研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2015年8月17日
中国には、ゴールドマン・サックスにも連邦準備銀行にもできない融資を持ちかけ、資金の使い道を示すことができる実行力があり、必要な資金をすぐさま融資できる体力もある「世界で最もパワフルな銀行」が存在する。本書は、その世界の政府系金融機関の中で最も多額の資産を有する中国国家開発銀行(以下、中国開銀)について書かれたものである。著者は、同行が関わっている地方融資平台*1(以下、融資平台)、ベネズエラなど新興資源国への融資、そして新エネルギー分野への融資などについて取材を基に詳細に記述している。
中国開銀は、中国に3行ある政策銀行*2のうちの一つである。中国では、1990年代前半に財政改革と金融改革が行われ、銀行セクターでは政策金融と商業金融の分離が図られた。改革の結果、従来の国営銀行から政策金融機能が切り離され、1994年に三つの政策銀行が設立された。
著者は、中国開銀の行ってきた代表的な融資の一つとして、融資平台の例を挙げている。同行は、中国国内の地方政府が融資平台を通した資金調達により、自らのインフラ整備に投資できる仕組みを作り上げた。本書では、その最初の仕組みを、市の名にちなんで「蕪湖(ウフ)*3モデル」と呼ぶ。国を挙げて「都市化」を掲げる中国では、インフラ工事の資金は、地方政府が独自に調達しなければならない。それを可能にしたのが、融資平台を通じた資金調達である。融資平台は、インフラ整備により価値が上がる土地使用権を担保に銀行から融資を受けるが、この土地使用権に価値を見いだし、資金調達の仕組みを考え出したのが中国開銀だった。そして、同行は、融資平台に最も多く融資している銀行の一つでもある。この仕組みによって、地方政府は地方の農民から田畑を収用し、そこに高層住宅群やショッピングモールなどを建設して「都市化」を進めることが可能になっている。
もう一つの代表的な融資の例は、新興資源国への融資である。著者によると、2013年時点において、中国は世界銀行よりも多くの資金をアフリカなどの新興国へ融資しているという。こうした融資の大半は、中国開銀を通じて実施されており、担保となるのは主に石油資源である。1993年に石油の純輸入国になった中国は、2003年には日本を追い越して米国に次ぐ世界第2の石油消費国になった*4。本書によると、中国開銀のベネズエラ、エクアドル、ロシア、ブラジルに対する融資には、各国の国営石油公社が一定量の原油を中国の石油会社に売ることが保証されている。このようにして、中国は経済を拡大する上で必要不可欠な原油を長期間にわたって確保している。また、中国開銀の取引で特徴的なのは、融資をする開発に関わる工事、機械設備などは中国企業に発注するという条件が融資契約書に入れられていることだ。例えば、2011年にガーナと結んだ融資契約では、融資額の60%は中国の建設企業に発注するという条件が入っている。中国開銀は、政策銀行として自国企業が市場を獲得し、中国経済の成長につなげるという目的も持っている。そのため、中国企業の利益になるような有利な条件を契約に盛り込むのである。
著者は、このような中国開銀の取り組みに対して、「よい話には必ず影の部分もある」と随所で疑問を投げかける。本書の前半で取り上げた融資平台への融資の仕組みを「秘伝の薬」と表現しているが、同時に、薬の効能がいつ切れてもおかしくないほどの亀裂が現れ始めていることも指摘する。地方政府の負債が次々と返済期限を迎えているが、その返済能力には疑念が生じている。地方政府が都市化を進めた高層ビル群にはテナントが入っていないところも多い。著者は、後先を考えない中国開銀の行いを「思い上がり」だと問題視している。
新興資源国への融資も同様である。例えば、本書で書かれているベネズエラへの融資の場合、中国側の石油の買い手である中国石油や中国化石がベネズエラ国営石油公社(以下、PDVSA)から市場価格で原油を買い取り、その代金を中国開銀に設けられている口座に振り込むと、自動的に中国開銀に返済される仕組みになっている。このように、中国向けの原油輸出による収入は、その全額が融資の返済に充てられることになっているため、PDVSA側には何も残らず、財務的な負担だけが増す。こうした事態に、同社のラミレス総裁が内部メモを書いてチャベス大統領に中国向け輸出量を見直すべきだと進言した。それだけではなく、著者の取材によると、ベネズエラが公表する中国への原油輸出量と中国が公表する輸入量が統計上一致しないことから、ベネズエラ政府は、中国が同国から買い取った原油を米国、アフリカ、アジアなどへ転売しているのではないかと推測していることが分かった。著者は、これが事実だとすると、中国開銀の行為は中国経済成長のための資源獲得に必要なものであり、一般市場に売りさばくためのものではないという中国政府の説明と、実際の融資目的との矛盾が発生すると指摘する。
本書は銀行という特定の業種に焦点を当てたもので、専門的な金融用語も少なからず登場するが、西側の政策金融機関とは異なる中国開銀の持つ特殊性、通常では知りえない中国政府の内情は、金融業界に勤めるビジネスパーソンではなくとも興味を引くだろう。世界経済への影響力を増す中国の裏側を知ることのできる貴重な一冊である。