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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 溝口健一郎のコラム

第3回:中国での孤立

 7月の終わりに中国を7年ぶりに訪問した。北京空港は巨大、クリーンで、入国審査は極めてスムーズであった。事前に登録した中国税関出入国健康申告のQコードを掲げ、両手全ての指紋を登録し顔写真を撮られてあっという間にゲートにたどり着く。ただし、ここに至るまでの準備はそれほど滑らかではない。日本から中国への渡航は現在ビザが必要。中国での訪問先に招聘(しょうへい)状を出してもらい、パスポートのコピー、デジタル顔写真と質問書を提出する。質問書では、訪問先の詳細・訪問目的に加え、年収、高校以降の学歴、最近3年間の訪問国全て、家族全員の名前と住所などまで記載する。有明の中国ビザセンターに予約を取り、指紋と顔写真を登録して(大行列で、私の場合は手続き完了まで約3時間を所要)、3営業日ほどでビザが添付されたパスポートが戻ってくる。出国前48時間以内にコロナの抗原検査も必要。

 中国経済は回復が遅れている。ゼロコロナ政策からウィズコロナ政策への転換により、サービス中心に消費が持ち直し、新興国向けの輸出などが牽引(けんいん)して成長軌道に戻ると期待されていたが、シナリオの見直しが必要な情勢だ。4〜6月期の実質GDP成長率は前期比年率+3.2%と、1〜3月期の同+9.1%から大幅なスローダウン。製造業PMIは4カ月連続で50割れ、都市部若年層の失業率が20%を超えるなど、景況感が改善する見通しは薄い。中でも、2021年に政府が導入した不動産バブル抑制のための規制以来、不動産市場は低迷が続き、それにひも付いて地方債務の拡大も懸念されている。不動産業界は関連業界も含めれば中国経済の2〜3割を占めるドライビングフォースであり、この不振は経済全体に波及する。

 現在中央政府による景気刺激策が期待されており、実際、7月末の中国共産党中央政治局会議後、不動産政策を適時調整し合理化すると発表された。特に、「住宅は住むためのものであり、投機のためのものではない」との党の方針が今回は言及されなかったことから、不動産関連企業の株価が急騰する結果となった。しかし、中央政府が大規模な財政出動、地方債務や不動産関連企業への幅広な救済に乗り出す可能性は高くない。かつてリーマンショックの際には、4兆元(約60兆円)もの経済対策によって中国が世界を救ったとも言われたが、結果として過剰な生産能力と巨額の債務を招くことになった。ひいては、国内消費主導型経済への転換を遅らせる要因にもなっている。中国政府はこの歴史を十分意識しており、二の舞は演じない。また、三期目の習近平政権にとっての最優先は国家安全にあり、経済成長が絶対に優先とはならない。建国100周年にあたる2049年までに「社会主義現代国家」になるという目標のために、経済の構造的変革が必要ということでもある。

 北京の空港やオフィスやレストランで地政学的緊張を感じることはない。移動は効率的でオフィスビルには掃除ロボットが走り、中国料理や白酒はとてもおいしい。知識として知ってはいたが、現地で分断を実感するのはサイバーの世界だ。Googleで検索しても何も得られず、LinkedInで面談した人へのつながり申請は無理で、Lineで家族に連絡はできない。ChatGPTとのおしゃべりもお預けだ。毎朝動画を見ながらラジオ体操をするのが習慣なのだが、YouTubeにアクセスできないので頭の中で音楽を鳴らしてやってみた。改めてネット環境にスポイルされている自分に気づくとともに、デジタル世界での孤立は影響が大きいと認識した。中国に住んでいるのであれば、それぞれに同様のサービスにアクセスできるのだろうが、訪問者には難しい。新たなビジネスの提案も、知人への連絡も、家族との会話もサイバー世界は既に一つではなくなっている。

 サプライチェーン上のリスク回避のためにフレンドショアリングを企業が志向し、次の成長市場としてインドが注目される。しかし、下がったとはいえ5%前後もの成長が見通せる巨大中国市場抜きには世界経済は伸長し得ない。インドの成長は目覚ましいが、経済規模はまだ中国の6分の1にとどまる。グローバル企業が生き延びるためには中国での成功が当面欠かせず、最近も欧米有力企業のCEOによる北京詣でが盛んだ。子曰く、徳は孤ならず必ず隣あり。中国の孤立は避けねばならない。



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