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株式会社日立総合計画研究所

対談

研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対談

第49回 世界経済の成長をけん引するアジア太平洋地域での日米の役割

米中対立の激化や中東情勢の緊迫化などパワーバランスの変化により、これまでの国際秩序が揺らいでいます。また、米中貿易摩擦や先端技術の覇権争いに象徴されるように、経済と外交・安全保障は一体的に捉えなければ世界情勢を展望することが難しくなっています。世界経済の成長をけん引するアジア太平洋地域においては、米国、中国、インド、日本の関係が、今後の繁栄を占う重要な鍵を握っています。今回は、知日派として知られ、日米関係強化に長年にわたり貢献してこられた元米国国務副長官リチャード・L・アーミテージ氏に、アジア太平洋地域での日米の役割について伺いました。

Richard L. Armitage(リチャード・L・アーミテージ)

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アーミテージ・インターナショナル代表、元米国国務副長官

1967年に米国海軍兵学校を卒業後、海軍少尉として従事。国防次官補代理(東アジア・太平洋地域担当)、国防次官補(国際安全保障担当)などを歴任し、ブッシュ政権下の2001年から2005年に国務副長官。

米国フィリピン軍事基地交渉時の大統領特別交渉官、湾岸戦争時のフセイン・ヨルダン国王への特別使節、旧ソビエト連邦崩壊に伴う独立国への米国支援策指揮など外交使節を担う。2015年には日米間の関係強化及び友好親善に寄与した功労により旭日大綬章を受章。現在は、グローバルビジネスアドバイザリー会社「アーミテージ・インターナショナル」代表。

国際秩序の再編とグローバリゼーションの行方

白井:世界は今、地政学(geo-politics)、地経学(geo-economics)、テクノ地政学(geo-technology)を巡る摩擦に、地球環境問題の深刻化も加わった複雑な課題に直面しています。混迷を極める世界情勢の下で、国際秩序の現状と今後の再編の方向性についてご意見をお聞かせください。

アーミテージ:現状の国際秩序の混迷には複数の要因が絡んでいます。一つは地球環境問題です。普段は人々の意識に上りませんが、オーストラリアは深刻な森林火災被害に苦しみ、日本も昨年は台風と洪水に悩まされるなど、世界中が気候変動による混乱に直面しており、世界秩序を乱す要因となっています。もう一つは中国とロシアです。国際社会でプレゼンスを高める中国は、国際秩序の混乱要因でもあります。ロシアによる欧州への圧力、アジアにおけるロシアと中国との連携も、同じく混乱の直接的な要因となります。最後は、外交を放棄したかのような言動を取るトランプ政権の米国です。

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 これらすべての要因がほぼ同時に起きていますが、国際秩序の回復はまだ手遅れではないと考えています。ただし、トランプ政権が続投となれば、国際秩序の維持が困難になる可能性も出てくるでしょう。

白井:冷戦終結後のグローバリゼーションの進展の中で、世界経済は成長を加速してきましたが、グローバリゼーションは現在明らかな停滞期を迎えています。主要国間の緊張の高まり、相互信頼の低下を背景に世界貿易機関(WTO)の機能も低下しつつあります。こうした現状を踏まえ、グローバリゼーションの将来をどのようにお考えですか。

アーミテージ:グローバリゼーションは、不可逆的な潮流と考えます。ご指摘の通り、現在米国、そして英国でもグローバリゼーションに対する明らかな反動が見られますが、どの国も貿易や経済の相手は必要です。米国、欧州、アジアなど各地域のしかるべき政治家が、グローバリゼーションは多くの国民にとって有益であることを適切に説明し、世論を形成することを通じて、その実感を取り戻すことができるでしょう。
 同時に、グローバリゼーションの恩恵を受けていないと感じている人々の懸念を払拭(ふっしょく)する方法も考えなくてはなりません。恩恵を受けていないと感じる人々が恩恵を享受できる立場になれるよう、再教育の機会を与える必要があります。

白井:米国に限らず主要国では、従来の国家安全保障の概念と経済安全保障の概念の融合が進んでいます。今後二つの概念がさらに深く結びつくようになれば、貿易・投資・技術開発の保護主義が加速する懸念があります。このような状況についてどのようにお考えですか。

アーミテージ:米中貿易戦争に代表される保護主義が、日本、アジアを含む世界経済にさまざまな悪影響をもたらしています。第2次世界大戦以降70年にわたり、米国は常に保護主義をあしきものと考えてきましたが、今のトランプ政権はそうではありません。しかし、米国議会が目を覚ましつつあります。いずれ議会はグローバリゼーションを継続すべきという結論に至るでしょう。保護主義から得られるものよりも、失うものの方が大きいからです。少なくとも、私はそう結論付けるべきだと願っています。

