研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2012年7月6日
グローバル化。グローバル企業―――。今では耳にしない日はない「グローバル」という言葉であるが、日本ではいつ頃から使われているのであろうか?本書では、「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」(1983年8-9月号)掲載の論文邦訳では、「Global Company」「Global Market」の訳として「地球企業」「地球市場」という言葉が使われていたことを紹介している。カタカナで「グローバル」と言った瞬間に、国際化、海外進出、英語力といった言葉が固定観念のように浮かび上がってくるが、本来は、地球規模で考え行動するということが「Globalization」の本質であり、かつ多くの日本企業が最も不得手とすることだ、と本書は指摘している。
本書の著者であるドミニク・テュルパン氏が学長を務めるスイスのビジネススクールIMDは、毎年「世界競争力ランキング」を発表していることで有名である。日本はランキングが開始された1989年から92年まで連続して1位であった。それが2011年では59カ国中26位である。失われた20年と言われて久しいが、まずは厳しい現実を突き付けるところから本書は始まっている。日本はかつて実際に世界一となった経験があるだけにかえって自分たちのやり方がベストだと思いがちである、という指摘は、国レベルでももちろんだが、企業レベルでも個人レベルにおいても、心にとどめておくべきものである。そのような背景の下、本書では、日本企業が「グローバル化」でつまずく要因を明らかにし、「地球規模」で活躍するリーダーに求められる能力を定義し、最後に日本企業が今後採るべき方向性について提言を行っている。
日本企業が「グローバル化」でつまずく要因としては、高品質への強すぎるこだわり、エコシステム構築への取り組みの遅れ、などを挙げているが、中でも、人口統計の重要性を力説しているのが印象に残る。将来人口は、例えば10年以上も前から日本の人口はいずれ減少に転じると言われていたように、相当高いレベルで推測可能であるにも関わらず、きちんと分析してビジネスに生かしている企業は少なく、基本的なデータであるがゆえに見逃されていることも多いとのことである。派手なデータを追うだけなく、このようなデータから得られる傾向をきちんとつかんでおく。その上で戦略を立案しなければ、実行可能な戦略にはなりえない、ということであろう。
以上のような要因の深層にある課題としては、視野の狭さに起因して実は土俵違いの場で戦っていること、すなわちグローバルなマインドセットを持つリーダー、マネージャーの不足を挙げている。それが意味するところは、日本は地理的にも言語的にも内にこもりがちな要因を抱えており、国内で成功すればするほどどうしても必然的に内向きになるということである。個々人のマインドセットを変えていくのも大事だが、それには時間がかかるため、スピードが求められる今の時代にあっては、企業内のダイバーシティを推進することで企業全体のマインドセットを変えるような取り組みもますます求められている。
企業におけるリーダーに求められる能力として、本書で繰り返し出てくる言葉が「グローバル・マインドセット」である。すなわち、「異なる社会、文化システムから来る人たちやグループに対して影響を与えることを可能にするような思考」であり、これを持つことによって異国・異文化の中で人々と相互に影響を与え合えたり、コミュニケーションの結果として的確なニーズを吸い上げたりすることができると考えられる。さらに本書では、このマインドセットを三つの軸に分解している。一番目はあいまいな情報を知覚し意味付ける力である「認知管理力」。高い好奇心を持ち、他の国や文化に関心を示すことが基本となる。二番目は文化の垣根を越えて他者と協力して働ける力である「関係構築力」。異国、異文化の人と対等な敬意を持つことが大切であり、まさにダイバーシティへの許容力が問われている。そして三番目は様々な状況に直面したときに適切に立ち向かえる能力である「自己管理力」。外の世界を知ったり経験したりした上で自分を信じることができる力が、世界と対峙する際には必要になる。これらの全てを兼ね備えた人がいわゆる世界をまたにかけて働くことができる人となるが、そのような人はなかなかいるものではない。まずは、マインドセットをどのように備えているかを本人と周囲の人が認識し、それぞれに合った場所を見つけることが大切だと、著者は説く。また、人材だけでなく、会社全体のマインドセットが内向きになってないか、世界をまたにかけて働くことができる会社になるべく努力しているかといった点を常にチェックし、企業としての成長を止めないこともより大事であろう。
本書の後半では、グローバル・マインドセットを備えたリーダーに意識してほしいこととして、「高い好奇心」と「問う力」を挙げている。前者は行動レベルの基本要件となり、後者は好奇心で扉を開いた後の探求レベルの基本要件となる。先の三つのマインドセットにこの二つを合わせた五つの要素が、真のグローバルリーダーに必要となると結論付けている。元来、日本人は好奇心あふれる民族として世界に知られており、日本は海外から貪欲に吸収することで発展してきたはずである。新しいものを取り入れることで、外から見ても多様性があり魅力的な組織に変貌すれば、また好奇心の強い人が集まってきて、面白いものを創造できる。すなわち、ダイバーシティをイノベーションに変えるような好循環を生み出す仕掛けをいかに作るか、また、グローバル・マインドセットを広げられる可能性のある人材をいかに集めるか、そのようなことが、これからの日本企業に求められていると著者は主張しているように感じられた。
「人口動態を考えれば日本にとっていまという時は、おそらく世界に打って出る最後のチャンスとなるでしょう」―――こんな著者の言葉が心に響く方にはお勧めしたい一冊である。