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株式会社日立総合計画研究所

対談

研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対談

国際化によって成長とイノベーションの文化を創出~ジョージ・バックリー氏と3Mの経営~

より高い成長とイノベーションの実現は、現在全ての企業が直面している課題です。新たな価値を創造する企業とは、①既存製品の自律性を高め、②市場シェアを拡大し、③新たな分野に参入し、④全く新しい市場を開拓し、⑤成長性が高い市場に経営資源をシフトすることができる企業です。そして、これを実行するための鍵となるのはイノベーションの文化の構築です。今回は、日立製作所社外取締役および英アール・キャピタル・パートナー会長であるジョージ・バックリー氏に、成長とイノベーションの文化の創り方についてお聞きしました。なお、4月より日立製作所川村会長が日立総研会長を兼務することとなりました。対論~Reciprocal~では、引き続き毎回ゲストをお迎えし、川村会長がお話を伺う予定です。

ジョージ・バックリー Sir George Buckley, Ph.D. in Engineering

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英国ヨークシャーのハダースフィールド大学工学博士課程修了。
2005年に取締役会長兼社長兼CEOとして3M社に入社。
グローバル企業である同社の最高幹部として、2012年には売上成長11%、売上高296億ドル、営業利益率20.9%を達成。同氏は自身の3Mにおける最大の貢献は成長とイノベーションを再加速させたことであると振り返って確信する。2012年2月に3M社を退社後、日立製作所の社外取締役に就任し新たな成長戦略の検討に積極的に関わっている。

日立の印象

川村:昨年6月に日立の取締役に就任されてから10ヵ月が経ちました。まず、初めて日立の取締役会に参加された時の日立の印象についてお聞かせいただけますか。取締役会に出席された後に日立の印象について変化はありましたか。また、3Mと日立の似ている点と異なる点についてはどのようにお感じですか。

バックリー:まず、日立は疑いもなくワールドクラスの技術を有する会社であるというのが私の認識です。日本ならびに世界を代表する企業の1つでもあると考えます。私は、自分のキャリアを通じて日立を離れた位置から見ていましたが、日立が有する技術および製品の品質の高さについて日頃から感銘を受けておりました。ですから日立の社外取締役就任にあたり、この偉大な企業のために働くことに期待が膨らみました。これは私にとって非常に名誉なことであり、私のキャリアにとって非常に前向きな一歩だと思います。当初は、日本企業の取締役会で多くの質問をするようなアプローチがどう受け取られるのかよく分かっていませんでした。形式や敬意を重んじる日本文化の中では、質疑応答は慎重に行わなければ否定的にみられることがあると思ったからです。しかし、私のこの懸念は間違いであったことが分かりました。いくつかの点で非常にうれしい驚きを感じています。まずは、川村さんが会長として会社の業績について詳細な質問のやりとりを認めようとする姿勢があることです。これは素晴らしいものであり、米国企業の取締役会でみられるものと非常に近いものです。第二に、日本人取締役が経営に深く関わり、質疑を行っていることです。それは私が予想していなかったことです。日本人の取締役は会社に対してもっと優しい感じなのだろうと想像していましたが、そうではありませんでした。彼らはとても毅然(きぜん)としており、時には強硬です。私は、日本人の同僚たちが難しい質問を控えるようなことをしないことをとても嬉しく感じます。取締役の方々は非常に詳細かつ良い質問をされるので、見ていて感銘を受けます。私が想像していた日本の取締役会のイメージよりもはるかに米国企業の取締役会に近いですね。ですからその点について大いに心強く思っています。

