研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対談
経済再生を目指す安倍政権は、金融政策、財政政策に続く「アベノミクス」第3の矢となる成長戦略において、女性・若者の活用、企業・農業の活性化、電力制度改革やインフラ整備の推進など、さまざまな取り組みを進めています。一方、外交面では、中国などの新興国の国際社会での影響力が増す中で、日米関係の重要性は従来以上に高まっています。 そこで今回は、今後の日米関係の視点から、経済、外交、エネルギー政策など幅広い分野について、東アジアの安全保障政策の専門家であり、知日派としても知られるマイケル・グリーン氏にお話を伺いました。
米国ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)博士課程修了。SAIS助教授、防衛分析研究所(IDA)研究員、米国国防長官室アジア太平洋局上級顧問などを経て、2001年に米国国家安全保障会議(NSC)日本、南朝鮮、オーストラリア、ニュージーランド担当アジア部長に就任。さらに2004年~2005年まで同アジア担当大統領特別補佐官兼上級アジア部長を歴任。日本には5年間の滞在経験があり、その間、国会議員秘書などを務め、日本語にも堪能。現在は、戦略国際問題研究所(CSIS)上級副所長/アジア・日本部長、米国ジョージタウン大学准教授として、引き続きアジア・太平洋地域の安全保障問題に取り組んでいる。
主な著書に、『日米同盟-米国の戦略』(勁草書房)、『日中もし戦わば』(文藝春秋)など。
川村:戦略国際問題研究所(CSIS)は、外交や安全保障分野を中心に米政府に向けて重要な政策研究や提言などを行う有力なシンクタンクですが、上級副所長をされておられるグリーンさんから改めてCSISの概要を簡単にご紹介いただけますか。
グリーン:米国では、現在約1,500のシンクタンクが活動しています。ペンシルバニア大学が毎年発表している「世界有力シンクタンク評価報告書」では、CSISは外交・安保の分野で昨年、今年と2年連続でナンバーワンを獲得し、全世界で最も影響力を持つシンクタンクとして特別賞を受賞しています。
CSISが有力である理由は、まず共和党、民主党、無所属といった党派を超えた専門家が顔を揃えていることです。政権が民主党、共和党のどちらに変わっても、CSISの研究は常に注目されています。CSISのように中立的な観点から分析を行う非イデオロギー系シンクタンクは、他にブルッキングス研究所、外交問題評議会(CFR)など、限られています。米国ワシントンDCを本拠地とするCSISには、官界、財界、学界出身の広範な専門家がいますので、彼らと連携することで実務的な研究や具体的な政策提案が可能です。提言内容が政府や民間企業などの実践しやすさに重点を置いている点も強みです。この40年間、こうした活動を継続してきたことが高い評価につながっています。
川村:グリーンさんは、東アジアの政治外交、特に日本の安全保障政策の専門家ですが、なぜ日本の安全保障をご自身の研究の中心に据えようと考えられたのですか?
