研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2007年2月18日
業は環境の変化に応じて試行錯誤を繰り返しながらベストな組織のあり方を模索していく。経済のグローバル化への適応など事業機会の獲得につながる組織の変革もあれば、産業事故、法令違反、隠ぺい体質の防止や改善といったリスク管理につながる組織の変革も必要である。近年、失敗事例は封印するのではなく今後の予防策としてポジティブにとらえようという「失敗学」が普及しつつある。技術工学の分野で始まった研究だそうだが、本書は組織行動論の観点からミスを起こしやすい組織の特徴をひもといており、失敗に対して組織がどう向き合うべきかという数々のヒントを示唆している。
リスク管理の専門家である著者によれば、組織の失敗は人間の持つさまざまな特性に起因する。英知を集めたはずの合議制による意思決定を行う場でさえ、「Group Think」という集団の力学によって陥るミスが存在する。集団への帰属意識が強い組織では、満場一致を求めるプレッシャーや集団の実力に対する評価が過大となり、グループ内の合意を得ようという意識が強く働きすぎるためだ。その場の雰囲気に流されて誤った意思決定へと誘導されないために、あえて批判的意見を述べる「けなし役」を置き、多角的に議論を展開することが必要であると強調している。
一方、意思決定がより属人的な場合にも、専門家やベテランであるがゆえにミスが起こるという興味深い指摘がある。一般的に専門家やベテランは経験や資格に裏付けられた高い地位を確立しているが、ここでは彼らの「過去の知見に頼る判断」が「専門性の壁、熟練者の壁」として問題視されている。自分の力量に慢心し、周囲のアドバイスや新しい知識・技能を身に付ける意欲に欠けた専門家や熟練者の判断が予想外の事故につながることも少なくない。和歌山ヒ素カレー事件における医療関係者の対応は、この専門性の壁によって「食中毒」という誤った判断がなされ、適切な処置判断が遅れた例として示されている。組織の宝であるべき専門家や熟練者は過去の知見に頼りすぎず、新しい着想をもって客観的に真相を究明する姿勢を心掛ける必要があると読み取れる。
本書を読んで思うのは、過去の失敗に委縮するのではなく、そこから学べる組織へ変革を遂げるには、単なる管理強化ではなく組織を構成する人と向き合える仕組みを整える必要があるということだ。トラブルの責任者探しと関係者の処分という責任追及型の組織では、単なるトカゲのしっぽ切りに終わってしまい、得られた教訓が生かされにくい。ヒヤリとしたり、ハッとした点はやり過ごしたり隠したりせず積極的に報告し、事故防止策を講じるための知識として体系化する。既に社会的影響の大きい航空業界などでは心理学的方法を駆使して現場の声を吸い上げ共有する仕組みを導入していると聞く。どんな集団も専門家も万能ではないからこそ、ネガティブな情報の組織的共有は組織のリスク対応力を高め、その経験を予防措置に転じる契機となるはずだ。
本書で言及された事例は悲惨なものばかりで一見すると後ろ向きな気持ちになってしまいがちだが、それらの背景にあるミスにつながる組織の特性は的を射た描写ばかりである。だが、言うまでもなく組織は企業風土や既存の管理システムなどの点で千差万別であり、対策を普遍化することは容易でない。その方法をそれぞれの組織が探り、組織として進化していくことこそ本書が投げかけるメッセージであり、著者はこのようなかたちで失敗学研究がさらに広がりをみせることを期待しているように感じられる。安全管理に携わる者だけではなく、組織をリードする経営者、内部統制を通じて組織のあり方に関与する者などあらゆる組織構成員に「失敗に学ぶ姿勢」を再認識させてくれる書である。