川村:日本の取締役会はとても格式張っています。私たちは時間を守りますが、米国の場合は、長い時間をかけて細かい問題について議論しているのでしょうね。

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バックリー:これまでに私が経験した日立の取締役会と米国の取締役会には、一点違いがあります。それはある事業の将来について検討していたときのことですが、取締役会に諮られたとき、その方針は経営陣によってすでに決められていたように感じました。いわば既成事実だったのです。米国の企業であったら、意思決定がされる前に会社側と取締役会の間でもっと長い検討期間が置かれていたでしょう。何度か会議を開いてその事業が直面する競争上の問題や、経営上の課題について議論が行われたと思います。そして、経営陣は数度の会議を通じて取締役会のアドバイスを求め、意思決定に対する支持を徐々に取りつけていったでしょう。決定がされる前に、私たちは採用可能な戦略的オプションについて詳細な議論を行っていたでしょう。例えば、私たちは価格や製品品質、技術上の問題、信頼性の問題など、その事業が直面する課題について検討を行っていたでしょう。その上で、取締役会は会社に対して、戦略パートナーを見つけ、事業を強化すべきという結論に達していた可能性があると考えています。このケースでは、ことが急を要したことから、意思決定に取締役会を関与させるのではなく、会社が事前に決定してから取締役会に伝達するという感じでした。今になって考えると、私たちの結論も経営陣と同じものになった可能性があったかもしれません。しかし、取締役会がもっと大きく意思決定に関与していれば、議論のプロセスはかなり違ったものになっていただろうと思います。いずれにしても、全体的には取締役会は非常にうまく運営されていると思いますし、日立の意思決定の進め方に対しては好意的な印象を持っています。

川村:経営会議でも同じようなアプローチを採用したいと考えていますが、簡単ではありません。システムを変えたいのですが、それには時間がかかります。

バックリー:前職では、四半期ごとに3Mの各事業の細部にわたるすべての項目について、見直しをしていました。早朝6、7時から始めて夜まで議論をします。すべての事業の業績を評価するのに4、5日くらいかけます。足元の財務上の業績のみならず、ある部門に関しては中期計画や戦略目標達成に向けた議論も行います。これには新製品開発、生産状況の確認、買収案件、外部の経済状況や競合他社とのベンチマークなども含まれます。自由で包括的な議論、分析を行うことで、私たちは会社をよりよい方向に導くことができるわけです。

川村:それは日立でもほとんど同じです。私たちも4、5日かけて事業を見直しています。

バックリー:私は日立の仕事の進め方について詳細に関知していませんが、多くの場合適切な措置がとられているように見えますね。3Mのケースでは、もしもある部門の業績が悪化していれば、私たちは危機感を抱くでしょうし、業績改善のために部門の経営陣が全力で改善に注力することを望むでしょう。中途半端は許されず、議論は非常に直接的なものになります。すぐに私たちが望むような改善がなされなければ、経営陣を早急に入れ替えるでしょう。冷静で思慮深いと同時に情熱的であることが常に重要です。欧米企業はとても積極果敢ですが、低調な事業に対して忍耐に欠ける所があるのも事実です。

川村:日本人はおそらく冷静すぎて積極的でないと。それが非常に大きな違いでしょうか?

バックリー:3Mでは3つの点が企業文化の中で重要視されます。第一に、私たちはオープンに議論し、同意しないこともありますが、気まずくなることはありません。個人のレベルでの意見交換はとても激しくなることはありますが、ほとんどの場合、敬意をもって行われます。第二に、競争は人ではなくアイデアに対して行われるべきであるということです。誰が正しいかではなく、何が正しいかが重要なのです。チームで正解を追求するのです。3Mでは誰のアイデアであるかは重要ではありません。最高のアイデアがチームの中の若い人から出されたとしても、アイデアは尊重され、その権威が失われることはありません。第三に、個人に対しては大きな期待とともに業績へのコミットメントを求めます。

3Mの利益追求

川村:3Mは、長年にわたり、すべての事業セグメントで20%以上の営業利益を達成しておられます。このような収益性の高さを実現している背景を説明していただけますか?