グリーン:私はワシントンDCで生まれ育ちました。政治を身近に感じる中で、政府の仕事に携わりたいという気持ちは若い時からありました。母は結婚するまで国務省で外交官を務めた経験があり、欧州の専門家でイタリア語が堪能です。父も海兵隊の大佐で、弁護士として法務省に勤務していましたので、自分もそういうキャリアへ進むイメージを持っていました。ただ当時はアジアや日本の専門家になるという考えは全くありませんでした。
大学では欧州と米国の歴史を専攻し、4年の時に外交官試験に合格しました。当時は冷戦時代でしたから、欧州に赴いて冷戦の“サムライ”として戦おうと思っていました。若い頃に読んだジェームズ・クラベル著『Shogun』のようにです(笑)。その前に一度、アジアの文化を経験したい、本当のサムライを見たいと思いまして、当時の文部省英語教育プログラム(MEF=JETプログラムの前身)に参加し、1983年から2年間、静岡県に滞在しました。それまで日本の知識はあまりなかったのですが、ここで日本での生活を体験したことがきっかけとなり日米安全保障について考えるようになりました。当時の米国では日米安保の重要性があまり理解されていませんでした。私は、将来、米国の国益を支えるのは欧州よりアジアではないか、その中心は日本ではないかと考えるようになり、外交官になるのをやめ、米国に戻って博士課程に進みました。1987年から1990年には東京大学に留学し、日本の安全保障と国内政治の2つのテーマを研究しました。やはり政治を理解しなければ日米安全保障のフィロソフィーは理解できません。留学中は日米関係、特に安全保障分野で活躍されていた故椎名素夫代議士の秘書官も務めました。
過去の世論調査では、米国の国益にとって最も重要な地域は欧州であるという意見が大多数でしたが、2年ほど前からアジア重視に世論が変わりつつあります。結果的に25年前の私の主張に追いついてきたというのが実感です。
川村::昨年12月26日に第2次安倍政権が発足しました。これまでを振り返って、安倍政権の外交政策が、特に日米関係についてどのような影響を与えるとお考えでしょうか。
グリーン:私は2001年から2005年までブッシュ政権で国家安全保障会議(NSC)のアジア担当を務めました。当時、第3次小泉内閣で内閣官房長官だった、安倍首相の評判は米国政権内では高かったですね。日米安全保障重視の外交、米国と共通の価値観を持った外交をされていたからです。民主主義という共通価値観を持つ日本と米国が協力して、アジア地域の安全保障のルールづくりをうまく展開すれば、中国を含むアジアにおいて平和的な国際関係を築いていくことができます。 オバマ政権は、これまで麻生政権を除けば民主党政権との外交経験を重ねてきたので、当初は安倍首相についての印象はあまりありませんでした。しかし、今年2月の日米首脳会談で、安倍首相には実行力、政治力がある、という印象をオバマ政権は持ったと思います。ワシントンではその後、長期政権になる可能性が高いという認識が広がりました。
川村::安倍内閣には、「空疎な百の言葉よりも意味ある一つの結果」というスローガンのようなものがあります。
グリーン:実際、TPP交渉参加などの取り組みは、日米安全保障によい影響を与えるでしょう。個人的には、安倍政権の政策の成否のカギを握るのは経済力の復活であると考えています。経済力がなければ外交戦略も立てられません。政権がどのように政策の優先順位づけをしているかを見ることは、長期政権になるかどうかを窺う上で非常に大事です。経済政策を最優先している第2次安倍政権は日米関係にプラスになるという見方が有力です。
川村::特に日本は経済で成り立っている国ですから、経済を復活させなければ始まりません。
川村:ところで日本の環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加は、経済発展において大きな意義があり、日本にとって第3の開国という意味もあります。加えて、アジア太平洋地域の安全保障の安定化という点からも大きなプラスになると思います。そのような意味合いも含めてTPP交渉参加の意義は大いにあると思うのですが、グリーンさんのお考えはいかがですか。
