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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

社長 溝口健一郎のコラム

第11回:デジタルとコネクション

毎年、年末になると、各国共通のイベントとして、さまざまな機関、企業から「今年の言葉」が発表される。発表者によって、選ばれる言葉は個人の流行に関わるものであったり、政治的なもの、経済的なものであったりなど、傾向があるようだ。イギリス オックスフォード辞典は毎年「Word of the Year」を発表している。Oxford Languagesの公式サイト*1をみると、英語圏のニュースソースでの用語の変化などをみながら、関係者で議論の上選定をしているようである。

情報源を広く世の中に求めていることから、選ばれた言葉は、その時々の英語圏の、特に先進国の人々の関心事を含めた広範囲な社会的現象を捉えているものが多い。また、これらの言葉の変遷を時系列でみることで、世の中の情勢の変化を捉えることができると言えるだろう。例えば、2011年から2019年までの10年間について、政治、経済、社会、技術に関するものをみると、以下の言葉が選ばれている。

“squeezed middle”(2011):2010年代初頭は、米国発の金融危機から企業の業績が回復する一方で、雇用は伸びず、ジョブレスリカバリーと言われた時期に該当する。その影響を大きく受け、絞りだされた(squeezed)のが中産階級、すなわち「中産階級の苦境」。

“GIF”(2012)、“selfie”(2013)、“emoji”(2015):iPhoneが登場したのが2007年、iPadは2010年、Googleが日本発祥の絵文字を文字コードの世界標準であるユニコードに登録したのが2008年。そこから時がたち、先進国のみならず、新興国においてもスマホやタブレットのユーザが拡大し、ネットコミュニティ、メディアとの結びつきによって、生活の中にデジタルが浸透した時代。

“post-truth”(2016)、 “youthquake”(2017):事実より個人的信条や感情へのアピールによって世論が形成され政治が動くpost-truth、若者世代の行動が世の中を動かすyouthquake。そういえば、2016年は米国でトランプ政権が誕生した年だったし、その前の民主党大統領候補指名争いで旋風を引き起こしたのは、民主社会主義を主張するサンダース議員だったが、支持したのは若年層だったことを思い出す。

“toxic”(2018)、“climate emergency”(2019):PM2.5による大気汚染、ハラスメントなどの有害な人間関係の問題が注目を集めたのが2018年。気候変動抑制のためのパリ協定が合意された2015年を起点として、気候変動問題対応の具体的枠組みの議論が進展したのが2019年。環境団体の活動が活発化した年でもあった。

オイルショック、東西冷戦の終結、ITバブルの崩壊と、世界はこれまで、さまざまなショックを受けるたび、社会や政治、経済システムを大きく変化させてきた。2010年代は米国発金融危機というショックを受けて、世界経済の成長力の中心が先進国から新興国にシフトした時代である。その中で、先進国において、「今年の言葉」のように、経済格差、デジタルコミュニティ・世論の力拡大、気候変動問題の深刻化といった、社会、政治、経済の変化が発生した。

そして、2020年代は新型コロナ感染拡大ではじまった。私たちは、これからどのような時代を迎えるのだろうか。2010年代は、先進国の購買力が低下し、新興国が産業高度化を進める中で、国・地域を越えたモノの動きがスローダウンし、通商、先端技術を巡る米中対立が顕在化したが、人、資金の動きは活発化した。しかし、新たなショックは、そのような人、資金の動きに冷水をかけている。

一方で、コロナ禍において、サイバー空間での人と人とのつながり、デジタルによるサプライチェーンの密接なつながりが進んでいる。仮想空間を介して、デジタルで人、企業がつながることで、経済が活発化する可能性が広がっているのである。物理的なモノや人のローカリゼーションは当面進むかもしれないが、デジタルを介したモノ、人、資金のグローバリゼーションの流れは、今後も加速していくだろう。やがて、感染が収束すれば、物理的なモノ、人、資金の動きが回復するかもしれないが、その振る舞いは、デジタルのつながりに沿うようにして、変わる。デジタルのつながりをリアルな経済成長や、人々の生きがいに結びつけていくことが私たちにとって、重要になるだろう。

*1
Oxford Languages, "Word of the Year," Oxford University Press, https://languages.oup.com/word-of-the-year/, 参照2022年4月18日