研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対談
人命、社会活動に多大な影響を及ぼす自然災害の被害が世界規模で拡大し、これまで以上に危機管理体制の確立、多様な組織や機関の連携が重要性を増しています。今回は、米国を基盤に危機管理におけるプロフェッショナリズムの強化をめざし、教育、研究、コンサルティングを行うグローバルレジリエンス研究所(IIGR)代表の深見真希氏をゲストに迎え、今後の危機管理のあり方を考察します。
グローバルレジリエンス研究所 代表
京都大学経済学部卒、京都大学博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員(DC1、PD)、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校客員研究員、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、米国ワシントンD.C.にてグローバルレジリエンス研究所(IIGR)を設立。政府、自治体、企業、大学等にワールドクラスの教育訓練プログラムを提供するほか、新アメリカ安全保障センターやスティムソンセンター等、米国の主要シンクタンクとの共同プロジェクトを率いる。2017年、日本で初めて、元FEMA長官クレイグ・フューゲート氏を招聘し、日米実務家の交流イベントを開催した。米国政府民間防衛委員会を前身とする国際危機管理者協会(IAEM)では、日本評議会初代会長を含め日本代表を7年、本部理事を3年務めた。
白井:昨今、世界中で大規模な自然災害が頻発しています。日本の西日本豪雨や各地で発生する地震、米国南東部のハリケーンなど、広域にわたって甚大な被害を及ぼす災害が頻繁に見られます。現在の自然災害と対策状況をどのように捉えておられますか。
深見:米国では、今から約40年前に米連邦緊急事態管理庁(FEMA)が設立されました。その時点ですでに、災害の複雑化、広域化について議論されており、状況はますます変化していっていると認識されていました。災害の種類や性質、頻度の変化、対応しなければならない事案の拡大化は、米国では、40年前から繰り返し強調されています。従って、日本で最近急速に増えてきたように感じるのは、ようやく認識が追いついた、ということでしょう。
災害時の対応では、エマージェンシー・マネジメント(緊急事態管理)を効果的に実践することが重要です。危機管理に限らず、マネジメントにはコミュニティの文化・価値観が反映されます。広域・複雑化した災害被害が世界的に広がり、危機管理の重要性は増すばかりです。その中でコミュニティがどのように危機管理マネジメントをするのか、それぞれの文化・価値観が表れているというのが私の印象です。
白井:日本は、財政の制約もあり災害対策関連予算の大幅な増額は困難な状況です。また、これから人口が減少し、財政も厳しくなります。自然災害が深刻さを増すなかで、行政(国・地方自治体)が優先的に取り組むべき課題は何でしょうか。
深見:日本では組織をきちんと交通整理すれば財政・組織的にできることは多々ありますが、政策やプロジェクトを含めた危機管理を専門的に議論できる人が少ないのが現状で、危機管理専門の人材育成が最優先課題です。
白井:首都直下地震、南海トラフ巨大地震の30年以内の発生確率は前者が70%、後者が70~80%、災害発生から20年間の経済的被害額はそれぞれ778兆円、1,410兆円と推計されています。国家規模の有事との認識があるにもかかわらず危機感の薄さを指摘する意見もあります。
今年7月に2017年のノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授からお聞きした話が印象に残っています。行動経済学者である同氏は、行動心理学の「正常性バイアス」という言葉を挙げました。「正常性バイアス」とは、例えば30年以内に90%の確率で首都直下地震が起こるといわれても、多くの人々は「取りあえず明日は大丈夫」と考え、心の正常を保とうとすることです。明日地震が起きても不思議ではないのに、遠い将来のことだと自分を安心させて日々生活しています。
危機感を持って早期に準備・対策すべきことがたくさんあるはずですが、具体的な進展が遅いのはどこに原因があるとお考えですか。
深見:米国を例にすると、危機管理の基本ルールは「シンプル・イズ・ザ・ベスト」です。行政、政治のすべての組織にエマージェンシー・マネジャー(危機管理官)がおり、そのトップが大統領直属のFEMA長官です。
