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株式会社日立総合計画研究所

インタビュー

研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対論

混乱の続く中東情勢、今後の展望と安定化への課題
〜混迷を深めるシリア内戦、大国イランとサウジアラビア対立の行方〜

緊張が続くシリア内戦、イランとサウジアラビアの外交関係断絶、過激派組織イスラミックステート(I S)を信奉する若者たち。中東は、なぜこれほどまでに混乱を極め、その混乱から抜け出せずにいるのでしょうか。中東問題は政治・宗教・歴史などが複雑に絡み合い、日本人には理解し難いことが多くあります。他方、最近では経済制裁解除によってイランへのマーケットとしての期待が高まるなど、大きな変化も見えます。今回は、中東政治の専門家である千葉大学法政経学部長の酒井啓子氏をお招きし、混乱の背景や安定化への方策、今後の動きなどを伺います。

酒井 啓子 氏

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千葉大学法政経学部学部長
1982年東京大学教養学部卒業後、アジア経済研究所(現在の日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所)に入所。その後、在イラク日本国大使館専門調査員、在カイロ海外調査員、東京外国語大学教授をへて現職。
また、日本国際政治学会理事長、東京財団仮想制度研究所(VCASI )フェロー、日本学術会議第一部会会員、朝日新聞書評委員などつとめた。

著書として、『イラクとアメリカ』(2002年、岩波新書)、『イラク 戦争と占領』(2004年、岩波新書)、『イラクは食べる』(2008年、岩波新書)、『中東から世界が見える』(2014年、岩波ジュニア新書)、『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』(2016年、みすず書房)ほか、多数。

2003年にアジア調査会 アジア太平洋賞 大賞、2009年に大同生命 大同生命地域研究奨励賞を受賞

中東情勢混乱の背景

白井:中東情勢は長い間混乱が続いています。ビジネスにおいても、原油価格下落の影響など、さまざまな問題を抱える中東と向き合うのは困難が多い状況です。酒井先生はイラク政治史、現代中東政治の専門家でいらっしゃるので、はじめにイラクに焦点を当ててお話を伺いたいと思います。1980年のイラン・イラク戦争、1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争、そして最近はイスラミックステート(IS)が支配地域を拡大しています。中東諸国の中でもとりわけイラクで、これほど長い混乱が続く背景についてお聞かせください。

酒井:中東諸国は原油産出相手国であるとともに、莫大(ばくだい)なオイルマネーを使ってさまざまな事業投資を行っています。つまり産油国が豊かであれば先進国ももうかるという構造があるわけです。イラクはこの典型的な例で、70年代末から80年代前半ぐらいまでは国内の開発事業などに潤沢な資金を投入していました。日本企業はビジネスが成立する国として今も当時のよいイメージをお持ちだと思います。それだけに、一体なぜ今のような大混乱状態になってしまったのかという思いも強いのではないでしょうか。
イラクに限ったことではありませんが、中東情勢が安定していた時代は良くも悪しくも独裁政権が敵をつくりながらも比較的うまく国を運営していました。フセイン政権もずっと独裁政権でしたが、イラク戦争で一気に崩壊してしまいました。これが大混乱のそもそもの出発点です。米国では2001年に9.11という非常にショッキングな事件が起き、それ以降、中東の独裁政権やテロ予備軍に対し神経を高ぶらせるようになりました。そして軍事的手段でアフガニスタンやイラクで独裁政権を攻撃したところ、これまでの安定も一緒にひっくり返してしまったのです。
独裁政権を倒すのに外国の介入を招いてしまうなら、自分たちで独裁政権を倒したほうがましだ、というムードとなり、実際に「アラブの春」で政権が交代した国がいくつか出て、それがまた混乱を生んでいます。民主化の失敗といえばそれまでですが、イラク戦争で政権交代を急ぎ過ぎたがゆえに、イラクだけではなく、他のアラブ諸国全体に政体を揺るがす不安要因がまん延してしまった、そこに不安定化の根源があるのではないかと考えています。

