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株式会社日立総合計画研究所

書評

研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介

クラウドストーミング:組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方:評者:日立総合計画研究所 Bayyayeva Lachyn

2015年8月26日

従来、ほとんどの企業は自社の内部リソースを用いて研究開発を行い、革新的な製品・サービスを生み出すクローズド・イノベーションを志向していた。しかし、近年、外部のアイデアを活用するオープン・イノベーションが注目を集めている。

これまでも多くの企業が他社や大学などとのパートナリングにより、イノベーションに挑戦してきた。それに加えて、最近では、企業や大学などの組織ではなく、知識を有する研究者や企業OB・OGなどの個人や特定のノウハウを持つ中小企業からアイデアを募る動きも多く見られるようになっている。こうした個人や企業の集団はCrowd(クラウド・群衆)と呼ばれ、Crowdを活用したオープン・イノベーションが拡大しつつある。

本書の邦題である「クラウドストーミング」は著者の造語であり、Crowdが保有する知恵やアイデアを活用することを目的に企業が個人、中小企業と「ブレインストーミング」することを指す。クラウドストーミングでは、業種や職種を問わず不特定多数の人々と極めて大きなスケールでブレインストーミングを行う。また、従来のブレインストーミングと異なり、さまざまなバックグラウンドを持つ、面識がない人とオープンなコミュニケーションを取らなければならないことが多い。故に、クラウドストーミングで成果を得るには、有効かつ効率的に運営するためのプロセスや手段が必要となる。

著者は、「クラウドストーミング」を成功させるために有効なライフサイクル(プロセス)があるとしている。本書では具体的なライフサイクルの解説と得られる成果について、「計画」「組織づくり」「実行」「再考」という順序で、多様な企業での実施事例を挙げて説明している(図1)。


資料:「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」日本語版より
図1:クラウドストーミングのライフサイクル

「計画」段階は、課題を公開しアイデアを募る「発注者」(個人、中小企業とパートナリングし、成果に対して報酬を払う責任者・企業)がCrowd間の信頼関係を醸成し、中長期にわたるクラウドストーミングを成り立たせる方法を考える重要なステップである。発注者は、報酬の設定などに加え、個人の知識・アイデアを利用するため、知的財産に関する方針を決める必要がある。個人が保有する知的財産が他者の知的財産を侵害していないか注意しなければならない。これについて、本書ではProcter & Gamble(以下P&G)の「Connect + Develop」というCrowdでアイデアを交換し合えるウェブサイトの事例を挙げて説明している。P&Gはクラウドストーミングを実施して作り上げた製品が他社の知的財産を侵害していないか判断するため、Crowdを特許権・著作権・商標権などの法的に保護された知的財産を有する者と有していない者の二つに大別した。前者には、オープン・コンテストに参加が許可され、いつでもP&Gとライセンス契約が結べるようになっている。後者は、オープン・コンテストへの参加は認められずアイデアを単なる推奨案としてクローズドな環境で「Connect + Develop」チームに提案できるが、提出後の推奨案はP&Gが所有する。こうした知的財産管理のもとP&Gは、健康製品や化粧品などの分野において1,000以上の企業・個人とのブレインストーミングによる製品開発を実現している。

「組織づくり」の段階では、クラウドストーミングの実行時に実現可能性のある豊富なアイデアを提供してくれる参加者を集める。適切なCrowdを募るには、パートナー企業との連携が重要である。人材募集活動や報告活動などを企画するメディア企業、アイデアを製品化する製造企業、資金を提供する金融機関などがパートナーである。こうしたパートナーとの連携により、クラウドストーミングの実現性を高める。General Electric (以下GE)は、次世代送電網技術のアイデアをCrowdから調達するため、「The Ecomagination Challenge: Power the Grid」というオープン・コンテストを開催した。このプロジェクトでは、GEはベンチャーキャピタルと提携し、優れたアイデアに対して賞金10万ドルを贈り、アイデア開発・商品化に向けて2億ドルを提供することを約束した。GEは、10週間にわたるコンテストにより、3,800件以上のアイデア、8万件のコメント、12万件の投票を得た。

「実行」段階では、目標達成までCrowdのモチベーションを維持・向上し、オペレーションを継続管理していくことが必要となる。クラウドソーシングで製作された世界初の車であるローカルモーターズ製のラリーファイターは、18カ月の開発期間中のオンライン・コミュニティ管理が順調に運んだ結果、開発に成功した。ローカルモーターズは、参加者の貢献度が適切に評価されず、他者から十分な反応やサポートを得られない場合、プロジェクトに携わる参加者の意欲が低下することを発見した。そこでローカルモーターズは、機械設計の複雑なプロセスをオンライン上で可視化し、企業とCrowdで共有するための設計ソフトを開発した。加えて、炭素繊維などの専門知識を社員から参加者へオンライン上で提供した。これにより開発プロジェクトの進捗(しんちょく)が共有され、最新技術の適用に向けた議論が活発に行われるなど、社員および参加者間のコミュニケーションの活性化が進んだ。本書では、このような社員と参加者が双方向で交流し共同作業を行うものを「統合型」コミュニティと呼ぶ。

「実行」段階が終わった時点で、プロセス全体を「点検・再考」し、改善できるところをあらためて「計画」に反映させるといったクラウドストーミングのライフサイクルをまわしていくことが重要であると著者は述べている。

クラウドストーミングにより、消費者は供給者の創造プロセスに頻繁かつ深く関わり、自身のアイデアを企業や社会により明確に伝えることができる。一方、企業はCrowdへ働きかけることにより、以前より速く課題解決を図り、斬新なアイデアを生み出せる。本書は、この新たな協創モデルについて、海外大企業の事例を多く紹介し、分かりやすく解説している。消費者として自身のアイデアを提供し製品開発に役立てたい方、企業の事業開発担当者として社外の豊富で斬新なアイデアを取り込み製品・サービス開発を行いたい方々に、お薦めしたい一冊である。

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