研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2005年12月14日
知識経済社会の本格的な到来を迎え、経営環境の急速な変化の中にあって、イノベーションを通じた企業の持続的な発展への圧力は日増しに大きくなっています。その中で企業の競争力を強化するためには、企業組織内外の知識の実効性ある活用が必須となっています。
著者は、経営における知識の活用、つまりナレッジ・マネジメントにおいて、ITの活用や、形式知・暗黙知といった理論的な取り組みの次に位置づけられる実際に役立つ方法、つまり、具体的に学習とイノベーションを促す手法として、「実践コミュニティ(コミュニティ・オブ・プラクティス)」を提示し、その概念と育成、経営への浸透・融合への手法を説明しています。
「実践コミュニティ」自体のコンセプトは既に1990年に著者により発表されておりましたが、今回、ロイヤル・ダッチ・シェル、マッキンゼー、世界銀行、クライスラーといった欧米企業の事例を交えながら豊富な事例の分析、体系化を経て出版されており、具体性があり説得力があります。また、知識は経験などの文脈を伴ったものと捉え、その蓄積、活用はIT基盤ではなく人間を中核とする考え方を米国から発信されたものとして、発表当時注目を浴びました。
「実践コミュニティ」とは、インフォーマルあるいはフォーマルに「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」と定義されます。そこでは、組織の所属を超え、自主的に、知識領域を共有したメンバーが経験知といった文脈を伴った知を交流、共有させ、新たな知の創造に貢献することを基本としています。企業が競争優位を保つためには、常に最先端に位置することが求められますが、それぞれの「実践コミュニティ」の知識領域において「共通な基盤を確立し、メンバーが創造的なエネルギーをより高度な問題に傾けられるようにする」ことが主要な課題となります。
欧米の事例では現在でも「最も利用頻度が高く最も有益な知識ベースはコミュニティに組み込まれている」としており、企業内組織ではなく「実践コミュニティ」という自律的なグループによる活動が今後、知の創造における主役に位置づけられることを予言しています。これは将来の組織形態に大きな示唆を与えています。
第9章において「実践コミュニティ」というプロフェッショナル集団の組織における育成について言及されていますが、組織活動との一体化を図るには経営層の理解とリーダーシップ、信頼に基づく相互扶助の文化の醸成が鍵になるものと考えられます。知の創造は管理するものではなくふ化させる環境整備が最終的には成否を左右するのではないでしょうか。
なお、巻末の解説で、野中郁次郎氏が組織的知識創造理論(SEKIモデル)との関係に言及しています。「場」と「実践コミュニティ」の関係にも言及しており組織の知識創造力向上にご関心のある方はご一読されることをお勧めします。