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株式会社日立総合計画研究所

インタビュー

研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対論

初の加盟国離脱に直面するEUとその未来
~今後の「課題と方向性」を探る~

欧州各国は、第2次世界大戦後の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の創設に始まり、欧州経済共同体(EEC)、欧州連合(EU)と、統合へ向かって進んできました。長い歴史のなかでさまざまな困難を乗り越え、EU加盟国は現在28カ国に達しています。しかし、近年はギリシャの財政問題に端を発したユーロ危機や反移民運動、反EU感情の高まりを背景に、EUに対する悲観的な見方が広がっています。
これからEUはどうなるのか。前欧州理事会常任議長で元ベルギー首相でもあるヘルマン・ファン・ロンパイ氏を迎え、EUの歴史と直面する課題、今後の見通しについて伺いました。(この対論は、2017年5月11日に実施したものです)

Herman Van Rompuy(ヘルマン・ファン・ロンパイ)

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欧州理事会の初代常任議長。

1988年、財務・中小企業担当国務次官、
1993年~1999年、副首相兼予算相、
2004年、国務大臣など政府の要職につく。
2007年~2008年、代議院議長を務め、2009年1月、
ベルギー首相に就任。
同年11月、欧州理事会の初代常任議長に選出。
2012年、2期目の再選を果たす。
(任期は2012年6月1日から2014年11月30日まで)
2015年には国王より伯爵の称号を授かる。

ブレグジット(英国のEU離脱)が及ぼすもの

白井:英国政府は正式にEUからの離脱を決定し、ブレグジット(Brexit:BritainまたはBritish[英国]とExit[離脱]の造語)に向けた交渉に入ろうとしています。

ファン・ロンパイ:ブレグジットは、基本的に英国の問題です。英国は、常に独自の立場を保ちながらEUとの関係を築いてきました。英国がEU(当時はEC)に加盟したのは1973年、ドイツ、フランス、イタリア、ベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の6カ国がEU(当時はECSC)を設立してから21年後でした。加盟して約2年後に離脱の是非を問う国民投票を行い、その結果、EU(当時はEC)にとどまる決定をしました。加盟国であり続けるかどうか国民投票を行った国は英国だけです。2016年の国民投票でEU離脱が決定しましたが、離脱派52%、残留派48%という僅差とはいえ、私たちは英国の有権者の決定を尊重します。
英国はEUの二本柱であるユーロ経済圏とシェンゲン協定圏の参加国ではない点も留意する必要があります。そもそも英国はEUの中核にはいません。もちろん、ブレグジットは悲しい事態です。私たちは加盟国がEUから離脱するとは考えもしませんでした。なぜなら、EUは常に加盟国の拡大、統合の深化を続けているからです。加盟申請手続きはこれからですが、現在もセルビアとモンテネグロが加盟国の候補に挙がっており、ウクライナ、モルドバ、ジョージア(グルジア)などもEUへの加盟を強く求めています。その一方でブレグジットに直面し、「EUは後戻りしないプロジェクト」とは思われなくなったことは非常に残念です。英国はGDP世界第5位の経済大国で、2060年には人口が8,000万人に達し、EU加盟国で最も人口の多い国になるといわれていました。ブレグジットの損失は多大です。

白井:離脱の準備と批准の手続きにかかる時間を考えると、ブレグジットの交渉期間はわずかしかありません。数多くの利害関係者が欧州委員会や欧州議会、EU加盟国、英国政府などにいます。限られた時間内に離脱条件の合意ができるでしょうか?

ファン・ロンパイ:交渉は始まったばかりです。これから私たちは少なくとも二つのテーマを話し合わなければなりません。一つは、分離あるいは秩序ある撤退、もう一つは、貿易を含む将来的な協力関係です。EU加盟国としての親密な関係の中で約40年かけて築いてきた英国との権利義務関係は18カ月かけて解消していきます。離脱交渉における最優先課題は、EU各国、すなわち大陸から英国に移住した約350万人と、大陸に移住した約120万人の英国民の権利保護です。ブレグジットにより現在、何百万人という国民が先の見えない不安を感じており、これらの人々を安心させることが絶対条件です。それ以外にも、18カ月の間に解決しなければならない問題がたくさんあります。2018年末までに離脱協定が合意に至り、合意内容が条約として英国議会に承認され、その後、欧州議会の承認を得て初めて英国はEUからの離脱が可能になります。2019年の欧州議会選挙に英国が参加するとは考えられないので、実施前の2019年3月までに離脱するはずです。本当に大変な仕事であり、18カ月をフルに使わなければ達成できないでしょう。英国の政治状況は、昨年の国民投票後に大きく変わりました。英国議会では、EU単一市場と関税同盟からの離脱を求めるハード・ブレグジット(強硬離脱)派は多数派とはいえなくなりましたが、保守党議員の大半はいまだにハード・ブレグジットを強く求めています。それが原因となり政権が崩壊へ向かい、再び総選挙が行われる可能性もあります。やがて英国民はブレグジットに伴う相当なコスト、購買力に対する影響、失業者の増加という現実に気づくでしょう。いずれにしても今年6月に実施される英国下院解散・総選挙の結果がどうなるのか、今後の見通しはさらに立てにくくなりました。*1