エマージェンシー ・マネジャーが州知事、カウンティ・エグゼクティブ、市長をサポートし、最初に管轄や行政区のリスクアセスメントを徹底的に行います。過去に起きた災害状況、地理的要因、地域や組織の特性、インフラ・建物の老朽化の状況や脆弱性、人口動態など、関連するすべてのデータを把握し、リスクを優先付けしたうえで、対応に必要な資源を配分し、対策をとります。発生前からどのような災害・緊急時にも柔軟に対応するという「オール・ハザード・アプローチ」の考え方で備えます。
危機管理とは包括的なマネジメントの下で人命を救うことであり、捜索や救助のテクニカルな部分はその一部でしかありません。一方で、公的資金・人員の投入、医療対策などほかにもすべきことがたくさんあります。対応に注がれるすべての努力を統合し、まとめ上げていくプロセスをマネジメントできる人材が全オペレーションを俯瞰する立場にいなければなりません。そういう意味で、マネジメントの専門家でもあります。マネジメントの観点からリスクをアセスメントし、対応の優先度を判断できる人材がいることが不可欠です。
白井:日本でのエマージェンシー・マネジャーの育成に向けた課題は何でしょうか。
深見:日本の場合、危機管理の専門的な訓練を受けられる機関がありません。防災や危機管理の公的な権限は基本的に警察庁と国土交通省にあります。日本におけるFEMAのカウンターパートは内閣府(防災担当)とされており、基本的に国土交通省出向者が担当します。しかし、国土開発や運輸を担当する国土交通省と、自然災害だけでなくテロや人為災害にも対応する災害専門省庁FEMAの機能は異なります。米国運輸省のエマージェンシー・マネジャーは、トップクラスの危機管理教育を受けていますから、国土交通省が、危機管理官育成に取り組むのもよいと思います。
また、マネジメントの観点から米国はデータ主義で科学的な災害対策を実践しますが、日本の場合、必ずしもデータが生かされない文化があるようにも感じます。
白井:日本は、洪水、土砂災害、地震、液状化、津波のいずれかで大きな被害を受ける可能性がある災害危険地域に、総人口の約74%が居住しています。自然災害の規模が大きくなるほど、行政だけに頼らず自分の身は自分で守る、市民は自己責任の意識をより高めるべきとの指摘もあります。行政側も避難指示に従わない人まで救助するのは厳しいのが現実です。市民の意識、行動はどのように変えていくべきでしょうか。
深見:米国はFEMA設立後から国民の教育・啓発にも非常に力を入れてきました。政府の努力ですべてをフォローすることはできませんし、最終的には国民の理解も必要であるため、意識改革に多額の予算をかけて取り組みました。危機管理において、どこまでをリスクと認識するかは個人によって異なりますが、地方自治体任せにせず、国が教育・指導をより積極的にリードしていくことが国民の命を守ることにつながります。個人が防災を日常的に考えるのは難しいので、各行政レベルに米国のエマージェンシー・マネジャーのようなプロをつけて意識を高めることは有効です。エマージェンシー・マネジャーとして一番求められるスキルは、インプロバイゼーション(Improvisation)、すなわち即興性といわれるものです。これは、未経験の状況に遭遇しても即座に対応できる想像力、いわゆる即興演奏と同じ感覚で臨機応変に反応し、解決策を提供するスキルです。このスキルを備えたプロが連邦、州、カウンティ、市町村という各レベルに配置されているため、より効果的に想定外の事案にも対応できます。やはり大切なのは人で、プロを育成することが重要です。
白井:米国では、危機管理のプロ育成を大学などの教育機関が担っているのですか。
深見:大学でも行いますが、基本的にはFEMAです。 FEMAは独自の教育機関を持ち、500以上のカリキュラムを展開しています。毎年、カリキュラム作成のために高度教育会議が開かれ、全米から大学研究者、実務家たちが集まり議論します。さらに、各カリキュラム、科目ごとにフォーカス・グループが実際に現場で役立っているかどうかの検証、またインストラクターの適性チェックまで徹底して行います。
国レベルでの危機管理教育に加え、全米の大学がFEMAのカリキュラムを活用して教育することで標準的な知識が大勢に行き届きます。各大学は独自に授業を行いますが、FEMAの標準化されたプログラムの存在は大きいといえます。
白井:深見さんも執筆された『緊急時総合調整システム基本ガイドブック』(東京法規出版)には米国の災害事例において、ICS(Incident Command System)が有効に機能した2013年のコロラド州の洪水、逆に混乱が生じた2005年のハリケーン・カトリーナへの対応が紹介されています。この二つは何が危険管理の成否を分けたのでしょうか。
