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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

アフォーダンス入門:知性はどこに生まれるか :評者:日立総合計画研究所 樋口隆太郎

2009年5月26日

21世紀の科学技術を支える心理学

現代人の多くは、人口の密集、空間的な制限、高性能・多機能だが使いづらい製品など、人工物を含む周囲の環境がもたらす過度のストレスの中で生活している。新しい社会のあり方を描くために、人と環境の共生を考慮した街づくりやモノづくりを考えなければならない。
筆者は、本書で説明されている「アフォーダンス理論」は近年、精神医学、生命科学、物理学、建築学、工学、芸術学などさまざまな分野に浸透してきており、精神と物質と生命をつなぐ新しい科学に基礎を提供する考え方の一つであると述べている。21世紀の科学技術を支える心理学として本書を紹介したい。

「アフォーダンス」とは知覚理論を専門とした米国の心理学者ジェームス・ギブソン(1904〜1979)が考案した単語Afford(与える、可能にする)を語源とした用語である。

人はどのように周辺環境を認識し行動を起こしているのだろうか。従来の認知心理学では、人は五感から得られた「刺激」を脳が解釈して周辺環境に対応した行動をとっていると考えられてきた。そして、その解釈が「知性」であるとされてきた。
それに対してギブソンは、人は環境を構成するモノが本源的に持つ「意味を内包する情報」=「アフォーダンス」を無意識に見つけ出し、それを利用して行動しているとする「生態心理学」を構想し、「知性」とはアフォーダンスを柔軟に発見することであると主張した。例えば、「水」は「飲める」、「泳げる」、「洗える」といったアフォーダンスを持っており、人はそれらを利用し行動するとの考えである。筆者は「アフォーダンス理論」を中心に生態心理学を解説している。

アフォーダンスはモノが持つ普遍的な情報を指している。この考えに対して、「同じものでも人によってそこから受け取る情報(アフォーダンス)は異なるはずだ」との疑問を持つ方もいるだろう。その疑問に対して本書では、アフォーダンスは誰にとっても共通だが、人によって発見できるアフォーダンスは異なると説明する。
例えば同じ階段でも、大人は「昇降を可能にする」というアフォーダンスを見いだすが、赤子は「進行を阻む」というアフォーダンスしか見いだすことができない。「昇降を可能にする」、「進行を阻む」という性質は共に階段の持つアフォーダンスである。しかし、赤子には経験、視線の高さなどの制約があるため「昇降を可能にする」というアフォーダンスを発見することはできないのである。また、スポーツ中継などでよくいわれる「○○選手にだけ見える△△」と表現されるものは、アフォーダンス発見の個人差を表す好例と考えられる。一流のプロサッカー選手には最適なパスコースが見つけられるであろうし、一流のバドミントン選手には相手コートにシャトルの落とせるスポットを見つけることができるはずである。与えられた環境の中からほかの選手には発見できないアフォーダンスを見つけ利用できることが一流の条件といえるだろう。

では、我々はどのようにしてアフォーダンスを発見し行動を起こしているのだろうか。本書ではアフォーダンスの探索、発見のプロセスを「知覚システム」として紹介している。目や耳などの特別な感覚器官も、身体の動きを含んだ「知覚システム」の一部であるとしている。そして、人は行為とアフォーダンスの探索、発見を繰り返していると述べている。
例えばコーヒーをいっぱいに注いだカップを人は恐る恐るつかむかもしれない。カップに反射したまぶしい光、カップが持つ熱、コーヒーの匂い、などの刺激を受けるが、人はそのような個別の刺激を解釈して行動するわけではない。カップの形状、波打つ液体の表面、立ち上る湯気などから「コーヒーがこぼれて火傷をする」というアフォーダンスを直接発見して「恐る恐るつかむ」という行動をとるのである。遠くからコーヒーカップを見ても得られるアフォーダンスは限られる。しかし、近づいて見ることで、中の液体の量、カップの材質などのアフォーダンスが得られる。カップをのぞき込む、あるいはカップに手をかざすことで中の液体の温度、その匂いを嗅ぐ事で液体の種類のアフォーダンスを得ることができる。さらに、カップを持って振ってみればバランスをとりにくいというアフォーダンスを得ることができる。行為がさらなるアフォーダンスの発見を可能にしているのである。

最後に「アフォーダンス理論」の応用の可能性について評者の意見を述べたい。自然であれ人工物であれ、そのモノがもつアフォーダンスが我々の無意識の行動を導く、ということがある。夏の日差しが強い日に、人は無意識に木陰の下を歩こうとする。駅のホームに2本のラインが引いてあれば、人は無意識に2本の線の間に列をつくる。アフォーダンスに促された行動は、多くの場合無意識であるが故に人にストレスを与えない。また、行動の結果としてストレスが軽減され快適さを得られる事も多い。
ポストユビキタス社会のコンセプトの一つとして提唱されている「アンビエント情報社会」は「環境とICT(情報通信技術)が調和し、ユーザに意識させずにサービスが実現される社会」であり、「アフォーダンス理論」は大いに参考になる。より住みやすい社会を実現するために、ソフト・ハード両面で「アフォーダンス理論」の応用が期待できる。

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