*1
2017年6月8日の総選挙の結果、保守党は単独過半数を喪失。

白井:英国はスコットランドの独立といった国内問題にも直面しています。ブレグジットの影響も踏まえ、スコットランド独立運動などを巡って割れる国内意見をどうすればまとめていけるでしょうか?

ファン・ロンパイ:論じなければならない問題は、北アイルランドの状況だと思います。アイルランドが20年ほど前まで内戦状態にあり、何千人もの人々が命を落としたことを忘れてはなりません。内戦を終結させる和平合意を結ぶことができたのは、EU加盟国同士は国境がないという感情が大きく働いたからです。今後また争いが発生すれば、「アイルランドが分断されてしまう」という考えが生まれます。“目に見える国境を設けない解決策”を見いださない限り、緊張関係が高まるのは必至です。内戦に陥れば、現在の平和は保障されません。
また、国民投票でEU残留を支持したスコットランドでは、スコットランド自治政府議会が英国からの独立を問う国民投票を再び実施しようとしています。しかし、世論調査によると住民の大多数は英国から独立することを望んではいません。

白井:英国とEUの将来の関係、またブレグジット後の英国はどのようになると見ておられますか?

ファン・ロンパイ:英国はEUを離脱しますが、財政的な責任が残っています。EU予算に英国の分担金が組み込まれており、予算サイクルが終わる前に離脱することになるからです。欧州委員会は、英国が支払う負担額を少なくとも600億ユーロ(約7.8兆円)と計算しています。国民投票の際、ブレグジットを支持する政治家は、離脱すれば財政にプラスになるという印象を国民に与えましたが、一度限りとはいえ、多額のコストがかかることをきちんと説明しなくてはなりません。これを国民に納得してもらうのは至難の業です。
一方、EUも貿易を含め今後の協定関係を築くための枠組みを英国と交渉していく必要があります。英国政府は、EUが日本と交渉している自由貿易協定(FTA)*2の締結を求めていますが、EUは「最初に離脱の条件について合意することが必要」と、立場が一貫しています。離脱協定で十分な進展があれば、次に新たな自由貿易を含む将来の関係について具体的に議論を進める方針です。
2019年に英国がEUを離脱すれば、単一市場の外に出ます。その時点では、まだ自由貿易協定が締結されていません。これはEUにとって問題ですが、英国にとっても同様に問題です。英国の主な輸出先としては、EU加盟27カ国が輸出額の約45%を占めていますが、EU加盟27カ国の輸出額に英国が占める割合は約8%に過ぎません。EUは英国をその他の国と同様とみなし、WTO(世界貿易機関)のルールに沿って取引することになるでしょう。そうなると関税率が急激に引き上げられ、英国、EU双方とも貿易に大きな支障が出ます。