グリーン:日本のTPP交渉参加の決定経緯についてですが、まず日本のマスコミが報道しているような、米国からの外圧はほとんどなかったと思います。オバマ政権としては、日本にやる気がなければ別に構わないという、私に言わせれば、少し冷めすぎている印象を持っていました(笑)。
先ほど、川村会長が言われたように、アジア太平洋地域の安全保障上の面からも、日本のTPP交渉参加の意義はとても大きいと思います。
もちろん、日本と米国にとって、協定締結は中国などTPPへの参加を表明していない国との経済交流がなくなることを意味するものではありません。安全保障条約のように、国家間で同盟を結んで特定の国を排除するような概念は、グローバル化した経済の世界には当てはまりません。TPPや自由貿易協定(FTA)は本来、国家間の経済面での競争を促進するものであり、そのことは地域全体の経済発展にもつながっていくと考えます。日本はTPP交渉に参加することで、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉への影響力も大きくなるでしょう。さらにTPPとRCEPによってEUとのFTA交渉にも影響力を発揮できるでしょう。つまり、さまざまなFTAに積極的に参加するほど、自国の交渉力が強くなっていくわけです。現在、FTAを通じた日本の貿易は全体のわずか16%程度です。それに比べて韓国は約38%ですから、FTAを通じた国の経済的競争力という観点から見れば日本は遅れています。
川村:ビジネスの面でも韓国にずいぶん先を越される場面が増えてきています。ですから、我々としてもしっかり国を開いていかなければならないと思っています。先ほどの話に加えて、TPP交渉参加が果たす役割は国内においても大きいと思います。これまで足かせとなっていた厳しい規制を緩和する、あるいは規制そのものをなくしてしまう、そういう可能性も出てくるからです。
グリーン:そうですね。実は米国は北米自由貿易協定(NAFTA)など、ある程度の経済規模のある国とは既にさまざまな協定を結んでいるため、TPPにはそれほど興味がなかったのです。ところが大きな市場を持つ日本の交渉参加を受けて、米議会のTPPへの注目度が高まりました。当然、自動車部品メーカーなど反対派もいますが、利益団体の8割は賛成のスタンスを取っています。日本がTPPに参加して経済を復活させるのは米国にとって戦略的な面でも重要ですし、新興国によくみられる国家資本主義などに対抗した共通のルールづくりにも日本の力は必要なのです。
川村:日本は軍事力もないですし、資源国でもありません。ですから世界で戦っていく道は経済力しかありません。そのためTPPは絶対的に必要だと考えています。グリーンさんが言われたように、TPPだけではなくてRCEP、さらに欧州との経済連携協定(EPA)など、全て並行して進めていかなければなりません。
川村:安倍政権は“3本の矢”を柱とする「アベノミクス」で経済再生を目指しています。そして金融政策、財政政策に続く第3の矢として「成長戦略」を位置付けています。こうした戦略を実効性のあるものとするためには、どのような取り組みが政府に求められるとお考えですか?
グリーン:ご存知のように、アベノミクスの3本目の矢は日本にとって中長期的に最も重要です。最近のマーケットの反応を見ると、安倍政権は、より具体的な戦略を打ち出すべき時期に来ていると思います。例えば、規制緩和措置についてもっとはっきりとした説明が必要ですね。それから、法人税の引き下げです。日本経済が成長するには海外企業からの直接投資は欠かせません。実効税率の削減は短期間で効果が出てくるはずです。もちろんインフラおよび農産物の輸出や、医療制度改革、女性の活躍促進など、成長戦略を支える他の要素も重要ですが、これらの政策は成果が出るまでに時間を要するでしょう。
川村:グリーンさんがおっしゃる通り、規制改革に加えて税制改革も大きな課題です。現在の法人税は米国と同じくらいですが、日本が海外企業からの投資に開かれた国であることを示す税制も実現しなければなりません。
