研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2008年12月9日
「自分の役割以外の仕事で協力しない社員が増えた」「最近の若者は嫌なことがあるとすぐに辞めるので困る」といった職場が抱える諸問題について、経験則や主観に基づくいくつかの提案をまとめた本は、書店に行けば選ぶのに迷うほど並んでいる。それらと異なり、本書では、本質的には複雑で難解なこれらの問題について、神戸大学大学院経営学研究科准教授である著者が、経営学説やフィールドワークを駆使した学術的な研究を基にしつつも平易な文章で解説してくれる。人事・労務政策といった人材戦略の根幹を担当する企業人にとって、組織・制度改革などでの論理的裏付けに適した内容といえるだろう。
まず、読者の目を引くのは、「自律する組織人」というタイトルではないだろうか。著者は、本書の中で、組織側にとって有益な人材像を強調するよりむしろ、組織と社員を同等な関係に置き、「人はいかにして組織とうまく折り合うことができるかという問題」に取り組んでいる。成果主義が華やかなりしころ、組織は社員に対し、組織からの自立を求めた。すなわち他の援助や支配を受けずに自分の力で身を立てられる専門能力を持つことである。しかし、結果として短期的な数値目標の達成が優先され、個人の優劣が厳しく評価される中で、社員は助け合う関係から、生き残りをかけて競争しあう関係へと仕向けられた。それが昨今では、行き過ぎた成果主義を見直し、チームワークを大事にした人事制度改正に着手する企業が出てきている。人と人とのつながりをつくり直す場として独身寮の活用を試みる三井物産や、上司が部下の面倒をきちんと見ながら共同体意識を高めていけるよう小集団を復活させたトヨタ自動車などである*1。これらの事例からは、社員に対する組織の評価が、専門能力を生かして社外でも「高く売れる人材」になることから、今いる組織を活性化してくれる人を重視するものへと移りつつあるようにみえる。しかし、著者は、組織と社員の関係は、組織を飛び出して自分のキャリアを歩むか、組織に従い組織のメンバーとして仕事をしていくかの二者択一ではないと言う。自分の規範を持って組織との距離感をマネジメントできる自律の重要性を説き、会社生活における組織と社員のコミットメントのあり方を丁寧に分析している。
本書の中で面白いのが、組織に対する社員のコミットメントが入社以来どのように変化するのかを表すJカーブの分析である。著者が行った調査によると、入社してから3年目あたりまでは社員のコミットメントが下がっていき、その後ほとんど変化なく低いまま推移し、ある時点(6、7年目)から急激に上昇カーブを描いていくという。このコミットメントの変化が、アルファベットのJ字に似ていることからJカーブと呼ばれる。なぜ入社してからいったんコミットメントが下がるのか、著者はその背景を"リアリティショック"という言葉を用いて解説している。つまり、入社前に抱いていた仕事への理想と入社後の仕事の現実が生むギャップに悩み、「こんなはずではなかった」と落胆してしまうのである。
評者にとって、著者の分析で最も興味深いのは、その後のコミットメントの上昇には、勤続年数以上に職位が大きく影響していることを突き止めた点である。著者は、日本企業では一般的に最初の昇格が入社7年目前後という点に注目し、それまでにいろいろな経験を積みながら、組織人としての責任感や自分の存在意義が高まってきた時期に昇格することによって、組織に対する本人のコミットメントが大きくプラスに変化したと結論付けている。このことを著者はインタビューによって確認している。インタビュー回答者の発言をまとめると、「若いころは会社を自分にとって良いか悪いかといった基準で判断したり、会社は自分にとって向こう側という意識だったが、昇格したことで会社と自分の距離感が近くなり、会社にとって良いか悪いかという基準でものごとを判断するようになった」というのである。
成果主義が生んだ「合成の誤謬(ごびゅう)」の分析も面白い。成果主義の根本にあるのは、個人が自分の利益の最大化を図れば、総和として組織の利益も最大になるという考え方であった。しかし、蓋を開けてみれば、できる社員といえども必ずしも常に高い成果を上げられるわけではない。もし成果を出せなければ冷遇されるという不安は、できる社員にも、できない社員にも共通である。自分の立場を不安に思う人が、組織のために積極的に働こうというコミットメントを抱けるはずもない。成果主義失敗の原因は、過度の競争原理の下で「評価されない業務はしない」「他人に協力するのは敵に塩を送るようなものだからしない」という社員の功利的心理にあると考えられてきた。著者は、これに加えて自分の会社は信頼できる組織かどうかという、組織に対する社員の情緒的なコミットメントの希薄化も忘れてはならないと指摘している。
最後に著者は、「自分らしく仕事人生を生きると同時に、組織の中で仲間、同志とともに仕事をしていきたいという気持ちは、多くの組織で仕事をする人の要望かもしれない」と述べ、自分の規範を持って行動しながら組織と折り合いを付けるとは、一見パラドキシカルな関係だと組織戦略の難しさにも言及している。しかし、仲間とともに自分らしく生きるというのは、自律する組織人としての理想をあらためて感じさせる一言ではないだろうか。