バックリー:3Mでは、研究者と開発エンジニアが直接ビジネス部門のために活動します。彼らも事業部門の人と同じように、さきほど紹介した四半期ごとの事業検討会議に出席します。直接会社の業績を知り、それに対する議論の推移を間近で見ることができます。彼らはさまざまな製品群の中で、どのような製品が成功あるいは失敗しているか、問題を解決するためにどこで技術や生産プロセスの改善を行うべきかを知ることもできるのです。このようにして、日々の事業運営に緊密に関わるのです。3Mでは高収益検証テストに合格しない技術はどのようなものであっても成功するとはみなされないのです。3MではCTO(最高技術責任者)や研究開発責任者も事業検討会議に出席します。ほとんどの会議で、新技術や新製品のアイデアに関する短いプレゼンテーションに加え、発表予定の製品のマーケティングプランの検討が行われます。研究者もエンジニアも、アイデアの発案から製造、販売、流通、さらには財務上の課題に至るまで、全面的かつ最新の情報を得ることができます。もちろん、当該製品の顧客満足度やサービス展開上の課題についても評価・検討します。研究者やエンジニアもこれらを日常的に見て、事業運営の一員になっていることを感じることができるのです。日立にはいくつか改善できる点や他から学ぶべき点もありますが、多くのことはうまくいっているように思います。日本の企業文化には、非常に多くの長所があります。細部へのこだわり、規律、互いへの敬意、その他多くの点が含まれます。このような長所に、業績改善に向けた強い危機感や個人の責任感を加えることができれば、素晴らしくバランスのとれた企業文化を醸成することができるでしょう。

川村:研究者も利益に関心を持っているのですか?

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バックリー:もちろんです。より多くの研究開発資金を集めるためには、より多くの利益を上げることが重要と知っているからです。これは日立と3Mの大きな文化的違いではないかと思いますね。

川村:日立の場合、通常、研究開発部門と製品部門は異なっており、両者の間には大きなギャップがあります。3 Mではどのようにこのギャップを埋めているのでしょうか?

バックリー:組織体制と企業文化の両面でお答えしましょう。まず組織体制に関してですが、3Mには事業所向けの研究所以外に、2つの中央研究所があります。これはおそらく日立と似ていると思います。一つは基礎科学研究所で、もう一つはプロセス研究所です。3Mではアイデア創出と製造プロセスが相互に強化しあうべきものであると考えます。全研究開発スタッフの約10%がこれら2つの中央研究所で働いています。3Mの将来を担う足の長い技術を開発していくことが彼らの仕事です。そして、彼らも同様に研究活動とビジネスの両方に深く関与しているのです。どのようにすれば研究開発部門の人たちがより深く事業検討会議に関与することができるか、そしてどのようにすれば彼らの意識をもっとビジネス寄り、エンドユーザ寄りに持ってこられるかを考えることが重要です。そうすることで彼らに高い収益性と優れたキャッシュマネジメントの重要性を理解させることができると思います。私は、日立が、研究開発や製造に関わる多くのことをうまく行えていないと言うつもりはありません。多くのことは極めてうまく実行していると思います。日立はワールドクラスの企業の一つであり、いくつかの最先端技術を持っています。基礎技術分野では、3Mは必ずしも日立より優位に立っているわけではないと思います。けれども日立は、製品・市場開発、利益創出、スピード感に対する考え方が3Mとは異なっているようにみえます。私たちが改善を試みるべきはこういった分野です。

競争と製品のイノベーション

川村:以前、外科手術用マスクがどのように作られたかという一例について伺ったことがあります。当初、コストが1ドル以上だったものを、あなたはほんのわずかな小額レベルの価格に抑えるよう命じて、最終的に実現されました。これについて詳しくお話しいただけますか?

