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株式会社日立総合計画研究所

社長コラム

取締役社長 白井均のコラム

第7回:解けない課題

大ヒットした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の原作は、西岸良平氏が1974年から既に40年にわたって連載を続けている大長編漫画「三丁目の夕日」です。昭和30年代の「夕日町三丁目」を舞台に、さまざまな人間模様が展開されています。昭和30年代を特別に美化しているわけではなく、むしろ当時の生活の貧しさ、不便さも自然に描かれています。それでも登場人物たちが、何か生き生きとして幸せに見えるのは、現代より時間の流れが緩やかで、人と人のつながりが親密に感じるからでしょうか。

さて、社会科学としての経済学は、本来社会全体の福利厚生を高め、社会を構成する人々の幸福を高めることをめざしているはずです。当然のことながら経済の発展段階によって、さらには文化、宗教、個人の価値感によっても、求める幸福の姿は異なります。経済学は、人間の認知能力や情報収集・処理能力には一定の限界があることを踏まえつつも、人間を自らの利益を追求するために合理的な行動をとるものと捉えた上で、市場メカニズムの中で発生する経済現象の法則に焦点をあててきました。一方、最終目標であるはずの人々の幸福とはそもそも何かに関しては長年にわたり経済学の主要課題ではありませんでした。
それでも、90年代以降、幸福の度合いに関する調査の統計分析が広がったことなどに伴い、経済学でも「幸福」に関する研究が一部成果を挙げつつあります。その一つは、相対所得仮説と呼ばれるもので、幸福度は自分の絶対所得ではなく、他人の所得との比較で決まる、というものです。つまりたとえ自分の所得が増えても、他人の所得が自分以上に増えた結果、格差が広がれば幸福度は下がります。もう一つは、順応仮説と呼ばれるもので、所得が上がれば一時的に幸福度は増しますが、人間はすぐにその状態に慣れてしまって幸福度は元に戻ってしまう、というものです。
「三丁目の夕日」の時代は「努力したものは報われる」という将来への期待を誰もが素朴に信じられる時代だったのでしょう。多くの人々が賃金上昇の恩恵を受け、テレビ、冷蔵庫、洗濯機を購入することができました。社会全体で見れば経済格差も小さい時代でした。
経済が成熟するとともに、市場での成長機会は限られてきます。「努力した者は(誰もが)報われる」社会から、失敗のリスクはあっても「挑戦し、成功した者が報われる」社会となります。誰もが報われるわけではなく、社会全体としては所得の伸びは低下し、格差は拡大します。幸福に関する二つの仮説に立てば、幸福度が低下する人が増えることになります。
当然のことながら、こうした状況への許容度は国の歴史や文化、宗教によって異なります。「挑戦し、成功した者が報われる」とは、アメリカンドリームそのものであり、米国社会には成功者をたたえる文化があります。ところが、その米国においても大きな変化がみられます。2011年9月、ニューヨークのウォール街で「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」という衝撃的な抗議運動が起こりました。この運動の参加者は“We are the 99%”というスローガンを掲げました。1979年から2007年までの間に米国の上位1%の富裕層の所得は275%増加したのに対し、全体の60%を占める中間層の所得は40%しか増えていない、経済成長の果実の多くは最富裕層に集積されている、との主張です。
フランスの経済学者トマ・ピケティの書いた「21世紀の資本論」(英訳 Capital in the Twenty-First Century)が、英語版で700ページ近い専門書であるにもかかわらず、米国の一般読者の関心をひきつけています。同書は、過去100年以上の長期の時間軸で見ると、経済が大きく成長したにもかかわらず、格差はほとんど縮小していないことを実証データで示しました。1910年には米国の上位10%の富裕層が国全体の富の80%を占め、二度の世界大戦を経ていったんは60%近くまで低下するのですが、2010年には70%を超えるまで戻ってしまいます。アメリカンドリームとは、たとえ生まれは貧しくても才能と努力により成功するチャンスは誰にでもある、という希望を社会が共有するものですが、生まれた時には既に大きな格差があるとすれば、本当に挑戦するチャンスはあるのか、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの成功は極めてまれな例外にすぎないのではないか、この本は米国社会にそうした疑念を提起する結果となりました。

経済学における幸福の研究は、これからの社会のあり方を考える際の材料は提供していますが、社会を構成する人々の幸福を高めること自体を研究対象としているわけではありません。成熟した先進国において、経済の活力を維持しつつ、より多くの人々が幸福を感じる経済社会とはどのような姿なのか、いまだ経済学の領域では閉じない課題といえます。