研究活動などを通じ構築したネットワークを基に、各分野のリーダーや専門家の方々と対談
地政学的リスクの高まり、社会的な混乱が続く中で、EUや米国では自由貿易、移民の受け入れに反対する勢力が台頭しています。
グローバル化への反発が広がり、各国で国民が内向きの政策を求めるようになっています。
今回は、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院の学長であるジェームズ・スタヴリディス氏をお迎えし、
地政学的な視点からみた今後の世界、グローバル企業の未来について考えます。
(この対論は、2016年米国大統領選挙の投票前日11月7日に米国で行いました。)
タフツ大学フレッチャー法律外交大学院(1933年設立)学長。
元米国海軍大将であり、2009年から2013年までは
北大西洋条約機構(NATO)欧州連合軍の最高司令官を務めた。
2006年から2009年までラテンアメリカで米国南方軍を指揮。
フレッチャー法律外交大学院にて博士号取得。
優秀な学生に贈られるGullion賞を受賞。
これまでに著書8冊、150本以上の論文を執筆。
21世紀におけるイノベーションや戦略的コミュニケーション、
国際連携・省庁連携・官民連携による安全保障が主要テーマ。
白井:長年にわたるグローバル化の進展の中で、各国で経済格差と移民問題が深刻化しています。移民受け入れの制限を求めた英国のブレグジット(Brexit)*、移民政策と自由貿易が激しい議論となった米国大統領選挙、そして欧州で勢いを増す反EU政党の台頭などはその顕著な例です。
今、グローバル化は厳しい苦難に直面し、退行しているようにさえ見えます。今日は米国大統領選挙の前日というとても微妙な時期ですが、世界の長期的な展望についてお話を伺いたいと思います。
初めに、グローバル化についてですが、歴史的にみると、1980年代初めから「レーガノミクス」に代表される経済自由化の概念が世界に広がりました。特に冷戦終結後は、グローバル化の動きが加速し、多くの自由貿易協定や地域経済統合が進みました。グローバルに貿易が拡大し、各国の経済成長率も上昇しました。企業もグローバルに事業展開することにより利益を拡大しました。しかし現在は大きな反動に直面しています。移民政策への不満、失業率の上昇、所得格差の拡大など、さまざまな問題が顕在化しています。グローバル化の勢いを再燃させることができるのか、あるいはこの先も後退は避けられないのか、についてどのようにお考えですか。
スタヴリディス:私たちが認識する「グローバル化」の概念にはヒトやモノの国境を越えた自由な移動、国際的な貿易、物流を含みます。国境を越えた取引で利益を生み出す国家間の貿易協定、国連、世界銀行、国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)のような国際機関、またNATO(North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構)のような安全保障を担う組織の活動も含みます。グローバル化の歩んできた道は、今後も継続し、ますます拡大していくと思います。
グローバル化を一つの波として考えると分かりやすいと思います。上昇、下降を周期的に繰り返しながら、長期的には今後も拡大を続けていくと私は考えます。日本の歴史を振り返ってみてください。数世紀もの間、日本は鎖国政策によりグローバルな近代化社会から隔離されていました。しかし、その後は世界へ門戸を開き、グローバルに大きな役割を担う国となりました。
これは欧州、米国にもいえることです。欧米社会は200年にわたりグローバル化を軸に成長を続けてきました。その間、動き出しては少し止まる、という周期が何度も繰り返されてきたのです。今は反グローバル化の圧力を受けていますが、グローバル化の流れが突然逆行するとは考えられません。グローバル化は多くの人に多大な利益をもたらしているからです。中には損をする人々もいるでしょうが、時を経れば、先ほど申し上げたグローバル化の概念に基づき、より多くの人が広範囲に利益を得ることができます。戦略的にみて今後もグローバル化は継続すると思いますが、再び強固な動きとなるまで3年から5年くらいかかるでしょう。
