研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2006年11月18日
タイトルが示すように、本書は父から息子への30通の手紙で構成されている。
著者である父親はカナダ人実業家であり、貧しい出自ながらも努力して身を興し、化学事業を皮切りに会社を成長させ、一財産を築いた。その後、大病を患って「人の命には限りのあること」を悟り、もしものときのために、自らの経験から学んだ人生の教訓を、後継ぎとなる息子に残すことを決意する。息子が17歳の時である。息子への手紙はその後も約20年間、息子が会社の人間関係につまずいた時、大きな事業計画を任された時、あるいは友情や人生の幸福といった普遍的な価値について語る時などにしたためられる。最後の手紙は、著者が事業から身を引く時のものである。
著者は「おそらく常識が実業界の戦いに携えていくための最良の武器だろう」と述べており、30通の手紙には、息子が事業を切り盛りするための常識が、著者の具体的な経験とその時の心理状態とともに丁寧に描かれている。組織の運営についての言及もある。例えば、経験の足りない息子が組織を率いるためにはチームワークを最優先すべきであり、常に最新の情報を部下に伝え、意見や助言を求めよとアドバイスしている。また、「君は上に立つ者として、チーム内部に意見の相違や論争が生じた場合には、舵柄をしっかりと握らなければならない。(略)君が機械工の助言を、その監督者をさしおいて受け入れる場合には、その監督者に君の決定を如才なく説明することを忘れないように」と、誰かが反感を持つことがないよう、細心の注意を払うことを勧めている。このように、組織がチームワークを発揮するためにリーダーは常に誠意を示すことが重要という考え方は、以下のエピソードからもうかがい知れる。
ある日、長年会社に貢献してきた一人の社員が、息子と衝突して会社を辞めてしまう。事態を憂慮した著者は、次のように息子を諭す。
「私たちが社員に注ぎ込んだ多額の資金を確保するために、君は彼らがひとりの人間として、その最優先目的、職務を果たした満足感を得るように、最善を尽くして欲しい。そうすれば、君が自分の任務を遂行するときに、君自身の満足感がどれほど深まるかは、想像も及ばないだろう。」著者は、組織の高いパフォーマンスを引き出すために部下の意欲を高めることに努め、そしてその努力を自分自身の満足感とつなげてとらえることを勧めている。責任のためにやることと自らの満足感のためにやることでは、自然と熱意のこもり方、あるいは伝わり方が変わってしまう。過去に部下との衝突に遭遇し、さまざまな部下の反応を見てきた著者だからこそ伝えられるアドバイスと言えるだろう。また、部下の士気を維持するためには、毎日、部下の成績を評価することが重要であるとも言っている。その理由は、「稀な例外を除いて、平均的な人間は大量の賞賛や批判を扱いかねる」と考えているからだ。現実には、評価対象の規模によって、そうもしていられないのかもしれないが、苦労して会社を興した著者の、人間の心の機微への配慮が感じられる言葉である。
個人が学んだ知見やノウハウは、形として残しておかなければ、その多くがいずれこの世から消えてしまう。また形となったとしても、活用すべき人の手になければ、ただのゴミになる可能性がある。直面するトラブルの全てを、父親が残してくれた知見によって解決できるとは限らないが、父親をよく知る息子であるからこそ、手紙を通して父親の足跡をたどり、何らかのブレークスルーが開けるという可能性もある。
著者が最後の手紙で「たいていの人は家族経営の会社が難渋するのを幾度となく見ている」と述べるように、同族会社が世代交代を繰り返す中で経営を悪化させた例を私たちは多く知っている。むろん、その原因には事業戦略やマーケティング、資金調達の成否などさまざまな要素が考えられ、リーダーの問題とばかりは言えないだろう。しかし、経験の不足するリーダーが組織のコンセンサスを得ないまま事業を進めた結果、内部の信用が低下して人材が流出し、業績悪化を招くという可能性もあるのではないだろうか。その意味で著者が言うように、チームワークを最優先とし、そのために常にリーダーが誠意を示すということも、組織運営の一つの方策と言えるかもしれない。