米国の外交・安全保障政策

白井:米国においては自由と民主主義のイデオロギーは不変です。一方で、世界におけるリーダーシップ、安全保障における米国の役割については、米国民の見方が変わってきています。今後、時代の変化に伴い、米国の外交・安全保障政策はどう変化していくのでしょうか。

アーミテージ:おそらく大統領選挙が終了するまで、さらに言えばトランプ大統領の再選が否決されない限りは、米国が国際社会に向けて平和を強く唱えることはないでしょう。

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今の米国は自由世界の指導的立場にあるとは言いがたい状況にあります。むしろ個人的には日本の安倍晋三首相が平和の担い手として世界の主要国と良好かつ互恵的な関係を築いていることを非常に頼もしく思いますし、国際社会に新たな展開をもたらすものと思います。
 さまざまな時代の変化がある中で、外交や安全保障はその変化に適応してきたと思いますが、政治的なレトリックには注意が必要です。例えば、米国は「今後はインド太平洋地域が多くの資源の集まる舞台になる」と主張していますが、世界の関心は中東に向けられており、実際には軍事的資源を含めて、多くの資源が中東地域に集まっています。米国は、政治的なレトリックとして聞こえが良い言葉を口にはしますが、その言葉を現実とするために必要な具体的アクションを取っているわけではありません。

白井:デジタル時代の本格化に伴い、データの重要性が高まっています。サイバーセキュリティが経済や社会を支え、国家安全保障の重要な要素になってきています。デジタル時代においても、米国は経済だけでなく安全保障においても優位を確保することが可能でしょうか。

アーミテージ:短期的には可能と思います。米国はデジタル化やデータアナリティクスが抱える問題点や、それらが安全保障に及ぼす影響に気付き、国家安全保障局(NSA)からサイバー軍(CYBERCOM: Cyber Command)を分離・独立させました。こうした対応は意識の高まりを表しています。
 しかし、長期的にはより複雑です。米国はこの問題に中国と同等の人員を割くことはできません。ここ数年で、サイバーの脅威は中国やロシアからだけではなく、北朝鮮やイランからもあることが分かりました。長期的に見れば、どの国にとっても自国の情報やデータを保護することがますます困難になっていくでしょう。その意味で、トランプ大統領が創設した宇宙軍*1の重要な点は、米国に宇宙での優位性をもたらすことです。宇宙もまた情報やデータの保護が求められる領域であり、米国は世界の一歩先を行くことができるでしょう。

*1
2019年12月20日、トランプ大統領は2020会計年度の国防予算の大枠を定めた国防権限法に署名し、陸海空各軍、海兵隊、沿岸警備隊に並ぶ六つ目の軍種として「宇宙軍(Space Force)」を設立。

日米貿易摩擦の歴史、米中貿易摩擦の行方

白井:現在、米中貿易摩擦が緊迫しています。日米の歴史でも、80年代後半に日米貿易摩擦が激化した時期がありました。当時、日本企業は米国での現地生産を拡大し、米国も産業競争力回復に努めた結果、新たな分業関係が成立しました。日米関係の長い歴史の中で、日米貿易摩擦の時代をどのように評価しますか。また、現在の米中摩擦と日米摩擦の類似点、相違点は何でしょうか。

アーミテージ:80年代は、ご指摘の通り日米関係が難しい局面にあった時期です。ロックフェラーセンターをはじめ多くの米国資産を買収した「日本株式会社」への恐れが米国民にも広がり、日本の市場は閉鎖的で不公正な貿易障壁を築いていると批判されましたが、最終的には米国民はこうした認識が間違っていたことを理解しました。

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それ以降は、米国にとって日本ほど良好な関係を構築できている国はありませんし、日本ほど尊敬されている国もありません。米国議会も、日本に対してかつてない好意を寄せています。
 日米関係は、現在と当時とでは比べものにならないほど異なります。しかし、現在の米中関係と、先ほど述べた当時の日米関係との間には類似点があります。それは、米国が自信を失いかけているという点です。自分たちに確信が持てず迷いがあることが、過剰反応による保護主義に走らせ、日本やアジア各国の経済、ひいては世界経済にもさまざまな弊害をもたらしているのかもしれません。
 一方、相違点は中国が共産主義国であることです。日本は1945年以降、正真正銘の西側諸国の一員です。

白井:米中、米欧関係に比べ、日米関係は比較的良好で安定しているように見えます。今後どのような政権の下にあっても、日米関係を長期的により発展させていくために重要な課題についてお聞かせください。

