研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2011年8月3日
「危機管理は、経験に学ぶべき」といわれている。今回の東日本大震災で日本は、多様化・複雑化した危機に直面しており、今後、日本全体でこのみぞうの災害への対応についての検証が行われていくことになる。これまでにも日本は、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震など数々の災害を経験し、各自治体では災害対応への取り組みを進めてきたはずであるが、過去の危機から何を学んできたのか。
本書は、自治体の課題や地域コミュニティを含めた各主体者の役割、復興過程における住民の意識動向など災害対応を多面的に扱っている。その中で、特に重要な視点の一つがソーシャル・キャピタルである。
ソーシャル・キャピタルとは「人々の活動を活発にすることによって社会の効率性を高める、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」と定義される*1。本書で示された継続的な統計分析によると、ソーシャル・キャピタルと地域コミュニティ活動は相関関係がある。日常的な地域コミュニティ活動を通じて醸成された信頼やネットワークというソーシャル・キャピタルは、近隣の治安向上や子供の教育レベルの向上、世代間交流の増加など多くの面において好ましい効果をもたらすとされている。
本書は、その概念を防災に応用し、住民や地域コミュニティ、ボランティアなどの連携の重要性が認識される契機となった阪神・淡路大震災の事例を踏まえ、「ソーシャル・キャピタルの高い地域は防災力が高い」という仮説を立てている。ある「市民意識調査」データを用いてこの仮説の検証を行ったところ、実際に調査対象となったある市(ミクロ・レベル)および10都府県(マクロ・レベル)における地域コミュニティへの参加(コミュニティ指数)と日ごろからの防災対策(地域防災力指数)には有意な相関関係があったとの結果が示されている。
また、本書では、復興の過程でもソーシャル・キャピタルが重要であるとし、2005年8月に米国メキシコ湾岸地域を襲ったハリケーン・カトリーナ後の復興の事例を紹介している。被災地であるニューオリンズ市やその周辺地域は、災害以前から所得階層による教育や住宅の格差、高失業率、環境問題などの共通の社会問題を抱えていた。しかし、同様の事情を抱える地域の中に、災害後に迅速に学校や診療所が設置され、住民や企業が戻りコミュニティが再構築された地域もあれば、災害後5年が経過しても住民の半分も戻らない地域も存在する。両者を分けるものは、「地域とのつながり」の有無であり、互いにより密接な関係を築いていた地域ほど、効率的かつ迅速な復興につながったという。
今回の東日本大震災においても、ソーシャル・キャピタルの意義を認識する声が多く挙がっている。例えば、物資の提供やそれをきちんと並んで待つ列など、地域コミュニティにおける日ごろからの相互信頼が生んだ共助の行動規範や、苦しいときは助け合う相互扶助が多方面に見られ、海外のメディアにも絶賛された。これらを単なる美談で終わらせるのでなく、「ソーシャル・キャピタルが高く、防災力が高い」地域づくりを目指した取り組みを平常時から意識的に進めることが重要であろう。神戸市が2005年に策定した「神戸2010ビジョン」において、重点テーマとして「人と人とのつながり(ソーシャル・キャピタル)」の重要性を挙げているのも、同じ考え方に立つものといえる。
さらに、今回の震災を契機に行われるであろう防災計画の見直しにおいても「ソーシャル・キャピタルの高い地域は防災力が高い」ことを意識し、計画づくりを進めていくべきである。
本書では、日本の自治体の防災計画に最も欠けている点は、(1)危機という不確定要素に対応可能な仕組みとしての組織計画の考え方、(2)時間管理の重要性、(3)その解決手法としての外部資源動員の仕組みであり、これらの考え方を共有し、発生した災害の教訓を組織知として共通に展開できる素地をつくることが重要であると説く。今後の計画見直しにあたっては、日ごろからの地域の信頼など、ソーシャル・キャピタルをこれらの視点にどう生かすかを考える必要があろう。
地域を中心としたソーシャル・キャピタルを日ごろから醸成していくことが重要であり、防災計画にもそれを生かしていくことが重要であると評者も考える。まちづくりや防災に携わる方はもちろん、立場を問わず多くの方に読んでいただきたい一冊である。