バックリー:3Mが事業を行っている多くの市場では、製品の洗練度と性能それぞれに異なる要求レベルが存在します。私たちはよく市場をピラミッドに例え「良い」、「より良い」、「最良」セグメントに分けて呼びます。3Mは歴史的に市場ピラミッドのトップ製品、つまり最高レベルの性能を備えた「最良」カテゴリーの製品しか作りませんでした。しかし私が恐れているのは、すべての製品においてやがてはコストで競争する競合企業が市場の底辺から参入してくることです。これらの新規市場参入者たちは時間をかけて一歩ずつ市場ピラミッドを上っていって、結局はピラミッドの頂上にいる既存企業、この場合は3Mですが、を排除するのです。ですから私は、ピラミッドの頂上にいる自らを守るためには、ピラミッドの底辺でも強い製品を持たなければならないという逆説的な見方に立ちます。これはつまり原則的に、ピラミッドのいずれの階層にいても低価格生産者となって適切な、より安いコスト構造を持つことを意味します。これがNIOSH(米国保健社会福祉省)認証マスクのコスト削減に対する考え方の原点なのです。私の要求に対してマスク事業の人たちは当初かなり抵抗しました。「製品の資材調達に要求レベル以上のコストがかかっているのでそれは不可能です」と言ってきました。しかし、私はそれが私たちが今やらなくてはいけないことであり、そのためにブレークスルーを起こす必要があると主張しました。私は中国の競争相手は削減要求レベルとほぼ同じ価格で作ると考えました。彼らの製品の品質は私達ほど良いものではないかもしれませんが、それは大きな問題ではないのです。顧客はしばしば機能ではなく価格に基づいて購入しますから。彼らを打ち負かすにはある意味彼らのようになり、彼らと「同じ土俵」で戦うことを学ぶ必要があるのです。創造的・革新的な能力によって製品のコストをそぎ落とすことが彼らに勝つ秘訣(ひけつ)だと思います。イノベーションはしばしばピラミッドの上方よりも底辺で起こす方が難しいことがあります。底辺ではそれ以上にコストを削減する余地がないからです。ビジネスリーダーは、時には合理的でないと思われるようなコスト目標を設定することで、人々に従来とは異なる考え方をとらせる必要があります。型にとらわれない発想ですね。もしもコストのわずかな変化だけを求められれば、われわれは漸進的に考えがちですが、真の躍進とは漸減的なものではなく、劇的な変化を実現するものなのです。コモディティ化に直面したときには、劇的なコスト削減策の検討を自らに課す必要があるのです。このようなケースで望ましい結果を得るためには、ほとんどの場合、何を加えるかではなく、何を除くかが重要になります。私はいつも社員たちに、製造工程と製品の機能のどちらにおいても簡素さを実現するよう勧めてきました。製品にとって重要でない機能は残すべきではないのです。そして簡素さは同時に優美さ、低コスト、信頼性ももたらすのです。この原則は製品がどんなに高価で、複雑なものであったとしても当てはまります。簡素さは飛躍的な成果を生むことができます。3 Mの人たちは私が彼らに課した目標(いずれにせよ仮説に基づいたものですが)のほとんどを達成し、市場のトップカテゴリーにある私たちの製品にダメージを与えることなく何億個ものマスクを販売しています。そして、これは彼らが以前にもまして低価格競争から自身を守ることができるようになっているということを意味しているのです。

川村:それ以前に、競争が非常に重要であることを社員に教えなければなりません。そして、コスト競争力のある強い企業であることが重要だということも教えなければなりません。誰がそのような仕事をするのでしょうか。

バックリー:だれが競争力の重要性について社員を教育するのか。答えは経営幹部全員ということになるでしょう。会長から始まり、CEO、すべての執行役へと続きます。そして、究極的には、競争力を持つ必要性と、どのように行動すべきかを理解することは社員すべての仕事となります。これは私たちすべてが念頭に置くべきことです。私は工科学校が競争力の授業を教えてくれていればと思います。ワールドクラスの競争力はたゆみない生産性向上の努力の結果得られるものです。そして、製品品質、安全性の向上、コンプライアンス対応と同様に、より高い競争力の獲得を目指すことは決して終わることのない仕事だと思います。それは私たちが日々実行すべきことなのです。競争力向上は、研究開発部門だけの仕事でもなければ、製造部門の仕事でもなく、CEOだけの仕事でもありません。それは全員が取り組むべき仕事であり、絶え間なく続くのみならず、困難な仕事でもあるのです。膨大かつ競争的でダーウィン的に日々変化、進化する戦いが今日の世界では生じています。勝者はわれわれの仕事を持って行きます。私たちはこれまで以上に競争力を持つしか選択肢はなく、さもなければ日立は窮地に陥ることでしょう。これは生き残りを図るすべての成熟企業にとって非常に緊急を要する問題なのです。