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この崖から落ちるような状況を回避するために最も常識的な対策は、新たな自由貿易協定を結ぶまで英国が暫定的にEU単一市場にとどまることです。EUはそれを歓迎するでしょう。その際、英国は「ヒト、モノ、資本、サービス」の自由な移動を尊重しなければ問題が生じます。ブレグジット推進派がEU残留に反対した最大の理由は、EUやEU域外から英国に来る移民がこれ以上増えるのを見過ごせなかったことです。ブレグジット推進派が政治的に人の自由な移動を認めるのは非常に困難ですが、英国政府が先に挙げた4領域で自由な移動を認めれば、移行期間を2、3年は延ばせると思います。ただし、人の移動の自由を制約しながら、単一市場の制度を維持しようとする「いいとこ取り」は認められません。英国が4領域すべての移動において2年程度の移動の自由を認める移行措置で合意できれば、ようやく自由貿易に関する交渉を始めることができます。とはいえ、自由貿易協定は一般論で交渉できるものではなく、繊維業界はどうか、自動車業界はどうか、金融業界では何が起こっているのかなど、個別に見ることが重要です。現在と将来の関税率を見据え、また英国とEUの基準が乖離(かいり)した際は今後の対策なども検討する必要があります。現在は単一市場に属して同じ基準に従っていますが、離脱すると合意内容は複雑になります。また、自由貿易協定は単一市場の加盟国でいる時よりも条件的に劣るので、英国には離脱に伴うコストが常にかかってきます。
交渉については、互いを信頼した雰囲気の中で進めるのが理想ですが、今の段階でそれは望めそうにありません。担当者には前向きで創造的な雰囲気をつくってほしいと思います。交渉がどう進むのか、すべて政治的な意思にかかっています。ブレグジットへの対応については、ドイツにはドイツの、フランスにはフランスの、イタリアにはイタリアの優先事項があるため、EUの意見は分裂するとみていました。ところが英国の離脱決定を受けてEU加盟国は一致団結し、欧州理事会は直ちに合意に至りました。加盟27カ国は、団結を最優先にしたのです。一方、英国政府にとって欠かせないのが、保守党の結束です。メイ首相の下、6月の下院解散・総選挙において保守党が単独過半数を得ることができれば、首相は政治的な手腕を発揮し、自党のハード・ブレグジットに反発する議員を説得する余裕も生まれるでしょう。

*2
日EU経済連携協定(EPA)。2017年7月に大枠合意

白井:今後のプロセスについてはどのようにお考えですか?

ファン・ロンパイ:英国とEUが互いに信頼と妥協をもって話し合いを進めることで、離脱条約と移行条件の合意がなされ、2019年に英国が離脱した後は自由貿易に関する合意に達することができるでしょう。しかし、交渉プロセスで陥りやすい落とし穴がいくつもあります。その中で注目すべきポイントについてお話ししましょう。第一に、離脱自体が合意に至らない可能性があります。英国民はEUを離脱すれば経済的な利益があると約束されていました。しかし、負担金の問題があります、国民の中に予算案を受け入れられない人々が出てくる可能性があります。第二に、移行期間の措置について合意に至らない可能性があります。そうなると大問題です。第三に、自由貿易協定の交渉は、長く困難なプロセスです。EUは現在、日本と自由貿易協定の交渉を進めていますが、交渉の準備を始めたのは野田前内閣総理大臣の時代で、実際に交渉開始したのは2013年のことです。交渉を始めるにあたり安倍内閣総理大臣と電話で話したことを今も覚えています。2017年に交渉を終結できたとしても、約5年かかったことになります。ただ、すでにEUの単一市場に属し、同じ基準を共有している英国と日本とでは大きな違いがあります。日本のような第三国の場合、自由貿易を行うための基準をすり合わせてから合意に至ります。英国の場合は日本より時間がかからないと思いますが、それでもクリアすべきハードルはたくさんあります。第四に、今述べた三つのポイントすべてが合意に達したとしても、全加盟国の全議会(2017年5月時点で38議会)で批准を受ける必要があり、ベルギーだけでも七つの議会から合意を取り付けなければなりません。英国とEU加盟27カ国は批准を受けるまでの合意にもっと関心を示すことが大切で、それは両者の共通利益につながります。

白井:ブレグジットは、EUの長い歴史にどのような影響を与えると思いますか?

ファン・ロンパイ:広い視野で見ると、EUが大成功を収めていることに変わりはありません。2013年にはクロアチアが28番目の加盟国としてEUに加わました。ユーロ危機の渦中でも、バルト3国のエストニアとリトアニアがユーロ経済圏に加盟しました。もしEUの将来に不安があれば、新たに加盟申請する国はなかったでしょう。以前からEUの終しゅうえん焉が何度も話題になり、昨年もそう予測する人がいました。数年前のことですが、国際メディアの一部はユーロ経済圏が内部崩壊すると語り、それが起こるのは2012年のクリスマス前か後かの違いだけだとさえ言いました。ところが、EUは問題なく2016年のクリスマスを迎えました。中東からの難民流入の問題をきっかけに、勢いをみせたポピュリズムはフランスとドイツで敗北しました。これらはユーロ経済圏の存続を脅かす問題でした。日本で日常的に問題が起こるのと同様に、EUでも日常的に問題が起こります。重要なのは、EU存続を脅かす問題と日常的な問題とを区別して考えることです。

ポピュリズムの台頭と民主主義

白井:英国がEU離脱を決定した後、イタリアの「五つ星運動」、ドイツの「ドイツのための選択肢」、フランスの「国民戦線」といった反EU政党が勢いを増しました。こうした状況の背景には反移民感情や失業率の高さがあります。EUと各加盟国はこうした反EU運動をどうすれば克服できるのでしょうか?