グリーン:それからもうひとつ、米国企業のトップとの意見交換などで必ず話題に上がるのが、欠損金の繰越し(キャリーバック)についてです。先日、前米国務次官補のカート・キャンベル氏と2人で日本経済新聞に論説を発表したのですが、日本は他の経済協力開発機構(OECD)加盟国に比べて欠損金の繰越期間が短く、税金の徴収が非常に早いのです。イギリス、フランス、ドイツ、シンガポール、香港は無期限ですし、米国は20年。企業の欠損金の繰越期間と、繰戻し還付する期間を延長すれば、海外からの投資の障壁はなくなります。
川村:安倍内閣からは、成長戦略の詳細に関してかなりの資料が発表されており、それを読むと具体的な項目も出されているのですが、政策の検討時間が限られていたこともあり、全ての項目を成長戦略に盛り込むことは難しかったようです。それでもグリーンさんが指摘されたように、政府としてもう少し改革できるのではないか、そういうところはまだ残っていますね。企業が成長していくためには新事業の創造が必須ですし、自由な企業活動のために規制緩和も欠かせません。マスコミの言葉で「岩盤規制」と言いますが、農業、医療や労働条件に関するどうにも動かし難い規制が今も残っています。これらの規制を打ち破るような大胆な政策が出てくると経済界もさらに活気が出てくると思います。
グリーン:政策に対する現在のマーケットの反応は良いとは言えませんが、成果が出るのはこれからですし、経済界でも成長戦略への期待は大きいのではないでしょうか。
川村:もちろんそうです。1~3月期のGDPは年率換算で4.1%増となり、おそらく先進国では一番高いのではないかと思います。4~6月期のデータはまだ出ていませんが、消費者期待指数などの先行指標を見ても上向きです。
グリーン:今回の日本滞在は2カ月ほどですが、外を歩いていると、財界人だけでなく一般市民の顔にも自信が戻ったような雰囲気を感じますね。安倍政権の政策に不満があれば当然支持率が落ちるわけですから、今後も経済成長に向け、さらに具体的な案が出てくるでしょう。
川村:国民もそう思っていますし、内閣も秋の臨時国会を「成長戦略実行国会」と位置付け、成長戦略を実行に移すための関連法案の制定を目指すと表明しています。
グリーン:言うまでもありませんが、日本の経済成長のためにも、日米安全保障のためにも、長期政権であることは大前提になると思います。
川村:このあたりで、経済を支えるエネルギーについてのお話も伺いたいと思います。米国では本格的なシェールガスやシェールオイルの生産が始まり、エネルギー自給率の向上とともに中東へのエネルギー依存度の低下が予測されます。外交、経済政策など、さまざまな方針が転換するほどのインパクトがあると思いますが、これについてはどのようにお考えですか。また日本への影響についてもお聞かせください。
グリーン:米国政府は、70年代から「エネルギー・インディペンデンス」実現を公約していましたが、実際は理想上の話でした。シェール革命が起こり、米国の理想が見事に現実化したのです。国際エネルギー機関(IEA)の分析では20年以内、また別の分析では10年以内に米国のエネルギー供給は石油輸入に依存しなくなるといわれています。このことが今後の米国の外交および安全保障上の戦略に大きく関わってくることは間違いありません。
とはいっても、エネルギー輸入の必要性が低くなったという理由で中東外交から撤退するようなことはないでしょう。日本、韓国、欧州など、米国と密接な関係を持ち、中東からエネルギーを輸入している国・地域がある以上、国際的な社会システム全体の安定を保つために前方展開(Forward Deployment)を維持することは必要だからです。米国では、エネルギーの国内安定供給を優先するため対外輸出に厳しい制限がありますが、ご存知のようにオバマ大統領は今年5月、シェールガスをはじめとする米国産天然ガスの日本向け輸出を許可しました。経済界では、シェールガスの輸出は雇用や設備投資などのビジネス機会を生み出すと考え、GEのイメルトCEOは輸出許可が発表される前から賛成意見を表明していました。石油化学関連の企業は輸出による天然ガスコストの上昇を嫌って反対していましたが、GEの影響力が大きく、最終的に今回の許可につながったといえます。日本からシェールガスに投資する機会も生まれますし、日米経済協力の面でもプラスになるでしょう。シェールガスに加えて、日本は米国アラスカ州のLNG(液化天然ガス)にも注目するとよいのではないでしょうか。アラスカ州には米国最大規模のプルドーベイ油田があり、石油減産を背景に新たなLNG開発計画が動き出し、エクソンモービルなど石油大手3社が大規模な開発プロジェクトを推進しています。パイプラインや液化プラントの整備などに時間はかかりますが、アラスカ州はアジアの天然ガスの需要拡大に期待しています。日本、韓国、台湾などに輸出する計画もありますし、日米LNG同盟のような協力関係を築くチャンスだと思います。
