研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2006年1月29日
「運命の法則」というタイトルも「『幸運の女神』と付き合うための15章」というサブタイトルも、「天外伺朗」という筆者の名前もなんとなくあやしい、と思いながら、手に取った本である。目次をめくると、「運・不運」「他力」など、宗教的なニュアンスのある言葉が散見される。論理的・合理的であることが求められるシンクタンクの「研究員おすすめの一冊」の枠を超えている、と眉をひそめる方もいるかもしれない。筆者の「天外伺朗」は、本名・土井利忠氏。電子工学を専攻、ソニーに入社、フィリップスと組んだCDの共同開発者やエンターテインメント・ロボット「AIBO」の開発責任者を務め、業務執行役員上席常務などを経て、現在はソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所所長。前書きによると、本書は筆者が「半生をかけて発見してきた、さまざまな『運命の法則』」を「人生の達人になるための道標」としてまとめたものである。そしてその中には、『燃える集団』と称して、組織(チーム)が劇的な成果を生み出していくプロセス、それがもたらされる秘訣が紹介されている。
「チームが夢中になって仕事をしていると、スイッチが劇的に切り替わることがある。その状態になると、どんな困難な局面を迎えようとも、必ず突破口が開かれる。新しいアイデアが湯水のようにわき、必要な人材、技術、部品などが、まるでタイミングを見計らったかのようにあらわれる」のだそうである。CDの開発でも、AIBOの開発でも『燃える集団』の現象が現れた。こうした中ではメンバーは、心理学者チクセントミハイが提唱する「フロー」、すなわち、金銭、地位、処罰など外発的な報酬ではなく、内観的に何かに没頭し、喜びを感じる状態にある。普通の課題なら外発的報酬を動機として成功することができる、しかし、本当に画期的なプロジェクト、一般には不可能と考えられるような課題に取り組むときには、フローが不可欠である、と筆者は言う。
では、人はどういう条件下でフローに入れるのか。第1に、自分自身の技量と挑戦すべき難易度のバランス。易しすぎると、倦怠、退屈を、難しすぎると心配、不安を呼び、フローには入れない。第2に、チームとしての自立的な決定権を持つこと。第3に、日常的に内発的報酬、すなわち心の底からこみ上げてくる喜びや楽しみに敏感に耳を傾けること。これらが、CDやAIBOを生み出した、とは断言はできないが、少なくともその一端を担っていたらしい。経済学では、人々が合理的に「外発的報酬」を追い求めるということがすべての前提になっているが、これらのチームが画期的な成果を生んだ秘密は、「課題の設定」「自己決定権」、そして「素直に自分の声を聞くこと」。多くの人が生来持ち合わせている、自身の内面の自然な喜びや楽しみに、日ごろから耳を傾けることも大切であったようだ。