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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

サムスンの研究 :評者:日立総合計画研究所 坂本尚史

2006年7月24日

サムスンの戦略 - リスクテイキング

このところ韓国の高成長・高収益企業グループであるサムスンに関する書籍が続々と出版されている。その中でも本書は非常にユニークであり、サムスンに興味のある方に是非お薦めしたい。本書は、サムスンの現役経営幹部が書いた(語った)16の証言とサムスン・ウォッチャーのアナリスト、専門家が書いた16の分析から構成されている。読者は、目次に沿ってサムスンの経営方針、事業戦略、人材戦略、ブランド戦略などの分野をタテに読むこともできれば、グローバル戦略、企業文化などについて自分なりにヨコから切って読むこともできる。

私自身は、サムスンが勝ち続ける理由は何なのか、組織としての強さがどこかにあるのか、という問題意識で本書を読んだ。

まず驚かされるのは経営トップの危機意識だ。中核企業サムスン電子が売上高6兆円、純利益8,200億円を稼ぐ中で一体何が危機なのかと思うかもしれないが、グループの総帥である李健煕(イ・ゴンヒ)会長は、「傲慢になりミスを犯せば一瞬にして奈落の底に突き落とされる」と言い続ける。李会長は、1993年に「新経営」を唱え、製品、従業員、経営それぞれの「質」を重視する経営に大きく舵を切ったが、同年、携帯電話機の不良率が25%に達すると知るや15万台の在庫を全て回収し、運動場で燃やすよう命じた。当時、李会長の危機感が何であるか理解できなかった社員も、こうした事件を通じて「新経営」の意味を理解したという。

さらに、リスクを取って戦う姿勢が全社に浸透しているという印象が強く残る。黄昌圭(ファン・チャンギュ)サムスン電子半導体総括社長は、16世紀の英雄李舜臣(イ・スンシン)将軍の言葉「戦いで死ぬ覚悟ができていれば生きる。しかし生きたいと望めば死ぬ」を引用して、「人々はリスクマネジメントの重要性を強調するが、より大切なことはリスクテイキング、つまりリスクを取るということ」であり、これがサムスンの戦略だと言い切る。日本の半導体メーカーは、1990年代初頭に、サムスンら韓国メーカーとDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)の市場でシェアを争ったが、市場トップの地位を奪われ、最終的には事業撤退や事業再編に追い込まれてしまった。川本洋エスアンドエスセミコン代表取締役は、当時、日本の半導体メーカーで、DRAM開発の責任者を務めていたが、市場競争に勝ったサムスンと敗れた日本メーカーの差は、市場のパソコンへのシフト、税制や補助金、米国の干渉等にあるのではなく、「最も違ったのは、ライバルを追い越した後でさらに前のめりに前進し、勝ち続けようとしたか、という姿勢の差だ」と言い、リスクを取って汎用品であるDRAMに集中投資を継続したかどうかが勝敗を分けたと振り返っている。

サムスンのリスクテイキングはかなりの部分が、教育、人事評価、報酬制度に支えられているようだ。経営幹部は年間数億円の報酬を得ている一方、保障される任期わずか1年の中で業績は厳しく評価され、信賞必罰が厳格に運用されている。一般従業員も「飛び級制度」によって36歳で部長になり、役員候補になるものが現れ、その年収は他の2倍にもなる。また、こうした厳しい内部競争がありながら、サムスンの入社試験の競争倍率は韓国一高いというバイタリティーが韓国社会にはある。
日本の半導体メーカーは戦いの第一幕に敗れたが、DRAMとフラッシュメモリーでサムスンに敗者復活戦を挑もうとしている。勝つための戦略がはっきりしている今となっては、組織力でサムスンに勝てるかが勝敗の分かれ目になるのではないだろうか。

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