川村:実際のビジネスにおいてはこのようなアイデアをサポートする何人かのキーパーソンが必要かもしれません。

バックリー:全くその通りです。私はそういったキーパーソンのことを日立のグローバルな競争力を高めるための会長やCEOのミッションの「信奉者」と呼びます。ですからもっと多くの信奉者、あるいはサポーターが必要であり、彼らを日立のあらゆる経営層に「ちりばめる」必要があります。会社のすべてのレベル、すべての国・地域で必要となります。彼らが有能で洞察力のある人材でさえあれば、たとえ彼らが若くとも、日本人でなかったとしても、社内の重要な役職につけるリスクを恐れるべきではありません。私たちは社内のいたるところにいる才能に恵まれた人材の助けを求める必要があります。日立は、世界中に素晴らしい人材がいるのですから、それらすべてを活用する必要があるのです。日々会社を進化させるためには、私たち全員が社長の目指すものの強力なサポーターとなる必要があります。社長は非常に難しい仕事を抱えており、私たちは社長自身が設定した目標を達成するために、全力で手助けする必要があります。もし社長の目指すものに付いていけなければ、中国やインドとの競争に敗北することとなるでしょう。社長はこの点について正しい考えを持っています。私たちは全員、この任務に注力しなければならないですし、そうでなければ物語はハッピーエンドにはならないでしょう。

世界有数のイノベーション企業の文化

川村:3Mは、その革新的な技術、製品、アイデアによって世界的に名の知れた企業です。2010年から2012年にかけて、世界で最も革新的な会社のトップ10中第3位にランキングされたと伺いました。3Mがそのような高いランキングを維持できる理由は何であると考えますか?

バックリー:問題解決のためにイノベーションを起こすにあたって、規律や慣習、標準規則のみに頼ることは難しいと思います。イノベーションは常に何か新しいものであり、常に一定程度のリスクを伴います。規則やプロセスの規律のみではイノベーション実現には不十分なのです。革新的企業となるためにはリスクと時折起こりうる社内の不一致に慣れなければなりませんね。ですから私は、社員に革新を実現するための自由と時間を与える必要があると思っています。これにより創造的な活動とアイデアの交流が期待でき、それが日立の企業文化の中心的な特徴となるように社内環境をつくっていく必要があります。そうすることで異なる部署や事業領域をまたいで技術が再利用、再生されるようになるのです。日立もこれからお話しする「15%自由時間」のアイデアを採用できるかもしれません。企業は上からの命令や委員会を形成することや厳しい管理プロセスを利用することによってイノベーションを実行することはできません。そうではなく、会社の最下層まで、おそらくは個人レベルまですべての人を巻き込んで、イノベーションを起こす責任を、すべての人が分担することが重要なのです。社長やその他社内のリーダーはどこでも、どのスピーチにおいてもイノベーションを奨励する必要があります。前に述べたように、3Mでは、研究開発に従事するスタッフは彼らの勤務時間の内15%を新しいアイデアの創出や、会社に認知されていない革新的な製品の開発に充てることを認めました。これは一見少し怖いように見えますが、革新的ではないという別の選択肢に比べればはるかに優れています。革新的でなくなれば、ゆっくりとしかし確実に競争力が低下していき、最終的には私たちはコモディティ製品の会社になってしまうことになるでしょう。日立には多種多様の製品があります。新たなアイデアを提供し、大きな躍進をもたらし、創造性を発揮することを奨励し、かつ要求するようなシステムを構築することは可能です。他社のように私たちも新製品成長指標(NPVI)を使用して企業の革新性を把握、認識するべきでしょう。