深見:米国の危機対応国家標準システムであるICSは、日常的な事件・事故から大規模災害、テロまで活用されており、それらはすべてICSの成功例といえます。
米国ではベストプラクティス(最善の方法)として認識され、実際、失敗例はほとんどありません。
ただ、ハリケーン・カトリーナに対してだけはICSが機能しませんでした。米国では9.11を受け、国土安全保障省(DHS)が設立されましたが、ハリケーン・カトリーナの対応時は、それまで大統領権限で仕切っていたFEMAがDHSの管轄下に置かれました。そのため権力・権限が不明確になり指揮命令系統が混乱し、即効性が低下して被災の度合いが大きくなりました。この件は、米国会計検査院(GAO)が調査して「失敗」と結論付けています。その後、FEMAの権限は再び大統領直属に戻され、いまだDHSの一部に組み込まれてはいますが、緊急時の非常事態宣言はFEMA長官が出すようになりました。マネジメントは人で動きます。
白井:日本の3.11でもICSのような対応ができていれば、もう少し被害を抑えられたのでしょうか。
深見:関係者全員がシフトできるだけの人材の確保と育成ができていれば、事態は少し変わったでしょう。しかし、人材は足りず、その結果、何日も寝ずに対応する状況に陥りました。枝野官房長官(当時)が目を真っ赤にして「寝ていません」とコメントする姿がメディアに流れました。緊急事態には指揮官も寝ないで対応にあたる、それが日本の文化・価値観のどこかにあるのかもしれませんが、人間の身体の限界を理解し、合理的に対応すべきだと思います。指揮官が疲れ切った状態では正しい判断が下せないのは当然です。
またもう一つは、リスク関連の情報を伝えるコミュニケーションにも課題がありました。福島第一原子力発電所事故の際、原子力安全・保安院(当時)、東京電力、政府による情報が錯綜しました。国内外の人々が注目するなか、情報の内容や伝え方を誤ると信用をなくします。組織間や記者会見でのコミュニケーションも含め、混乱した様子がメディアを通じて見えました。そのあたりの準備もしておかなければならないところです。
白井:コミュニケーションに失敗した原因は何でしょうか。
深見:複数の担当者がバラバラに情報を公表したことです。緊急事態では、リスク関連情報を国民に迅速かつ明確、正確に伝えなければなりません。ICSでは情報発信を一元化するため、メディアの前に立つのは1人、それ以外の人は取材対応をしてはいけない決まりです。
ただし、政府だけで対策をとっても現場で命は救えません。FEMAの創設時、この点は非常に問題視されました。現場を支える人材を教育し、政策側と議論を交わせるようになるまで20年ほどかかったそうです。今は現場の人だけが知る「現実」が政策に反映されるまでになり、しっかり対応できています。以前のFEMA長官は政治的人選が多かったのですが、オバマ前大統領の下でFEMA長官を務めたクレイグ・フューゲート氏は、もともとフロリダのボランティア消防士からスタートし、20年以上の危機管理のキャリアを積み、数多くの現場を渡り歩いてきました。現場の生え抜きがFEMA長官に就任したことで、全米のエマージェンシー・マネジャーたちの士気は一気に高まりました。トランプ大統領も現場出身者をFEMA長官に任命しています。
大規模災害発生時には全省庁に動いてもらう必要がありますが、その命令を出せるのは日本では首相だけであり、米国も大統領だけです。大統領が災害対策に取り組むのはもちろん必要ですが、ほかにも仕事がたくさんあります。緊急事態とはいえ大統領が24時間指揮を執ることはできませんし、大統領自身は危機管理のプロでもありません。米国ではそのために大統領から権限を委譲されたFEMA長官がおり、各省庁のトップに命令を出し、迅速に対策をとります。FEMAは現場の情報をすべてくみ上げ、大統領に代わって指令を出す専門機関です。
白井:世界中で自然災害の被害が広域化しており、他国を救助支援するケースも増えると思われます。国の枠組み・国境を超えた相互支援の仕組みをどのような形で構築し、発展させていけばよいでしょうか。
深見:国を超えた協働は、同じ言葉を話す、同じ概念を理解する、これができなければ現場では機能しません。国連がICSの活用を推奨することからも、ICSを一つの標準ツールと捉えることができます。米国にも英語を母国語としない人が大勢いるため、ICSはプレーンイングリッシュ、いわゆるやさしい英語で行うのが鉄則です。日本の消防士もICSを英語で理解し、会話で対処できれば相互援助しやすくなるでしょう。
米国の発想は、現地のリソースが足りなければ隣町から補給する、それでも足りなければ州から、というように広げていくための相互支援であり、そのためのマネジメントの標準がICSです。