白井:グローバル化の進展とともに、日本や米国、ドイツのような先進国は貿易を拡大し、長期的に経済成長を続けてきました。発展途上国にも同じように大きなチャンスがあります。発展途上国は自国に十分な自己資金がなくても、他国から投資を受けることが可能となりました。しかし、ここにきて米国やドイツ、英国の人々の関心が内政問題や日常生活の不満へ変わりました。政治指導者はこうした国民感情を変えることができるのでしょうか。反グローバルリズムの波に打ち勝つには、どのような政策やアプローチが有効とお考えですか。
スタヴリディス:国民が世界貿易への理解を深めるために、政治指導者が取り組むべき重要な点が三つあります。第一は、世界貿易の恩恵を受けていない人へのサポートです。例えば、産業が国外に流出したことで、工場労働者は工場が閉鎖され職を失いました。これらの人たちには、今後役に立つ再教育プログラム、あるいは新たな職業訓練プログラムが必要です。今までとは異なるスキルを習得することで、新しい仕事や生活にシフトするための有効な方法を見つけることができるでしょう。
第二は、TPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋戦略的経済連携協定)のような協定を締結することにより、良い事例をつくることです。TPPは、地政学的にも安全保障面においても非常に重要な経済協定です。アジアの安全保障の基盤となる日米同盟をより強固にしますし、中南米や他のアジア諸国を同盟関係に呼びこむことができます。自由貿易協定において強固なグループを築くことは、安全保障面でも大きな利益を生みます。政治指導者はその有効性を国民にしっかりと示さなければなりません。第三は、実際の統計データと経済分析を駆使して自由貿易協定 から得られる利益の全体像を国民に明確に提示することです。これが最も重要で先ほどの工場労働者のように打撃を受ける人もいますが、より効率的かつ経済的な物資の流通により、全ての国民が消費者として恩恵を得られます。価格が下がり、品物を手に入れやすくなるでしょう。自由貿易は各国の経済を活性化し、輸出入を活発化するのです。
同時に、政治指導者は徹底して討論を重ね、国民に自由貿易の意義を理解してもらう。自由貿易が理にかなっていることを実例で示すのです。それがグローバル化推進の重要なカギとなります。
白井:反グローバル化の動きは各国の内政にどのような影響を及ぼすのでしょうか。移民受け入れの不満が引き起こす社会的な混乱や怒り、不和と分裂を生み出す敵対的な発言をどうすれば回避できるのでしょうか。
スタヴリディス:それは実に重要な問題です。グローバル化のもう一つの大きな要素が移民問題だからです。
米国の政治指導者には、毎年この国へ渡ってくる移民たちの成功例を積極的に取り上げてほしいです。彼らは小さな商売を始め、生産的な労働者となり、良い家庭を築きます。移民に関してネガティブな話題は一握りであり、それをはるかに上回る数のサクセスストーリーがあるのです。移民に関するポジティブな話題が米国のパワーとなり、アメリカンドリームとなり、私たちが理想とする社会を支えます。こうしたストーリーが先ほどの自由貿易に関する議論と同じくらい国民に伝えられるべきなのです。
白井:現代は、経済と国家安全保障は密接な関係にある時代です。米国は「世界の警察官」としての役目を終わらせようとしているようにみえます。国民感情が変化し、米国の若者がシリアやイラクのような紛争地へ赴くことに懸念が広がっています。
「世界の警察官」がいなくなった世界では、今まで以上に協力的な行動を約束する同盟国が必要となります。日本も含めたNATOのような同盟です。米国は国際的な安全保障において中心的な役割から外れても、諸外国をまとめる同盟国と協力関係を築いていけるとお考えですか。
