研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2012年1月19日
大手企業における不祥事が明るみに出る中、「コーポレートガバナンス(企業統治)」に関する議論が活発化し、企業運営の監督・監視を強化する動きが広がっている。法務省の法制審議会が、2011年12月7日公表の会社法改正の中間試案の中で、経営の透明性確保のために社外取締役の設置を義務化する方針を提示し、民主党も規制強化に乗り出している。一方、経団連など経済界は、こうした動きに対し「特異な2つの不祥事をもって企業統治が不十分ということはあり得ない」として反発を強めている。
日本の企業統治は、どのような方向に進むべきなのか−−−本書は、まさにこうした議論が進められつつある現在、一読の価値のある一冊である。本書は、1980年代以降の経済社会環境の変化が日本企業の統治構造に与えた影響を包括的に捉え、実証的に分析した論文集となっている。日本の企業統治の変遷を、外部ガバナンス(企業金融や所有構造)、内部ガバナンス(取締役会や経営陣の特徴)、組織アーキテクチャ構造(組織内の分権度など)を切り口として分析している。具体的には、短期的な視野に陥りがちな株主の過度な経営介入を回避しつつ、持ち合いに依存しない仕組みを創出していくことの重要性に立脚し、(1)少数株主の保護の観点からの経営者・従業員などのインサイダーによる株式保有規制、(2)再び強まりつつあるメインバンク依存からの脱却、(3)社外取締役の活用方法などの取締役会改革、(4)会社のタイプに応じた適切な報酬制度改革、(5)持ち株会社と子会社間のエージェンシー問題(注)に配慮した事業組織のガバナンスの強化、(6)親子上場による利益相反問題などをテーマに、企業統治の再設計の方向性を検討している。1997年の銀行危機以降、日本企業の企業統治には米国的な手法の影響が大きくおよび、多様化が進んだ。このため、企業統治の再設計にあたっては、それぞれの企業が直面する課題を踏まえた検討が必要であり、すべての企業に適用可能な万能な解決策は存在しないということが明らかにされている。
注目すべきは、一般に法制度面に議論が集中しがちな企業統治について、経済学的手法を持って考察している点である。すなわち、最新の分析手法とデータとを用いた実証分析によって、企業統治に関する各種事象に対し、経済学的な側面から裏付けを提供している。例えば、近年しばしば批判されている親子上場について、著者は、利益相反問題によるコスト(親会社による搾取)はベネフィット(親子間のシナジー効果)を上回るほど上昇したのか、という観点から分析を試みている。そしてその結果「子会社上場は子会社少数株主からみても、コストよりベネフィットが大きい」と結論付けている。
企業統治をめぐる議論の主要トピックスはその時々に応じて異なり、その検討の方向性も、一般に、目先の事件や社会的な風潮に影響を受けやすい。しかしながら、長い目で見て有効な制度の構築には、データを用いた分析によってその制度を客観的に評価する姿勢が必要である。本書のような経済学的な考え方も踏まえ、実効性の高い制度構築に向けて議論が進むことが今後さらに求められる。
最後に、本書はテーマが網羅的なだけでなく、各テーマについて充実した参考文献リストが付されているため、辞書的に長い間活用できると考えられる。これも本書の良さの一つと言えるだろう。