アーミテージ:先ほどお話しした通り、米国には堅固な日米関係を持続していく基盤があります。日本も、米国を強力なパートナーと認識しています。米国は、安倍首相が任期を重ねてリーダーシップを発揮し、安定をもたらしていることに満足しています。ロシアと中国がアジア諸国に継続的な圧力をかけていることが、日米が結束する最大の要因となっています。北朝鮮の存在も、日米の緊密な連携を促す要因です。先般最終合意に至った日米貿易協定は、米国が離脱した環太平洋パートナーシップ(TPP)協定で既に合意していた内容に比べればそれほど大きな合意ではないものの、政治的には日米関係に大きく貢献しました。安全保障上の課題については、トランプ大統領の度を越した駆け引きをいさめ、在日米軍駐留のためのいわゆる「思いやり予算」の高額な要求を思いとどまらせることができれば、日米は今後も良好な関係を築くことができるでしょう。

白井:中国は経済力、技術力、軍事力で米国に追い付こうとしています。中国の支援を受ける国、経済面で中国に依存する国も増えています。貿易・投資規制などにより米中間の経済交流は今後も縮小していくのでしょうか。それとも、何らかの形で相互利益を追求するスキームを確立できるでしょうか。

アーミテージ:かつて駐豪中国大使を務め、日本でもよく知られた中国人女性政治家の付瑩(フー・イン)氏が、今後必要となる新たな米中関係をコオペティション(co-opetition:協力的競争)と表現しました。これは、「協力(cooperation)」と「競争(competition)」を組み合わせた言葉です。付氏は、環境問題や感染症対策など協力できる分野では協力し、競争が必要な分野では競争すべきという意味でこの言葉を使いました。競争はすべての人に利がありますが、互いを攻撃し合っていては誰も利を得られないどころか全員が不利益を被ります。その意味では、私は付氏の「コオペティション」という言葉をとても気に入っており、相互利益を追求するスキームの可能性に期待しています。

日米とインド太平洋地域の共存共栄

白井:中国、インドを含むインド太平洋地域は、今後も世界で最も成長する地域と見られています。一方で、この地域は安全保障上のリスクが比較的高いのも事実です。中国が「一帯一路」政策などで地域への関与を深める中、今後米国は経済、安全保障などの面でどこまでインド太平洋地域への関与を深めていくのでしょうか。また、日印の関係をどのように評価していますか。

アーミテージ:日印関係は歴史が長く、米印関係は比較的最近ですが、米国と日本はともにインドと非常に良好な関係を築いています。インド国内では、第2次世界大戦中に日本がもたらした問題が何であれ、インドを植民地支配から解放したのも日本という見方が多数派です。また、アジア太平洋地域における戦争に関する罪で日本の指導者を裁いた東京裁判において、インド人判事が戦犯被告人の死刑に異を唱えたことも記憶に残っています。
 第1次安倍政権の外遊先の一つがインドでした。約200人の経営者を引き連れたこの訪問は、大変有意義な結果を残しました。私は日本が長きにわたりインドとの良好な関係を築いてきた事実を評価し、敬意を表します。そして、日本が巨額の投資をしている「デリー・ムンバイ間産業大動脈構想」は、言うまでもなく世界有数のインフラ開発プロジェクトです。
 米国もインドとの関係を継続していきます。インド側が米国の関与の意図を中国に対抗するための「新たなグレートゲーム」であると受け止めなければ、米印は良好な関係を保つことができるでしょう。日米豪印クアッド(4カ国)協議*2は大きな成果を収めています。インド太平洋地域における安全保障行動も、中国について触れない限り、順調に進んでいます。こうしたことからも、米印の関係が強化されていることが分かります。

白井:中国に続き、インドも経済と安全保障において地域での影響力を拡大しています。インドは非常に民主的な国でもあり、日米にとって極めて重要な存在です。今後のインドとの関係強化のために、米国はどのような施策が必要でしょうか。

アーミテージ:米国とインドの関係は党派を超えて、民主・共和両党の歴代大統領が築いてきたものです。したがって、両国民とも、良好な関係が続いていくと考えているはずですし、私もそう信じています。一つ懸念があるとすれば、ナレンドラ・モディ首相の反イスラム姿勢が今後強くなるかもしれないことです。約2億人のイスラム教徒を抱えるインドにおいて、首相が反イスラム的と見なされれば、パキスタンやアフガニスタンを含む各国との関係は複雑化するでしょう。米印関係を楽観視できるだけの十分な根拠がありますが、強い陰りも見えることに留意しなければなりません。