これまでは国を超えた支援というと人道的なケースでしたが、それには先進国同士が対等の立場で助け合う相互支援モデルが必要です。米国はすでに危機管理が進んでいるオーストラリアとの取り組みをスタートし、民間レベルでも相互支援できる方向で進めています。
また、IIGRでは、新アメリカ安全保障センター(CNAS)*1 と共同研究(U.S.-Japan alliance action plan for all-hazard emergency management)し、「一緒に訓練し、一緒に教育を受け、同じ知識・スキルを持つ人材を育てることで協働しやすくなる」と結論付けています。先進国間の相互支援の実践に向け、日頃から合同教育・訓練する新たな支援モデルが今後つくられていくでしょう。
2018年4月に中国が中国版FEMAともいえる組織を設立しました。韓国のブルーハウス(青瓦台)に米国人専門家が招かれるなど、アジアでも積極的な取り組みが進んでいます。日本もこの動きに遅れることなく参加していけるとよいと思います。
白井:災害が頻発しているせいか、われわれは少し鈍感になっているかもしれません。どんなに被害が大きくても、大型台風だから、最大震度7だから、想定外の豪雨だから「仕方ない」と考える人は多いと思います。
深見:「仕方ないことではない」と気付いていただきたいのです。西日本豪雨にしても、国は治水整備に莫大な資金を投入してきたにもかかわらず、多くの人命が失われたのは残念としか言いようがありません。
日本の危機管理は、これまでの文化・価値観へのチャレンジが必要です。1人でも多くの命を救い、少しでも経済的ダメージを減らすために何をすべきなのか、判断の分かれ目にきています。
白井:企業にとって、自然災害に見舞われたときの事業継続が大変重要です。グローバル企業は、国・地域を超えて生産工程を分業するサプライチェーンを構築しています。本社や自社の事業拠点が所在する国だけでなく、供給元や納品先の国で発生するリスクについても考慮するなど、地理的に広範・複雑な危機管理が必要となります。グローバル・サプライチェーンの安全保障をどう担保するのか、またIT化が進むなかで、どのようにデータのバックアップ体制を構築するのかなど、さまざまな課題を抱えています。現在、大企業の8割、中堅企業の4割、中小企業の2割がBCP *2を策定済か策定中との調査結果がありますが、日本企業の災害対策についてどう思われますか。
現在は西海岸のサンフランシスコ、L.A.、シアトルなどに導入されており、日本でもこの技術を活用できるとよいのですが、現状ではデータが揃っていないので難しい状況です。災害関連のデータベースがあれば、「自分の身は自分で守る」ことも楽にできるのではないでしょうか。例えば、アプリケーションを使い、地域の歴史や地理的な特徴、経済的な分布など、多重的なデータを基に自分で簡単にリスクアセスメントできるようなサービスが近い将来出てくることを期待しています。
白井:自分の住む場所だけでなく、出張、旅行先でもデータを入手でき、ホテルで避難口をチェックする感覚でリスクアセスメントする時代もそう遠くないかもしれません。ほかにも、ITを活用して現場作業員の位置情報を常に把握できるようにするなど、さまざまなことが考えられます。
深見:米国では郡レベルでエマージェンシー・オペレーションセンター(危機管理センター)があり、ネットワーク化されています。いわゆる対策本部で、緊急時には消防、警察などに加え、水道、ガス、学校、道路交通関係、医療、福祉からの代表者が集まりますが、平常時でも24時間稼働しており、フルタイムでスタッフが勤務し、日々起きた災害や事件・事故などを規模に関係なくデータ化しています。同センターのウェブシステムは郡レベル、州レベル、連邦レベル、そしてFEMA、ワシントンD.C.とネットワークでつながっており、各職員は携帯端末やパソコンからそのデータベースへアクセスし、情報を共有できるシステムになっています。日ごろの活動が災害時に生かされるのです。
白井:本日はお忙しいところお時間をいただきありがとうございました。
深見:こちらこそありがとうございました。
今回は、災害時の危機管理をご専門に研究・教育・コンサルティングと幅広く活動されているIIGRの深見氏に、米国での危機管理への取り組みや日米の比較、先端技術の活用の事例など、多面的な観点からお話を伺いました。世界的に自然災害の深刻さが増すなか、適切な人材配置や、国・企業の境界を越えて連携していくことの重要さ、危機管理のプロフェッショナル育成の必要性など、大変示唆に富むお話を伺いました。企業にとっての危機管理の重要性についても改めて実感いたしました。