ファン・ロンパイ:分析結果によると、ブレグジットで反欧州感情が高まることはありませんでした。それどころか、世論調査ではブレグジットの決定後、EUのほぼ全ての国でEU残留に対する支持率が大幅に上昇したことが分かっています。私たちは銀行危機とユーロ危機の後、経済危機、難民問題、テロリズム、そしてブレグジットを経験しています。今、人々は不安を感じています。そして、EU離脱は不安定な状況をさらに不安定にするものです。そのため、人々はEU残留を求めているのです。フランスでさえ、ユーロ経済圏残留に対する支持率は約75%あります。イタリアでは、圧倒的多数の国民がEUとユーロ経済圏に残留することを求めています。今ではポピュリストでさえ、ユーロ経済圏を離脱することが本当に良いことなのか疑問に感じています。実際、イタリア反体制派政党の「五つ星運動」の指導者が欧州議会でEU支持を最も鮮明に打ち出しているグループに合流を求める状況になっています。2016年12月に行われたオーストリア大統領選挙では、主流派の諸政党の支持を受けた緑の党のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン候補と極右政党のノルベルト・ホーファー候補が議席を巡って戦っていましたが、極右候補は「オーストリアはユーロ経済圏に残る」と語り、保身を図りました。フランスの選挙では、国民戦線のマリーヌ・ルペン候補が当初ユーロ経済圏からの離脱推進を主張しました。しかし、その後、フランスには二つの通貨が必要である、一つは国内用、もう一つは国外用であると語りました。荒唐無稽な主張ですが、後日、ルペン候補はユーロ圏離脱がフランス国民に人気のないテーマだったのでそういう発言をしたと告白しています。

白井:各国の反EU政党をどのように見ていますか?

ファン・ロンパイ:ブレグジットに続き、オランダとフランスでポピュリズムが高まったとき、今年がEU最後の年になると言った人々がいました。しかし、オランダとフランスの選挙結果を見れば、反EUが敗退、フランス人の3分の2がEU推進派のエマニュエル・マクロン候補に投票しました。彼が大統領に選ばれて行った最初のことは、欧州連合賛歌に合わせて行進することでした。EUは一般に考えられているよりも強靱(きょうじん)であり、EUというプロジェクトを前進させようとする強い意志が働いているのです。

白井:反EUの流れの背景には、EUの拡大とともに各国間で所得格差が広がったことがあります。今の状況の根底にあるこの問題にEUはどのように対処するのでしょうか?

ファン・ロンパイ:ポピュリズムの高まりは、金融危機や、オランダ、フランス、オーストリア、スイス、デンマークで近年広がっているユーロ懐疑論の以前からありました。ポピュリズム運動は90年代の終わりと今世紀の初めにもありましたが、それは経済とも欧州とも関係がありませんでした。当時はEUのことにはまったく触れられておらず、テーマは移民でした。

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ユーロ危機と経済危機の後、ポピュリズムがEUの国々に広がっていきましたが、ポピュリズムが始まったのはユーロ経済圏の問題とは関係ありません。先ほど述べたように、それは西洋世界自体の問題です。米国のメディアによるワシントン・バッシングを聞いていると、ブリュッセル・バッシングと重なってきます(ブリュッセルにはEUの本部がある)。これはまったく同じ現象です。EUだけの問題ではありません。アメリカの選挙を見ていると、まったく同じテーマが問題になっています。移民、テロリズム、グローバル化がもたらす問題、エスタブリッシュメント(既成の秩序)に対する反感などです。先日の選挙でも、同じ感情とテーマが前面に出ていました。EUをよく見れば、加盟国はみな同じ問題に直面していることが分かるでしょう。

白井:今、欧州では何が起きていると考えるべきでしょうか?