スタヴリディス:私も米国が「世界の警察官」であるべきとは考えません。それは米国人の仕事でも役割でもなく、そのための人材も、願望もありません。米国はこの10年間にイラク、アフガニスタンでの二つの戦争に苦しみました。約6,000人もの米国人兵士の命が失われたことにより、米国社会は「世界の警察官」であることへの熱意を失ったのです。ただ、今後も米国は各国との共同体的な連携を通じて良い成果を得られるよう、リーダーシップを取り続けていくと確信します。
例えば、現在の過激派組織「イスラム国」に対する戦いでは、米国はイラクやアフガニスタンのような10万~15万人規模の兵士は配備しないという声明を出しています。その代わり1万~1万5,000人程度の米国人部隊に、欧州、アラブ、アジア諸国、オーストラリア、ニュージーランドからなる有志連合が加わり、合同作戦を展開しようとしています。米国には合同作戦を執行する力と強い意志があります。安全保障を確保するためには各国が協力し、NATOや国連安全保障理事会のような国際機関の力も必要です。国同士の協力関係や国際機関を通じて軍隊を活性化させ、集団的安全保障の道を探らなければなりません。
白井:1980年代、1990年代と比較して大きく変化したのが中国です。中国は米国に追いつこうと経済的影響力を拡大し、南シナ海では軍事的なプレゼンスを一層強化しています。また、「一帯一路」構想を提唱し、アジアインフラ投資銀行(AIIB:Asian Infrastructure Investment Bank)を創設して新たな経済秩序を築こうとしています。習近平国家主席が率いる中国は、この先5年、10年でどのように変わっていくのでしょうか。
スタヴリディス:興味深い質問ですね。私は習近平政権の中国が長い期間続くと考えます。自ら権力を手放すとは思えません。習近平国家主席には長期的な展望があり、自分自身で舵を取る姿が見えているはずです。最近の声明からも、軍事的、政治的なプロセスにおいて、長期にわたり自ら携わっていく意思を感じます。
中国が南シナ海での活動をより積極的に展開していくのは確かです。中国は米国をアジアから追い出そうとしているのでしょう。まさに米国と日本を分断しようとしているのだと思います。また、中国が朝鮮半島の統一に向けたアクションを起こさないことも明らかです。これは東アジアが、しばらく厳しい環境にあることを示しています。
白井:米国と中国のパワーバランスが変化していくことについてはどうお考えですか。米国は中国と政治的、経済的なバランスを保てるのでしょうか。
スタヴリディス:米国は中国に軍事的手段を用いずとも、正しい外交、政治、経済的手段を活用して対応していけばよいと思います。しかし、それには関係国全ての協力が必要です。アジアにおいては真の同盟関係を、関係国リストの一番先頭である日本はもちろんのこと、オーストラリア、ニュージーランド、ベトナム、最近何かと議論を巻き起こしているフィリピン、そしてマレーシアも含めて構築する必要があります。米国と協力し、東アジアのパワーバランスを安定させたいと考える国はたくさんあります。
特に、経済的手段は非常に大きな影響力を持ちます。だからこそTPPはとても重要であり、私はオバマ大統領が任期を終える前に米国議会で承認されることを切に願っています。TPPは参加国にとって非常に優れた地政学的な基礎となるからです。
また、米国と中国が全てのレベルで日本と協調し、軍事的手段を必要としない確固たる関係を構築するには民間レベルの文化的交流が有効だと思います。私は楽観主義者かもしれません が、中国との安定的で積極的な関係を米国が維持していくことを注意深く見守っていきます。これはとても挑戦的で意義のあることです。
白井:経済的観点から、中国、ASEAN諸国、インド、日本、韓国を含むアジアは、「世界経済の成長エンジン」といわれています。世界の成長エンジンであり続けるために重要な要素の一つがアジアの安定、つまり政治的・軍事的安定です。
スタヴリディス:そうですね。今後もアジアは経済の成長エンジンとなるでしょう。日本は生産のオートメーション、自律走行車など、テクノロジー分野でイノベーションの役割を担っています。日本の人口は減少していますが、イノベーションは拡大を続けており、それが強みになっています。
