生成するステーブルコインの決済については、預金や預金トークンとは大きく異なり、これらのコインをつなぐ役割を中銀マネーが果たすとは限らない。ステーブルコインは、誰が所有していても発行主体は変わらないという持参人式マネー(bearer instruments)であるため、仮に受け取ったステーブルコインを別のコインに交換したい場合には、これらのコインの交換をなりわいとする民間業者に依頼するか、将来的にはステーブルコイン交換所を通じて決済できるような仕組みが整備されるかもしれない。こうした交換にあたっては、受取人の預金口座やステーブルコイン発行主体の預金口座が使われる可能性もあるが、中銀マネーがどこまでファイナリティを提供する役割を担うかは不明である。例えば、USDTとUSDCとの間で常に一対一での交換が保証されている訳ではなく、それぞれのコインへの需給を反映し、交換レートが変動する。この結果、中銀マネーが通貨の等価性を通じて決済システムの安全性を確保するというメカニズムがステーブルコインについては働いていない。こうした課題をどう克服していくかについて、さまざまな選択肢を検討する必要がある。
新しい民間マネーの登場を受けて、今後、決済システムはどのように変わるべきであろうか。
第一に、短期的な課題として、ステーブルコインを取り巻くエコシステムの信用を高めるような取り組みを技術面からサポートしていくことが重要である。主要国で進められている法整備は主としてステーブルコインそのものの信用を高めることを狙っているが、その利用者や利用状況に関する法令順守の枠組みを技術面から高度化していく余地も残されている。例えば、KYC/CDD(顧客の本人確認、継続的な顧客管理)やAML/CFT(アンチ・マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策)への対応にあたっては、一定の手続きを経た顧客のブロックチェーン・アドレスに限定してステーブルコインを流通させたり、AIを活用した取引モニタリングを継続的に行ったりするなどの施策が考えられる。
第二に、やや長い目で見て、ステーブルコインを中央銀行や商業銀行が参加するプラットフォームで扱っていくための技術を民間主導で磨いていくことである。国際機関や一部の中央銀行では、統一台帳(unified ledger)という概念を打ち出し、共通のプラットフォームの上で、トークン化された中銀マネーのみならず、民間マネーや国債等の金融資産トークンを発行・流通させるような枠組みを提唱している。この中にステーブルコインも取り込んでいくことによって、オンアス取引のコンプライアンス面からの対応を促すと共に、オフアス取引におけるステーブルコインと他の民間マネーの決済に中銀マネーを利用することができるようになる可能性もある。また、USDTのように、イサリウムのほかソラナやトロンといった複数のブロックチェーン上で発行されるステーブルコインは、原則としてこれらをまたいで交換することができないという限界を抱える。こうした相互運用性の欠如を克服する手段として、トークン化された中銀マネーを利用することもできるようになるかもしれない。統一台帳の実現には数多くの課題を乗り越えなければならず相当の時間を要する可能性が高いが、グローバルにみた決済システムの遠景として検討を進めておく必要があろう。
最後に、ステーブルコインによって拡大するネットワークを通じて伝播(でんぱ)するリスクに決済システムとしてどう向き合うかという課題がある。法定通貨の信認が欠ける一部の新興国と、その信認を確立している主要国がステーブルコインを通じてつながる世界において、前者で顕在化したリスクが、ステーブルコインの急激な需給の変化をもたらし、瞬時にして後者に波及するようなシナリオも考えられる。各国政府・中央銀行の対応にのみ期待するのではなく、こうしたリスクを技術面から遮断したり軽減したりするような施策を検討しておく余地もあろう。
新しい民間マネーを支えるブロックチェーンは「信用のないところに、信用を創り出す」技術として注目されてきた。かつては、信用を確立した金融サービスへのブロックチェーンの応用は難しいと考えられてきたが、その後の目覚ましい技術の発展はこうした固定観念を根元から見直すべきであるという問題提起をわれわれに投げかけている。今後、技術革新の恩恵を最大限受けられるパブリック型*4のブロックチェーンを基盤としながら、法令順守に沿ったパーミッションド*5な世界を展望していく上で、さまざまな技術を組み合わせながら、ステーブルコイン全体としての信用を向上させるような取り組みが求められる。
小早川 周司(こばやかわ しゅうじ)
明治大学政治経済学部 教授
1967年東京生まれ。一橋大学経済学部卒業、オックスフォード大学大学院経済学博士課程修了(D.Phil.)。日本銀行ニューヨーク事務所、経済協力開発機構出向、企画局参事役、決済機構局参事役などを歴任し、2019年より現職。2014年から18年まで国際決済銀行(BIS)決済・市場インフラ委員会傘下のリテール決済部会、デジタル・イノベーション部会などのメンバーを務め、2018年3月のBIS報告書「中央銀行デジタル通貨」の執筆などを担当。主著:「分散型台帳技術の応用に向けて―中央銀行の決済システムからみた特徴と課題」(共著)『デジタルプラクティス』10(3)、2019年、「決済サービスを支える金融インフラの高度化:コスト削減から付加価値の創造へ」『経済セミナー』No.710、2019年
執筆者紹介
小早川 周司
明治大学政治経済学部 教授
機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。
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