白井:「アラブの春」は、中東諸国の民主化進展への期待から世界の注目を集めました。西側諸国の人々は、これで次々に独裁政権が終わり民主化されていくと、今振り返れば西側の基準で 極めて単純に将来の想定をしてしまいました。今でも覚えていますが、イラク戦争が終結した際、米国の新聞には「フセイン政権後の民主化では第2次大戦後の日本の民主化がモデルになる」という内容の記事が出ていました。それを読んだとき、イラクと日本は明らかに違うはずと直感的に感じました。今の中東情勢を見れば、結局チュニジア以外の国は民主化どころか内戦に陥り、西側が期待した結果とは全く違う方向に進んでしまっています。やはり西側とは異なるさまざまな要因があると思います。アラブの春はまだ続いているという見方もありますが、どのようにお考えですか。

酒井:これは非常に難しい問題ですね。先ほど、イラク戦争で独裁政権を倒すことについてもう少し慎重さが必要だったとお話しましたが、なぜ外からの介入で政権交代を図ることが問題なのかというと、それは「勝ち組」がはっきりしないからです。フセイン政権を倒したのは米国であって、国内ではフセイン政権を倒した「勝ち組」が誰かということがはっきりしない。一応、米国が民主化を進めて自由選挙を実施し、政権が成立したわけですが、選挙に勝ったところでその選挙は米国の戦争がもたらしたもので、国民の間には納得のいかない感情がずっと残ります。戦争でパージされた「負け組」にしてみれば、「勝ち組」がよそ者の力を借りて権力を得たにすぎないのに自信満々なのが気に入りません。この不満や反感が混乱を引き起こす原因になったと思います。エジプトのアラブの春に話を戻しますと、外国勢力の介入による政権交代とは違い、自分たちで独裁政権を倒さなければいけないという自発的な動きが根本になっています。

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日本から見ていても大変期待できる動きに見えました。声なき若者たちが立ち上がって国を変えようとする生き生きとしたムードがありました。ところが政権を自由選挙で選べるようになってもうまくいきません。選挙に慣れない人たちは、どうしても身近な慈善組織や宗教政党に投票してしまいます。国を変えようと奮起したのはリベラル派などの青年層が中心でしたが、組織化されておらず、政党としての経験もありません。結果、選挙では、身近で日常生活のトラブルを解決してくれる、福祉政策を手厚く実行してくれるなどの活動を続けていたイスラム政党が圧勝しました。
戦後のイラクも同じでしたが、選挙に勝った政党はどうしても図に乗ってしまいます。長年、独裁政権の下で非合法活動に苦しんでいた政党が、自由な選挙制度が導入されたことによって圧勝し、これで自分たちの世の中になったと思ってしまう。どこの国にも見られることですが、アラブの春によって躍進したエジプトのムルスィー政権も、本来の政策より自分たちの利益を優先させ、自派勢力の強化にまい進しました。結局、選挙で選ばれたにもかかわらず、ムルスィー大統領はわずか1年で多くの国民から見捨てられ、軍事クーデターによってその地位を追われたのです。エジプトは軍の力が非常に強い国ですから、国民は選挙で再び政権を変えようというより、軍の介入を歓迎するという発想になってしまいました。
こうして振り返ってみると、国民が急いで成果を求めすぎたのが残念です。もう少し時間をかけて選挙活動をするとか、新政党を結成するとか憲法改正にじっくり取り組むなどしていればソフトランディングできたのではないでしょうか。
エジプト以外に目を向けると、同じアラブの春でもその後の展開は国ごとに大きく異なります。シリアでは、国民が立ち上がったものの決着がつかず混乱状態が続いています。北アフリカのリビアの場合は、北大西洋条約機構(NATO)やヨーロッパ諸国が民主化勢力を支えようと介入しましたが、イラクと同じで本当の勝ち組がおらず、内戦に陥ってしまいました。

シリア内戦やISから見えてくるもの

白井:シリアでは、アサド大統領が長期にわたって独裁政権を維持してきましたが、現在は政府軍、反政府軍、ISが対峙(たいじ)する状態にあります。当初はアサド政権がすぐにも崩壊し、反体制派が新政権を樹立するという見方もあったのですが、アサド政権は現在も残り、むしろ反体制派の勢力が小さくなってきた印象もあります。勢いを増すISに対して米国が攻撃を開始し、ロシア、フランスが介入、隣国のトルコもクルド人問題で絡んでくるなど、複雑なパズルのような状況です。アラブの春以降、民主化進展どころか内戦になった国はほかにもありますが、とりわけシリアの内戦がここまで激化したのはなぜでしょうか。

