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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

アンドロイドジャパン:日本企業の命運を握るプラットフォーム :評者:日立総合計画研究所 川上亮太

2011年10月27日

NTTドコモのiモードが1999年に登場して以来、日本のモバイルサービス市場は拡大を継続してきた。モバイルサービス事業者主導での開発が行われ、写メール、おサイフケータイ、テレビ電話、ワンセグなど次々にユーザーニーズの先を行く「ケータイ」を世の中に提供し続けてきた。しかし、このような最先端技術を搭載し、世界をリードしてきた日本のモバイル技術は世界でも独自性が強く、「ガラパゴス」と揶揄(やゆ)され、日本以外の市場では受け入れられなかった。

近年、iPhoneやアンドロイドOS(以下アンドロイド)というオープンネットワークの世界を意識したプラットフォームが登場し、黒船として日本に襲来し、日本のモバイルサービス市場がにわかに活気づいてきている。果たしてこれら黒船は、日本のモバイル端末メーカーにとって、脅威となるのか、それとも産業活性化を促す救世主となるのであろうか。

本書は、現在iPhoneと人気を二分しているアンドロイドの持つ可能性、およびアンドロイドを活用することで開かれる日本のモバイルサービスの方向性ついて筆者なりの考えを示している。

筆者である木寺祥友氏は、1995年にNTTテレマーケティング(現株式会社エヌ・ティ・ティ・ソルコ)のサイバーモール制作に参加し、日本人として初めてJava言語(以下Java)によるプログラム開発を行った。その後、ウェブ製作の分野で普及が進むJavaとモバイルサービス(当時は「携帯電話」)との融合の可能性を見出し、Java技術開発に特化した株式会社エル・カミノ・リアル社を設立している。そして、NTTドコモの504iシリーズの標準化プロジェクトに携わり、「携帯Java」の標準化を図る。2005年10月にはiアプリの携帯RSSリーダー『ECRRSS』のベータ版を発表するなどの経歴を持つ。

筆者は、モバイルサービス分野でiPhoneやアンドロイドなどのオープンネットワーク型のプラットフォームが主体となる流れは避けられないとし、そのような「ケータイ後」の世界では、特にアンドロイドがユーザーの幅広い支持を受けるであろうと述べている。その論拠として、以下のものを挙げている。

第一に、オープンな規格であるということ。アンドロイドはライセンスフリーである。つまり、自社製品にアンドロイドを組み込んで販売しても、アンドロイドの開発元であるGoogleにライセンス料を支払う必要がない。よって、開発メーカーとしては、開発コストを抑えることができるというメリットがある。また、誰でもJavaを用いて独自のアプリケーションを作成し、流通させることができる。これらは、アンドロイドに対応したアプリケーション開発事業者の裾野を広げ、多様なモバイルサービスをユーザーに提供する可能性を持っている。

第二に、開発面の優位性である。アンドロイドは、スマートフォン向けのプログラム開発に必要な基本的な機能や開発環境を提供しており、新しいサービスの開発負担が軽減されていると筆者は指摘している。例えば、スマートフォンはパソコンと異なりメモリ容量が非常に小さい。そのため、スマートフォン上で複数のアプリケーションを同時に動作させるには、効率的なメモリ管理が必須となる。アンドロイドの開発言語であるJavaは、アプリケーションが動作している中で不要となったメモリ空間を自動的に解放する「ガベージコレクション」という機能をもともと有している。これにより開発者は、プログラム開発の際に多くの時間を費やしてきたメモリ解放処理を意識する必要がなくなる。さらに、アンドロイドはWi-Fiなどの無線通信との連携機能や、タッチインターフェースや画面表示機能、多言語切替機能などの主な機能が、オール・イン・ワンで提供されているため、これらを新規に開発する必要がなく、開発者にとって大きなメリットになっている。

第三に、潜在市場の大きさである。アンドロイドでは、Eclipseという開発環境でプログラム開発を行うが、これはオープンソフトであり、マルチプラットフォーム対応になっている。パソコンの世界で開発されたタッチパネルのユーザーインターフェース環境や、従来のITシステムとの親和性を高めることができ、さらに多言語切替機能は、システムのグローバル対応の負担を軽減させてくれる。今までキーボードを使うことが難しかった建設現場、農業、介護の分野や、多国籍のスタッフが共同作業を行うような作業現場においても威力を発揮するだろう。各業界に特化した独自のアプリや、作業マニュアル、出勤管理、作業データ入力などにアンドロイド端末を用いることで、電子化が進み、大幅な効率向上が見込めると筆者は指摘している。

筆者は以上のようなアンドロイドのメリットを指摘した上で、日本のモバイルサービス産業の方向性を次のように述べている。つまり、「他国がまねできないような技術を搭載したハイエンドなスマートフォン開発に注力」する必要性である。ここで筆者が主張している、「他国がまねできない技術」は、裸眼3D液晶やバッテリーの長寿命化、小型・軽量化などといった、いわばモノづくりの分野である。また、ライセンスフリーであるアンドロイドをスマートフォンに限らず、幅広く家電製品などの世界に投入し、使い勝手の良さや気の利いた機能など、日本製品の本来の強みを伸ばすことの重要性も述べている。今まで「ケータイ」の時代に培ってきた、日本が最も得意とする小型・軽量などの技術を武器とし、魅力のある世界標準のハードウェアを提供できれば、日本メーカーが世界市場を席巻できる可能性が大いにあるというのが筆者の主張である。

今まで日本のモバイルサービス事業者は、通信、プログラム開発環境、ハードウェアなどの幅広い分野を統合的、かつ独自に規格化し、成長してきた。しかし、それが結果的に国際的に孤立したガラパゴスの世界を形成したことは事実である。黒船が来襲してきた今、これらプラットフォームの優位性を認め、独自基盤に固執することをやめ、日本の本来の強みに特化するべき、というのが本書の主張点だと評者は理解した。ただ、それは、冷静にみると、単に、90年代にパソコンに起こったことが、ケータイに起こることを暗示しているのに過ぎないのではないだろうか。現在Google、Apple、Microsoftのスマートフォンプラットフォームの覇権争いが展開されている。これらのどれが主流になるのか、というような議論に左右されない、強い技術基盤を持つ必要性が今の日本に求められているといえる。折しも、auは自社スマートフォンにおいて、アンドロイドに加え、Windowの採用を決定し、マルチプラットフォームに路線を変更した。端末の使いやすさと、サービスとの連動性と日本のモノづくりの強みをどのようにして融合させるのか。パソコンの二の舞いを避け、グローバルにモバイルサービス事業を展開するための戦略が日本の企業に求められている。

本書は「ケータイ」の時代からスマートフォンに至るまでの世の中の移り変わりや、平易な言葉によるアンドロイドの解説、新しいサービスの可能性なども紹介している。現在のモバイルサービス市場動向を理解する入門書としても、また、ガラパゴスから脱却するために、日本企業が、今何をすべきかということを考えるためにも、参考になる一冊である。

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