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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

戦略的サプライチェーンマネジメント 競争優位を生み出す5つの原則:評者:日立総合計画研究所 佐々木直美

2015年7月1日

IoTやM2Mなど企業間取引に変革をもたらす動きが加速する中、企業は、自社のサプライチェーンを最適な状態に再構築できるだろうか。90年代後半以降、アマゾンやデルなどによる革新的なサプライチェーンマネジメント(SCM)が注目されたが、そのブームが去った後、自社のSCM改革への関心を失ってしまった企業も多い。SCMを経営戦略の重要な要素と認識してこなかった企業は、グローバル化の進展によるサプライチェーンの複雑化に対応できず、キャッシュフローの悪化、顧客ニーズからの乖離(かいり)、災害への脆弱(ぜいじゃく)性の顕在化などに頭を悩ませている。

.本書は、企業がグローバルな競争力を高めるため、SCMを経営戦略の一つとして改革を実行する際の強力なガイドとなり得る。著者のコーエンは、スタンフォード大学工学部Community Engaged Learning*1のディレクターであるが、共著者のルーセル同様、PwC関連会社であるPwC PRTMマネジメント・コンサルティングでサプライチェーン・イノベーション事業に関わった経験を持つ。本書は、グローバル企業の実例を踏まえた、理論的見地からのSCM改革の進め方について述べており、日本企業のSCM管理者にとっても参考となる内容を多く含んでいる。

副題に掲げられる「5つの原則」とは、(1)サプライチェーンとビジネス戦略の連携、(2)一貫性のあるプロセスアーキテクチャー(設計図)の開発、(3)優れたサプライチェーン組織の構築、(4)適切なコラボレーションモデルの構築、(5)パフォーマンス向上のためのメトリクス活用を指す。中でも重視すべきは、(1)戦略と(2)プロセスアーキテクチャーである。著者は、企業がビジネス戦略を決める際に前提とする最も重要な競争基盤は「イノベーション、顧客体験、品質、コスト」のいずれかであると述べる。そして、その競争基盤が自社の顧客にとって真に価値を持ち、競合相手と差別化する強力な武器となるために、サプライチェーンは大きな役割を果たし得ると指摘する。サプライチェーンは製品管理、販売、財務など組織全体の幅広い機能につながっており、ビジネス戦略と連動することで、組織内の多方面にわたり改革の影響を広げることができるからである。

ビジネス戦略とSCMの連動の一例として、著者はフランスの眼鏡用矯正レンズメーカーであるエシロール社を挙げている。同社は、「製品とサービスのイノベーション」をビジネス戦略の一つに掲げており、画期的な遠近両用眼鏡レンズ「バリラックスSシリーズ」*2の開発などにより、業界内でも革新的な企業として知られている。その反面、同社では、多くのカスタム製品の開発によりサプライチェーンが複雑化し、「短いリードタイムで高度な顧客サービスを実現する」というもう一つの戦略を実行困難としていた。この問題に対し、同社は、完成品・半完成品レンズのそれぞれに異なるサプライチェーンを開発するとともに、ITシステムをグローバルに統合した調達・計画プロセスを導入した。これにより、サプライチェーンのラストワンマイルともいえる顧客への販売力の強化、リアルタイムの販売情報に基づく補充プロセス導入による各工場の在庫低減を実現させたのである。このように、サプライチェーンの改革とビジネス戦略を連携させることで、企業の競争力を高めることが可能となる。

次に、プロセスアーキテクチャーの開発である。プロセスアーキテクチャーとは、計画(需要・供給計画)、調達、生産、納入、返品、イネーブリング(パフォーマンス管理、リスク管理、規制順守など)のプロセス全体を指す。本書はこれらの要素のうち、サプライチェーン全体を把握するための計画とイネーブリングが軽視されがちであると指摘している。確かに、日本の物流現場において、ABC分析*3やIE分析*4などオペレーションに関する分析は行われているが、顧客による情報開示の可否もあり、上流から下流に及ぶ顧客のサプライチェーン全体を対象範囲とする分析はそれほどなされてこなかった。しかし、サプライチェーンのさらなる効率化を進めるためには、ビジネス戦略と連動した分析手法を基に、顧客やサプライヤーとの協働によるSCM全体の変革が重要となる。また、販売やIT、財務など社内の他部署との情報の共有化、活用を積極的に進めることも必要となるだろう。

パートナー企業との協働の一つであるSCMのアウトソーシングを行う際の注意点として、評者が特に興味深く感じたのは、自社の「コア・コンピタンスが痩せ」ないようにするということである。これは、企業がアウトソーシングに過度に依存し、原材料計画や需要管理などコアとなるプロセスを管理できる人が社内にいなくなることで、企業の管理能力が低下するというものである。パートナー企業との協働は非常に重要である一方、アウトソーシングを実施する前にサプライチェーンのプロセスを整理し、自社の強みとなるコア・コンピタンスの機能を見極め、社内に維持しておく必要があると考える。

本書では、理論を裏付けるデータが簡便的に紹介され読者に理解しやすい反面、「トップパフォーマンス企業の優位性」測定値の妥当性や「サプライチェーン増量柔軟性(納入量を持続的に20%増加させるまでに必要な日数)」測定の実現性など、文面のみではすんなりと理解しかねる部分も見受けられた。しかし、本書は、SCM改革の手法や理論体系を切り口に、企業のビジネス戦略のあり方についても十分に示唆に富んだ情報を提供してくれる。SCM管理者のみならず、グローバル企業のマネジメントに関わる人にとってもそばに置いて決して損はない一冊である。

*1 地域と大学のパートナーシップを生かし、経験による学びの機会を提供する学部生向けのプログラム
*2 左右の目の生理学的差異や光学設計に基づくレンズの基本構造の再設計により、動作中にも広い矯正視野を実現した同社の主力製品
*3 企業の管理する対象を重要度によってABCのグループに分け、それぞれの特性に応じた管理方式を実施するために行われる分析。パレート分析。
*4 人間・資材・設備などの総合的なシステムの効率化を図るための工学的方法に基づく分析。作業時間分析法やワークサンプリング法など。

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