酒井:イラク戦争前は、イラクとシリアだけは反政府勢力が自力で独裁政権を倒せないだろうといわれていましたし、それは反政府側も自覚していました。ところが、イラクでは米国との戦争によって独裁政権が倒れました。シリアの場合も周辺国の介入がなければ現在のような状況にはならなかったはずです。
私は当初、アサド政権を倒すまでにはいたらず、多少なりとも民主化要求や反政府勢力の声を取り入れ、決着がつくだろうと思っていました。しかし、そうはならなかった。その要因は二つあります。一つは、反政府勢力が自分たちを過大評価し、リビアのように欧米からの支援を期待したものの、ほとんど支援が得られなかったことです。
もう一つの要因は、アラブの春の連鎖に非常に敏感なサウジアラビアの存在です。サウジアラビアは中東各国で政権交代の芽が出てきたことを快く思っていません。これまでつくり上げてきた同盟関係が一気に崩れてしまう、何とかしなければいけないと考えています。

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もともとシリアとサウジアラビアは宗派以外にも軍事政権と王政、共和制と王制といったように、さまざまな違いがあります。サウジアラビアはこの機会にアサド政権をひっくり返すことができると考えたのでしょう。サウジアラビアとしては、イラクやリビアのように欧米が介入するはずと期待したのですが、意に反して米国は積極的に反アサドで行動を起こさなかった。そのため、自分たちで介入していくしかなく、同じように考える周辺国を集めて、トルコや湾岸の小さな国々も加わる構図を描いたのでしょう。
対するアサド政権は、イラン・イラク戦争のころから良好な関係にあるイランに支援を求めます。そしてイランと密接な関係にあるレバノンのヒズボラのような武装勢力も参戦したことで、シリア内戦は早い時期に「サウジアラビアとイランの代理戦争」になってしまったのです。要するに、国内の力関係でいえばすぐに決着がついたところを、覇権や国益をめぐって外部勢力が次々に介入したことで長引いてしまったわけです。ロシアが介入したのは、周辺国に任せていては一向に決着がつかない、おそらく米国の積極介入はないと判断したうえで、超大国の一つとして決着をつけるために名乗りをあげたといえます。

白井:今の中東情勢をより複雑にしている要因として、ISの台頭 もあると思います。そもそもISとは一体何なのか。従来のイスラム過激派との1番大きな違いは、ネットを通じて「グローバル・ジハード」を提唱し、世界のイスラム教徒に発信していることが挙げられます。こうした方法論、国際ネットワークを使った理念の提唱と国境を越えた支配地域の拡大など、明らかに従来とは異なる動きを見せています。良い悪いは別にして世界各地でISの信奉者が出ているのが現実です。特定の国に存在する一部の過激派ならば封じ込める方法もあるのでしょうが、理念だけでつながったボーダレスな勢力の拡大を全てつぶすのは難しいように思います。

