研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2006年4月11日
未曾有の経営危機に陥ったIBMを最強のIT企業に変身させ、見事に復活させたルイス・ガースナーは、2002年のIBMのCEO退任後、自らIBMを改革する過程を回顧し、「巨象も踊る」というベストセラー本を出版した。ほぼ同じ時期の2003年2月、イギリスの経営哲学者チャールズ・ハンディ(Charles Handy)も、「巨象とフリー(のみ)」(The Elephant and the Flea)という自叙伝を出版した。そして、これら2頭の「巨象」はビジネスの世界において、熱い議論を引き起こした。
辣腕で知られる経営者ルイス・ガースナーと違い、チャールズ・ハンディは、石油メジャーのシェル社を退職後、ロンドンビジネススクールで教鞭を取っており、イギリスのドラッカーと言われる人物である。本書は、彼の第13冊目のベストセラーであった。
両氏の経験はそれぞれ違うが、著書で読者に伝えたいメッセージは同じである。それは、「どのような企業も、成熟化に伴いその組織は膨大化・硬直化し、『巨象』となってしまうリスクを持っている。『巨象』になってしまうと組織本来の機能と役割が発揮できなくなり、やがては動けなくなる。このような深刻な状況になる前に、いかに過去のしがらみを捨てて、組織にメスを入れていくのか。」ということである。
シンクタンク構成員の端くれとして、いちいち、胸を刺す指摘である。
ガースナーは、IBMの経営のかじを取ってから、企業の基本戦略を再構築した。その新しい戦略は、企業のインフラとも言うべき3つの分野での改革で構成されている。すなわち、「組織体制」、「ブランドイメージ」と「社員の報酬制度」での改革である。
当時のIBMは業務拡大と同時に組織が膨張し、敏感に市場のニーズに応える効率的な組織から巨大で自己目的化した官僚組織に変身してしまっていた。ガースナーの言葉を引用すると、「IBMはおそらく大国の政府を除けば、世界でもっとも複雑な組織」であった。IBMは、世界的な事業展開に対応する地域部門と基礎技術を扱う強力な製品部門で構成されているが、地域部門は、自らの領土を守ることや、地域内のことしか関心がなかった。一方、技術部門は自分たちができると思うもの、作りたいものだけを扱い、市場と顧客のニーズにはほとんど関心がなかった。組織改造前に、このようなIBMの各「独立王国」によって作られた経理システムの数はなんと266もあったという有名なエピソードがある。
イギリスの著名な歴史学者アーノルド・トインビー(Arnold.J.Toynbee)の研究に、人類の歴史の中で衰退してしまった21の文明に関するものがある。その研究によると、これら文明が衰退した大きな原因は外部の環境変化に対応しきれなかったことであると結論付けている。このことはまさに当時のIBMに当てはまる。市場という外部環境が変わっているのに、巨象はその変化に迅速に対応しきれず、何も変わらない。IBMは自己満足の世界で、知らず知らずのうちに危機に直面してしまったのである。
もう一人の「巨象」の著者、チャールズ・ハンディは、競争が激しい現在の事業環境の中で企業が勝利を収めるために持つべき武器は、創造力とチャレンジ精神であると指摘している。巨象にとって重要であるのは、まさに創造力とチャレンジ精神を持つ企業文化をいかに再び樹立させるかであると言えよう。
ガースナーは、それをIBMで実現させた。彼は経営資源、システム、プロセスなどを大胆に変え、新たな組織体制を作り上げた。同時に、企業文化の改革も組織改革の一環として断行し、士気低迷、役所的な企業文化にノーと言い、チャレンジ精神と市場主義に溢れる企業文化に変身させた。
商品のライフサイクル曲線と同様に、企業組織の寿命も同じ曲線で表現することができる。企業は、創業時代に、市場競争のうねりに飲み込まれないように、市場のニーズに合わせた組織作りに努力する。しかし、企業が成長するとともに、組織の硬直性も現れ始める。問題はそこでいち早く「原点への回帰」に基づき、組織改革をできるかである。
ビジネスリーダが組織改革の過程において、大企業病をどう克服するか、瀕死の組織をどう蘇生させるかを考えるとき、ルイス・ガースナーとチャールズ・ハンディの本からヒントを得られるかもしれない。