白井:アジアの地政学的状況に目を向けると、日中関係はこの数年でかなり改善しました。また、日本はインドとも長きにわたり良好な関係にあります。今後のインド太平洋地域の平和と安定成長のために、日本は米国と中国、さらには米国とインドの橋渡し役を担うことが期待されています。日本は現実にその役割を担うことができるでしょうか。

アーミテージ:短中期的には可能でしょう。特に日中関係は、しばらくの間は問題ないでしょう。安倍首相は今春、習近平国家主席を国賓として日本に招く予定*3ですが、日本が中国と良好な関係を続けられる理由の一つは、中国がいずれ米国はアジアから撤退すると見ているためです。習首席は、日中関係はひとまず様子見と考えており、今はさまざまな日中間の問題について結論を急いでいません。日本を後回しにしているだけなのです。それが、短中期的に日中関係は問題ないと考える理由です。しかし、長期的には不透明と言わざるをえません。

*2
2019年9月、日本、米国、オーストラリア、インドは初の4カ国での外相協議を開催。「自由で開かれたインド太平洋」を推し進めていくことを確認し、海洋安全保障やサイバーセキュリティで協力していく方針で一致。
  
*3
インタビュー実施時点(2020年1月6日)での発言。

今後、米国と日本が果たすべき役割

白井:今年は第2次世界大戦終結から75年の節目を迎えます。昨今、パクス・アメリカーナは終焉(しゅうえん)を迎えつつあるとの見方もあり、政治学者イアン・ブレマー氏は国際社会を主導する国がいなくなるGゼロ時代の到来、米国と中国によるG2体制に言及しています。自由と民主主義、グローバリズムを掲げ、安全保障と経済の両面で世界のリーダーを担ってきた米国をどのように評価し、今後どうあるべきだとお考えですか。

アーミテージ:私にも先のことは分かりません。なぜなら、米国はいまだ世界第一の経済力と軍事力を有してはいますが、米国民はもはやこの考えに固執していないからです。民主主義や人権、個人の自由といった思想に米国が固執しなくなるほど、グローバルリーダーとしての存在感は薄れていきます。

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トランプ大統領が再選された場合、米国のリーダーシップは低下し続けると見ます。保護主義者であり、孤立主義者であり、外国人との関係を嫌がるトランプ氏は、彼の思う「良き時代」に立ち返ることを望んでいますが、それこそがパクス・アメリカーナ時代が終焉を迎える最大の要因となるでしょう。米国が経済面と軍事面で世界一の大国である状況はまだ終わっていませんが、この先もトランプ氏が示す道を行くならば、パクス・アメリカーナは間違いなく終わりを告げるでしょう。

白井:ご自身はグローバリゼーションの発展に関して楽観的ですか、それとも悲観的ですか。

アーミテージ:私は、楽観主義者でも悲観主義者でもなく、現実主義者だと思います。
 米国にはいくつか流動的な要素があります。第一は今年11月の大統領選挙、第二は上院と下院の動向、第三は共和党とトランプ氏の結束がいつまで続くか、そして第四は世界情勢です。現在、米国は中東への対応に非常に苦戦しています。先般のガーセム・ソレイマニ司令官暗殺は何らかの波紋を呼ぶでしょう。この点について、私は日本、特にイランのハッサン・ローハニ大統領と平和を模索し続けている安倍首相の努力をたたえたいと思います。安倍首相は海上自衛隊艦船の中東派遣に際して、有志連合の要請に応じることなく、日本の資産を守るのに必要な措置を取ろうとしており、この点をイラン側に慎重に説明しました。もし、グローバリゼーションの未来に明るい兆候があるとすれば、日本のような素晴らしい国が、平和と安定を促進するために力強い一歩を踏み出したことです。

白井:アジアおよび現在の世界情勢において、日本に期待することは何ですか。

アーミテージ:日本が今後もグローバルリーダーシップを発揮することを期待しています。米国は長年大切にしてきた民主主義や人権、個人の自由といった思想に背を向けてしまったようですが、日本にはしっかり向き合ってほしいと願っています。事実上、世界の指導力は一時的に米国から日本へ移っていると、私は思います。

白井:ありがとうございました。

対談後記

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今回は、元米国国務副長官リチャード・L・アーミテージ氏に、これまで日米関係強化に取り組んでこられた立場から、今後の米国や日本の国際社会での役割についてお伺いしました。
リーダー不在と言われる国際社会にあって、日本の果たすべき役割についてのアーミテージ氏の強い期待、とりわけアジア太平洋地域における日本のリーダーシップの必要性に対する言及が印象的でした。

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