酒井:おっしゃるように、ISはアルカーイダなどのような他のイスラム過激派の先行組織とは様相を異にしています。ISをひと言でいうなら、「空き地に居座ってしまったさまざまな不平不満分子の吹きだまり」です。しかもブラックホールのように、あちらこちらの吹きだまりを吸い寄せているのがIS勢力拡大の一つ目の理由です。
具体的には、イラク戦争後のイラク新体制から排除され、国内にいられなくなった大勢の人々が行き着いた先がISでした。また、シリア内戦で立ち上がった人々が、どうにもならずに行き場を失う。さらに昨年フランスで起きたパリ同時多発テロ事件などを見ても分かるように、イスラム教徒であることで差別を受け、社会に適応できなかった若者が欧州に対する遺恨や怨念を晴らそう、リベンジしようとISに向かうわけです。
さらにいえば、何が本当の理由なのかよく分からない、単に暴力に憧れる、何となく格好が良いというだけで武装活動に加わる人もいるのです。余談ですが、こんな話もあります。エジプト人の青年がある日突然ISに行ってしまい、周囲は驚きました。彼は自他共に認めるマッチョで女性にすごくモテました。肉体を鍛えて西洋的な格好良さを求めていたはずなのになぜISなのか。理由は、やはり経済的な余裕がないためにいくらモテても結婚できない。そういう解決できない不満を抱えたあげく、ISの戦士になってしまう。ISでは結婚資金が()まらなくても結婚できます。逆にIS戦士の妻になりたいと憧れる女性たちも欧州から入ってくるくらいですから、さまざまな異なるレベルで人が集まってくる。そう考えると、各国で今の社会に不平不満を抱えた人々が行き場所を見つけた、ということだと思います。
二つ目の理由は、シリア、イラク、リビアが内戦状態となる中で、政府も反政府勢力も力が及んでいない場所、つまり無秩序な状態で放置された「空き地」ができたということです。こうした政府側も反政府側も統治の及ばない場所があったからこそ、ISがそれを占拠することができた。子どもたちが秘密基地を見つけるのと同じように、そこに自分たちの拠点を築いていったことです。三つ目は、先ほどお話に出た理念です。イスラム世界では、第1次世界大戦が終わるまではカリフ制(政治と宗教の両面でイスラム共同体を率いる指導者をもつ制度)というイスラム的な統治方法を用いていました。日本でいえば幕藩体制が黒船の来訪でひっくり返ったように、イスラム世界は第1次世界大戦を機にカリフ制がなくなりました。カリフ制廃止によりオスマン帝国は今日の近代的なトルコ共和国になりましたが、それで本当に良かったのかと疑念を持つ人々は今もたくさんいるのです。特に、第1次世界大戦後は西欧諸国に植民地支配されましたので、カリフ制が終わったことと植民地下に置かれたことが一緒になり、「もしカリフ制が続いていれば」と夢を抱く人たちは結構います。今ISは夢を現実にしたと吹聴しています。内実はともあれ、それをスゴイことだと思うイスラム教徒はいます。これら3つの理由がISを動かしているのです。

イラン、サウジアラビア、二大国の行方

白井:これから先の中東情勢を考えると、気になるのはやはりイランとサウジアラビアの動きです。まずイランですが、核開発疑惑に伴う経済制裁が解除され、ビジネスの世界では国内のインフラ整備など、市場としての期待が高まっています。ただ、今後イランの政治経済が安定するのかという不安は依然として残ります。国際社会の一員として責任ある役割を果たしていけるのでしょうか。

酒井:私は中東地域の中でもアラビア語を話す国々が専門ですので、ペルシャ語のイランは専門から少し外れますが、分かる範囲でお話します。何といってもイランは大国ですから、国際社会に永遠に戻ってこないままですむわけがないと見ていました。逆に、ここまで蚊帳の外に置かれたこと自体が大きな問題だったと言えます。イランが孤立させられていた理由は核開発ではなく、1979年のイラン革命です。 革命の混乱の中でテヘランの米国大使館が占拠され、1年3カ月にわたり50人以上が人質となった事件は、当時のカーター政権にとって屈辱的でした。このときのトラウマが米国の政界に長い間尾を引いてきました。ただ、それにとらわれすぎるのも問題という声は以前からありました。クリントン政権の時代も関係改善の試みは多少ありました。ご指摘の通り、イランが国際社会の一員としてきちんとしたプレイヤーになれるのかが注目されます。今は問題がないように見えても、それが未来永劫(えいごう)続くのかは疑問です。
現在のハッサン・ローハニ大統領は国際社会とうまく付き合っています。先日の選挙では大統領派が議会で多数になったので、当面は現状の体制で進むことが予想されます。ただ、米国をはじめ国際社会が常に懸念するのは、その上のハメネイ最高指導者の存在です。議会や大統領の言葉もひっくり返してしまう権威を持っていますから、やはりリスク要因になります。しかも彼は高齢ですから後継者がどう動くかもわかりません。選挙結果から様子見していくしかありませんが、今の流れでいけば数年間は安定するのではないかと思います。
イランがISを制御していくことも重要です。地上戦でISを相手にしっかり戦えるのはイランだけですから、先進国はその点を利用せざるを得ないし、逆にIS対策でイランとある程度協働せざるを得ない。そういった意味でイランと欧米諸国のパイプは太くなる環境にありますので、若干不安要因はあっても確実に国際社会に復帰してくることでしょう。

