研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2017年2月7日
近年、企業経営に対して、時価総額や利益などの経済価値に加え、環境問題対策や社会貢献に対していかに社会価値を創出するかが求められている。しかし実際には、決算数値や株価など、短期的な業績が重視され、環境経営*1など効果が見えにくい長期的投資は後回しにされてしまうことが多いのではないだろうか。このような現実に対し筆者は、「(気候変動や資源逼迫(ひっぱく)など)世界が直面する最も大きなチャレンジを、利益を出しつつ解決することが、ビジネスの中核のミッションとなる」とし、「“社会的貢献か利益か”といった間違った二者択一ではなく、“社会貢献も利益も”」という世界が到来している点を強調している。そして、筆者は経済価値、社会価値を両立させるための経営のビッグ・ピボット(大転換)が企業に求められると述べている。
著者であるアンドリュー・S・ウィンストン氏はボストン・コンサルティング・グループや自ら創設したウィンストン・エコ・ストラテジーズで世界トップ企業に対するコンサルティングを行っている。彼が共著した"GREEN TO GOLD"(2006年出版)では、優れた環境戦略が企業の利益に直結することを論理的に示した。本書ではさらに、経済価値および社会価値を両立するグローバル企業について事例を挙げ、ビッグ・ピボットの観点で経営戦略を解説しており、日本企業にとって示唆に富んだ見解が示されている。
本書はまず、企業が取り組むべき「3つの脅威とチャンス」について論じている。3つの脅威とは、①環境問題「Hotter(より暑く)」、②資源問題「Scarcer(より希少に)」、③不正問題「Opener(よりオープンに)」であり、これらはいずれも企業にとって脅威であるとともに、ビジネス機会にもなり得るとしている。
一例として、環境問題に対する地球温暖化対策を挙げている。気候変動による深刻な影響を抑えるためには2050年までに2010年比で80%のCO2排出量削減が必要と見積もられているが、この対策に必要なグリーン技術への投資は、企業にとってコスト上昇要因であると同時に、有望な成長市場を創出する。その市場規模は2020年に2.2兆米ドルになると予測されている(HSBC銀行)。グリーン技術は、再生可能エネルギー技術や省エネ技術など広範な分野にわたり、ここには多様なビジネス機会が生まれると期待されている。資源問題、不正問題も同様に脅威と新しい成長市場の発生があり、企業はこれら分野に積極的に取り組むべきと筆者は指摘する。
ここで重要となる脅威をビジネスに変える視点として筆者は、「どんどん暑くなるから、クリーンなビジネスが勝つ」、そして「資源が足りなくなるから、イノベーションが勝つ」、「なにもかも見えてしまうから、隠さない者が勝つ」と表現している。また、ビッグ・ピボットの具体的な戦略への落とし込みには、以下の3つの戦略的要素が必要であるとして、①ビジョン・ピボット(企業がより長期的で幅広い視点を持つこと)、②バリュー・ピボット(より具体的、戦略的にビジネスで価値をつけている製品、サービス、技術などを見直すこと)、③パートナー・ピボット(ステークホルダーと企業のかかわり方を変えていくこと)の3つを挙げている。
筆者は、これらの戦略で成果を挙げている企業の事例を数多く取り上げて解説している。特に上記3つのピボット戦略を融合し、経済価値と社会価値を両立している廃棄物処理業者のウェイストマネジメント(WM)とゼロックスの例は興味深い。
WMは、社会的な廃棄物削減の意識の高まりにより中核ビジネスであった廃棄物搬送事業が危機的状況に陥る中、リサイクルや廃棄物発電所などに事業の中心を移行した。現在では顧客がリサイクル率を高め、廃棄物を削減することを支援するサービスを展開している。廃棄物回収による目先の利益から廃棄物削減という長期的な視点に切り替える(ビジョン・ピボット)ことで重点事業を回収・廃棄からリサイクルに転換し(バリュー・ピボット)、顧客の廃棄コスト低減という経営課題解決に貢献している(パートナー・ピボット)のである。
また、ゼロックスは顧客が購入するプリンター数を減らし、使用する紙やコストを削減するためのコンサルティングを展開している。ビジネスを省資源化という長期的な視点で見直し(ビジョン・ピボット)、主力製品であるプリンターの機器販売から印刷サービス削減サポートへの大胆な方針転換(バリュー・ピボット)により顧客の省資源化ニーズに応えている(パートナー・ピボット)。
紹介された各社は、自らの中核をなすサービスを根底から覆さざるを得ない事業環境変化の中でビジネスモデルを転換し、コストと環境負荷を削減する支援を行うことで顧客との結びつきを強め、市場におけるシェアアップにつなげており、企業の経済価値と社会価値を同時に向上させているビッグ・ピボットの代表例といえる。筆者はめまぐるしく変化する近代社会においては、現状に甘んじることなく、脅威に柔軟に対応できる体制を築くことが重要となると指摘している。これには企業や事業部門のトップ自らが短期的な業績に固執するのではなく、長期的投資の必要性を理解することが重要であり、そのようなリーダーシップの発揮が社会の変化に柔軟に対応できる組織の構築につながると評者は考える。
今後経営戦略を検討する上で社会価値の向上はますます重要性を増してくる。例えば日本国内においても、GPIF*2が年金積立金運用の投資判断に環境や事業統治を重視したESG*3の観点を取り入れることを明言しており、保有する国内株式の銘柄リストを公表している。これまでのように短期的な利益の追求のみでは市場の信頼は得られなくなっており、環境戦略を含めた長期的な視点が必要不可欠となってきている。グローバル企業の多くが環境経営を掲げ、さまざまな取り組みを進めているが、企業戦略として環境目標を達成するためには、本書で取り上げられているビッグ・ピボット戦略の取り組みが参考になり、見習うべき点も多いと評者は考える。
本書はアメリカを中心としたリーディングカンパニーにおける環境戦略など最先端の取り組みついて多くの例を挙げて解説している。各社の取り組みについて結果のみの記載が多く、実施する際の障壁やそれを乗り越えるための工夫など過程・運用面の記述がないものも多いため、実用に向けてはさらなる考察が必要となる。しかしながら、グローバル市場で勝ち続けるための経営戦略の視点を学ぶことができる価値ある一冊として一読をお薦めしたい。