ファン・ロンパイ:私たちが欧州という「場所」につくった「空間」とは、単一市場、すなわち「ヒト、モノ、資本、サービス」の移動の自由です。「空間」と「場所」の間には張りつめた緊張関係がありますが、空間と市場の開放性はわれわれに繁栄をもたらしました。例えば、ベルギーではEU設立直後から15年間で生活水準が2倍に向上しました。
私は過去10~15年間、欧州の単一市場だけでなく、経済と移民のグローバル化が進む様子を見てきました。グローバル化の進展は、インターネットと格安旅行の普及状況を見れば分かります。今では380ユーロ(約5万円弱)で欧州から東京に飛ぶ航空チケットが手に入ります。Skype™やFaceTimeを使えば、世界のどこにいる人にも無料で電話をかけることができるといわれています。私たちはこの巨大な空間をつくったのです。勝者の方が敗者よりも数が多い限り、全体の幸せが高まります。しかし、勝者よりも敗者の方が多いと認識されると、たとえそれが事実ではなくても、人々は空間を拒絶し、EUを拒絶し、米国のようにグローバル化を拒絶する方向に向かいます。グローバル化は自分たちを脅かす巨大空間だと捉えるので、人々は自分たちを守ってくれる場所を求めるのです。
グローバル化のもう一つの例を挙げましょう。シリアから欧州に大量の難民が入ってきました。欧州は数万、数十万人の単位であれば受け入れることができますが、数百万人となるともはや無理です。そこで、トルコと協力して国境管理を強化しました。西ヨーロッパの難民センターが閉鎖されてから、数カ月になります。難民は今、欧州に押し寄せてはいません。難民危機に直面したときも、「シェンゲン協定圏は何百万人もの難民を受け入れることはできない、やがて崩壊する」と予測した人たちがいました。この難民対策システムには欠陥もありますが、しっかりと問題に対処し、シェンゲン協定圏は揺らぐことなく今も昔と変わらずに機能しています。問題はあってもそれに対処しているからです。ただ、まだ信頼は取り戻せたとはいえず、辛抱強く改善していく必要があります。これは今後の大きな課題です。
人は脅威から守ってほしいと願います。そして自分は十分に守られていないと感じれば、保護主義とナショナリズム(国粋主義)に走ります。それが米国で起こったことです。ユーロ懐疑論の根底にもそうした感情があります。開放性と保護の間に新たなバランスを見いだすこと、それが問題の核心です。

白井:EUはどのようなアプローチをとるべきでしょうか?

ファン・ロンパイ:ポピュリズムに勝利するためには、目に見える繁栄の果実が必要で、その代表が雇用です。経済成長の結果は公平に分配される必要があります。米国では、賃金上昇が1973年以降停滞しました。欧州にはそうなってほしくありません。移民とテロリズムに関する治安についても目に見える成果が必要で、繁栄、公正、治安の領域で、われわれの政策が成果をもたらすことを示してこそ、ポピュリズムに勝利できるのです。
2014~16年にかけて、ユーロ経済圏では約700万の雇用が創出されました。欧州経済が落ち込んだ2012年にこの数字を予測しても誰も信じてくれなかったでしょう。先ほど大きな投資家グループの会合に参加してきたばかりなのですが、欧州経済に対して肯定的な雰囲気でした。欧州の経済成長率は約1.5%~2%になるとされています。地域全体を包む雰囲気が変わり、欧州各国で経済的な結果が出ています。
数年前、スペインは破滅的な状況にありましたが、失業者は大幅に減少しました。ベルギー、ドイツは完全雇用を達成し、オランダもほぼ完全雇用です。経済では結果が出てきています。もう一つ重要なのは、欧州の指導者はブリュッセル・バッシング(EU批判)をやめ、欧州についてもっと前向きな発言をしなければなりません。指導者がEUに懐疑的な発言をしていて、どうして市民の信頼を取り戻せるでしょうか。フランスのマクロン新大統領が選挙直後にEU支持の立場を明確にしたのはすばらしい行動でした。今年秋に連邦議会選挙を控えたドイツでも同じことが起こるでしょう。

EUとユーロの構造的課題

白井:近年はイタリアの銀行危機、ギリシャの財政危機といった気がかりな状況が続きました。EUは金融危機を回避するために努力し、財政危機に関してはユーロ債とユーロ財務計画(Euro Treasury Plan)が始まろうとしています。ただし、実施には時間がかかります。EUは危機を回避し、安定を保つことができるでしょうか?

ファン・ロンパイ:イタリアの銀行業界は崩壊寸前ではありません。欧州委員会の指導の下で再建に取り組んでいる銀行が2、3行ありますが、銀行部門全体のバランスシートからするとごく小さな比率であり、大手銀行は問題ありません。
対処すべきは不良債権問題で、イタリア当局が解決策を探っています。しかし、銀行システム自体に問題はありません。もし銀行システムに問題があるとすれば、イタリアの債券市場の価格が大きく下がるはずですが、そういった事態にはなっていません。
先ほど指摘されたギリシャの財政赤字については、長い交渉の末、2015年夏に合意された融資の再開で債権団の意見が一致するとみられています。今年、ギリシャは10年ぶりにプラスの経済成長を達成する見込みで、実現すれば公債の利払い費を除くプライマリーバランスが予想外に黒字化します。これはギリシャの財政状況が着実に改善していることを顕著に示しています。

白井:それはよい知らせです。EUは財政と金融で可能な限り統合する方向で動いていますが、理想とする統合が近い将来に実現するでしょうか?