サウジアラビアが台風の目に

白井:もう一つの大国サウジアラビアは、石油で富を蓄積し、米国を軍事的な後ろ盾として中東で大きな影響力を維持してきました。最近は原油価格の下落が続き、シェール革命によって資源輸出国となった米国はサウジアラビアへの態度が冷たくなったように思います。サウジアラビア側もシェールオイルに対抗して、明らかに供給過剰でありながら減産しないため、米国との関係は従来ほど緊密ではありません。サウジアラビアの財政自体も厳しくなっており、財政赤字がGDPの2割程度に相当する状況です。石油輸出で蓄積した資金を運用するソブリン・ウエルス・ファンド(SWF)を取り崩しているため、世界の株式市場にも大きな影響を与えています。サウジアラビアを安定させていた要因が崩れつつあるわけです。王族の世代交代などを考えると、内政も従来ほど安定していないように見えます。こうした状況下で、サウジアラビアは今後どのような外交を展開していくのでしょうか。

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酒井:私は、これからサウジアラビアが台風の目になると思います。米国がサウジアラビアとの関係に疑問を抱き始めたのは、15年ほど前だと思います。9.11テロ事件で実行犯の大半がサウジアラビア人だったと報道され、米国の議会でもサウジアラビアの封建性を問題視する声が出ました。そもそもサウジアラビアの宗派(ワッハーブ主義スンニ派)自体が非常に厳格で、多様性を認めないこと、また王政のような非民主的な体制の国を支持し続けてよいのかという疑念です。それ以降、米国はサウジアラビアに対してテロリストを生む土壌を抱えているのでは、との疑惑をずっと持っていますから、イラク戦争のあとには、イラクを同盟相手にして、米国の活動拠点とすることができればサウジアラビアはもう必要ないという声も出ていたのです。
ISに流れる人がチュニジアの次に多いのはサウジアラビアだといわれています。人口比で見ればサウジアラビアが最も高い状況です。米国は、サウジアラビアがテロをしっかり取り締まる気がないという疑念を抱いています。サウジアラビア側も、米国への信頼を失っています。これはイラク戦争によってフセイン政権が倒れた後、勝ち組になったのはシーア派で、しかもイランの影響をかなり受けている。結果として米国がイラクをイランの自由になるようなエリアにしてしまったとして相当ピリピリしているわけです。それもあって、シリアのアサド政権を倒し、イラクをイランに取られた代わりにシリアは自分たちが取ると、「取られたら取り返す」的な発想で介入したのだと思います。シリア内戦でも反アサドで米国に介入を求めたのですが、オバマ大統領は期待に反して軍事攻撃を控えました。
そのためサウジアラビアは米国を半ば見切って自ら軍事行動を展開する方向に進んでいます。サウジアラビアが石油の減産に動かないのは、自らのシェアが下がり、イランがシェアを拡大するリスクを避けるためでしょう。原油市場のプロデューサー的な役割をかなぐり捨てて自国の利益確保にまい進しているのが現状です。内政では、現在の国王の息子が副皇太子となり、国防相として軍事作戦を陣頭指揮しています。これまでにない形でイエメンやシリアに軍を送り込んでいるので、軍事費も相当かさんでいるはずです。経済合理性を考えずに、軍事中心の外交に大きく傾斜してどこまで持つのかが今後を占う上で重要となるでしょう。
国王が自身の息子を使って権力固めをするような路線は、王族の中からも反対者が出るのではないかと言われていました。そうすればいずれ歯止めがかかると思っていたのですが、今もその路線は続いています。国内での自浄作用がなければ、外交政策もどうなるかわかりません。今のところイランを仮想敵国とした代理戦争にとどまっていますが、イランと断交したことからも今後さまざまな衝突にエスカレートする可能性は否定できないでしょう。一方、2016年1月、首都テヘランで発生したサウジアラビア大使館襲撃事件への対処で、イランはサウジアラビア側の挑発に乗るような姿勢を取っていません。おそらく選挙や対米関係、今後の国際社会への復帰などを考えて慎重にしているのでしょう。イランがこのまま冷静に動ければよいのですが、もしお互いにエスカレートすることになれば厄介な状況に陥ります。

