研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2007年3月13日
本書は1999年に出版されベストセラーとなった中国語の本の日本語版である。21世紀の到来を直前に控え、「新しい戦争」の出現を予言した内容であった。つまり、冷戦後の本格的なグローバル化とITをはじめとした技術革新の進展の中で「新しいテロリズムが21世紀の初頭、人類社会の安全にとって主要な脅威となる」と予言していたのである。原書は中国の現役将校が執筆したこともあり、出版当初から話題となったが、果たして、2001年9月11日にニューヨーク世界貿易センタービルでの同時多発テロが発生し、結果的に本書の予言は的中したのである。
「超限戦(ちょうげんせん)」は執筆者の造語である。言葉のごとく意味は「(従来の境界線と)限度を超えた戦争」である。あらゆるものが戦争の手段となり、またあらゆる場所が戦場となりうる。とりわけ、「非軍事の戦争行動」は超限戦のコンセプトを形成する重要な要素の一つである。すなわち、「見たところ戦争となんの関係もない手段が、最後には『非軍事の戦争行動』になる」のである。例えば、貿易戦争(国内貿易法の国際的な適用、重要技術の封鎖、経済制裁など)、金融戦争(ヘッジファンド、通貨切り下げ、金融制裁など)、新テロ戦争(テロリスト(個人集団)とハイテク技術(バイオ、サイバー技術)の遭遇)、生態戦争(技術を活用して地球の物理的環境を破壊)などは従来の軍事の範囲ではないが、多大な経済的、社会的損失を国家に与えることが可能である。また、戦争の相手は必ずしも国家ではない。特に伝統社会のルールに縛られない非国家勢力に対して、「一定のルールに従って行動し、無限の手段を持っていながらも限度のある戦争しかできない国家は、戦闘開始の前から不利な立場に立たされる」わけである。
このようないわば「みえない相手」の挑戦を受ける国家、という構図は、環境問題におけるNPO、敵対的買収を実行する機関投資家、オープンソースの分野をはじめとしたエンジニアリング的なコミュニティの登場といった、新しいプレイヤーからの挑戦に直面するグローバル企業の姿とも重複する。もちろん、彼らはテロリストではない。しかし、先進国市場での同業企業間競争を前提とし、収益最大化を戦略目標としてきた「従来の企業ルール」とは相いれないプレイヤーと対峙する今、「超限戦」の時代に国家が向かう方向性は、戦略上の転換が求められる企業にとって有益な参考情報になると評者は考える。
本書ではさらに、「超限戦」で勝つための条件についていくつかの要素を述べている。そのうちの一つに「超限組み合せ戦」が挙げられる。これは従来の枠組みにとらわれない、(1)国家の組み合せ(国家の枠組みを超えた超国家組織(国連、ASEANなど)、非国家組織などと連携して問題を解決)、(2)手段の組み合せ(非軍事的手段(金融、メディア、政治、外交など)の活用も視野)、(3)領域の組み合せ(地域、空間、分野)、(4)段階の組み合せ(戦術から戦策まで)を状況に応じて有機的に連携して既定の目標を実現することの重要性を述べている。国家を企業に、手段を経営機能に、領域をビジネスモデルに置き換えてみれば、企業が新しいグローバル時代に挑戦していくための戦略、事業体制を考える上で示唆に富んだ内容になろう。
監修者、訳者によれば本書は原文にできるだけ忠実に翻訳したとのことであるが、そのことがかえって回りくどい記述や中国語特有の分かりにくい言い回しにつながったのではないかと評者は推測する。結論を急ぐ性格の読者には多少忍耐を要するかもしれないが、幅広い資料、文献調査に裏打ちされた冷戦後の米国軍事戦略に関する冷静な分析、綿密な論理展開は一読に値すると考える。