研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2007年7月30日
本書は、人類史上最も多くの人々が闘い続けてきた貧困問題に終止符を打つことが可能であると宣言した挑戦的な書である。著者はコロンビア大学地球研究所所長のジェフリー・サックス氏で、経済学者としてボリビアやポーランド、ロシアでの経済顧問を、またアナン元国連事務総長のアドバイザーとしてミレニアム・プロジェクト*でディレクターを務めてきた人物である。本書では、極度の貧困をなくすための具体的な援助の金額や手段、障害となる問題や誤解などが盛り込まれている。
ここ数年、反グローバリズムを標榜するNGOの批判を受け、多国籍企業は社会的責任の遂行に意欲的である。しかし、富はゼロサムゲームのように誰かが大きな富を得たからといって貧しい者がより貧しくなるわけではなく、むしろグローバリゼーションが貧困解消の一助となっているというのが著者の見解である。1750年ごろに始まった産業革命後、絶え間ない科学技術の進歩と技術革新によって、人類は有史以来当たり前だった極度の貧困から抜け出すことができ、今では世界の65億人のうち50億人以上は基本的な生活に必要なものを確実に得られるようになった。その一方で、保健や教育、電気や水道などの公共サービスを受けらない人はいまだ6人に1人存在し、毎日2万人以上が極度の貧困で命を落としている。 "貧困を終わらせる"とは、産業革命以来拡大してしまった貧富の差をなくすことではなく、最貧国の経済発展によって"極度の貧困(世界銀行の定義では1人あたり1日の収入が1ドル以下)"状態の人を2025年までになくすというのが著者の主張である。
著者いわく、極度の貧困の問題は、貧困が貧困を生む"貧困の罠"から脱することができないことだ。ただし、発展のため梯子の一番下の段に足をかけさせることができれば、自律的成長に必要な要素「資産の拡大」「テクノロジー」「通商」「貯蓄」にポジティブなスパイラルが期待できる。そのため国際援助は不可欠であるという。これは彼の成功体験、つまりボリビアでのハイパーインフレやポーランドの財政破綻など病的な経済状態の立て直しに基づく理論である。また、その過程で確立した臨床経済学(先に治療法;経済理論があるのでなく、症状を分類して最適な治療法を見つけていくというもの)という手法が有効であるとしている。
さらに、ドナー(援助供与国)22カ国が協約どおりGNPの0.7%をODAに拠出すれば、極貧層を基本的なニーズが満たせるレベルまでに引き上げることができるため、先進国は約束を果たすべきだと訴えている。本書には貧困に対する正しい理解の普及と、誤解を拭い去り、支援(援助)の正当性を導き出そうとする著者の信念と熱意が全面に溢れ出ている。危機的状況に直面する国の政府に助言を行い、経済的に貧窮状態から救った経験者としての"貧困根絶の見通しは現実的である"との主張は、「ビック・プッシュ(援助倍増論)」懐疑派にも勝る説得力を感じる。
しかし、著者が提言する経済発展で貧困を解決するという処方箋には少々困惑を覚える。産業革命の実態はエネルギー革命で、特に化石燃料を最大限利用する技術革命がその本質であり、化石燃料がなくなることによって新たなテクノロジーの必要性に言及しているものの、貧困解決には経済成長が不可欠で、然るべき方策は科学と技術であり、そのための研究を先進諸国や納税者が支援していくことが不可欠であるとの主張に留めている点には少々物足りなさを感じる。
日本は、世界の貧困への意識が低く、日本政府の貧困問題に対する取り組みは消極的であるとの見方がある。我われ日本も挑戦者としての自覚を持つべき時にあるとの認識に立ち、本書を通じて貧困への扉を開けることをお薦めする。次回の主要国(G8)首脳会議は日本での開催が2008年に予定されている。前回(2005年)論点となった環境と貧困という地球規模の課題に対し、日本の底力を世界に示していく上でも、"(私たちは)人類史上初めて貧困問題を解決できる可能性を手にした世代"との著者のメッセージを受け止めてみてはいかがだろうか。