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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

リーン・スタートアップ:ムダのない起業プロセスでイノベーションを生み出す :評者:日立総合計画研究所 笹岡良介

2012年11月9日

事業環境の変化のスピードが速く先が読めない現代では、新しい製品やサービスの計画を策定しても事業化の時点ではすでに陳腐化し、開発した製品が顧客にとって価値のないものとなる恐れがある。本書では、不確実な事業環境下においては、製品開発のリードタイムを最小化し事業立ち上げの無駄をなくすことが重要であるとして、「リーン・スタートアップ」を提唱している。「リーン・スタートアップ」とは、実用最小限のレベルの製品やサービスを実際に顧客に使ってもらいながら、「構築−計測−学習」というフィードバックループをできるだけ速く回すことで仮説検証を行い、事業性の確度を高めていく手法である。具体的なプロセスは下記の3つである。

1.初期仮説の選択

「構築−計測−学習」のフィードバックループを回す前に、検証すべき仮説を選択する必要がある。初期段階では「顧客は誰か?」、「どの程度の品質が求められるか?」といった多くの仮説が想定されるが、著者は「価値仮説」と「成長仮説」が重要になるとしている。「価値仮説」とは「提供する製品やサービスが本当に価値を提供できるかどうかを判断するもの」であり、「成長仮説」とは「製品やサービスが顧客から新しい顧客へと伝播していくかどうかを判断するもの」である。2つの仮説に絞って検証することで、次のプロセスに早く移ることができる。

2.「構築−計測−学習」のフィードバックループ

次に、初期仮説について検証を行う。検証の方法は、まず「実用最小限の製品」を「構築」し、それを実際に顧客に使ってもらい反応を観察することにより「計測」し、計測結果からどのように製品を改良すべきかを「学習」するという3つのステップからなる。学習結果から得られた新たな仮説に基づいて、再び「実用最小限の製品」を「構築」するフィードバックループを何度も回すことで、製品の改良を繰り返し行う。「実用最小限の製品」とは、仮説を科学的に検証することだけに機能を絞り込んだ製品であり、必ずしも完成品である必要はない。本書では、顧客の反応を定量的に「計測」する方法として「革新的会計」を紹介している。「革新的会計」とは、見かけの総売上や総顧客数に惑わされず、コホート分析*1により、「新規顧客の獲得コスト」、「既存顧客のリピート率」などに分解された定量的な値を求める手法である。この値を今後どのように向上させるかを考えることで、効果的な「学習」につながる。この「構築−計測−学習」のフィードバックループを素早く何度も繰り返すことにより、顧客の声に絶えず耳を傾けながら、着実に顧客にとって価値のある製品に近づけることが可能となる。

3.方向転換(ピボット)

上記のフィードバックループを複数回繰り返しても「革新的会計」による評価が改善しない場合がある。この時が「方向転換(ピボット)」のタイミングであり、開発初期に選択した「価値仮説」や「成長仮説」といった根本的な仮説を選択し直す必要がある。例えば「You Tube」は、2005年のサービス開始当初は動画を使ったユーザー同士の出会いを目的としたサイトであったが、何度か方向転換(ピボット)した末に、今日のような動画を投稿し共有するサービスが主体になっている。

詳細な事業化計画を持たず、完成度の低い「実用最小限の製品」を市場に投入することから製品開発を始める「リーン・スタートアップ」の手法は、ロードマップに即して製品開発を進める従来の方法とは大きく異なる。多くの大企業では、新しい事業を始める際に詳しいロードマップや事業計画書が必須のものとなる場合が多い。これは、高い採算性を得るために大きな事業規模とする必要があり、投資に慎重にならざるを得ないためである。このような方法は、例えば太陽電池のように、変換効率の向上が顧客価値の一つであることが明確な場合は適切である。しかし、今までにない新しい事業を始める場合は、顧客価値が不明確であることが多い。この場合は詳細なロードマップを用いるより、実際に製品を顧客に使ってもらうことで製品開発を進める「リーン・スタートアップ」手法が有効であると考えられる。新規事業の立ち上げや新製品の開発に携わる人に幅広くお薦めしたい一冊である。

*1
コホート分析:同時期に同様の体験をする人々の集団(コホート)が、時間の経過とともに彼らの行動様式や思考などにどのような変化が生じたのか、データを収集し、明らかにすること。.

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