川村:それにしても、国の消費量の100年分、200年分というレベルのシェールガス、オイルの埋蔵量があるとは、日本のような資源のない国から見ると本当に羨ましいですね。ガス、オイルの赤字が解消するだけで経常収支は大幅に改善し、米国内での設備投資拡大など、製造業の米国回帰といった動きも出てくるのではないでしょうか。
グリーン:シェール革命は米国の競争力の復活に貢献すると思います。ただ、米国も日本と同じように規制緩和をしなければ製造業の復活は限られてしまいます。特に環境に関する規制や医療保険制度の改革など、課題はまだまだ残されています。
川村:話は変わりますが、現在、日立の取締役14人のうち、外国人が4人です。米国で仕事をしていた人が2人、他に英国人とシンガポール人がいます。米国で仕事をしていた人たちは、米国人がアグレッシブであるのに対し、日本人は非常にマイルドだと言います。彼らの言葉で言うと、日本人はアントレプレナーシップに欠けていて、もっとアグレッシブな提案をするようでなければ日本の企業は強くならない。日本の中で静かに暮らしてきたことが、今や弱点になっていると問題提起されました。私も確かにそうだと納得し、さまざまな課題の改善に取り組んでいるところです。日立は、日本の中で競う「国体」だけでなく、「オリンピック」に出場して、世界の強力なライバルを相手に戦う企業を目指しています。日本人の気質をよく知っておられるグリーンさんは、日本人と米国人のパイオニアスピリットやアントレプレナーシップの面での意識の違いをどう見ていらっしゃいますか。
グリーン:政府の外交戦略にしても、企業の事業戦略にしても、自国の文化の強みを活かす方法が一番よいのではないでしょうか。日本は、社員1人ひとりにアグレッシブさがなくても、企業として提案する際には頑固なところを見せ、協力関係に欠かせない柔軟性も持ち合わせています。そういうところが日本企業の強さだと思いますね。もし日立の社員1人ひとりがアグレッシブになったら、逆効果を生むこともあるかもしれません。日立は全体の4割強が海外の売上ということですから、国際市場で社員が活躍できるような社内環境は大切だと思います。他の企業に比べても外国の大学を出ている新人の割合は多いと思いますが、国際的な人材をもっと増やす必要性が高くなってくるでしょう。国際マーケットで競争力を持つためには、やはり英語が話せることは大事ですし、海外での生活あるいはインターンの経験があり、社会人としてのスキルを備えている人が戦力の中心となると思います。もちろん、日本の企業が誇る品質管理の高さや、チーム力など、そういった企業文化を守りながら国際競争力をつけていってほしいですね。
川村:グリーンさんのおっしゃる通りで、日立は今、そういう方向で人事制度の改革にも取り組んでいます。現在、世界の日立グループ全体の従業員数は32万人、そのうち12万人は外国人です。レベルの高い外国人の発掘や、今お話に出たように米国やアフリカなど海外の大学からの新人採用、若手社員の海外派遣などを今後はもっと意識的に進めていく予定です。例えば、職場において外国人社員からの重要な提案が増えれば、会議でも全員が自然に英語でディスカッションするようになっていきます。外国人社員と同様に、女性がそういう立場で活躍すると、女性ならではの従来とは異なる視点での議論が進むなど似たような変化が起こります。つまり均質な職場だったところにダイバーシティが出てくるわけです。
グリーン:安倍首相も「ウーマノミクス(Womenomics)」という言葉を使うようになってきましたね。ゴールドマン・サックスなどの調査レポートが、働く女性の増加が経済に与えるインパクトを分析しています。女性の就業率が男性と同水準まで上昇した場合、日本のGDP水準を15%程度押し上げるといいます。さまざまな要因はありますが、まだ働く女性のパワーが十分に活かされていないという感じがしますね。
