研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2013年2月5日
著者の竹森俊平・慶應義塾大学教授は、世間一般では「欧州債務危機」と呼ばれることが多い危機を本書中では「ユーロ危機」と呼んでいる。危機の第一段階は、2008年米国発の金融危機。第二段階として、「危険からの逃避」の投資家心理が欧州に伝染し、危機の発生前から欧州が抱えていた共通通貨ユーロという構造問題に引火したのが「ユーロ危機」と位置付けている。
共通通貨ユーロを構造問題と捉えるのは、ユーロ圏が最適通貨圏を形成していないからだ。生産性もインフレ率も異なる国々で単一の金融政策しか採用できない一方、財政政策は各国独立というアンバランスが、構造問題を構成するという。
危機前には、ドイツなどインフレ率が低く名目金利が低い中核国で借りた資金をスペインなどインフレ率が高く名目金利が相対的に高い周辺国へ投資して名目金利の差分を稼ぐキャリー・トレードが盛んに行われていた、と指摘する。ドイツはマルク、スペインはペセタの独立した通貨があれば、ペセタがマルクに対し減価することで名目金利のリターンの差分を帳消しにするのだが、共通通貨ユーロの下では減価のおそれなどなく、まるで無リスクの裁定取引のように思われていた(もちろん、今から振り返れば無リスクどころではなかったのだが)。ドイツからスペインへの資金の流れは、スペインで住宅バブルを生み、さらにスペインのインフレ率を押上げ、それがさらに資金流入を呼ぶという循環が生じていた。
そこに米国発の金融危機が伝染。「危険からの逃避」を求める投資家は資金の流れを逆流させ、スペインでは住宅バブルは崩壊し、景気の悪化による税収の減少や失業保険などの支出拡大で財政赤字が拡大。しかし、財政政策は各国独立なので、景気の良い国から悪い国への財政支援はない。危機前のインフレで失った輸出競争力を賃金の引き下げで取り戻す努力をしつつ、財政も引き締める緊縮を実行せざるを得ない。失業率は高止まりし、国民の不満は蓄積する。共通通貨ユーロという構造問題が招いた「ユーロ危機」の構図をこのように描き出す。
そして、「ユーロ」という「間違いの悲劇(Tragedy of Errors)」は終わらない、という。著者は、ユーロ圏の「不可能性の三角形」として、(1)中核国から周辺国への財政支援の拒否、(2)ユーロの存続、(3)周辺国から中核国への大規模な移民流入の回避、を挙げ、これら三つは同時に満たすことができないとする。ユーロ圏の将来を決められるのはドイツだが、ドイツは三つのうちどれを諦めるのか。ヒトの移動は現実には難しいので、(3)を諦めることはありえないとして、(1)か(2)か。著者は二つのシナリオを提示している。
一つ目は、ドイツが(1)を諦めてユーロ圏の財政支援同盟への転化を認め、(2)のユーロ存続を取るシナリオである。以下のような投資家ジョージ・ソロスのスピーチ(*1)を引用して、このシナリオを語らせている。「ドイツはユーロが存続できるだけのことはするだろうが、それ以上は何もしないだろう。その結果、ユーロ圏はドイツに支配される地域となり、債権国と債務国の格差は拡大し続ける。周辺国は恒久的な経済の低迷に沈み、常時、財政支援を必要とすることになるだろう。この結果、欧州同盟は『驚異的な目標』として、人々の想像力を掻き立てたときとは、かなり様相の異なったものになるだろう。それは『ドイツ帝国』に転化し、周辺国は後背地に成り下がるのである」
二つ目のシナリオは、(1)財政支援を拒否し続け、(2)のユーロ存続を諦める「ユーロ崩壊」のシナリオである。ユーロ圏は短期的には景気回復せず、不況下での緊縮財政の強行でさらに景気は悪化し、結果的に財政も改善しない。政治的混乱が各国で拡大し、ユーロが崩壊する。そして、欧州はもちろん、世界経済全体が混沌に沈む(*2)、という。
本書の最終ページで、「ユーロ持続」と「ユーロ崩壊」の、どちらの可能性が高いかと言えば、「ユーロ崩壊」のシナリオがより現実的と思える、と著者は述べる。この結論は、ユーロシステム内の各国中央銀行間のターゲット勘定(*3)が裏からの財政支援になっている、とするドイツIfo研究所長ハンス・ヴェルナー・ジンの発見(*4)を著者が高く評価し(*5、*6)、「ユーロ危機全般の見方が変わった」(*7)とすることから来ているようだ。
評者は本書を高く評価する。共通通貨ユーロという構造問題を明示し、ユーロ危機発生の原因からその展開の過程、将来のシナリオを提示して論議を進めている点、また、経済学的な切り口だけでなく、政治的側面からも平易に解説している点など、国内では実に希少な文献だと思う。