ファン・ロンパイ:統合を推進するには、EUの経済同盟と通貨同盟のさらなる強化に取り組む必要があります。とはいえ、ドイツの債券利率とほかのユーロ圏加盟国の大半の債券利率の差はすでに小さくなっており、ユーロは数年前より確実に安定しています。いずれにせよ、経済同盟と通貨同盟は強化していく必要があります。
ただ、その実現方法としてユーロ債が最善かというと、大いに疑問です。各国の債券の代わりにユーロ債を発行すれば、各国でお金を借りることができなくなります。その対策として、EU当局がお金を借り、何らかの方法で各国に貸し付ける方法が考えられ、その場合は利率が各国間で一律になります。加盟国それぞれの経済が似通った状況であればこのような方法で公債を共有することができるでしょう。しかし、経済に開きがある状態で行えば、ある国は経済の実力以上に安く借金できる恐れがあります。
これでは国の経済改革を促し、競争力を上げることはできません。ユーロ債は各国の経済が似通った状況になった後に導入すべきです。加盟国経済の収しゅうれん斂は、現在EUの政治的課題に挙がっています。今のEUに極めて重要なのは、フランスが現在のGDP比率3%をわずかに上回る財政赤字を削減し、競争力を増すことです。そうすればドイツのように成長することができ、安定した状況が生まれます。
状況は改善していますが、十分ではありません。フランスの大統領には、経済の均衡を取り戻すという大きな仕事が残っています。近年は不均衡が広がりすぎました。2007年にはフランスとドイツの失業率は共に約8%でした。現在ドイツの失業率は4%以下、それに対してフランスは10%です。これでは持続が難しいと思います。フランスがいかにドイツと同程度の水準に近づけるかが大きな課題です。

EUの地政学的状況

白井:過去数年の間に、ロシアのウクライナへの侵入、シリアの内戦といった地政学的に極めて重要な出来事がいくつか起こりました。EUはロシアに対して一致団結して臨みたいのだと思いますが、EU加盟国の中には天然資源をロシアに依存している国もあります。

ファン・ロンパイ:EUは、ウクライナで反乱と内戦が始まった後、2014年夏に経済制裁実施を決定しました。もちろん、ロシアはその内戦に重要な役割を果たしています。別の表現もできますが、ここでは外交的な表現を使っておきます。EUは制裁を半年ごとに見直すことにしており、制裁実施には全加盟国の同意が必要です。制裁実施を、EUは一致して行っています。私たちは日本がロシアに対する制裁に参加してくれたことに感謝しています。制裁と同時にウクライナの憲法改正や停戦、また東部ウクライナの自治権拡大についてロシアと交渉を行っています。私たちは軍事行動ではなく経済制裁を通して断固たる意志を示し、開かれた交渉に応じる意思があることも同時に示しました。その成果が、2015年初頭に結ばれたミンスク協定です。もちろん、この協定はこれから双方で実施していく必要があります。
ロシアとの信頼関係は、ウクライナ問題の根本的な解決なしには回復できません。信頼関係回復の最初の関門が、ミンスク協定の完全な履行です。それが実現すれば、再びEUとロシアの間でさまざまな可能性が開けると思います。これはグローバルな地政学的問題ではなく、地域の安全保障の問題です。ロシアは、アフリカ、ラテンアメリカ、アジアの大部分の地域においては重要な役割を担っておらず、地政学的なプレーヤーではありません。ソビエト時代は終わったのです。緊張関係と紛争への対処は必要ですが、ロシアと前向きな取り組みをすることもできます。私たちはロシアと共にイランと核合意について交渉しました。この合意はロシアの参加がなくては実現不可能でした。

白井:米国ではドナルド・トランプ氏が大統領となりました。二国間の経済・貿易交渉を重視した「アメリカ・ファースト」政策や、他のNATO加盟国にNATOの財政負担を増やすように求めるトランプ大統領の姿勢に対して、EUはどのように対応するとお考えですか?

