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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 溝口健一郎のコラム

第5回:成長の限界はやはり来るのか

 未来予測は当たらない。予測のベースとなるデータが不十分であったり、予測しようとする事象が複雑系であったりするからだが、加えて、システムの中に居る者が自らの所属するシステムを予測するという存在論的障壁が存在するためでもある。ローマ・クラブが1972年に提唱した「成長の限界」説もぴたりとは当たらなかった。ローマ・クラブ自身は、提示した未来の姿は「予測」ではないと強調したが、多くの人々が予測と受け止め、発表当時衝撃が広がった。現時点の人類の行方を左右する重要な要因――人口、資本、食糧、天然資源、汚染――の変化をシミュレートすると、来たるべき100年以内に人類は成長の限界点を迎え、衰退期に入るとした。世界の人口は統計的必然として幾何級数的に増大し、それに伴って食糧や天然資源も同じペースで必要となるが、食糧の供給能力は限界に達し、天然資源はいずれ枯渇し、一方汚染は不可避的に急拡大することが予見された。人口と資本が正のフィードバックを循環させる結果、幾何級数的成長による限界への到達は回避することができず、仮にシミュレーションの前提条件を、天然資源が無限でかつ汚染は抑制できると設定したとしても、破局を遅らせることができるだけで結局は止められない、と論じたのである。

 ローマ・クラブのメンバーであった日立製作所会長の駒井健一郎は、「経済、社会、経営、技術等の各分野を総合したソフト・サイエンスの確立を図り、日立グループ内の長期的かつ基本的な問題への対策はもとより、広く国家、諸官庁、他企業の要望にも応えていく」として、株式会社日立総合計画研究所を1973年に設立した。以来50年、日立総研は日立グループの戦略シンクタンクとして、1970年代の資源エネルギー問題、国際経営、80年代の産業構造、米国研究、90年代のIT革命、グローバル化、2000年代の環境問題、中国研究など幅広い研究課題に取り組み、成果を上げてきた。日立グループは2008年の世界金融危機時に直面した経営危機以降、大胆な事業構造転換とガバナンス改革を進め、社会イノベーション事業を基軸としたグローバルな成長を実現しつつある。日立総研は日立グループの経営のナビゲーターとして、現在は、バリューチェーン変革、生成AI、気候変動問題、世界の地政学情勢などの研究も進めている。2030年以降に世界の政治、経済、社会、技術がどうなるかの先読みもフォーカスの一つである。しかし、われわれのさまざまな予測もぴたりと当たるものは少ないだろう。

 民主主義と資本主義が勝利して、世界は単一のマーケットとして機能し、環境汚染も克服して、人類は平和の恩恵を長く受けるであろう、という冷戦終結直後の印象は全く間違っていた。世界中で地球温暖化の影響が顕在化し、新型コロナのパンデミックを経験した。温暖化対策に関するパリ協定の目標達成は困難であり、人類があまねく地球に影響を与える人新生の時代となり、人類が成長を止めない限り地球へのダメージを抑制することは不可能だとする議論も支持を得ている。国家間のあつれきは増え、米国は国内で分断し、日本は経済低迷から抜け出せず、欧州では大きな戦争が起きている。機関誌「日立総研」に寄稿いただいた戦略国際問題研究所(CSIS)所長兼CEOのジョン・ハムレ氏が解説するようなアジア太平洋における地政学的緊張状態も予測することは難しかった。国家間の分断・紛争は今後も深刻化が予想され、新ワシントンコンセンサスとも呼ばれる主要国の最近の経済政策は、自国優先主義を基本としている。一方、社会の多様性に対する理解は進み、人類は数多くの成果を成し遂げてきた。医学の進歩によって人類の寿命は延び、生成AIが登場し、サイバー空間は飛躍的拡大を続け、宇宙空間の開発も進みつつある。かつては機関誌「日立総研」に寄稿いただいたリンダ・グラットン氏が提唱する人生100年時代のキャリアを考えようなどとは思ってもみなかった。

 ローマ・クラブの問題提起から50年を経た今、再び人類は成長の限界をシミュレートすべきなのかもしれない。資本主義は未開拓のフロンティアを開拓することで価値を創造する。差異が価値である。地理空間上のフロンティアはほぼ地球上になくなり、サイバー空間上のフロンティアは大きく広がってきたものの、マイナス面も大きくなってしまった。世界各国の負債規模が拡大しているということも、経済空間上での現在の価値が刈り取れないために、将来の価値を先取りしている結果だとも言える。宇宙空間上のフロンティア開拓はもうしばらく時間がかかりそうだ。COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)における議論は、経済成長と地球のサステイナビリティとのバランスを図ろうとする真剣な取り組みだが、進展の見通しは明るくはない。しかし限界に至るまで無策でいるわけにはいかない。システムの中に居てシステムの改善を図ることは極めて難しいが、解決のシナリオを探るチャレンジを繰り返すことによってのみ打開策が垣間見えてくるであろう。「世界環境の量的限界と行き過ぎた成長による悲劇的結末を認識することは、人間の行動、さらには現在の社会の全体的構造を根本的に変えるような新しい形の思考をはじめるために不可欠のものである」との50年前のローマ・クラブの言葉が今も有効であるのは間違いない。

参考文献: D. L. メドウズ他(1972)「成長の限界−ローマ・クラブ『人類の危機』レポート」ダイヤモンド社

※上記は、機関誌「日立総研」Vol.18-2(2023年11月発行)の巻頭言として掲載したものです。機関誌「日立総研」Vol.18-2はこちらよりご覧ください。