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しかし、システムの運用が軌道に乗るには時間がかかります。3Mでは60年前に実現しましたが、90年代になってイノベーションの雰囲気が低調になってしまいました。私の仕事は社内を再活性化することだったわけです。そして3Mのイノベーションを再び創出するということに関しては、私たちは非常に大きな成功を収めました。イノベーションが企業の基盤となるという考え方は5年前、10年前に発見されたものではありません。3Mにはこの文化的な基盤ははるか以前からあり、日立も同様です。だからこそ私は日立でもイノベーションを起こすことができると確信しているのです。手始めに日立で、より費用対効果の高いイノベーションを促す、さまざまなトピックについて議論するために、小規模なアドバイザー委員会を設置することを勧めます。私なら日立の中で最も創造的な人を6人から10人選んで、社内で創造性とイノベーションをどのように高めるかについて助言を求めるでしょう。かれらはイノベーションを起こす人たちではなく、最初に方法論について助言してくれるだけです。助言を求める際に、われわれは彼らにイノベーションを起こすシステムを構築するためのプロセスに関与する機会を与えます。彼らを新しいアイデア創出に関与させることによって、企業文化の一部を再構築することができるのです。

イノベーションのためのリパーパシング

川村:確かにさまざまなチャネルを使って新しいアイデアと技術にアクセスすることは重要です。新しいアイデアはどのように生み出され、そしてイノベーションのスピードに どのような影響を与えるのでしょうか?また、3Mではどのようにアイデアの相互交流がなされるのでしょうか?