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ファン・ロンパイ:トランプ大統領については先が読めないところがあります。最初、彼はEUに否定的でした。大統領に選出されて最初に会った人物は英国のEU懐疑主義者、ナイジェル・ファラージ氏でした。まったく信じがたいことです。大統領は当時、「ブレグジットはすばらしい、ほかの国も追随することを望む」と発言しました。その後、考えを変えて「EUはすばらしい組織だ」と語り、欧州に対する見方に変化が見られます。EUはその動きを歓迎しています。
NATO加盟国に応分の財政負担を求めるトランプ大統領の発言は正しいと思います。オバマ前大統領も、欧州諸国に国防費の増額を求めていました。これまでも欧州諸国は多額の国防費を費やしてきましたが、それぞれが独自に動いていました。加盟国が国防費を増額して協調を深めれば規模の経済が働きます。加盟国が協調して動けば、国防費を効率よく使うことができます。ただ、ドイツのメルケル首相が言ったように、「平和は軍事力だけで実現できるものではない」ことに米国も気づかなければなりません。平和は包括的な概念であり、開発、貿易、テロリズムとの戦い、入国管理も関係します。メルケル首相は「国防費について語るとき、ドイツやEUが行っている開発援助についても語る必要があります。開発援助も平和に貢献しているからです」と言っています。とても正しい意見です。米国は開発援助の支出額がごくわずかですが、私たちはGDPの約0.5%近くを支出しています。ただ、オバマ前大統領と同じく、トランプ大統領がNATOへの欧州のコミットメントを強調したことは間違っていません。結局は私たち欧州自身のことなのです。
トランプ大統領の間違いは、財政的負担とNATOの集団防衛条項を結びつけたことでした。同盟国の一つが攻撃を受ければ、全ての同盟国が一致した態度で臨まなくてはなりません。これに疑問を呈したり、触れないでいたりすると、EU加盟国の間に大きな不安が広がります。ロシアと国境を接しているバルト3国とポーランドは特に恐れています。ポーランドにとって、これは米国の現政権に関する不安だけではなく、前の政権にも共通して抱いていた恐れです。今朝、米国の国防長官がリトアニアなどを訪問して不安を鎮めようとしていると記事で読みましたが、良い兆候です。ここでも、米国政治が正しい方向にシフトしていることが分かります。しかし、米国がまた過去にUターンしないとは言い切れません。現在の米国は予測困難です。米国が安定の道を進み、不安を抱く国々に安定と安心を与えることが求められています。

EUの将来

白井:10年後、20年後のEUはどうなっているとお考えですか?財政・金融面でさらなる統合をめざして努力を続け、現在より加盟国が増えているでしょうか?それとも、EUにはまた別のシナリオが用意されているのでしょうか?

ファン・ロンパイ:10年という期間に何が起こるかを言い当てることは至難の業です。もし2007年に私がその質問を受けていたなら、ユーロ危機、金融危機、難民危機、テロリズムが起こると予想できたでしょうか。私たちの世界と社会は急速に、また劇的に変化し続けています。ここでは欧州のことについて話しますが、EUで起こっていることと日本とは共通点があると思います。
私たちは、絶えず変化する世界、現在進行形の世界で暮らしています。先ほどお話ししたとおり、現在ヨーロッパには前向きな雰囲気が広がりつつありますが、それでも人々は将来何らかの危機が来ると予想しています。それは、このところずっとテロなどの急激な社会変化を経験してきたので、そして今もまだ進行形であるため、将来への不安をぬぐい去れないからです。
ただ、「EUの内部崩壊は起こらない」、と明言しましょう。この先10年の間に西バルカン諸国の一部がEUに加盟し、ウクライナ、ジョージア(グルジア)、モルドバといった隣国との関係が強化されるとみています。EUはさらに強固になり、さまざまな意味で拡大していくでしょう。私たちもそれを強く望んでいます。また、フランスに続いてドイツが選挙を終えた後は、欧州を作り直すというより、欧州をいくつもの領域で再スタートさせる、新しいイニシアチブにEU各国が取り組んでほしいと思います。EU加盟国間の軍事協力がいっそう進み、EUの経済・通貨制度が強固になり、シェンゲン協定圏が強化され、経済の競争力が向上する、こうしたことを期待しています。

白井:欧州はさらに統合する必要があるということでしょうか?