安定化に向けて、どんな政策が必要か

白井:中東諸国で起きている一連の動きが世界に波紋を広げ、IS支配地域への空爆をめぐって戦後のNATOを中心とした安全保障体制が揺らいでいるようにも見えます。米国が本格的な軍事介入に消極的なことが一つの要因ですが、一方でフランスはロシアと手を組んで空爆を強化、ドイツは不参加と、欧米各国の動きに違いが出ており、NATOの足並みが乱れています。現在の中東情勢は戦後続いてきた西側諸国の軍事・外交秩序にどのような影響を与えていくとお考えですか。

酒井:冷戦期の地域安全保障同盟の集団的行動にみられた秩序の「軸」がなくなってきているのだと思います。ロシアに対しても、中東に対してもそうですが、NATOの足並みがそろわなくなっています。ご指摘のように、1番の原因は米国の後退です。米国の中東政策が変化し、オバマ政権はかつてのブッシュ政権のようなやり方で主導権を取ることはないでしょう。米国がイラク戦争で受けた傷は大きく、二度と繰り返すことはできないと将来の指導者も考えるはずです。
今、中東地域で起きていることは、ひと言でいうと、ISに対する戦いといいつつ、その裏で自国の利益を優先的に追求し、それに乗じて自国の敵を勝手に倒そうとする戦いです。ISをエネミー・ナンバーワンとして、足並みそろえて倒そうとしているように見えますが、実際は国ごとに本当の敵がいます。
典型的なのがトルコです。IS打倒に協力するといって欧州に資金援助を要請し、欧州と足並みをそろえる姿勢を示していますが、エルドアン政権が1番ターゲットにしているのはクルド人勢力です。さまざまな軍事行動はクルド人に対して向けられています。他方、サウジアラビアの目下の敵はアサド政権です。ISを倒す態勢に入ってはいますが、実際のターゲットはアサド政権です。混乱を引き起こしているシリアでの代理戦争がこの先深刻化することは目に見えています。米国が後退する中で、中東地域の安全保障の軸をどのように築きあげるのかが全く見えません。アラブ諸国にとって、かつてはイスラエルが全ての国のエネミー・ナンバーワンであり、アラブ各国が結集できました。しかし、今はIS攻撃の裏でそれぞれが違う敵と戦っているのですから、しばらくは混沌とした状況が続くのではないでしょうか。代理戦争の構図が崩れ、相互に介入し合うような戦争となる不安もあります。

白井:あえてお聞きしたいのですが、今後、中東情勢が安定に向かう可能性があるとすればどのような条件が整ったときでしょうか。

酒井:ISのような勢力を生み出さないためには、地道な方法ですが、世界中で不平不満を持つ若者を育てないことだと思います。先ほどのエジプトの青年にしても、ISに向かう出発点にあるのはやはり社会経済的な問題です。欧州では移民社会に対する差別が根強くあり、アラブの春が起こっても状況は改善していません。チュニジアが顕著な例ですが、民主化の歩みは止まっていないのに経済は良くならず、不満を持つ若者が増え続けています。チュニジアのような比較的安定している国を国際社会がしっかり支える体制を取らなければなりません。
イラクは戦後に治安が悪化し、思うように復興が進んでいません。私は先日イラクに行ってきたのですが、イラクの人々は復興への期待が高かった分、国際社会が何もしてくれないという挫折感を強く持っています。米国が退いたことによる混乱もありますが、心理的な影響が非常に大きいのです。米国の軍事介入は困るが、経済的にも手を引いて無関心になられるのはもっと困る、というムードが漂っている中で、日本はしっかり手を差し伸べていく。重要なのは、復興を手助けしていく姿勢だけでもはっきり見せることです。特効薬にはなりませんが、それは日本が過去にも行ってきたことです。70年代、80年代に、イラン、イラク、サウジアラビアで日本は大規模な開発事業を展開し、彼らにとっての高度成長期を支えました。彼らは日本企業が建設した工場や道路、病院や住宅などを高く評価していて、いまだによいイメージを持っています。その親日イメージを生かして、日本企業が社会経済的に不満を抱える若者を減らすことに貢献できると思います。