バックリー:生み出すべきは、新たなアイデアと成長性を兼ね備えた会社です。すなわちより速く成長し、より多くの利益を上げ、幅広いイノベーションに関与する企業です。新しいアイデアの回転率を高め、新製品の導入速度をより高めたいと考えています。もし本当に革新を起こせると信じていれば、どの事業部門においても実現できるでしょう。これは革新的な文化を創りあげるために重要な試金石となると考えます。人々が自分のアイデアを交換して刺激し合うようにすることは、3Mでうまくいっていることの一つです。3Mでは知的財産は共有財産なのです。アイデアと解決策の共有のために、3Mには、困難な技術的問題や生産プロセス上の問題があるときに、「こんな問題を抱えているので、誰か解決策のアイデアを出してくれませんか?」と社内イントラネットで掲示できるシステムがあります。解決策が生まれたとき、それは社内の全く予想しなかったところから出てくることもあります。 イントラネットに問題を掲示するだけでなく、従業員は「テック・フォーラム」と呼ばれる活動も行っています。これは類似した分野の技術専門家を混ぜ合わせることに特化したコミュニティで、従業員だけで構成されており、 経営の干渉を受けることはありません。そういった意味で自発的活動なのです。これは研究者が他の従業員に困難な問題解決のためのアイデアを求める場にもなっています。しばしば他部門が解決策の発見を手助けする だけでなく、時には新たなアイデアが生まれることもあります。オープンなコミュニケーションと相互の信頼関係は、互いに刺激し合う上でとても重要なことです。このようなアイデアの相互交流により、アイデアが異なる製品で使用 されたり、予想外の全く新たな方法に目的を変えて使用(リパーパシング)されたりするような状況が生まれます。しかし、新たなアイデアは社内だけで生み出されているわけではありません。3Mで試みた例を1つ挙げましょう。小規模の新しいベンチャー企業に年間2,000万ドルから4,000万ドルの投資をします。通常の事業プロセスでは思い付かないような新しいアイデアを学ぶために新技術を持つベンチャー企業に投資します。そして、これを研究開発に取り込むアイデアの一部として活用します。そうしなければ、以前と同じ社内のアイデアをそのまま再循環させてしまう可能性が高いですからね。新しいアイデアの源を社内に持ち込むことが重要であり、成長のために更なる 刺激を与える必要があるのです。これらのわずかな投資により、会社の新しい技術基盤が強化でき、新たな市場への参入機会を創出できます。また、最も重要なことは、これにより会社にスピードと新鮮なアイデアがもたらされたと いうことです。3Mが日立と大きく異なるところは、研究開発部門が会社全体の収益性に密接に関与していることです。3Mの従業員の視点では、技術は利益を上げることができて初めて成功したと言えるのです。3Mでは絶え間なく新しい製品の売上実績を監視し、収益性の確保を追求しています。利益率80%を達成する製品もいくつか存在します。イノベーションが大きな利益率につながった例をいくつか紹介させてください。一つ目の例は、産業用研磨剤です。これは、3Mにおいては106年の歴史を持つ事業であり、この製品分野ではイノベーションは不可能だとされてきました。しかし周りを見回すと、机、椅子、ガラス、私の眼鏡や今立っている床など、私たちが目にするほとんど全てのものが直接的あるいは間接的に研磨剤で磨かれていることが分かります。研磨剤を作る過程には、セラミックを成型して釜焼きをした後、粉砕し、研磨材料をさまざまなサイズの小さな断片に分け、紙やすりに付着させる作業があります。研究者との会話の中で、これらの断片をランダムなサイズや形状にする代わりに、サメの歯のような規格化された形状にすることはできないかという検討を行いました。全ての粒状構造がある程度は持つという、フラクタル特性を使って、それらの断片を自律的に鋭利化させることが可能ではないだろうか。3 Mの研究者はこのアイデアを取り上げ、3Mが持つ他の技術と合わせることで、キュービトロンIIという全く新しい研磨剤製品を作り出しました。このイノベーションの前、研磨剤の利益率は十数パーセントでした。それが現在、利益率はその倍となり、製品分野の成長率は25倍になりました。これは多くの人が斜陽事業だと考えていた事業で3 Mの研究者があげた見事な成果と言えるでしょう。古い事業や製品であっても、革新が可能であるという事例だと思います。二つ目の例は、スコッチテープです。スコッチテープは発売後80年を経た現在でも多くの利益を上げていますが、3Mは今でもこの製品を革新する方法を模索しています。米国では、誕生日、パーティ、クリスマスなどに、自分でプレゼントを包む際、テーブルの端にあらかじめカットした接着テープを並べ、そのテープを一つ一つとって貼り付けるということが行われてきました。私もかつては同じようにしていました。そこで3Mは、これと似た作業のできる製品を開発しました。あらかじめ小さくカットされたテープを取り出すことができ、腕時計のように装着したり机の上に置いて使えたりする、スコッチポップアップテープという新商品です。シンプルに思われるもしれませんが、この新製品ではテープがポップアップするよう、交互に重なった層をケースに作るため、生産プロセスはかなり複雑なものになりました。しかしそれは大変な成功となりました。既存製品の新しい活用方法と、最初のアイデアを改善する方法を探すというこのアプローチは、3Mにおいては非常に典型的なものです。解決策を求めている課題があるときもあれば、解決すべき課題を求めている技術があることもあるのです。

日立の人材のグローバル化

川村:日立を完全に国際化するには、取締役レベルだけでなく、執行役レベルや事業部長レベルにおいても、人材を国際化することが重要です。米国の会社では経営陣の構成に多様性を持たせていると思いますが、これは日立とは大きく異なる点です。日立では人材情報のデータベース化と、グローバルな社員業績評価基準を導入しているところです。こうした日立の人材国際化への取り組みをどのように評価されますか?

バックリー:それは正しい考えだと思います。私は3M在任期間中に、私の後任者であるイン・スーリン氏と人事部の協力を得て出身国・地域の多様化に高いプライオリティをおいて取り組みました。現在、3Mの経営層の130人の最高幹部のうちほぼ80%が米国出身者ではありません。これにより、単一文化の会社では得られない豊富な議論とビジネス思考が会社にもたらされました。人材はどの会社においても最も重要な経営資源です。日立も従業員が能力を最も発揮できるよう育成していく必要があります。彼らがどこの出身であるかに関わらず、同じことが言えます。米国でも、日本でも、ドイツでも、優れた人材を無条件で獲得できる市場があるわけではありません。従って、国籍、宗教、性別に関わらず日立のビジネスを革新し成長させることのできる人材を自ら育成する必要があるのです。これは、経営数値の問題ではなく、哲学的な問題です。私たちは日本以外の国々でも有能なマネージャーを獲得できると考える必要があります。そうしなければ、人材開発、育成に関して視野が狭まってしまうでしょう。もし本当にグローバル企業になりたいのなら、人材の採用と開発の考え方もグローバルになる必要があるでしょう。川村さんはこの点についてよくご存知で、強い信念を持っていらっしゃると思っています。