ファン・ロンパイ:そうですね。ただし、それぞれの領域を具体的にみて、本当に統合していく必要があるかどうかを判断しなければなりません。軍事協力、EUの経済・通貨同盟、シェンゲン協定圏といった個々の領域で判断する必要があります。一部の領域では欧州の統合を推進し、ほかの領域ではゆるやかな統合をめざすなど、状況によってさまざまな対応があります。イデオロギー論争は避けたいので、現実的な目で判断し、「欧州をさらに統合していこう」などと説教めいたことは言い出さないようにしないといけません。ご存じのように私はベルギー人です。ベルギー人は現実主義者です。EUが前進できる分野と、一歩下がったほうがいい分野を見分けます。しかし、歴史の流れ自体は逆戻りしないと考えます。
今後の数年間も、2014年以降に目にしてきた経済成長と同様の成長があると期待しましょう。EUには、その成長のための土台がしっかりと築かれていると思います。

白井:現在、欧州委員会は統合におけるEU加盟国間での異なる速さと深さ、いわゆるマルチスピード化を提案しています。その考え方についてはどうお考えですか?

ファン・ロンパイ:第一に、マルチスピードによる協調と統合はすでに実施されています。EU加盟28カ国(英国含む)の中でユーロ経済圏に参加しているのは19カ国だけです。また、シェンゲン協定圏にも一部のEU加盟国は参加していません。ブレグジット関連で挙げた英国もアイルランドもそうですが、EUの二つの柱に全ての加盟国が参加しているわけではなく、今でも重要な領域ではマルチスピードです。
第二に、もし加盟国がその他の領域でも関係を強化したい場合は、リスボン条約に盛り込まれた「強化された協力」という枠組みを利用できます。

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具体的には9カ国以上の国が協力して何かをしたい場合は、EU閣僚理事会の許可を求めることができます。これまで、この枠組みを使った合意は二つの領域でしか成立したことがなく、今も9カ国が金融取引について交渉中ですが、結論はまだ出ていません。実際のところ、「強化された協力」の枠組みを利用することはできますが、合意に達したテーマは二つだけですので、実現は簡単ではないことは確かです。
加盟国はマルチスピードについて語るだけで実践していません。興味深いのは、一部の国、特に中央および東ヨーロッパ諸国が「加盟国中に一級市民と二級市民をつくり出してしまうおそれがあるため危険」と警戒していることです。こうした国は後者のグループに属することを恐れています。EUを離脱したくはないが、二級加盟国になることも恐れる、という心情が透けて見えます。二級加盟国になれば、ほかの加盟国と対等の地位にあるEUの正式加盟国とはみなされなくなります。私は、マルチスピードの議論はそうしたEUの加盟国であり続けたい国々に安心感を与えるものだと考えています。

白井:ドイツとフランスはEUの中心国であり続けるでしょうか?

ファン・ロンパイ:ドイツのメルケル首相は強力なEU推進派です。今秋のドイツ連邦議会選挙において、メルケル首相の対立候補は、前欧州議会議長のマーティン・シュルツで、彼も強力なEU推進派です。それを考えると、フランスとドイツの二大国は強力なEU推進派の政治家に導かれていると言えます。両国の指導者は力強くEUの問題に取り組む必要があり、EUへの強い確信も示さなければなりません。また、私たちはEUがもたらした成果を知る必要があり、そのためには政治家が説得力ある言葉で成果を説明し、EUに対する支持を呼びかける必要があります。私はそれはできると思います。フランスとドイツの状況についてはすでに触れました。ドイツの選挙後、誰がなるにせよ新しいドイツの首相がフランスのマクロン新大統領と会談し、EUプロジェクトを再出発させる計画に取り組むと確信します。経済状況が改善するにつれ、ある種の楽観論と希望が欧州に生まれています。良い状況が続かない可能性もありますが、現在のEUには強い経済があり、主要2カ国にEU推進派の指導者がいます。政治をEU推進の方向に転換させる絶好のチャンスをフルに活用してほしいと思います。これから数年間、さまざまな政策でよい結果を生み出していけるでしょう。これが最後のチャンスとは言いませんが、またとない機会であることは確かです。このようなチャンスを逃してはなりません。

白井:本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

編集後記

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今回は前EU大統領のファン・ロンパイ氏から、英国のEU離脱から、EUの将来像についてまで広範にわたるお話を伺いました。反EUやユーロ懐疑論へと国民が走るのは、自分たちを守ってくれる拠り所を求めているという話は、胸に迫りました。 EUの将来像については、これまでEUが成し遂げてきた成果を考えれば、今後もEUは統合深化を進めていくことに変わりはないというのは、長年EUの中核でリーダーとして活躍してこられたファン・ロンパイ氏の信念であり、後に続く人々への期待でもあるのでしょう。

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