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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 嶋田惠一のコラム

[バックナンバー]白井社長コラム 第19回:30年後の人工都市      

 ミャンマーの首都ネピドーを初めて訪れたのは、ヤンゴンから遷都されて4年目、まだ軍事政権時代の2010年でした。当時駐在していたシンガポールから空路でヤンゴンに入り、そこからさらに車で約9時間を要する長旅でした。ヤンゴンからネピドーへは航空路線もありましたが、現地の方が飛行機は頻繁に故障し墜落のリスクもあるから避けた方が良いと忠告してくださり、時間よりも命が大事ということで陸路を選択しました。途中の道路事情も悪く、車も何度か故障したため、通常でも7時間かかるところ結局9時間近くを要しました。ネピドーへ遷都はしたものの、経済の中心は依然ヤンゴンにあり、当時は多くの企業がヤンゴンにビジネス拠点を置いていました。輸出入をはじめとした行政手続きには、わざわざネピドーまで足を運ぶ必要があり、月曜日にヤンゴンのオフィスで大量の手続き書類を持ってネピドーに向かい、金曜日に手続きを終えて戻る「手続き屋」が活躍していました。
 当時のネピドーはまさに「人工都市」という印象で、通りを歩く人の数は昼間でも少なく、生活感の極めて薄い都市でした。首都ですから多くの政府機関があるのですが、入り口の門から建物まで車がなければ移動が大変なほど距離があり、役所と役所の間も異様なほど離れています。一方で、宿泊するホテルはなぜかリゾート感覚かつトロピカルな雰囲気で、街全体がどこかバランスを欠いているのです。
 到着した日の夜になってネピドーの街の雰囲気にどこか既視感のあることに気付きました。しばらく考えて、それは1986年に初めて訪れた際の中国の深センであることに気付きました。今では中国の四大都市の一つに数えられる深センですが、本格的に成長が加速したのは1992年の鄧小平の南巡講話以降です。南巡講話とは1989年の天安門事件以降外国からの投資が停滞し、国内でも保守派の発言力が高まる中で、改革の停滞に危機感を持った鄧小平が、すでに政治的には完全引退していたにもかかわらず、1992年1月から2月にかけて武漢、深セン、珠海、上海を巡り、各地で保守派を批判し、改革の加速を促した一連の発言です。深センを訪れた鄧小平は「深センの発展は現実に基づいて仕事をした結果」と語り、保守派からの批判もあった経済特区を擁護し、その後深センの発展は一気に加速します。
 私が訪れた1986年の深センは、いくつかの大きな工場が点在しているものの、人口はまだ少なく、宿泊したホテルの建物だけが妙に豪華な造りになっており、2010年のネピドーに似たバランス感のない都市でした。深センから香港へ抜ける出国管理の窓口もひとつしかなく、大きな荷物を抱えながら長い列に延々と並んだことを記憶しています。

 2017年9月、その深センを約30年ぶりに訪れる機会がありました。30年前の「人工都市」の雰囲気はもはやみじんもなく、隣の香港に比肩するほど高層ビルが林立する近代都市に変貌を遂げていました。ちょうど30年前の1987年に深センのビルの一室からスタートしたファーウェイは今やサムスン、アップルに次ぐスマートフォンベンダに成長しました。その約10年後、1998年創業のテンセントはWeChatと呼ばれるメッセージアプリを軸に急成長を遂げ、今や時価総額ではアリババに次いでアジアNo.2の座にあります*
 製造業を基盤に長年成長を続けてきた深センは、今では「紅いシリコンバレー」とも呼ばれますが、そのシステムは御本家である米国西海岸のシリコンバレーとも異なる独自の形で発展しています。創客(メーカー)スペースと呼ばれるベンチャーキャピタルから製造機能までを集積した建物があり、優れたアイデアや構想を持った起業家に対して、資金を提供するだけでなく、同じビルの中で実際に試作品を作り、量産に進む場合は部品サプライヤや量産を請け負う企業の紹介まで行います。
 経済の高付加価値化が重要課題となっている中国において、中央政府は深センにイノベーション拠点としてのみならず、中国の他地域のモデルとしての役割も期待しています。

 南巡講話の際、鄧小平が深センの将来像をどのように夢見ていたのかは、もはや知る由もありませんが、現在の深センはおそらく、鄧小平の想像をはるかに超える発展を続けているのでしょう。もうひとつのアジアの人工都市ネピドーは、30年後にどのような姿に変貌を遂げているのか、ぜひ見届けてみたいものです。

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時価総額は2017年9月末現在

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