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また、急速に変化する世界の中で、日立の経営者が成功を収めるには、グローバルレベルでモビリティを高め、継続的なイノベーションの重要性を認識し、会社にとって賢明なリーダーとして振る舞っていく必要があります。そのため、日立はあらゆる面で国際化を進める必要があると私は確信します。これを可能にするには、業績評価システムの統合や人材データベースの整備を進め、世界中に隠れている優れた人材を見つけ出す必要があります。
こうした人材が持つ技能、資格、経歴を知る必要があります。それができなければ有能な人材を広く活かすことは難しいでしょう。日立へのもう一つの提案は、英語を社内の共通ビジネス言語とする方針を打ち出すことです。私は英国出身ですので、民族中心主義者だと思われるかもしれません。
しかし実際に英語は、ビジネスの世界、コンピューターの世界で標準的なコミュニケーション言語になっており、私たちはその事実を認識し受け入れる必要があります。500年前はそれがフランス語かラテン語でしたが、現在は英語です。どのような技術的知識やビジネス開発能力を持っていようと、そしてどこの出身であろうと、力のあるグローバル企業になるためには私たち全てが英語を話すことが必要でしょう。上級管理職になりたいと思っている人たち全員が、共通のコミュニケーション方法を持つ必要があるのです。日立の、世界のあらゆる国の出身者が共通プラットフォームを介して会話するには、共通語はおそらく英語となるでしょう。
会社のフォーマルな場面以外でのチーム形成も間違いなく重要な取り組みです。社内関係を円滑にするための活動の一つとして、従業員の配偶者同伴による交流活動をもつことがあります。幹部同士だけでなく、配偶者と家族同士でも友人関係が形成され、関係性が深まります。これにより社内に持続的な人間関係を織り交ぜることができるのです。私は、3Mの経営陣とその配偶者のためのディナーを自宅で多く開催していました。私は、素晴らしい従業員たちやその家族と交流できるこのような機会を本当に楽しんでいます。

私生活について

川村:バックリーさんは世界中を飛び回ってご活躍されていると思いますが、ご趣味などありますか?

バックリー:一番の趣味は釣りで、私はフライフィッシングをやります。特にマスとカワヒメマス釣りが好きです。日々の生活の中で真にリラックスして、仕事のことをすっかり忘れて打ち込めるものの一つです。キャッチ・アンド・リリースしかやりませんので、川から魚を持ち帰ることはありません。魚を釣ったら、そのサイズや重量を記録したり写真を撮ったりした後で逃がしてやります。マスがいる場所はたいてい水がとてもきれいで、環境がとてもよく、本当に美しいのです。日本には多くの山河、清流があって非常に素晴らしいマス釣りができます。私のイメージする天国には膨大な数の本を所蔵する非常に大きな図書館があります。この図書館では、私の好きなバロック音楽が流れ、外にはマスのいる川が流れているのです。

川村:どうもありがとうございました。率直なご意見をいただき感謝いたします。

編集後記

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バックリーさんが会長を務められていた3M社は世界で最もイノベーションの進んだ会社の一つです。
社内の風通しが大変よく、開発過程で失敗したものまで全て共有することで、経験を無駄にすることなく、部署を越えて相互に刺激しあい、そこからPost-it®のような革新的な製品が生み出されてきました。社内で互いに励ましあい、組織の壁を越えた、人の交流を促進することで、社内の雰囲気を活性化してきたのです。イノベーションカンパニーという地位を確立しているだけでなく、今や年間約3兆円の売上で、約20%もの営業利益率を記録している会社です。やはり学ぶところの多い優れた会社だと、改めて思いました。

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