インドはその逆です。人口増加が経済活動をより進展させ、近い将来、中国に追いつくところまで来ています。人口と経済の拡大により今後も成長が続くとみています。
中国は市場自体が巨大であり、今や世界第2位の経済大国となっています。成長速度が減速したとしても、巨大なパワーを持ち続けるでしょう。アジアの中でも特に注目しているのがベトナムです。ほかにフィリピン、マレーシア、インドネシアといった国々も挙げられます。これらの国の経済・社会は発展を続け、その潜在能力は驚くほどです。人口増加とイノベーションにより、今後もアジアは極めて重要な存在であり続けます。
もう一つ注目すべき点があります。先ほど、とても良い指摘をされましたが、この地域を考える際にはインドも重要プレーヤーに含めなければなりません。特に日本とインドの協力関係は、この数年間が重要な時期です。日本の革新的な技術力やビジネスの実績がインドの人的資源と結び付くことで、非常に強力な成長エンジンとなるからです。
白井:アジアの状況について鋭い洞察をお聞かせいただきました。一方、欧州は今、複雑な状況に直面しています。2016年の最もインパクトの強い出来事がブレグジットでした。英国の国民投票でEU離脱が勝利したことに世界が驚きました。ブレグジットに限らず、欧州諸国で反EUの動きが目立ちます。
反EUの流れにより、東欧では政治的空白が生じました。その結果、プーチン大統領率いるロシアにとって都合の良い環境となり、領土拡大の動きが活発化し、存在感の増大を招きました。最近「EUは今、三つのリスクに直面している」という話を耳にします。一つは東側から、つまりロシアです。二つ目は南側から、つまり中東とアフリカです。三つ目は内部から、特にホームグロウン・テロリズムです。欧州の現況は複雑化し、EU統合の意義が疑問視されています。EU統合を強固にするための効果的な方策はあるのでしょうか。
スタヴリディス:その前に、私はもう一つの重要課題を挙げたいと思います。それは、欧州でも私たちの国でも起きているサイバー攻撃の問題です。私たちは地政学の観点からさまざまな脅威や問題を考えがちですが、欧州が継続して解決すべき重大な問題の一つにロシアからのサイバー攻撃の存在を認識しなければなりません。先ほどの三つのリスク、南や東からの地政学的な脅威、そして国内の脅威に加え、サイバー攻撃も脅威リストに載せるべきです。
白井::欧州は今の状況を改善するために何をすればよいのでしょうか。
スタヴリディス:それには六つのポイントがあります。第一に、欧州は何よりも先に人口減少の解決策を練る必要があります。これは長期にわたって最も大きな課題です。人口減少は特にバルト諸国、バルカン諸国、イタリア、その他数カ国で顕著に表れています。こうした国々では成長を促進するための政策を実施すると同時に、より合理的な移民政策も打ち出さなければなりません。その結果、アフリカや中東から厳しい審査をパスして活気のある有能な人々が来ます。欧州では移民に対してあまり良いイメージがありませんが、人口減少に直面する今、移民政策を推進することが大きな解決策の一つになるでしょう。
第二に、欧州諸国は同盟システムについて見直す必要があります。経済的、政治的な協力関係、加えてロシアに対する地政学的な脆弱性を考えれば、大西洋をまたぐ米国との関係が非常に重要となります。そこで、私は欧州の友人たちに米国との関係維持に時間と労力を費やすよう助言します。TTIP(Transatlantic Trade and Investment Partnership:大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)という大西洋版TPPはその一環です。EUに対しても米国との自由貿易協定の締結に向けてもっと建設的に取り組むべきと伝えます。第三に、2016年10月31日にEUとカナダが自由貿易協定(FTA)に調印しましたが、EU各国の合意確認にあたり、ベルギー南部のワロン地域が反対して合意が難航したため、私たちは調印までのコミカルなプロセスを見届けることになりました。カナダのトルドー首相に対し「こちらに来て署名をどうぞ」と言ったにもかかわらず、その後EUは「少々お待ちを」と待ったをかけ、「ベルギーのワロン地域が協定合意の邪魔をしている」と言い訳し、さらに「来てください」、「いや、来ないでください」と回答を変えて調整に追われました。結局、締結にこぎ着けましたが、EUはより強固な大西洋の架け橋を米国やカナダと築けるようになるべきです。TTIPはそれに大きく貢献するはずです。