中東研究の道へ進んだ理由

白井:酒井先生はアジア経済研究所(現在の日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所)におられた時代から中東地域を専門にされてきました。正直なところ、中東の政治、宗教、文化は日本人にはまだまだなじみが薄いように感じます。そのような中東をご専門に選ばれた理由は何でしょうか。中東研究の魅力についてもお聞かせください。

酒井:私は大学で国際関係論を専攻しましたので、中東はもちろん国際政治全体に関心がありました。入学した直後に、イラン革命があり、その後イラン・イラク戦争が始まり、さらにサウジアラビアでのカーバ神殿占拠、ソ連のアフガニスタン侵攻など、紙面を(にぎ)わせる出来事が起きました。当時、世界情勢を追いかける中で、一番、活火山的に矛盾が噴き出す場所が中東だったため関心を持ちました。今のISもそうですが、中東地域にはいつも「吹きだまり」ができます。中東独自の問題というよりも、なぜかそこに世界中のマグマが寄せ集まる、地殻変動で断層ができて噴火や地震が起こるのです。中東を見るだけで世界全体が見えてくる、そういう面白さがあります。

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白井:欧州は中東からの難民受け入れで大変な事態となっていますが、遠く離れた極東の島国である日本ではどこか傍観者的な意識があります。かつてのオイルショックのときには、トイレットペーパーがなくなるという、身に降りかかる不安から中東に関心が向いた時期もありました。中東諸国と日本が相互理解を深めていくことはなかなか難しいと思いますが、文化、宗教など、どのような接点から交流を拡大していけるとお考えですか。

酒井:それは二つあると思います。一つは、伝統的にいわれてきたことですが、日本と中東は同じように近代化に乗り遅れ、西洋に追い付け、追い越せと進んできたところが似ています。日本は明治維新以降、欧米に負けない近代化と発展を遂げました。第2次世界大戦では原子爆弾まで投下されながら、戦後は世界第2位の経済大国にまで上り詰めました。中東の人たちは日本と出発点が同じでありながら、なぜ日本のようにいかなかったのかという意識を非常に強く持っています。実際、ヨーロッパナイズの度合いは中東のほうが強いくらいです。例えば、日本人がコカ・コーラやペプシなどの欧米的な飲料よりも日本のお茶を飲んでいることを驚かれるのですね。日本は独自の文化を保ちながら発展できたことがすばらしいというわけです。ですから、日本はそういう立ち位置を売りにして中東との関係を良好にしていく方法があると思います。
もう一つは、最近外国人が日本に憧れる理由にあげられるアニメです。中東に限らず世界中で日本のアニメが非常にブームとなっており、それだけネット文化の時代なのだと思います。サウジアラビアなどは、外国から入ってくるものに対して文化統制があるのですが、ネットはそこまで統制できないのでしょう。一方で、アニメ的な夢想をする若者は、ISに集まる若者とも重なるところがあります。目の前にある現実を見ていないとか、天国を夢見るようなところとか、そういう若者にも日本のアニメの影響力は大きいのです。親日感情を持つ中東に対して日本は強い発信力があるので、文化面からさまざまなアプローチができると思います。
日本にとってはトルコ、イラン、イラクあたりは話が通じやすいですし、情の部分でもよい関係が築けると思います。サウジアラビアは、ビジネスとは別に宗教的に適応するのが難しいとか、エジプト人は調子がよいけれどもビジネスの話ができないとか、そういう声もよく聞きます。一方、イラン、イラクとの仕事では、現地の人との交流を含めてよい印象を持っている方が数多くいます。

白井:今日は大変勉強になりました。お忙しいところありがとうございました。

酒井:こちらこそありがとうございました。

※本掲載内容は、2016年3月4日実施のインタビューに基づいたものです。

編集後記

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酒井さんは、日本における中東研究の第一人者として大学で教鞭を執りながら、多数の書籍も執筆されています。今回の対論では、イラク混乱やアラブの春などの歴史的な背景からお話を伺いました。中東に対する国際社会の取り組みの足並みが乱れつつある中、経済状況や社会状況に対して不平不満をもつ若者を出さないことが重要であり、そのための支援が求められているというお話は、今後の中東安定化を考える上で大変示唆に富むものでした。

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