川村:日本では働く女性が出産を機に離職することが多く、政府は保育施設を整備するなど、20代後半から30代の女性の就業率低下を改善しようとしています。
グリーン:米国のシリコンバレーでは、社員の子どものための保育施設を設置する企業も多いですし、ある企業では犬などのペットも預かってくれます。企業にとって人材は最も重要で、育成には長期的な投資が求められます。でも米国の企業には、日本のように入社時から社員を長期間で育てていくような感覚はありません。米国にある日本企業の工場などで働く労働者たちは、日本の企業は人を大事にするということを知っています。実際、私の友人もそういうイメージを持っていて、日本企業で働きたいという人もいます。こういう日本のソフトパワーはものすごく重要です。例えば、信頼できる国はどこかという米国のアンケート調査では、英国、カナダ、それに次ぐのが日本です。同じ民族や英語を話す国を別にすれば、ナンバー1、2の位置にくることからも日本のソフトパワーの強さが分かります。またBBC放送が全世界を対象に行ったアンケート調査からは、日本が非常に国際社会に貢献しているという強いイメージを受けます。これは外務省というよりも民間企業の活躍による結果だと思います。
川村:確かに人を大事にする企業は強いです。そもそも企業というのは“人財”で成り立っているもので、長期的な企業の成長戦略というのはイコール人財戦略であり、新人を採用し長い時間をかけてしっかり育てていくのが基本です。しかし、人を大事にするということは、逆に言えば人を甘やかすという面もあります。今の日本企業のシステムには、能力に関係しない年功序列であるとか、終身雇用による行き過ぎた安心感など、いろいろな問題点が残っています。日立も人事制度を能力本位型に変えて、頑張る人がきちんと見返りを得られるようなシステムを構築しなければいけないと考えています。こうしてみると、日本は米国の企業に、米国は日本の企業に近寄ってきているように感じますね。例えば、昔から日本の企業は盛大に儲けることを良しとしなかったので、利益率が低いのです。日立の利益率も、米国の同業トップレベル企業の半分程度です。しかし、最近はしっかり稼いで、税金を多く払って、従業員の給料を上げるということを強く考えるようになりました。そのような形で社会に還元していくことが企業の目的に適っていると思うのです。
グリーン:そうですね。きちんと利益を出した上で社会に還元していくことは、グローバル企業にとって避けられないことだと思います。
川村:最後に、米国の対アジア政策に大きな影響力を発揮してこられたグリーンさんの、今後実現したい夢をお聞かせください。
グリーン:今、世の中で何よりも懸念されているのは、米国経済が復活できるかどうかです。私はそれができると思っています。そして、スピード感を持って経済を復活させ、米国の防衛費削減によって発生している抑止力の低下を防がなければなりません。また日本経済が復活し、日米同盟を強化することも私の当面の夢です。国際社会において中国などの新興国の影響力が増す中で、先進国であり同盟国である日米両国の関係の強化が一段と重要な時期にきています。中国の社会システムが安定的に変化を遂げ、アジアで協力的な国際関係が構築されていくことが私の夢です。個人的な夢はいろいろあります。例えば、息子がアメリカンフットボールのスターになることです(笑)。
川村:本日はお忙しいなか、ありがとうございました。
グリーンさんは東アジアの政治外交、特に日本の安全保障政策の専門家で、長年、日米同盟関係の強化に向けて尽力されてきました。今回は、日米同盟強化に向けた政策提言を目指す「日米戦略ビジョンプログラム」参加のために来日された機会に、対論に応じていただき、日本の成長戦略、米国のシェール革命、米国経済復活の可能性、そして日米企業の人事制度まで非常に多岐にわたるトピックスについて、議論をさせていただきました。経済再生、TPPへの参加など日本にとって重要な政策課題に積極的に取り組むことが今後の日米関係強化において重要である、というグリーンさんの指摘は、日本企業にとっても非常に心強く感じました。また、日米関係の強化や米国経済の復活に伴い、日立の米国あるいは米州全体とのビジネスも再度見直しが必要だと感じました。