第四に、NATOは欧州で一番の防護壁といえます。東側、南側の両面において地政学的な外敵に対して最も優れた防衛手段となっています。これを引き続き活用していくべきです。
第五に、これまで以上にサイバー分野の技術革新に注力することです。私が欧州諸国に助言するなら、日本が人口減少に対応し、その代替となるロボット工学や自律制御技術の革新を進めている話をします。そこに技術的な処方箋があり、欧州にとって価値があるからです。
そして最後に、欧州にはギリシャ問題とそれに関連するユーロ問題の解決も残っています。欧州経済圏ではギリシャ問題の傷がまだ癒えていません。結局、ギリシャの負債の一部を補てんするか、あるいは一部を免除するかですが、早急に対策するほどユーロは強くなります。その決断力がないためにユーロはいつまでも停滞しているのです。
白井:EUと欧州にとっての大きな課題の一つに、プーチン大統領が率いるロシアの軍事力拡大と地域的圧力の活発化があります。EUはロシアからの圧力にしっかり対応していかなければなりません。この点からもEUは結束を保つことが重要であり、それが命綱です。欧州諸国はロシアを考慮してどのようなアクションを取るべきでしょうか。現在はロシアに制裁措置を取っていますが、これは効果的と思われますか。
スタヴリディス:欧州諸国は、ロシアのウクライナ侵略とクリミア併合を機に経済制裁を適用し、それがある程度成功して統率も取れています。これは正しい行動であり、欧州諸国が制裁措置において固く団結し続けているのは喜ばしいことです。制裁措置と原油価格の下落により、ロシアの巨額の軍事資金調達や、領土的野心の追求に大きな圧力をかけることができます。この二つがあればプーチン大統領の野望を止めるブレーキとなるのですから、欧州諸国は制裁措置において団結を続けるべきです。原油価格が今後も低価格を維持できれば、世界経済にも好ましい環境となります。
また、プーチン大統領には断固たる態度を取らなければなりません。国際法に基づき、簡単に国境を取り払い他国の一部を併合することは違法行為だと明確に訴えるべきです。制裁措置に日本が協力していることも付け加えなければなりません。私は日本のリーダーシップに感謝しています。
白井:これまでのお話の中でも少し出てきましたが、あらためて世界における日本の立場について伺います。
先日、日本経済新聞*に大変興味深い記事が掲載されました。ある人は森で大きな熊に出くわし、驚きと恐怖を感じました。しかし、もう一人は熊の後ろにいたのでそれほど怖がることはありませんでした。つまり、熊の前にいるのが欧州、後ろにいるのがアジアです。熊とは、ロシアのことです。
また別の例えでは、ある人は龍を前にして驚きと恐怖心を抱きました。しかし、もう一人は龍の後ろから尻尾を眺めているだけだったのでそれほど恐怖を感じませんでした。龍とは中国で、龍の前にいるのが日本、龍の尻尾を眺めているのが欧州です。つまり、欧州と日本の立ち位置は正反対というわけです。日本の立ち位置について、どう捉えておられますか。
スタヴリディス:もし私が日本人なら、今の二つのたとえ話は正しいと思うでしょう。熊も龍もかなり危険ですから、注意深く見守らなくてはいけません。熊や龍の前に立つのかあるいは後ろに立つのかは、どのような問題に一番注意を払うのかによって決まります。日本にとって目の前に見えるのは龍ですが、それは日本が中国との間に尖閣諸島の領有権問題を抱えているからです。しかし、ご存じの通り日本はロシアとの間に北方領土問題も抱えています。安倍首相と稲田防衛相は、日本の自衛権を活性化させるために正しい措置を取っていると思います。彼らは有能であり、専門家です。彼らの政治的資質と、米国との同盟をもってすれば、日本の地政学的立場が時に不安定になったとしても、日本は熊からも龍からも安全な状況にあると考えます。
白井:激変する世界情勢と先行き不透明なビジネス環境の中で、民間企業、特にグローバルに事業展開する企業は地政学的リスクを避けながら今後も持続的に成長していく必要があります。グローバル企業は将来も数多くのリスクに直面する環境下でどのように経営を行っていけばよいのでしょうか。特に注意すべきは何でしょうか。
スタヴリディス:今現在、多国籍企業が最も懸念すべき事柄はサイバー上にあります。サイバー上のひずみや改ざんのリスクにとどまらず、サイバー攻撃のリスクも増加しています。最近のダイン社(Dyn)に対するサイバー攻撃は、IoT(Internet of Things)をボットネットとして活用し、インターネット上のさまざまな箇所を攻撃したものでした。これは非常に大きな問題です。私は大企業にサイバーセキュリティの強化を促してきました。政府にも働きかけてサイバー分野における保護を求め、公共セクターや民間セクターと協力して防衛体制を築き、攻撃を受けた時点ですぐに気付くようにするべきです。
よくいわれるように企業には2種類あります。ハッキングされる企業、それに気付かない企業です。多くの企業はハッキングされても気付きません。サイバー分野においては知識が力になります。私が企業に対する提言リストのトップに挙げるとすれば、それは「サイバー」です。
次に、地政学的リスクについてもっと多くを語る必要があります。いずれにせよ、初めに申し上げたように長期的な流れがグローバル化と貿易拡大にある中で、企業が自国に退却するのは間違いです。
今は発展途上国の中にチャンスを見いだすときであり、私は特にサハラ砂漠以南のアフリカに注目しています。ブラジルは現在の政治課題から脱却できたときがチャンスです。トルコも政治的に困難な状況ですが、長期的にみれば上向きだと思います。欧州に目を向ければ、ポーランドにもチャンスがあるでしょう。
拡大を続ける世界市場には、グローバルなビジネスチャンスが数多くあります。ここで言いたいのは、グローバル化に対する騒々しい声や、ポピュリストの運動、否定的な解釈にもひるむなということです。長い歴史はグローバル化を支持していると考えます。
最後に、エネルギーとテクノロジーは3年から5年後に驚くべき発展をもたらすと思います。再生可能エネルギーの向上とCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)の世界的な協定により、エネルギーとテクノロジーの両分野が魅力を増しています。
懸念されるのは、南シナ海で緊張が高まり、暴発の可能性が現実味を帯びていることです。また、ロシアがサイバー攻撃を駆使して欧州各地で実施される選挙を妨害することもあり得ます。中東は残念ながらこの先3年から5年、ロシアとの合意に達するまでシリア戦争の惨禍に基づく深刻な混乱が続くでしょう。国家間の衝突や解決しなければならない多数の課題があるのは事実です。しかし、今日私たちが直面している多くの問題が、戦術的な課題は抱えているとしても、全体としては前向きな未来があると考えます。
白井:それを聞いて少し元気が出てきました。貴重なお時間を割いてお話しいただき感謝します。本日はありがとうございました。
スタヴリディス:こちらこそありがとうございました。
今回は、北大西洋条約機構( N A T O )欧州連合軍の第16代最高司令官として、欧州安全保障の最前線で指揮を執られ、「米海軍きっての天才」とまで呼ばれたジェームズ・スタヴリディスさんから、地政学的な視点からみた今後の世界、グローバル企業の未来についてお話を伺いました。歴史に照らし合わせながらグローバル化を一つの波として捉え、長期的には拡大していくこと、また各国・地域の動向と相互の関係についてのお話は大変示唆に富むものでした。企業は、サイバー攻撃や地政学的リスクに注意を払いながら、反グローバリズムやポピュリズムにひるむことなくビジネスを拡大する必要があるというお話には、大変勇気付けられました。